藤原公任 「三十六人撰」 原文と朗読

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藤原公任 「三十六人撰」

朗読者注

・歌人の名称は今日分かりやすいように改め、便宜上番号を振る。名称の送りがなは現代語で行う。和歌は、勅撰、万葉集など、知られた形に改めたものもある。

・原作者が万葉集のもの、特に柿本人麻呂の和歌は、勅撰和歌集などに掲載される時に改編されるものが多く、また作者不明のものを、公任卿(あるいは当時の人々?)が特定の作者にゆだねただけのものもある。柿本人麻呂の和歌に至っては、彼ものもかどうか分からない和歌のオンパレードである。

三十六人撰

       四條大納言公任撰

一 柿本人麻呂 (かきのもとのひとまろ)

きのふこそ 年はくれしか 春がすみ
  春日(かすが)の山に はや立ちにけり
          山辺赤人 拾遺集3

[ただし『拾遺集』には山辺赤人の和歌]

明日からは 若菜つまむと かた岡の
  あしたの原は けふぞ焼くめる
          柿本人麻呂 拾遺集18

梅の花 それとも見えず ひさかたの
  天霧(あまぎ)る雪の なべて降れゝば
          伝 人麻呂 古今集334

ほとゝぎす 鳴くや五月の みじか夜も
   ひとりし寝(ぬ)れば 明(あか)しかねつも
          よみ人知らず 拾遺集125

飛鳥川(あすかがは) もみぢ葉ながる 葛城(かつらぎ)の
   山の秋風 吹きぞしぬらし
          伝 人麻呂 古今集284

[古今集には初句「たつたがは」とあり、注に「又はあすか川もみぢばながる」とある]

ほの/”\と 明石(あかし)の浦の 朝霧に
  島かくれゆく 舟をしぞ思ふ
          伝 人麻呂 古今集409

頼めつゝ 来ぬ夜あまたに なりぬれば
  待たじと思ふぞ 待つにまされる
          柿本人麻呂 拾遺集848

あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の
  なが/”\し夜を ひとりかも寝む
          柿本人麻呂 拾遺集778

わぎも子が 寝くたれ髪を さる沢の
   池の玉藻(たまも)と 見るぞ悲しき
          柿本人麻呂 拾遺集1289

ものゝふの 八十宇治川(やそうぢかは)の 網代木(あじろき)に
  いさよふ波の ゆくへ知らずも
          柿本人麻呂 新古今集1650

[参照本には、
「漂ふ浪のよるべしらずも」とあり。万葉の当時の詠みの解釈か?]

二 紀貫之 (きのつらゆき)

とふ人も なき宿なれど くる春は
  八重葎(やへむぐら)にも さはらざりけり
          紀貫之 新勅撰集8

行きてみぬ 人もしのべと 春の野の
  かたみにつめる 若菜なりけり
          紀貫之 新古今集14

花もみな 散りぬる宿は ゆく春の
  ふるさとゝこそ なりぬべらなれ
          紀貫之 拾遺集77

夏の夜の 臥(ふ)すかとすれば ほとゝぎす
  鳴くひと声に 明くるしのゝめ
          紀貫之 古今集156

みる人も なくて散りぬる おく山の
  紅葉は夜の 錦なりけり
          紀貫之 古今集297

さくら散る 木の下(このした)風は 寒からで
  空にしられぬ 雪ぞ降りける
          紀貫之 拾遺集64

来ぬ人を したに待ちつゝ ひさかたの
  月をあはれと いはぬ夜ぞなき
          紀貫之 拾遺集1195

思ひかね 妹(いも)がりゆけば 冬の夜の
  川風さむみ 千鳥なくなり
          紀貫之 拾遺集224

君まさで 煙たえにし 塩釜(しほがま)の
  浦さびしくも 見えわたるかな
          紀貫之 古今集852

逢坂(あふさか)の 関の清水に かげ見えて
    今や引くらむ もち月の駒
          紀貫之 拾遺集170

三 凡河内躬恒 (おおしこうちのみつね)

春たつと 聞つるからに 春日山(かすがやま)
  消えあへぬ雪の 花とみゆらむ
          凡河内躬恒 後撰集2

香をとめて たれ折らざらむ 梅の花
  あやなし霞 立ちな隠しそ
          凡河内躬恒 拾遺集16

山たかみ 雲井に見ゆる さくら花
  こゝろのゆきて 折らぬ日ぞなき
          素性法師 古今集358

我が宿の 花見がてらに 来る人は
  散(ちり)なむのちぞ 恋しかるべき
          凡河内躬恒 古今集67

けふのみと 春を思はぬ 時だにも
  たつことやすき 花のかげかは
          凡河内躬恒 古今集134

ほとゝぎす 夜ふかき声は 月待つと
 ゐも寝(ね)で明かす 人ぞ聞(きゝ)ける

[参照原文には、「月見ると」とあり。またこの和歌、『続古今集207』では躬恒、『続千載』では伊勢の作とする。二人の歌人の集に共に掲載されているため、作者が不明瞭であるようだ。]

立ちとまり みてを渡らむ もみぢ葉は
  雨と降るとも 水はまさらじ
          凡河内躬恒 古今集305

心あてに 折らばや折らむ はつ霜の
  をきまどはせる 白菊の花
          凡河内躬恒 古今集277

我が恋は 行方も知らず はてもなし
  逢ふをかぎりと 思ふばかりぞ
          凡河内躬恒 古今集611

引きて植ゑし 人はむべこそ 老(おい)にけれ
  松のこだかく なりにけるかな
          凡河内躬恒 後撰集1107

四 伊勢 (いせ)

青柳(あをやぎ)の 枝にかゝれる 春雨(はるさめ)は
  糸もて貫(ぬ)ける 玉かとぞみる
          伊勢 新勅撰集23

千とせ経(ふ)る 松といへども 植ゑてみる
  人ぞ数へて 知るべかりける
          伊勢集

[清原元輔作として同じ和歌あり。詳細不明]

年をへて 花の鏡と なる水は
   散りかゝるをや 曇(くも)るといふらむ
          伊勢 古今集44

[参照原文には五句「みるらん」]

散り散らず 聞かまほしきを ふるさとの
  花みてかへる 人も逢はなむ
          伊勢 拾遺集49

いづくまで 春は去ぬらむ 暮(くれ)はてゝ
  わかれしほどは 夜になりにき
          伊勢集115

[参照原文には「春は行らん」]

ふた声と 聞(きく)とはなしに 郭公(ほとゝぎす)
  夜ふかく目をも 覚ましつるかな
          伊勢 後撰集172 拾遺集105

三輪の山 いかに待ち見む 年経(としふ)とも
  たづぬる人も あらじと思へば
          伊勢 古今集780

うつろはむ 事だに惜しき 秋萩を
  折れぬばかりも 置ける露かな
          伊勢 拾遺集183

[これは「拾遺集」の詠みで、「新撰和歌集」では「秋萩に」「置ける白露」また「拾遺集」も「秋萩に」とするものもあり]

人知れず 絶えなましかば 侘びつゝも
  なき名ぞとだに 言はましものを
          伊勢 古今集810

[参照原文には四句「なき名とだにも」]

難波なる 長柄(ながら)の橋もつくるなり
  今はわが身を 何にたとへむ
          伊勢 古今集1051

五 大伴家持 (おおとものやかもち)

あらたまの 年たちかへる あしたより
  待たるゝものは うぐひすの声
          素性法師 拾遺集5

[正しくはこれは、大伴家持の
  あらたまの 年ゆきかへり 春立たば
    まづわが宿に うぐひすは鳴け

に基づく、素性法師の和歌]

さをしかの 朝たつ小野の 秋萩に
  玉とみるまで 置けるしら露
          大伴家持 新古今集334

春の野に あさるきゞすの 妻恋ひに
   己(おの)があたりを 人に知れつゝ
          大伴家持 拾遺集21

六 山部赤人 (やまべのあかひと)

明日からは 若菜摘まむと しめし野に
  きのふもけふも 雪は降りつゝ
          山部赤人 新古今集11

わが背子(せこ)に 見せむと思ひし 梅の花
   それとも見えず 雪の降れゝば
          よみ人知らず 後撰集22

和歌の浦に 潮満ち来れば 潟(かた)をなみ
  葦辺をさして 田鶴(たづ)なき渡る
          (古今集序文)

七 在原業平 (ありわらのなりひら)

世の中に 絶えて桜の なかりせば
  春のこゝろは のどけからまし
          在原業平 古今集53

頼めつゝ 逢はで年ふる いつはりに
 こりぬこゝろを 人は知らなむ
          凡河内躬恒 古今集614

[『古今和歌集』では凡河内躬恒の和歌]

いまぞ知る 苦しきものと 人待たむ
  里をば離(か)れず 訪ふべかりけり
          在原業平 古今集969

八 僧正遍昭 (そうじょうへんじょう)

末の露 もとの滴(しづく)や 世の中の
 遅れ先立つ ためしなるらむ
          僧正遍昭 新古今集757

わが宿は 道もなきまで 荒れにけり
  つれなき人を 待つとせし間に
          僧正遍昭 古今集770

たらちめは かゝれとてしも うばたまの
  わが黒髪を 撫(な)でずやありけむ
          僧正遍昭 後撰集1240

九 素性法師 (そせいほうし)

いま来むと 言ひしばかりに 長月の
  ありあけの月を 待ち出(い)でつるかな
          素性法師 古今集691

見てのみや 人に語らむ さくら花
  手ごとに折りて 家づとにせむ
          素性法師 古今集55

見渡せば 柳さくらを こきまぜて
  みやこぞ春の 錦(にしき)なりける
          素性法師 古今集56

十 紀友則 (きのとものり)

夕されば 佐保の川原の 川霧に
  友まどはせる 千鳥鳴くなり
          紀友則 拾遺集238

雪降れば 木ごとに花ぞ 咲きにける
  いづれを梅と 分きて折らまし
          紀友則 古今集337

秋風に 初かりがねぞ 聞こゆなる
 誰(た)がたまづさを かけて来つらむ
          紀友則 古今集207

十一 猿丸太夫 (さるまるのたいふ)

をちこちの たづきも知らぬ 山なかに
  おぼつかなくも 呼子鳥(よぶこどり)かな
          よみ人知らず 古今集29

ひぐらしの 鳴きつるなへに 日は暮れぬと
  思へば山の かげにざりける
          よみ人知らず 古今集204

奥山の もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の
  声きく時ぞ 秋は悲しき
          よみ人知らず 古今集215

十二 小野小町 (おののこまち)

花の色は うつりにけりな いたづらに
  わが身世にふる ながめせしまに
          小野小町 古今集113

思ひつゝ 寝(ぬ)ればや人の 見えつらむ
  夢と知りせば 覚めざらましを
          小野小町 古今集552

色見えで うつろふものは 世の中の
  人のこゝろの 花にぞありける
          小野小町 古今集797

十三 藤原兼輔 (ふじわらのかねすけ)

青柳(あをやぎ)の まゆにこもれる 糸なれば
  春の来るにぞ 色まさりける
          藤原兼輔 新千載集58

夕月夜(ゆふづくよ) おぼつかなきを たまくしげ
  二見(ふたみ)の浦は 明けてこそ見め
          藤原兼輔 古今集417

人の親の こゝろは闇に あらねども
 子を思ふ道に まどひぬるかな
          藤原兼輔 後撰集1102

十四 藤原朝忠 (ふじわらのあさただ)

よろづ代(よ)の 初めとけふを 祈りおきて
  今ゆく末は 神ぞ知るらむ
          藤原朝忠 拾遺集263

倉橋(くらはし)の 山のかひより 春がすみ
  年をつみてや 立ち渡るらむ
          藤原朝忠 三奏本金葉集3

逢ふことの 絶えてしなくは なか/\に
  人をも身をも 恨みざらまし
          藤原朝忠 拾遺集678

十五 藤原敦忠 (ふじわらのあつだだ)

かりに来(く)と 聞くにこゝろの 見えぬれば
  わが袂(たもと)には 寄せじとぞ思ふ
          敦忠集にあり

[伊勢集には「いふにこころの」として掲載]

逢(あ)ひみての 後(のち)のこゝろに くらぶれば
   むかしは物を 思はざりけり
          藤原敦忠 拾遺集710

けふそへに 暮れざらめやはと 思へども
  堪(た)へぬは人の こゝろなりけり
          藤原敦忠 後撰集882

十六 藤原高光 (ふじわらのたかみつ)

春すぎて 散り果てにける 梅の花
  たゞかばかりぞ 枝にのこれる
          如覚法師(高光のこと) 拾遺集1063

かくばかり 経(へ)がたく見ゆる 世の中に
  うらやましくも 澄(す)める月かな
          藤原高光 拾遺集435

見てもまた またも見まくの 欲しかりし
  花のさかりは 過ぎやしぬらむ
          藤原高光 新古今集1460

十七 源公忠 (みなもとのきんただ)

行(ゆ)きやらで 山路暮らしつ ほとゝぎす
  今ひと声の 聞かまほしさに
          源公忠 拾遺集106

よろづ代(よ)も なほこそ飽かね 君がため
   思ふこゝろの かぎりなければ
          源公忠 拾遺集283

たまくしげ ふたとせ逢(あ)はぬ 君が身を
  あけながらやは あらむと思ひし
          源公忠 後撰集1123

十八 壬生忠岑 (みぶのただみね)

春立つと いふばかりにや み吉野の
  山もかすみて けさは見ゆらむ
          壬生忠岑 拾遺集1

時しもあれ 秋やは人の 別るべき
  あるを見るだに 恋しきものを
          壬生忠岑 古今集839

春はなほ われにて知りぬ 花ざかり
  心のどけき 人はあらじな
          壬生忠岑 拾遺集43

十九 斎宮女御 (さいぐうのにょうご)

琴の音(ね)に 峰の松風 かよふらし
  いづれのをより しらべ初(そ)めけむ
          斎宮女御 拾遺集451

かつ見つゝ 影はなれゆく 水の面(おも)に
  かく数ならぬ 身をいかにせむ
          斎宮女御 拾遺集879

雨ならで もる人もなき わが宿を
  浅茅(あさぢ)が原と 見るぞかなしき
          承香殿女御(斎宮女御のこと) 拾遺集1204

二十 大中臣頼基 (おおなかとみのよりもと)

ひとふしに 千代(ちよ)を込めたる 杖なれば
  つくとも尽きじ 君がよはひは
          大中臣頼基 拾遺集276

わか駒(こま)と けふに逢ひ来る あやめ草
   おひ遅るゝや 負くるなるらむ
          頼基集30

つくば山 いとゞ繁(しげ)きに もみぢ葉は
  道見みえぬまで 散りやしぬらむ
          不明

二十一 藤原敏行 (ふじわらのとしゆき)

秋きぬと 目にはさやかに 見えねども
  風の音にぞ おどろかれぬる

ひさかたの 雲のうへにて 見る菊は
  天(あま)つ星とぞ あやまたれける

こゝろから 花のしづくに そぼちつゝ
   憂く干(ひ)ずとのみ 鳥の鳴くらむ

二十二 源重之 (みなもとのしげゆき)

よしの山 峰のしら雪 むら消えて
  今朝はかすみの 立ち渡るかな

[拾遺集には
よしの山 峰のしら雪 いつ消えて
  今朝はかすみの 立ちかはるらむ]

風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ
 砕けてものを 思ふころかな

秋来れば 誰(たれ)も色にぞ なりにける
  人のこゝろに 露や置くらむ

[重之集には、「あきなれば」]

二十三 源宗宇 (みなもとのむねゆき)

ときはなる 松のみどりも 春来れば
  今ひとしほの 色まさりけり

つれもなく なりゆく人の 言の葉ぞ
  秋よりさきの 紅葉なりける

やま里は 冬ぞ寂しさ まさりける
  人目も草も かれぬと思へば

二十四 源信明 (みなもとのさねあきら)

かたきなく 思へる駒(こま)に くらぶれば
  身にそふ影は 遅れざりけり

恋しさは おなじ心に あらずとも
  今宵の月を 君見ざらめや

あたら夜の 月と花とを おなじくは
  あはれ知れらむ 人に見せばや

二十五 藤原清正 (ふじわらのきよただ)

子(ね)の日して しめつる野辺の 姫小松
  ひかでや千代(ちよ)の かげを待たまし

あまつ風 ふけゐの浦に ゐる田鶴(たづ)の
  などか雲井(くもゐ)に 帰らざるべき

むらながら 見ゆる錦(にしき)は 神無月
  まだ山風の 立たぬなりけり

二十六 源順 (みなもとのしたごう)

水の面(おも)に てる月なみを 数ふれば
  今宵ぞ秋の 最中(もなか)なりける

ちはやぶる 賀茂の川霧 きるなかに
  しるきはすれる 衣なりけり

わが宿の 垣根や春を 隔つらむ
  夏来にけりと 見ゆる卯の花

二十七 藤原興風 (ふじわらのおきかぜ)

ちぎりけむ 心ぞつらき たなばたの
  年にひとたび 逢ふは逢ふかは

誰(たれ)をかも 知る人にせむ 高砂(たかさご)の
   松もむかしの 友ならなくに

君恋ふる なみだの床に 満ちぬれば
  身をつくしとぞ 我はなりぬる

二十八 清原元輔 (きよはらのもとすけ)

秋の野の 萩のにしきを 我が宿に
 鹿の音(ね)ながら うつしてしがな

憂(う)きながら さすがにものゝ 悲しきは
  今は限りと 思ふなりけり

音なしの 河とぞつひに 流れける
  いはでもの思ふ 人のなみだは

二十九 坂上是則 (さかのうえのこれのり)

み吉野の 山のしら雪 積もるらし
  ふるさtと寒く なり増さるなり

山がつと 人はいへども ほとゝぎす
   まづはつ声は 我のみぞ聞く

ふか緑 ときはの松の 陰にゐて
  うつろふ花を よそにこそ見れ

三十 藤原元真 (ふじわらのもとざね)

年ごとの 春のわかれを あはれとも
  人におくるゝ 人ぞ知りける

人ならば 待てといふべきを ほとゝぎす
  まだふた声を 鳴かでゆくらむ

きみ恋ふと かつは消えつゝ 経(ふ)るほどを
  かくても生ける 身とや見るらむ

三十一 小大君 (こおおきみ)

岩橋の 夜のちぎりも たえぬべし
  明くるわびしき 葛城(かつらぎ)の神

たなばたに 貸しつと思ひし 逢ふことを
  その夜なき名の 立ちにけるかな

限りなく 解くとはすれど あしひきの
  山井の水は なほぞ氷(こほ)れる

三十二 藤原仲文 (ふじわらのなかふみ/なかふん)

ありあけの 月の光を 待つほどに
  我が世のいたく 更けにけるかな

流れてと 契りしことは 行く末の
  涙のうへを 言ふにぞありける

おもひ知る 人に見せばや 夜もすがら
  我がとこなつに おきゐたる露

三十三 大中臣能宣 (おおなかとみのよしのぶ)

千歳(ちとせ)せまで かぎれる松も けふよりは
  君に引かれて 萬代(よろづよ)やへむ

紅葉せぬ ときはの山に 住む鹿は
  おのれ啼きてや 秋を知るらむ

昨日まで よそに思ひし あやめ草
  けふ我が宿の つまと見るかな

三十四 壬生忠見 (みぶのただみ)

子(ね)の日する 野辺に小松の なかりせば
  千代(ちよ)のためしに なにを引かまし

さ夜更けて 寝ざめざりせば ほとゝぎす
  人づてにこそ 聞くべかりけれ

焼かずとも 草はもえなむ 春日野(かすがの)を
  たゞ春の日に 任せたらなむ

三十五 平兼盛 (たいらのかねもり)

かぞふれば わが身に積もる とし月を
  送り迎ふと なに急ぐらむ

み山出(い)でゝ 夜半(よは)にや来つる ほとゝぎす
  あかつきかけて 声の聞こゆる

やま桜 飽くまで色を 見つるかな
  花散るべくも 風ふかぬ世に

望月(もちづき)の 駒引き渡す 音すなり
  瀬田(せた)の長道 橋もとどろに

暮れてゆく 秋のかたみに 置くものは
  我が元結(もとゆひ)の 霜にぞありける

たよりあらば いかで都へ 告げやらむ
  けふ白河の 関は越えぬと

ことし生(お)ひの 松は七日に なりにけり
  残りのほどを 思ひやるかな

朝日さす 峰のしら雪 むら消(ぎ)えて
  春のかすみは たなびきにけり

わが宿の 梅の立ち枝(え)や 見えつらむ
  思ひのほかに 君が来ませる

見わたせば 松の葉しろき 吉野山
  いく世積もれる 雪にかあるらむ

三十六 中務 (なかつかさ)

忘られて しばしまどろむ ほどもがな
  いつかは君を 夢ならで見む

うぐひすの 声なかりせば 雪きえぬ
  山里いかで 春を知らまし

いしのかみ 古き都を 来てみれば
  昔かざしゝ 花咲きにけり

さらしなに 宿りは取らじ をば捨の
  山まで照らす 秋の夜の月

[これは中務ではなく、壬生忠見の私集にある和歌のようだ。古今和歌集の次の歌に基づく
わがこゝろ なぐさめかねつ 更科(さらしな)や
  をばすて山に 照る月を見て]

さやかにも 見るべき月を 我はたゞ
  なみだに曇(くも)る をりぞ多かる

待ちつらむ みやこの人に 逢坂(あふさか)の
  関まで来(き)ぬと 告げややらまし

我が宿の 菊のしら露 けふごとに
  いく世積もりて 淵(ふち)となるらむ

[これは、清原元輔の和歌]

下(した)くゝる 水に秋こそ かよふらし
  むすぶ泉の 手さへ涼しき

咲けば散る 咲かねば恋し 山ざくら
  思ひ絶えせぬ 花のうへかな

天の川 かはべ涼しき たなばたに
  扇(あふぎ)の風を なほや貸さまし

            (おわり)

2013/08/08 朗読完成

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