八代集その十五 古今和歌集 短詩

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はじめての八代集その十五 古今和歌集 短詩

春歌上 巻第一

    「春のはじめの歌」
春きぬと 人はいへども
   うぐひすの なかぬかぎりは
  あらじとぞおもふ
          壬生忠岑(みぶのただみね) 古今集11

春が来たと 人は言うけど
  うぐいすの 鳴かないうちは
    違うと思うよ

もゝちどり
   さへづる春は ものごとに
 あらたまれども われぞ古(ふ)りゆく
          よみ人知らず 古今集28

さまざまな鳥たちの
   さえずりわたる春は あらゆるものが
  新しくなるけれど……
     わたしは古びてゆくようです

    「月夜に梅の花を折りて、
      と人のいひければ、『折る』とて詠める」
月夜には
   それとも見えず うめの花
  香をたづねてぞ 知るべかりける
          凡河内躬恒(おうしこうちのみつね) 古今集40

月あかりの夜には
   それと分かりません 梅の花
  かおりをたずねては 知ることが叶うのです

    「亭子院(ていじのゐん)の歌合の時よめる」
見る人も
   なきやまざとの さくら花
 ほかの散りなむ のちぞ咲かまし
          伊勢 古今集68

見る人さえ
   いない山里の さくら花
 他の散ります あとに咲いてよ

春歌下 巻第二

春がすみ
   たなびく山の さくら花
 うつろはんとや 色かはりゆく
          よみ人知らず 古今集69

春がすみの
   たなびく山には さくらの花が
 さかりを過ぎようとしてか
    色が変わってゆくのです

    「僧正遍昭によみておくりける」
さくらばな
   散らば散らなむ 散らずとて
      ふるさと人の 来てもみなくに
          惟喬親王(これたかのみこ) 古今集74

さくらの花よ
  散るなら散ってしまえ 散らないからといって
    ふるさとの人は 来てすらくれないのだから

    「雲林院(うりんゐん)にて、
      さくらの花の散りけるを見てよめる」
さくら散る
    花のところは 春ながら
  雪ぞふりつゝ 消えがてにする
          承均法師(そうく/ぞうくほうし) 古今集75

さくらの散っている
    花のところは 春なのに
  花びらはまるで 雪の降りつもって
     解けないでいるようです

    「あひ知れりける人の、まうできて帰りけるのちに、
       よみて花にさしてつかはしける」
ひと目見し
   君もやくると さくらばな
 けふは待ちみて 散らば散らなむ
          紀貫之 古今集78

ひと目見た
  あなたが来ないかと さくらの花を
 今日は待ちながら見ています
   それでも来なければ
     散るなら散れと思いながら

ひさかたの
   ひかりのどけき 春の日に
  しづこゝろなく 花の散るらむ
          紀友則(きのとものり) 古今集84

ひさかたの
   ひかりさえおだやかな 春の日に
  静かなこころさえなく 花は散ってゆくようです

待つ人も
   来ぬものゆゑに うぐひすの
 なきつる花を 折りてけるかな
          よみ人知らず 古今集100

待っている人が
 来ないものだから
  ウグイスの鳴いている花を
   ポキンと折ってしまいましたよ

     「家に藤の花の咲けりけるを、
       人の立ちどまりて見けるを詠める」
わが宿に
  咲ける藤なみ たちかへり
    過ぎがてにのみ
  人の見るらむ
          凡河内躬恒 古今集120

わたしの家に
  咲いている藤は、まるで波のよう
    風に吹かれては立ち返っています。
  立ち止まっては振り返り、
    素通りすることも叶わずに、
      人々は眺めているようです。

    「よしの川のほとりに、山吹の咲けりけるを詠める」
よしの川
   岸のやまぶき 吹くかぜに
  そこの影さへ うつろひにけり
          紀貫之 古今集124

吉野川
  岸の山吹は 吹きゆく風に
    水底にうつる影さえ
  移り変わってしまったようです

夏歌 巻第三

  「卯月に咲けるさくらを見てよめる」
あはれてふ
   ことをあまたに やらじとや
 春におくれて ひとり咲くらむ
          紀利貞(きのとしさだ) 古今集136

「あはれ」という
   言葉を誰にも 渡したくないものだから
  わざと春に遅れて ひとりで咲いているのであろうか

     「音羽山(おとはやま)をこえける時に、
       ほとゝぎすの鳴くを聞きてよめる」
おとは山 けさ越えくれば
   ほとゝぎす こづゑはるかに
  いまぞ鳴くなる
          紀友則(きのとものり) 古今集142

音羽山を 今朝越えてくれば
   ホトトギスは 梢のはるか向こうで
 今こそ 鳴いているよ

ほとゝぎす
   鳴くこゑ聞けば わかれにし
 ふるさとさへぞ 恋しかりける
          よみ人知らず 古今集146

ほととぎすの
   鳴く声を聞いていると 別れてしまった
 ふるさとさえも 恋しくなります

    「寛平御時、きさいの宮の歌合のうた」
さみだれに
  もの思ひおれば ほとゝぎす
    夜ぶかく鳴きて いづちゆくらむ
          紀友則 古今集153

五月雨(さみだれ)に
   もの思いに耽っていると ホトトギスが
 夜の深くに鳴き渡って……
    あれは、どこへゆくのだろうか?

    「寛平御時、きさいの宮の歌合のうた」
暮るゝかと
  見れば明けぬる 夏の夜を
    あかずとやなく やまほとゝぎす
          壬生忠岑(みぶのただみね) 古今集157

暮れるかと
   思えば明ける 夏の夜を
 「まだ飽きたりないよ、明けないでおくれ」
   と鳴いているような 山の子規(ほととぎす)よ

秋歌上 巻第四

秋風の 吹きにし日より
   ひさかたの あまの河原に
  立たぬ日はなし
          よみ人知らず 古今集173

秋風が 吹き始めた日から
  ひさかたの あまの河原に
    立たない日はない

あまのがは
   もみぢを橋に 渡せばや
 たなばたつめの 秋をしも待つ
          よみ人知らず 古今集175

天の川に
  もみじを橋にして 渡せたらいいのに……
 織り姫はそんな思いで
   秋を待ちわびているのでしょうか

わがために
  来る秋にしも あらなくに
    虫の音きけば まづぞかなしき
          よみ人知らず 古今集186

わたしのために
  来る秋という訳でも ないのですが……
    虫の音を聞くときには
  わたしばかりが 悲しくさせられるような気がします

さ夜なかと
   夜はふけぬらし
  雁がねの 聞こゆる空に
 月わたる見ゆ
          よみ人知らず 古今集192

小夜中と呼ばれるくらい
  夜も更けたようですね
 雁の鳴き声の 聞こえる空には
    月の渡るのが見えています

秋の野に 道もまどひぬ
   まつ虫の
  こゑするかたに 宿や借らまし
          よみ人知らず 古今集201

秋の野に 道さえ迷ってしまった
  わたしを待っているのか まつ虫の
 声のするほうに 宿でも借りられたらよいが

ひぐらしの
  鳴きつるなへに 日はくれぬと
 おもふは山の 影にぞありける
          よみ人知らず 古今集204

ひぐらしの
  鳴くのに合せて 日は暮れたのだろうか
 そう思ったのは山の 影に過ぎませんでした

    「是貞(これさだ)のみこの家の歌合のうた」
山ざとは
  秋こそことに わびしけれ
 鹿の鳴くねに 目を覚ましつゝ
          壬生忠岑 古今集214

山ざとは
   秋こそことさら 侘びしいものですね
 鹿の鳴く声に 目を覚ましては……
    (そのたびに そう思わされるのです)

    「是貞の皇子の家の歌合によめる」
秋の野に
   おくしら露は 玉なれや
 つらぬきかくる 蜘蛛の糸すじ
          文屋朝康(ふんやのあさやす) 古今集225

秋の野に
  置かれたしら露は まるで宝石みたいだ
 それをつらぬき通すのは 蜘蛛の糸すじ

ひとりのみ
   ながむるよりは をみなへし
 わが住む宿に 植ゑてみましを
          壬生忠岑 古今集236

ひとりで
  眺めるくらいなら 女郎花(おみなえし)
    わたしのすむ家に
  植えてみたいのだけれど……

    「仁和(にんわ)のみかど、皇子におはしましける時、
    ふるの滝御覧ぜむとて、おはしましける道に、
   遍昭が母の家にやどり給へりける時に、
    庭を秋の野につくりて、
     おほむ物語のついでに、よみて奉りける」
里はあれて
   人は古(ふ)りにし 宿なれや
  庭もまがきも 秋の野良(のら)なる
          僧正遍昭(そうじょうへんじょう) 古今集248

ふるさとは荒れて
   住む人さえ古びた 家だからでしょうか
  庭も垣根も まるで秋の野原のようです

[ちなみに、仁和(にんわ)と書いて「にんな」、天皇(てんわう)と書いて「てんのう」と読むようなものを、連声(れんじょう)と呼びます。興味のある方は、お調べください。]

秋歌下 巻第五

霧たちて 雁(かり)ぞ鳴くなる
  かた岡の あしたの原は
    もみぢしぬらむ
          よみ人知らず 古今集252

霧が立ちのぼって 雁が鳴いている
  片岡の 朝の野原は
    すでに紅葉をしているだろうか

    「石山にまうでける時、音羽山のもみぢを見てよめる」
あきかぜの
   吹きにし日より おとは山
 嶺のこづゑも 色づきにけり
          紀貫之 古今集256

秋風が
  吹き始めた日から 音羽山の
 嶺のこずえも 色づいて来ました

    「やまとの国にまかりける時、
   さほ山に霧の立てりけるを見てよめる」
誰(た)がための
   錦(にしき)なればか 秋霧の
 さほの山べを たち隠すらむ
          紀友則 古今集265

誰のための
   錦だというので 秋霧は
 佐保山の山辺を 立ち隠しているのだろうか

    「菊の花のもとにて、
      人の人待てるかたをよめる」
花見つゝ
  人まつときは しろたへの
 袖かとのみぞ あやまたれける
          紀友則 古今集274

花を見ながら
  人を待っているあいだは
    白妙の袖であるかのように
  間違われたものでした

    「おほさはの池のかたに、
       菊うゑたるをよめる」
ひともとゝ
   おもひし花を おほさはの
  池の底にも 誰(たれ)か植ゑけむ
          紀友則 古今集275

一本であると
   思われた花を 大沢の
  池の底へと 誰が植えたのでしょう

    「世の中のはかなきことを
       思ひけるをりに、
         菊の花を見てよみける」
秋の菊
  にほふかぎりは かざしてむ
 花より先と 知らぬわが身を
          紀貫之 古今集276

秋の菊を
  匂っているあいだは かざしていたいな
 花より先に消えるとは
    思ってもいないこの身に

冬歌 巻第六

夕されば
   ころも手寒し み吉野の
 吉野の山に み雪ふるらし
          よみ人知らず 古今集317

夕方になると
   袖のあたりが寒いよ 聖なる吉野と
  讃えられる吉野の山には 雪が降っているようだ

    「冬の歌とて」
雪ふれば
  冬ごもりせる 草も木も
 春に知られぬ 花ぞ咲きける
          紀貫之 古今集323

雪が降れば
   冬ごもりしている 草にも木にも
 春には知られることのない 花は咲くのです

    「としのはてによめる」
きのふと言ひ
  けふと暮らして 明日香川(あすかゞは)
    ながれてはやき 月日なりけり
          春道列樹(はるみちのつらき) 古今集341

昨日と言って
   今日と暮らせば もう明日か
  明日香川のように
     流れてはやいものは
       月日であることよ

賀歌 巻第七

[朗読2]

    「もとやすの皇子(みこ)の、七十(ななそぢ)の賀の、
       うしろの屏風によみて書きける」
春くれば
  宿にまづ咲く うめの花
    君が千歳(ちとせ)の かざしとぞ見る
          紀貫之 古今集352

春がくれば
  屋敷にまず咲く 梅の花を
 あなたの長寿を祝う かんざしとして眺めます

離別歌 巻第八

すがる鳴く
   秋のはぎ原 あさ立ちて
 たびゆく人を いつとか待たむ
          よみ人知らず 古今集366

すがるが鳴いている
   秋の萩原を 朝に立って
  旅へと向かう人を
    いつまで待つことでしょう

    「山にのぼりて、帰へりまうできて、
      人々別れけるついでによめる」
わかれをば
  山のさくらに まかさてむ
    とめむとめじは 花のまに/\
          幽仙法師(ゆうせんほうし) 古今集393

さよならは
  山のさくらに 任せようか
    留めようか 留めまいか
  それは花のなせるままに……

しひてゆく
  人をとゞめむ さくら花
 いづれを道と まどふまで散れ
          よみ人知らず 古今集403

どうしても行ってしまう
   あの人を留めたいから さくらの花よ
  どこが道であるか 分からないほど散ってくれ

羇旅歌 巻第九

    「甲斐の国へまかりけるとき、道にてよめる」
夜をさむみ
  おくはつ霜を はらひつゝ
 草のまくらに あまたゝび寝ぬ
          凡河内躬恒 古今集416

夜が寒いので
   付いた初霜を 払いながら
 草を枕にして 何度も眠り直しました

物名(もののな) 巻第十

    「りうたむの花」
わが宿の
   花踏みしだく 鳥討たむ
 野は無ければや こゝにしも来る
          紀友則 古今集442

わが宿の
  花を踏み荒らしている 鳥を討つのだ
 野が無いからといって ここまで来やがって

をぐら山
 みね立ちならし
  なく鹿の
   へにけむ秋を
    しる人ぞなき
          紀貫之 古今集439

小倉山の 嶺を踏みならすように
   鳴いている鹿の 過ごしてきた秋を
  知る人など誰もいないよ

恋歌一 巻第十一

ゆく水に
   数書くよりも はかなきは
  おもはぬ人を おもふなりけり
          よみ人知らず 古今集522

流れてゆく水に
  数を書くよりも はかないことは
 思ってもくれない人を
    思っていることなのです

あしがもの
   さはぐ入り江の しら波の
 しらずや人を かく恋むとは
          よみ人知らず 古今集533

蘆鴨(あしがも)の
   騒いでいる入り江の 白波のよう……
  知らないのですかあなたを
      こんなに恋しいと思っているのに

とぶ鳥の
   声もきこえぬ おく山の
 ふかきこゝろを 人はしらなむ
          よみ人知らず 古今集535

飛んでいる鳥の
  声さえ聞こえない 奧山のような
 深いわたしのこころを
    あの人は知っているだろうか

なつ虫の
   身をいたづらに なすことも
 ひとつ思ひに よりてなりけり
          よみ人知らず 古今集544

夏の虫が
  身をいたずらに 捨て去ることも
 いちずな思いに よってなのです

恋歌二 巻第十二

風吹けば
   峰にわかるゝ しら雲の
 絶えてつれなき 君がこゝろか
          壬生忠岑 古今集601

風が吹けば
   峰から分かれてしまう 白雲のよう
 途絶えては答えもない
     そんなあなたの心でしょうか

いのちにも
   まさりて惜しく あるものは
 見はてぬ夢の 覚めるなりけり
          壬生忠岑 古今集609

いのちよりも
   なおさら惜しく 思われるものは
 最後まで見られなかった あなたの夢が覚めることです

恋歌三 巻第十三

あはぬ夜の
  ふるしら雪と つもりなば
 我さへともに 消(け)ぬべきものを
          よみ人知らず 古今集621

逢えない夜が
  白雪のように 降りつもったなら
 わたしのこころさえ
    消えてしまいそうな……

かねてより
   風にさきだつ 浪なれや
 逢ふことなきに まだき立つらむ
          よみ人知らず 古今集627

以前から
  風よりも先に立つ 波であったのか
 逢うことさえないのに
    もううわさが立つなんて

しのゝめの
    ほがら/\と 明けゆけば
  おのがきぬ/\ なるぞかなしき
          よみ人知らず 古今集637

夜明けの空が
   ほがらほがらと 明けてゆく頃
  それぞれの着物と着物に
     わかれるのが悲しい

恋歌四 巻第十四

春がすみ
   たなびく山の さくら花
 見れどもあかぬ 君にもあるかな
          紀友則 古今集684

春がすみの
   たなびいている山の さくら花のよう
 どんなに見ても 足りないような
     そんなあなたなのです

ちゞの色に
   うつろふらめど 知らなくに
 こゝろし秋の もみぢならねば
          よみ人知らず 古今集726

さまざまな色に
   移りゆくけど 分からない
 こころは秋の 紅葉ではないから

恋歌五 巻第十五

秋ならで をくしら露は
   寝覚めする わが手枕(たまくら)の
  しづくなりけり
          よみ人知らず 古今集757

秋でもないのに
  置かれた この白露は……
    ふと寝覚めた わたしの腕まくらの
  涙のしずくだったのです

    「あひ知れりける人の、
  やうやく離(か)れがたになりけるあひだに、
   焼けたる茅(ち)の葉に、文(ふみ)をさしてつかはせりける」
時過ぎて
  枯れゆく小野の 浅茅(あさぢ)には
 今はおもひぞ たえず燃えける
          小野小町姉(おののこまちがあね) 古今集790

時が過ぎて
   枯れてゆく小野の 浅茅には
 今は思いの火だけが
      くすぶるように燃え続けている

秋風の
  吹きと吹きぬる むさし野は
 なべて草葉の 色かはりけり
          よみ人知らず 古今集821

秋風の
  吹いては吹き抜ける 武蔵野は
 すべての草木の 色さえ変わってしまった

秋風の
  吹きうら返(がえ)す 葛(くず)の葉の
 恨みてもなほ うらめしきかな
          平貞文(たいらのさだふん) 古今集823

秋風が
  吹いては裏がえす 葛の葉のような
 「裏見」をしてもなおさら
    恨めしさがつのります

哀傷歌 巻第十六

    「あひ知れりける人の、
       身まかりける時によめる」
夢とこそ いふべかりけれ
  世の中に うつゝあるものと
    思ひけるかな
          紀貫之 古今集834

夢であると 言うべきでした。
  あなたが世の中に 疑いなくあるものと、
    思い込んでいたなんて。

    「あるじ身まかりける人の家の、
      うめの花を見てよめる」
色も香も
   むかしの濃さに 匂(にほ)へども
  植ゑけむ人の 影ぞかなしき
          紀貫之 古今集851

色もかおりも
   むかしの濃さで 咲いているけれど
 それを植えた人が 影となってしまったのが悲しい

    「病(やまひ)にわづらひはべりける秋、
    心地のたのもしげなく覚えければ、
      よみて人のもとにつかはしける」
もみぢ葉を
   風にまかせて 見るよりも
 はかなきものは いのちなりけり
          大江千里(おおえのちさと) 古今集859

もみじ葉を
   風に任せて 見ているよりも
  はかないものは いのちなのですね

雑歌上 巻第十七

遅くいづる
  月にもあるかな あしびきの
    山のあなたも 惜しむべらなり
          よみ人知らず 古今集877

遅くのぼる 月であることよ
  あしびきの 山の向こう側で
 誰かが惜しんでいるせいだろうか

あかずして
   月のかくるゝ 山もとは
 あなたおもてぞ 恋しかりける
          よみ人知らず 古今集883

飽き足りないのに
   月が隠れてしまう 山のふもとは
  向こう側こそ 恋しく思われます

わたつみの
   かざしにさせる しろたへの
  波もてゆへる あはぢ島山
          よみ人知らず 古今集911

大いなる海神 わたつみの
  かんざしに差した 真っ白な
 波をもって結いつけたような 淡路島山よ

雑歌下 巻第十八

あはれてふ
   言の葉ごとに をく露は
 むかしを恋ふる なみだなりけり
          よみ人知らず 古今集940

哀れという
   言葉の葉ごとに 置かれた露は
 昔を恋しく思う なみだなのです

みよし野の
  山のあなたに 宿もがな
    世のうき時の かくれがにせむ
          よみ人知らず 古今集950

み吉野の
   山の向こうに 宿があればよいのに
  世が厭(いと)わしいときの
     隠れ家にしたいから

    「奈良へまかりける時に、
    あれたる家に、女の琴ひきけるを聞きて、
      よみて入れたりける」
わび人の
   住むべき宿と 見るなへに
 なげきくはゝる
    琴のねぞする
          良岑宗貞(よしみねのむねさだ) 古今集985

侘びしい人の
   住んでいる家かと 見ていると
  嘆きを加えるように
     琴の音が響いて来たのです

    「寛平御時に、
     もろこしの判官(はうかん)にめされて侍りける時に、
    東宮のさぶらひにて、
   をのこども酒たうべけるついでによみ侍りける」
なよ竹の
   よ長きうへに はつ霜の
 おきゐてものを おもふころかな
          藤原忠房(ただふさ) 古今集993

しなやかな細竹のように
  夜が長いうえに 初霜の降るような頃
    起きながらあれこれと
      思うような夜更けです

雑体(ざってい) 巻第十九

君がさす
   みかさの山の もみぢ葉の色
 かみな月
    しぐれの雨の 染めるなりけり
          紀貫之 古今集1010

あなたがさす笠のよう
   三笠の山の もみじ葉の色は
  十月の
    しぐれの雨が 染める色です

うめの花
   見にこそ来つれ うぐひすの
 ひとく/\と いとひしもをる
          よみ人知らず 古今集1101

梅の花を
  見に来たところ うぐいすが
    人が来た 人が来たと
 いとわし気に 鳴いていやがる

まくらより
  あとより恋の 迫(せ)めくれば
    せんかたなみぞ 床(とこ)なかにをる
          よみ人知らず 古今集1023

枕の方から
  足の方からも恋が 攻め寄せてくるよ
    ああ、もうどうしようもない
  寝床の真ん中に丸まっているのです

世のなかの
  憂きたびごとに 身を投げば
    ふかき谷こそ あさくなりなめ
          よみ人知らず 古今集1061

世のなかの
   憂いのたびごとに 身を投げていたら
 深い谷だって 浅くなっちまうよ

巻第二十

    「かへしものゝうた」
あをやぎを
  かたいとによりて うぐひすの
 ぬふてふ笠は うめの花がさ
          古今集1081

青柳(あおやぎ)の葉を
  縒(よ)って片糸に仕立て
    その糸でもって
   鶯の縫うという笠は
      梅の花笠(はながさ)よ

           (をはり)

2015/01/08
2015/02/16 朗読掲載

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