万葉集 巻別秀歌二

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万葉集 巻別秀歌二

巻第三

雑歌

大君は神シリーズ

     『天皇、いかづちの岡にいでませる時』
大君は 神にしませば
  天雲(あまくも)の いかづちの上に 廬(いほ)り/らせるかも
          柿本人麻呂 万葉集3巻235

大君は神であられるゆえ
  天雲をとどろかせる 神なりの岡のうえに
    仮の庵(いおり)を築いていらっしゃる

大君は 神にしませば
  雲隠る いかづち山に 宮敷きいます
          柿本人麻呂 万葉集3巻235別本

大君は神であられるゆえ
   雲に隠れて神なりの響く いかづちの山に
  仮宮を築いていらっしゃるよ

大君は 神にしませば
  真木の立つ 荒山中(あらやまなか)に 海をなすかも
          柿本人麻呂 万葉集3巻241

大君は神であられるゆえ
  真木の立つ 荒れた山中にさえ
    海を作ってしまわれた

     『壬申の乱静まりし後』(巻第十九より)
大君は 神にしませば
   赤駒(あかごま)の 腹ばふ田ゐを みやことなしつ
          大伴御行 万葉集19巻4260

大君は神であられるゆえ
   赤駒が 腹ばうような田んぼを 都へと変えられた

     『壬申の乱静まりし後』(巻第十九より)
大君は 神にしませば
   水鳥(みづとり)の すだく水沼(みぬま)を みやことなしつ
          よみ人しらず 万葉集19巻4261

大君は神であられるゆえ
   水鳥が 群がるような沼地を 都へと変えられた

猟路の池の歌より反歌

     『長皇子(ながのみこ)、猟路(かりぢ)の池にいでませる時』
ひさかたの
  天(あま/あめ)ゆく月を 網(あみ)に刺(さ)し
    わが大君は きぬがさにせり
          柿本人麻呂 万葉集3巻240

(ひさかたの)
   天を行く月を 網で捕らえ
     我らが天皇は かざし傘にされている

柿本人麻呂の羈旅歌

玉藻刈る 敏馬(みぬめ)を過ぎて
   夏草の 野島(のしま)の崎に 船近づきぬ
          柿本人麻呂 万葉集3巻250

玉藻を刈っている 敏馬を過ぎて
  夏草の茂る 野島の崎に 船は近づいた

淡路(あはぢ)の
  野島(のしま)の崎の 浜風に
    妹が結びし 紐吹き返す
          柿本人麻呂 万葉集3巻251

淡路の
  野島の崎の 浜風によって
    恋人が結んでくれた
  紐が吹き返される

あらたへの
  藤江(ふぢえ)の浦に すゞき釣る
    海人とか見らむ 旅ゆく我を
          柿本人麻呂 万葉集3巻252

(あらたへの)
    藤江の浦で すずきを釣っている
  漁師だと見ているだろうか 旅行くわたしを

あまざかる
  鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ 恋ひ来れば
    明石(あかし)の門(と)より 大和島(やまとしま)見ゆ
          柿本人麻呂 万葉集3巻255

(あまざかる)
   田舎びた地方からの長い道を
     みやこを恋慕ってやってくると
   明石海峡から 大和の山々が見えてきたよ

八十宇治川の歌

     「柿本朝臣人麻呂、近江国よりのぼり来る時、
        宇治川の辺(へ)にいたりて作る歌一首」
ものゝふの
  八十宇治川(やそうぢかは/がは)の 網代木(あじろき/ぎ)に
    いさよふ波の ゆくへ知らずも
          柿本人麻呂 万葉集3巻264

(もののふの)
   八十に分かれる宇治川の 網代の木に
     いざよう波の 行方は分からないように

夕波千鳥の歌

近江(あふみ)の海
  夕波千鳥 汝(な)が鳴けば
    こゝろもしのに いにしへ思ほゆ
          柿本人麻呂 万葉集3巻266

近江の海の
  夕波にいる千鳥よ お前が鳴けば
    胸が締め付けられるように
  昔のことが思われるよ

高市黒人の羈旅歌

旅にして もの恋しきに
  山もとの 赤のそほ船(ぶね/ふね)
    沖を漕ぐ見ゆ
          高市黒人 万葉集3巻270

旅にあって もの恋しい時に
  山裾から 赤色の丹(に)を塗った船が
    沖を漕いでいるのが見える

桜田(さくらだ)へ 鶴(たづ)鳴き渡る
  年魚市潟(あゆちがた) 潮干(しほひ)にけらし
    鶴鳴き渡る
          高市黒人 万葉集3巻271

桜田の方へ 鶴が鳴き渡る
  年魚市潟では 潮が引いたらしい
    鶴が鳴き渡る

しはつ山 うち越え見れば
  笠縫(かさぬひ)の 島漕ぎ隠る 棚なし小舟(をぶね)
          高市黒人 万葉集3巻273

しはつ山を 越えて眺めると
   笠縫の島に 漕ぎ隠れる
  棚なし小舟が見えるよ

磯の崎
  漕ぎ廻(た)みゆけば 近江(あふみ)の海
    八十(やそ)のみなとに 鶴(たづ)さはに鳴く
          高市黒人 万葉集3巻274

磯の崎を
  漕ぎまわり行けば 琵琶湖の
    幾つもの河口には 鶴がしきりに鳴いている

いとまなみの歌

志賀(しか)の海人(あま)は
  藻刈(めかり)り塩焼き いとまなみ
    櫛笥(くしげ)/くしらの小櫛(をぐし) 取りも見なくに
          石川少郎(いしかわのしょうろう) 万葉集3巻278

志賀の海女たちは
  海藻を刈り塩を焼きと 暇がないので
    化粧箱の小櫛(おぐし)さえ 取って見ようとしないよ

隅田川原の歌

真土山(まつちやま) 夕越えゆきて
   廬前(いほさき)の 隅田川原に
 ひとりかも寝む
          弁基(べんき) 万葉集3巻298

真土山を 夕方に越えてゆき
   廬前の 隅田川の川原に
 ひとりで寝るのだろうか

筑紫へ下る歌

     「柿本朝臣人麻呂、筑紫国(つくしのくに)にくだる時、
        海路(うみつぢ)にして作る歌二首」
名ぐはしき
   印南(いなみ)の海の 沖つ波
 千重(ちへ)に隠りぬ 大和島根(やまとしまね)は
          柿本人麻呂 万葉集3巻303

その名もうるわしき
   印南の海の 沖の波
  その千重の波に隠れてしまったよ
     大和の山々は

大君の
  遠の朝廷(みかど)と あり通ふ
    島門(しまと)を見れば 神代(かむよ)し思ほゆ
          柿本人麻呂 万葉集3巻304

大君の
  遠方にある第二の朝廷として 通い勤める
    その海峡を眺めれば 神代のことが思われる

伊勢の国にて

伊勢の海の
   沖つ白波 花にもが
 包みて妹が 家づとにせむ
          安貴王(あきのおおきみ) 万葉集3巻306

伊勢の海の
  沖に立つ白波が 花であれば良いのに
    包んで妻への お土産にしたいから

象の小川の歌

     「暮春の月、吉野の離宮(とつみや)にいでませる時、
       中納言大伴卿、勅(みことのり)をうけたまはりて作る歌一首
        あはせて短歌 未だ奏上に至らぬ歌」
み吉野の 吉野の宮は 山からし 貴(たふと)くあらし 川からし さやけくあらし 天地(あめつち)と 長く久しく よろづ代(よ)に 変はらずあらむ いでましの宮
          大伴旅人 万葉集3巻315

み吉野の 吉野の離宮は 山であるせいで 貴くあるようだ 川であるせいで 清らかであるようだ 天と地と共に 長く久しく いつの代までも 変わらずにあるだろう 天皇のおいでになるその宮

むかし見し
  象(さき)の小川を 今見れば
    いよゝさやけく なりにけるかも
          大伴旅人 万葉集3巻316

以前にも見た
  象の小川を 今また見れば
    いよいよ清らかに
  なって来たように思われるよ

田子の浦の歌

     『富士の山を望む歌』
天地(あめつち)の 分かれし時ゆ 神(かむ)さびて 高く貴き 駿河(するが)なる 富士の高嶺(たかね)を 天の原 振り放(さ)け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲(しらくも)も い行きはゞかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎゆかむ 富士の高嶺は
          山部赤人 万葉集3巻317

天と地が 分かれた時から 神々(こうごう)しく 高く貴い 駿河にある 富士の高嶺を 天も遥かに 振り仰いで見れば 渡る太陽の 光も隠れ 照る月の 光も見えない 白雲も 行き遮られて 時を限らず 雪は降っている 語り継ぎ 言い続けてゆこう この富士の高嶺を

田子(たご)の浦ゆ
   うち出でゝ見れば 真白にそ
  富士の高嶺(たかね)に 雪は降りける
          山部赤人 万葉集3巻318

田子の浦から
  うち出て見ると 真っ白に
    富士の高嶺に 雪は降っているよ

神岳(かみをか)の歌より

     「反歌」
明日香川
  川淀さらず 立つ霧の
    思ひ過ぐべき 恋にあらなくに
          山部赤人 万葉集3巻325

飛鳥川(明日香川)の
  川の淀みを去らずに 立ちこめる霧のように
    思いのすぐに過ぎてしまうような
  恋ではありません

あをによし奈良の都は

あをによし 奈良のみやこは
   咲く花の にほふがごとく
      今盛りなり
          小野老(おののおゆ) 万葉集3巻328

(あをによし) 奈良の都は
   咲き誇る花の 照り映えるように
     今こそ栄えているよ

つばらつばらの歌

あさぢ原
   つばら/\に もの思(おも/も)へば
 古(ふ)りにし里し 思ほゆるかも
          大伴旅人 万葉集3巻333

(浅茅原)
    つくづくと もの思いに耽っていると
  古びたかつての都のことが 思われてなりません

宴(えん)をまかる歌

     「山上憶良臣(おみ)、宴(えん)をまかる歌一首」
憶良(おくら)らは
  今はまからむ 子泣くらむ
    それその/そのかの母も 我(あ/わ)を待つらむそ
          山上憶良 万葉集3巻337

この憶良めは
   これで失礼します。子も泣いているでしょう。
 それでその子の母も、私を待っているでしょうから。

酒を讃(ほ)める歌

     『大宰帥大伴卿、酒を讃(ほ)むる歌十三首より』
しるしなき ものを思はずは
   ひと坏(つき)の にごれる酒を
  飲むべくあるらし
          大伴旅人 万葉集3巻338

考えても仕方のない ことを思うよりは
  一杯の にごった酒を
    飲む方が良いでしょう

なか/\に 人とあらずは
   酒壺(さかつぼ)に なりにてしかも
      酒に染(し)みなむ
          大伴旅人 万葉集3巻343

中途半端に 人とあるくらいなら
  いっそ酒壺に なってしまえればいい
    ずっと酒に染まっていたい

黙居(もだを)りて 賢(さか)しらするは
  酒飲みて 酔ひ泣きするに
    なほしかずけり
          大伴旅人 万葉集3巻350

無口ぶって 賢そうにするのは
  酒を飲んで 酔い泣きをするのに
    やはり及ばないものです

満誓沙弥の歌

世のなかを
  なにゝ喩(たと)えむ 朝びらき
    漕ぎ去(い)にし船の 跡なきごとし/がごと
          沙弥満誓(しゃみまんぜい) 万葉集3巻351

世の中を 何に喩えようか
  朝の港から 漕ぎ去った船の
    波跡が消えてしまうようなものか

菜摘の川の川淀に

     「湯原王、吉野にして作る歌一首」
吉野なる
  菜摘(なつみ)の川の 川淀(かはよど)に
    鴨ぞ鳴くなる 山影にして
          湯原王(ゆはらのおおきみ) 万葉集3巻375

吉野にある
  菜摘の川の 川の淀みで
    鴨が鳴いている 山影のところで

仙女の歌

     『仙柘枝(やまびめつみのえ)の歌』
あられ降り
  きしみが岳を さがしみと
    草取りはなち/かねて 妹が手を取る
          味稲(うましね)? 万葉集3巻385

(小学館)の「草取りかなわ」は意味不明瞭のため取らず

(あられ降り)
   きしみが岳が 険しいので
     草を取り損ねて 妻の手を取る

比喩歌(ひゆか)

笠郎女の歌

     『大伴家持に贈る歌三首のうち一首』
託馬野(つくまの)に
   生ふる紫草(むらさき) 衣(きぬ)に染(し)め
  いまだ着ずして 色に出でにけり
          笠郎女 万葉集3巻395

託馬野に
  生えるむらさき草で 服を染めて
    まだ着てもいないのに
  その色となって現われてしまいました

「色となって現われる」では原意に首を傾げるところを、含みを読み取らせるという「比喩歌」の手本のようでもある。

挽歌

雲隠りなむの歌

     「大津皇子、死をたまはりし時、
         磐余の池の堤(つゝみ)にして、
       涙を流して作らす歌一首」
もゝづたふ
  磐余(いはれ)の池に 鳴く鴨を
    今日のみ見てや 雲隠(くもが)りなむ
          大津皇子(おおつのみこ) 万葉集3巻416

(ももづたふ)
   磐余の池に 鳴いている鴨を
     今日だけは見て
   死んでいくというのか

巻第四

相聞

     『額田王、天智天皇を思(しの)ひて作る歌』
君待つと 我(あ/わ)が恋ひ居れば
   わが宿の すだれ動かし 秋の風吹く
          額田王 万葉集4巻488

あなたを待って 恋い慕っていますと
   わたしの家の すだれを動かして
  秋の風が吹いて来るのです

いつ藻の花のいつもいつも

川の上(へ/うへ)の
  いつ藻の花の いつも/\
    来ませ我が背子 時じけめやも
          吹黄刀自(ふふきのとじ) 万葉集4巻491

河のほとりの
  いつ藻の花の いつもいつも
    いらしてくださいなあなた
  都合が悪い時などありませんから

伊勢の浜荻

     「碁檀越、伊勢国に行きし時、とゞまれる妻が作る歌一首」
神風(かむかぜ)の
  伊勢の浜荻(はまをぎ) 折り伏せて
    旅寝やすらむ 荒き浜辺(はまへ)に
          碁檀越(ごのだにおち)の妻 万葉集4巻500

(神風の)
   伊勢の浜辺の荻を 折り敷いて
     旅に寝ているのだろうか
   荒れた浜辺で

袖振る山の歌

娘子(をとめ)らが
  袖布留山(そでふるやま)の 瑞垣(みづかき)の
    久しき時ゆ 思ひき我は
          柿本人麻呂 万葉集4巻501

乙女らが
  袖を振るという布留山の 神域の垣根のような
    久しいほどの時を 思い続けていましたよ私は

小鹿の角のつかの間

夏野行く
  小鹿(をしか)の角の つかの間も
    妹がこゝろを 忘れて思へや
          柿本人麻呂 万葉集4巻502

夏野を行く
  牡鹿の角のような 短いあいだも
    あなたのこころを 忘れたりしましょうか

坂上郎女の歌

千鳥鳴く
   佐保の川瀬の さゞれ波
 やむ時もなし 我(あ)が恋ふらくは
          大伴坂上郎女 万葉集4巻526

千鳥の鳴く
   佐保の川瀬の さざ波のよう
  絶えることなどありません
    わたしの恋しさは

来(こ)むと言ふも 来(こ)ぬ時あるを
  来じと言ふを 来むとは待たじ
    来じと言ふものを
          大伴郎女 万葉集4巻527

来ようと言っても 来ない時があるのに
  来ないと言うのを 来るだろうかと思って
    待ったりはしません
  だって 来ないと言うのだから……

従駕(じゅうが)を送る娘の歌より

     「反歌」
後れ居て 恋ひつゝあらずは
   紀伊(き)の国の 妹背(いもせ)の山に
  あらましものを
          笠金村(かさのかなむら) 万葉集4巻544

残されて 恋しがるくらいなら
  紀伊の国の 妹背の山のように
    くっついていればよかったものを

待酒の歌

     「大宰帥大伴卿、大弐丹比県守卿(だいにたぢひのあがたもりのまへつきみ)が、
        民部卿(みんぶのきやう)に遷任するに贈る歌」
君がため 醸(か)みし待酒(まちさけ)
  安の野に ひとりや飲まむ
    友なしにして
          大伴旅人 万葉集4巻555

あなたのために
  噛んで作って置いた待ち酒を
    安の野に ひとりで飲むのか
  友も居ないままで

老たる恋の贈答

     『大宰大監(だざいのだいけん)大伴宿禰(すくね)百代の恋の歌四首より』
恋ひ死なむ 時は/後はなにせむ
  生ける日の ためこそ妹を
    見まく欲りすれ
          大伴百代(ももよ) 万葉集4巻560

恋に死んだら それからどうなると言うのでしょう
  生きている日の ためにこそあなたに
    逢いたいと願うのです

     「大伴坂上郎女の歌二首」
黒髪に
  白髪まじり 老ゆるまで
    かゝる恋には いまだ逢はなくに
          大伴坂上郎女 万葉集4巻563

黒髪に
  白髪がまじり 年を取るまで
    これほどの恋には
  逢ったことはありませんでした

駅使(はゆまづかい)に贈る歌

     『大伴百代ら、駅使(やくし)に贈る歌』
くさまくら
   旅ゆく君を うるはしみ
  たぐひてぞ来し 志賀(しか)の浜辺(はまへ)を
          大伴百代 万葉集4巻566

(くさまくら)
   旅に出るあなたが 慕わしいものですから
  付き添って来てしまいました
    志賀島の浜辺まで

沙弥満誓に答える歌二首

こゝにありて 筑紫(つくし)やいづち
  白雲の たなびく山の
    方(かた)にしあるらし
          大伴旅人 万葉集4巻574

ここからだと 筑紫はどちらだろう
  白雲が たなびいている山の
    かなたにあるだろうか

草香江(くさかえ)の
   入り江にあさる 葦鶴(あしたづ)の
 あなたず/”\し 友なしにして
          大伴旅人 万葉集4巻575

草香江の
   入り江で餌を捕る 葦に居る鶴の
 ああおぼつかないよ 友も居ないものだから

ねもころ歌

     『大伴旅人に仕える余明軍、大伴家持に与ふる歌』
あしひきの
  山に生ひたる 菅(すが)の根(ね)の
    ねもころ見まく 欲しき君かも
          余明軍(よのみょうぐん) 万葉集4巻580

(あしひきの)
   山に生えている 菅の根のように
  ねんごろに見たいと 思うあなたです

笠郎女、家持に贈る歌

白鳥(しらとり)の
  飛羽山松(とばやままつ)の 待ちつゝそ/ぞ
 我(あ/わ)が恋ひわたる この月ごろを
          笠郎女(かさのいらつめ) 万葉集4巻588

(しらとりの)
    飛羽山の松の 待ちながら
  わたしは恋し続けています 幾月ものあいだ

君に恋ひ いたもすべなみ
  奈良山の 小松がもとに/したに
    立ち嘆くかも
          笠郎女(かさのいらつめ) 万葉集4巻593

あなたが恋しくて どうしようもなくて
  奈良山の 小松のところに
    たたずんで嘆いているのです

八百日(やほか)行く 浜の真砂(まなご)も
   我(あ/わ)が恋に あにまさらじか
      沖つ島守(しまもり)
          笠郎女(かさのいらつめ) 万葉集4巻596

八百日を歩くほどの 浜の砂を集めても
  わたしの恋には きっとまさらないでしょうよ
    聞いていますか
      沖で眺めている島守さん

思ふにし/ひにし
   死にするものに あらませば
  千度(ちたび)そ我(あれ/われ)は 死に反らまし
          笠郎女 万葉集4巻603

恋しさが
   死ぬべきもので あるならば
 千回でもわたしは 死を繰り返す事でしょう

皆人を
  寝よとの鐘は 打つなれど
    君をし思へば 寐(い)ねかてぬかも
          笠郎女(かさのいらつめ) 万葉集4巻607

すべての人よ
  寝なさいという合図の鐘は 鳴りましたが
    あなたを思えば 眠りにつけません

相思はぬ 人を思ふは
   大寺(おほてら)の 餓鬼(がき)のしりへに 額(ぬか)つくごとし/がごと
          笠郎女(かさのいらつめ) 万葉集4巻608

思ってもくれない 人を思うのは
   大寺の 神ならぬ餓鬼の像の
  後ろから懸命に拝むようなものに過ぎません

山口女王、家持に贈る歌

剣大刀(つるぎたち)
  名の惜(を)しけくも 我(あれ/われ)はなし
    君に逢はずて 年の経ぬれば
          山口女王(やまぐちのおおきみ) 万葉集4巻616

(つるぎたち)
   うわさに立つ名前など わたしは惜しくもありません
     あなたに逢わないままで 年が過ぎてしまいましたから

葦辺(あしへ)より
  満ち来る潮の いや増しに
    思へか君が 忘れかねつる
          山口女王(やまぐちのおおきみ) 万葉集4巻617

葦辺から
  満ちてくる潮の ますます増さるように
    思うからかあなたが どうしても忘れられません

湯原王、娘子に贈る歌

目には見て
   手には取らへぬ 月のうちの
 楓(かつら)のごとき 妹をいかにせむ
          湯原王 万葉集4巻632

眺めることは出来て
   手に取ることは出来ない 月の内にある
 かつらの木のような あなたをどうしたら得られるだろう

紀郎女の怨恨歌(えんこんか)

しろたへの
  袖別るべき 日を近み
    心にむせひ 音のみし泣かゆ
          紀郎女 万葉集4巻645

(しろたへの)
   袖の別れるべき 日が近づいたので
     悲しみにこころがつかえて
   声に出して泣いています

坂上郎女の歌

玉守(たまもり)に 玉は授(さづ)けて
  かつ/”\も 枕と我(あれ/われ)は
    いざふたり寝む
          大伴坂上郎女 万葉集4巻652

玉の守りに 玉は授けて
  今はともかく 枕と私とは
    さあ二人で寝ましょうか

「玉」は自分の娘の比喩

恋ひ/\て 逢へる時だに
  うつくしき/うるはしき 言(こと)尽くしてよ
    長くと思はゞ
          大伴坂上郎女 万葉集4巻661

恋しくて 恋しくて ようやく逢えた時くらい
  やさしげな 言葉を尽くしてよ
    長く恋人で居たいなら

中臣郎女、家持に贈る歌

をみなへし
  佐紀沢(さきさは)に生ふる 花かつみ
    かつても知らぬ 恋もするかも
          中臣郎女(なかとみのいらつめ) 万葉集4巻675

(をみなへし)
   佐紀沢に生える 花がつみでもありませんが
     わずかほども知らなかった
   恋をしているのです

広河女王の恋歌二首

恋草(こひぐさ/こひくさ)を
  力車(ちからぐるま/くるま)に七車(ななくるま)
    積みて恋ふらく わが心から
          広河女王(ひろかわのおおきみ) 万葉集4巻694

恋しさのはびこる恋草を
  人力車に七車分も
    積み上げて恋しがるのも
  わたしの心のせいなのさ

恋は今は
   あらじと我は 思へるを
 いづくの恋ぞ つかみかゝれる
          広河女王 万葉集4巻695

恋はもう今は
  あり得ないと私は 思っているのに
    どこの恋なんでしょうか
  無理矢理掴みかかって来るのは

家持、坂上大嬢に贈る歌

我(あ)が恋は
  千引(ちびき)の石(いし/いは)を 七(なゝ)ばかり
    首に懸(か)けむも 神のまに/\
          大伴家持 万葉集4巻743

わたしの恋は
  千人引きの岩を 七つでも
    首に懸けるほど苦しくても
 神のなさるままに享受します
   あなたが好きだから

紀郎女、家持に贈る歌

玉の緒を
   あは緒に縒(よ)りて 結べらば
 ありて後にも 逢はざらめやも/ずあらめやも
          紀郎女(きのいらつめ) 万葉集4巻763

玉の緒を
  沫緒(あわお)縒りにして 結んだならば
    ことがあった後でもまた
  逢えないことがあるでしょうか

巻第五

雑歌

凶問(きょうもん)に答える歌

世の中は
  空しきものと 知る時し
    いよゝます/\ 悲しかりけり
          大伴旅人 万葉集5巻793

この世に居るのは
   空しい事に過ぎないと 知ったときこそ
 いよいよますます 悲しい気持ちにさせられます

日本挽歌より

妹が見し
   楝(あふち)の花は 散りぬべし
 我が泣くなみだ いまだ干なくに
          山上憶良 万葉集5巻798

かつて妻が見た
  センダンの花は 散りそうです
    私の泣く涙は まだ乾きもしないのに

大野山 霧立ちわたる
  我が嘆く おきその風に
    霧立ちわたる
          山上憶良 万葉集5巻798

大野山に 霧が立ち渡る
  私が嘆く ため息の風で
    霧が立ち渡る

子らを思ふ歌

 釈迦如来(しやかによらい)、
  金口(こんく)に正(まさ)に説きたまはく。
   「等しく衆生(しゆじやう)を思ふこと、ラゴーラのごとし」
 また説きたまはく、
   「愛するは子に過ぎたることなし」
 至極(しごく)の大聖(たいしやう)すら、
  なほし子を愛したまふ心あり。
   いはむや、世間(せけん)の青生(さうせい)、
    誰れか子を愛せざらめや。

 釈迦如来が、金色(こんじき)の口で説いたところは、
   「あらゆる者を等しく思うことは、我が子ラゴーラのごとし」
また説いたところは、
   「愛することは、子供以上に増さることはない」
 最上の聖(ひじり)ですら、
  このように子を愛する心を持っている。
   ましてや、世間の一般の人々の、
    誰が子を愛さないでいられようか。

瓜食(うりは)めば 子ども思ほゆ
  栗食(くりは)めば まして偲(しぬ)はゆ
    いづくより 来たりしものそ
  まなかひに もとなかゝりて
安眠(やすい)し寝(な)さぬ
          山上憶良 万葉集5巻802

瓜を食べれば 子供の事が思われる
  栗を食べれば ましてや偲ばれる
    なんのためにか 生まれてきた者か
  目の前に むやみにちらついて
穏やかに眠らせてくれないもの

しろかねも
  くがねも玉も なにせむに
    まされる宝 子にしかめやも
          山上憶良 万葉集5巻803

銀(しろがね)も金(こがね)も玉も なにほどの事か
   よりすばらしい宝である
      子どもには及ぶべくもない

日本琴(やまとこと)の歌より

言問(ことゝ)はぬ 木にはありとも
  うるはしき 君が手馴(たな)れの 琴にしあるべし
          大伴旅人 万葉集5巻811

言葉を発しない 木ではありますが
   うるわしい お方が愛用なされる
  琴としてあれるでしょう

梅花の歌より

春されば
  まづ咲くやどの 梅の花
    ひとり見つゝや 春日(はるひ)暮らさむ
          山上憶良 万葉集5巻818

春になれば
  まず咲く我が家の 梅の花を
    一人で眺めながら 春の日を暮らすものか

わが園(その)に 梅の花散る
  ひさかたの 天(あめ)より雪の
    流れ来るかも
          大伴旅人 万葉集5巻822

わたしの園に 梅の花が散るよ
  (ひさかたの) 天から雪が
     流れて来るように

松浦川に遊ぶ歌より

     『松浦川に遊ぶ歌より』
松浦(まつら)なる
   玉島川(たましまがは)に 鮎釣ると
 立たせる子らが 家道知(いへぢし)らずも
          (筑紫歌壇制作) 万葉集5巻856

松浦の
   玉島川に 鮎を釣ろうと
 立っている娘たちの 家路は知らないけれど

松浦佐用姫の歌より

遠つ人 松浦佐用姫(まつらさよひめ)
   夫恋(つまご)ひに ひれ振りしより
  負へる山の名
          (筑紫歌壇制作) 万葉集5巻871

(遠つ人)を待つ 松浦佐用姫が
   夫を恋い慕って 袖を振ってから
     付けられたその山の名よ

あえて私懐を述べる歌より

     「あへて私懐(しくわい)を述ぶる歌」
あまざかる
  鄙(ひな)に五年(いつとせ) 住まひつゝ
    みやこの手振り 忘らへにけり
          山上憶良 万葉集5巻880

(あまざかる)
  田舎の地方に 五年も住み続け
    みやこの仕草も 忘れてしまいました

貧窮問答歌(びんぐうもんどうか)

風雑(ま)じり 雨降る夜(よ)の 雨雑(ま)じり 雪降る夜(よ)は すべもなく 寒くしあれば 堅塩(かたしほ)を 取りつゞしろひ 糟湯酒(かすゆざけ) うちすゝろひて 咳(しはぶ)かひ 鼻びし/”\に しかとあらぬ ひげ掻(か)き撫(な)でゝ 我(あれ)をおきて 人はあらじと ほころへど 寒くしあれば 麻襖(あさぶすま) 引き被(かゞふ)り 布肩着(ぬのかたぎぬ) 有りのこと/"\ 着そへども 寒き夜すらを 我(われ)よりも 貧しき人の 父母は 飢え寒(こ)ゆらむ/寒(さむ)からむ 妻子(めこ)どもは 乞(こ)ふ/\泣くらむ この時は いかにしつゝか 汝(な)が世は渡る

天地(あめつち)は 広しといへど 我(あ)がためは 狭(さ)くやなりぬる 日月(ひつき)は 明(あか)しといへど 我(あ)がためは 照りやたまはぬ 人皆か 我(あ)のみやしかる わくらばに 人とはあるを 人並(ひとなみ)に 我(あれ)もなれるを 綿(わた)もなき 布肩衣(ぬのかたぎぬ)の 海松(みる)のごと わゝけ下がれる かゝふのみ 肩にうち掛け 伏(ふ)せ廬(いほ)の 曲廬(まげいほ)のうちに 直土(ひたつち)に 藁(わら)解き敷きて 父母は 枕のかたに 妻子(めこ)どもは 足のかたに 囲(かく)みゐて 憂(うれ)へさまよひ 竈(かまど)には 火気(ほけ)吹き立てず 甑(こしき)には 蜘蛛(くも)の巣かきて 飯炊(いひかし)く ことも忘れて ぬえ鳥(どり)の のどよひ居(を)るに いとのきて 短き物を 端切ると 言へるがごとく しもと取る 里長(さとをさ)が声は 寝屋戸(ねやど)まで 来(き)たち呼ばひぬ かくばかり すべなきものか 世の中の道
          山上憶良 万葉集5巻892

風に交じって 雨が降る夜の 雨に交じって 雪が降る夜は なす術(すべ)もなく 寒くあるので かた塩を 少しずつ摘み食い 糟湯酒 ちびちび飲んで 咳をして 鼻をすすって しっかりとない 鬚を掻き撫でて 俺意外に 立派な人はいないと 威張ってはみるが 寒くあるので 麻のふとんを 引いて被って 布肩衣(ぬのかたぎぬ)を あるだけ全部 重ね着ても 寒い夜なのに 自分よりも 貧しい人の 父母は 飢え凍えているだろう 妻子は 求めて泣くだろう こんな時は どのようにして お前は世を渡るのか

天地は 広いというが 私のためには 狭くなったのか 月や太陽は 明るいというが 私のためには 照ってはくれないのか 人は皆こうなのか 私だけがこうなのか 奇跡のように 人と生まれて 人並みに 私も育ったのに 綿(わた)もない 布肩衣を 海藻のように 破れ下がった ボロ切れを 肩にうち掛けて 伏せた廬(いおり)の 曲がった廬のうちに 土にじかに 藁を解き敷いて 父母は 枕の方に 妻子たちは 足の方に 囲み居て 憂い嘆き かまどには 煙も立たず こしきには 蜘蛛の巣が張り 飯を炊く ことも忘れて ぬえ鳥の か細い声をするのに ただでさえ 短いものを 切り詰めると 諺にあるように 鞭を持った 里長(さとおさ)の声は 寝床まで 来て呼び立てる これほどに どうにもならないものか この世を生きると言うことは

世の中を
  憂(う)しと恥(やさ)しと 思へども
    飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば
          山上憶良 万葉集5巻893

世の中は
  辛いもの 恥ずべきものと 思うけれど
    飛びされないもの 鳥でないから

沈痾自哀文(ちんあじあいぶん)より漢詩

俗道(ぞくだう)の変化(へんくわ)は激目(げきもく)のごとく
人事の経紀(けいき)は申臂(しんぴ)のごとし
空しく浮雲(ふうん)と大虚(だいきよ)を行き
心力ともに尽きて寄る所なし

世の中の変化は瞬きのよう
人事の経過は肘を伸ばすほどの間しかない
空しく浮き雲のように大空を行き
心も体も尽きて寄るべき所もない

巻第六

雑歌

吉野の秋津宮(あきづのみや)の歌より

     『吉野の離宮(とつみや)にいでませる時の歌の反歌』
山高(やまたか/だか)み
   白木綿花(しらふゆばな/はな)に 落ちたぎつ
 滝の河内(かふち)は 見れど飽かぬかも
          笠金村 万葉集6巻909

山が高いので
  白木綿(しらゆう)の花みたいに たぎり落ちる
    滝で知られた河内は どれほど見ても飽きない

鶴(たづ)鳴き渡るの歌

     「神亀(じんき)元年甲子(きのえね)の冬、十月五日、
       紀伊の国にいでます時に、山部宿禰赤人が作る歌 あはせて短歌」
やすみしゝ 我ご大君 常宮(とこみや)と 仕へ奉(まつ)れる 雑賀野(さひかの)ゆ そがひに見ゆる 沖つ島 清き渚(なぎさ)に 風吹けば 白波騒(さわ)き 潮干(しほふ)れば 玉藻(たまも)刈りつゝ 神代(かむよ)より しかぞ貴き 玉津島山(たまつしまやま)
          山部赤人 万葉集6巻917

(やすみしし) 我らが大君の 常のみやこと お造りになられた 雑賀野(さひかの)の離宮の かなたに見える 沖の島の 清らかな渚に 風が吹けば 白波が騒ぎ 潮が引けば 玉藻を刈りながら 神の代より このように貴い この玉津島山よ

     「反歌二首」
沖つ島 荒磯(ありそ)の玉藻
  潮干満ち い隠り行かば
    思ほえむかも
          山部赤人 万葉集6巻918

沖の島の 荒磯の玉なす藻は
  潮が満ちて 隠れてしまったら
    どのように偲べばよいのだろうか

若の浦に
  潮満ち来れば 潟(かた)をなみ
    葦辺(あしへ)をさして 鶴(たづ)鳴き渡る
          山部赤人 万葉集6巻919

若の浦に
  潮が満ちてくれば 干潟がないので
    葦辺をめざして 鶴が鳴き渡るよ

千鳥しば鳴くの歌

やすみしゝ 我ご大君の 高知らす 吉野の宮は たゝなづく 青垣隠(あをかきごも)り 川なみの 清き河内(かふち)ぞ 春へは 花咲きをゝり 秋されば 霧立ちわたる その山の いやます/\に(orしく/\に) この川の 絶ゆることなく もゝしきの 大宮人は 常に通はむ
          山部赤人 万葉集6巻923

(やすみしし) 我が大君が 高く築かれた 吉野の離宮は 重なり合う 青い垣根のような山に隠れ 川の流れの 清らかな河内です 春頃は 花咲き乱れ 秋になれば 霧が立ち渡る その山の 重なるように この川の 絶えることなく (ももしきの) 宮中の人は 常に通ってくるでしょう

み吉野の
  象山(さきやま)の際(ま)の 木末(こぬれ)には
    こゝだも騒(さわ)く 鳥の声かも
          山部赤人 万葉集6巻924

み吉野の
  象山の谷間の 梢(こずえ)には
    これほど鳴き騒ぐ 鳥の声がします

ぬばたまの
   夜の更けゆけば 久木(ひさぎ/ひさき)生ふる
 清き川原に 千鳥しば鳴く
          山部赤人 万葉集6巻925

(ぬばたまの)
   夜が更けてゆけば 久木(ひさぎ)の生える
     清らかな川原に 千鳥がしきりに鳴いている

香椎(かしい)の浦の歌

いざ子ども
  香椎(かしひ)の潟(かた)に しろたへの
    袖さへ濡れて 朝菜摘みてむ
          大伴旅人 万葉集6巻957

さあ皆よ
   香椎の潟で (しろたへの)
  袖さえ濡らしながら
     朝菜を摘もうではないか

恋忘れ貝

     『みやこに向かふ海路(うみつぢ)にして、
        貝を見て作る歌一首』
我が背子に 恋ふれば苦し
    いとまあらば
  拾ひてゆかむ 恋忘れ貝
          大伴坂上郎女 万葉集6巻964

愛する人への 恋しさが苦しいから
  暇があったら 拾って行こうかしら
    恋を忘れるという貝殻を

沈痾(ちんあ)の時の歌

をのこやも 空しくあるべき
   万代(よろづよ)に 語り継ぐ/継くべき 名は立てずして
          山上憶良 万葉集6巻978

男であれば 空しく終えてよいものか
  いつの世までも 語り継がれるべき 名を立てないまま

打酒(だしゅ)の歌

焼大刀(やきたち)の
  かど打ち放ち ますらをの
    寿(ほ)く豊御酒(とよみき)に われ酔ひにけり
          湯原王 万葉集6巻989

焼き鍛えた刀の
  角をうち放ち 立派な男子が
    祝うすばらしい酒に わたしは酔いました
      (意味未解明)

三日月の眉

振り放(さ)けて 三日月見れば
  ひと目見し 人の眉引(まよび)き 思ほゆるかも
          大伴家持 万葉集6巻994

振り仰いで 三日月を見れば
  ひと目見た あの人の眉毛のさまが
    こころに浮かんで来るよ

橘の性を与える時の歌

     「冬十一月に、左大弁(さだいべん)葛城王達(かづらきのおほきみたち)、
       姓(かばね)橘(たちばな)の氏(うぢ)を、たまはりし時の御製歌一首」
たちばなは
  実さへ花さへ その葉さへ
    枝(え)に霜降れど いや常葉(とこは)の木
          聖武天皇 万葉集6巻1009

たちばなは
  実さえ花さえ その葉さえも
    枝に霜が降っても ますます常緑に栄える木

我ぞ知るの旋頭歌

     『元興寺(ぐわんごうじ)の僧(ほふし)、みづから嘆く歌』
白玉は
  人に知らえず 知らずともよし
    知らずとも
      我し知れらば 知らずともよし
          元興寺の僧 万葉集6巻1018

真珠は
  誰にも知られていないが 知らなくても良い
    誰も知らなくても
      私さえ知っていたなら 知られなくてもよい

吾の松原の歌

妹に恋ひ
  吾(あが)の松原 見渡せば
    潮干(しほひ)の潟(かた)に 鶴(たづ)鳴き渡る
          聖武天皇 万葉集6巻1030

妻が恋しくて
  吾(あが)の松原を 見渡すと
    潮の干いた潟には 鶴が鳴いて渡るよ

活道(いくぢ)の岡の一つ松

ひとつ松 幾代か経ぬる
  吹く風の 音の清きは 年深みかも
          市原王 万葉集6巻1042

一つ松よ 幾代を経たのか
  吹く風の 音が清らかなのは
    その歳月を 讃えてのことなのだろう

新しき恭仁京を誉める歌より

鹿背(かせ)の山 木立を茂(しげ)み
  朝さらず 来鳴きとよもす
    うぐひすの声
          田辺福麻呂(たなべのさきまろ) 万葉集6巻1057

鹿背の山は 木立が茂っているので
  毎朝欠かさず 来ては鳴き響いているよ
    うぐいすの声

恭仁の荒墟をしのぶ歌より

咲く花の 色は変はらず
  もゝしきの 大宮人ぞ たち変はりける
          田辺福麻呂(たなべのさきまろ) 万葉集6巻1061

咲く花の 色は変わらない
  (ももしきの) 宮廷の人々の様子だけが
     移り変ってしまった

2016/08/25

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