古今和歌集、仮名序の朗読

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注意事項

・原文の漢字ひらがな表記に忠実であっても、あまり意味がない(学究的サイトでないから)ことから、適度にひらがなを漢字に、句読点を加えて読みやすくしておくなり。

・<>の部分は、原文ではなく、後に書き加えられた「古注」と呼ばれる部分。平兼盛(たいらのかねもり)(?〜991)の歌があるので、「古今和歌集」完成後に書き加えられたとされる。藤原定家本では、本文に対して、細字の二行書きになっている。

[]は管理人の補足。

・参照した本は、「講談社学術文庫」と「角川ソフィア文庫」のもので、ともに藤原定家筆伊達本とよばれるものが底本になっている。

インデックス

[朗読一]
[朗読二]
[朗読三]
[朗読四]

朗読一

 やまとうた[漢文に対して我が国の歌といった意味。和歌。]は、人のこころをたね[種。人の心を生まれ育つ植物のもとにとらえる]として、よろづのことのは[あまたの言の葉、種の結果として]とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ[事為、事柄と行為]しげき[多い]ものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひいだせるなり。

 花になくうぐひす、水にすむかはづ[河鹿蛙・かじかがえる、のこと。雄鹿みたいな(だから河の鹿)、あるいは秋の虫みたいな鳴き声がする]のこゑを聞けば、生きとし生けるもの いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして、あめつちをうごかし、目に見えぬおに神[「おにかみ?」鬼神のこと。死者の魂のうち、身内を見守る氏神(うじがみ)でないもの]をもあはれとおもはせ、をとこをむな[男女]のなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは歌なり。[このようなところから、後に歌徳説話と呼ばれる、歌の聖なる力の物語が沢山生まれてくる]

 この歌、あめつちのひらけはじまりける時より、いできにけり。

<あまの浮き橋のしたにて、め神を神[女神男神・イザナギとイザナミのこと]となりたまへる事をいへるうたなり>

しかあれども、世につたはることは、ひさかたのあめ[天上界]にしては、したてる姫に始まり、

<したてる姫とは、あめわか御子の妻[め]なり、せうとの神[兄の、ああじしきたかひこねの神のこと]のかたち、岡、谷にうつりて、かかやくを詠めるえびす歌[古事記の言う「ひなぶり歌」]なるべし。これらは文字の数もさだまらず、歌のやうにもあらぬことどもなり>

あらがねのつち[地上世界]にしては、すさのをのみこと[天照大神の弟]よりぞおこりける。

 ちはやぶる神世には、歌の文字もさだまらず、すなほにして、事の心わきがたかりけらし。ひとの世となりて、すさのをのみことよりぞ、三十(みそもじ)あまり一字(ひともじ)はよみける。

<すさのをのみことは、あまてるおほむ神のこ[兄、の意味で仮名序のあやまり。本当は弟]の神なり。女(め)とすみたまはむとて、いづもの国に宮づくりしたまふ時に、その所に、やいろ[八色、脚色と思われる]の雲の立つを見て詠みたまへるなり、
「やくもたつ いづもやへがき つまごめに
やへがきつくる そのやへがきを」

 かくてぞ花を愛(め)で、鳥をうらやみ[うらやましく思い]、霞をあはれび[情緒深く思うこと]、露をかなしぶ[いとしく思う]心、言葉おほく、さまざまになりにける。とほき所[白楽天の座右の銘「千里は足下より始まり、高山は微塵より起こる。わが道もまたこの如し。これを行うこと日に新たなるを貴ぶ」を踏まえているそうだ]も、いでたつ足もとより始まりて、 年月(としつき)をわたり、たかき山も、ふもとの塵(ちり)ひぢよりなりて、あまぐも[空の雲]たなびくまで、おひ昇れるごとくに、この歌もかくのごとくなるべし。



 難波津(なにはづ)[今とは地形が違うが、大阪の港に都市があった]の歌は、みかどのおほむ始め[神代から天皇の御代の始めの歌]なり。

<おほさざきのみかど[仁徳天皇]の、難波津にて、皇子ときこえける時、東宮[はるのみや、と読むべきなのか不明]を互ひにゆづりて、くらゐにつきたまはで[位にお就きにならないで]、三年(みとせ)になりにければ、王仁(わに)[百済から渡来した帰化人]といふ人のいぶかり思ひて、よみてたてまつりける歌なり。「この花」[後に出てくる]は梅の花を言ふなるべし>

 安積山(あさかやま)のことばは、うねめ[宮中の女官のひとつ]のたはぶれ[たわむれ]より詠みて、

<かづらきのおほきみ[橘諸兄(684-757)がそう呼ばれていた。講談社学術文庫の解説だと、680年に没した別人ではないかとされていた]を、みちのおく[すなわち東北方面]へつかはしたりけるに、国のつかさ、事おろそかなりとて[国司の饗応が不十分であると]、 まうけ[宴の準備]などしたりけれど、すさまじ[不機嫌]かりければ、うねめなりける女の、かはらけ[酒杯]取りて詠めるなり。これにぞ、おほきみの心とけにける。
「あさか山 かげさへ見ゆる 山の井の
あさくは人を おもふのもかは」

[万葉集巻十六(3087)]

 このふた歌は、歌の父母(ちちはは)のやうにてぞ、手ならふ 人のはじめにもしける。

朗読二

 そもそも、歌のさま[様。心と詞とに分けずに和歌を把握するもので、「姿」「風体(ふうてい)」と同じなのだそうだ]六(むつ)なり。唐(から)の歌[漢詩。もちろん分類も漢詩から来ている]にもかくぞあるべき。

 その六草(むくさ)の一(ひとつ)には、「そへ歌」。おほさざきのみかど[仁徳天皇]をそへたてまつれる歌。
「なにはづに さくやこの花 ふゆごもり
いまははるべと さくやこのはな」

[つまり、これが難波津の歌]
といへるなるべし。



 二(ふたつ)には、「かぞへ歌」、
「さく花に おもひつくみの あぢきなさ
身にいたづきの いるもしらずて」

といへるなるべし。

<これは、ただ事にいひて[直接述べて]、ものにたとへなどもせぬ[比喩などをしない]ものなり。この歌、いかにいへるにかあらむ。[いかにして「かぞえ歌」といえるのだろうか]その心得がたし。五(いつつ)に「ただこと歌」といへるなむ、これにはかなふべき。[五番目の分類こそふさわしい]



 三(みつ)には「なずらへ歌」、
「きみにけさ あしたのしもの おきていなば
こひしきごとに きえやわたらむ」

といへるなるべし。

<これは、物にもなずらへて[物になぞらえて、比喩を使用して]、それがやうになむあるとやうに言ふなり。この歌、よくかなへり[叶っている]とも見えず。
「たらちめの おやのかふこの まゆごもり
いぶせくもあるか いもにあはずて」

かやうなるや、これにはかなふべからむ。>



 四(よつ)には「たとへ歌」
「わがこひは よむともつきじ ありそうみの
はまのまさごは よみつくすとも」

といへるなるべし。

<これは、よろづの草木(くさき)、鳥獣(とりけだもの)につけて[託して]、心を見するなり。この歌はかくれたる所[託すことによって隠された想いというもの]なむなき。されど、始めのそへ歌とおなじやうなれば、すこしさまをかへたるなるべし[変えてみたのであろう]
「すまのあまの しほやくけぶり 風をいたみ
おもはぬ方に たなびきにけり」

この歌など、やかなふべからむ。



 五(いつつ)には「ただこと歌」[比喩を用いず直情的に表現したもの]
「いつはりの なき世なりせば いかばかり
人のことのは うれしからまし」

といへるなるべし。

<これは、ことのととのほり正しきをいふなり。[政教(せいきょう・政治と宗教)の整って正しいことを言うのだ。]この歌の心さらにかなはず。とめ歌[そんな世の中を「求め歌」とでも]とや言ふべからむ。
「山ざくら あくまでいろを 見つるかな
花ちるべくも 風ふかぬよに」



 六(むつ)には「いはひ歌」[言葉によって褒め称える歌]
「このとのは むべもとみけり さき草の
みつばよつばに とのづくりせり」

といへるなるべし。
[との=「殿」で邸宅]

<これは世をほめて神に告ぐるなり。この歌「いはひ歌」とは見えずなむある。
「かすがのに わかなつみつつ よろづ世を
いはふ心は 神ぞしるらむ」

これらや、すこしかなふべからむ。おほよそむくさに分かれむ事は、えあるまじき事になむ。>

朗読三

 今の世中(よのなか)、色につき[表面的な美しさに付きしたがい]、人の心、花になりにける[華やかさを嗜好する]より、あだなる歌[内容のない、軽い歌]、はかなきこと[実情のうすい趣味的な歌]のみいでくれば、色ごのみの家(いへ)[恋愛を好むたぐいの家]に、むもれ木の[「埋もれ木」で「知れぬ」の枕詞]人知れぬこととなりて、まめなる所[実生活に関わる。つまり公的な所]には、花すすき[「ほ」の枕詞]ほにいだす[公然と出す]べきことにもあらずなりにたり。

 その[和歌の]はじめを思へば、かかるべくなむあらぬ[このようであってはならない]。いにしへの世々のみかど、春の花のあした、秋の月の 夜ごとに、さぶらふ人々[天皇に仕える人々]をめして、ことにつけつつ、歌をたてまつらしめたまふ。

 あるは[ある時は]花をそふ[花に添えて詠む。「花に恋ふ(こふ)」の方が良いという意見あり]とて、たよりなき所[不案内なところ]にまどひ、あるは月を思ふとて、しるべなき闇[案内のない闇]に、たどれる心々[辿り歩いている人々の心]を見給ひて、さかしおろかなり[賢いとも愚かであるとも]としろしめしけむ[お知りになられた]。しかあるのみにあらず、



[以下、それぞれの歌を挙げている(歌番号)]
さざれ石にたとへ、[(343)]
つくば山にかけて君をねがひ、[(1095)]
よろこび身にすぎ、[(865?)]
たのしび心にあまり、
富士のけぶりによそへて人をこひ、[(534)]
松虫のねにともをしのび、[(200)]
たかさご住の江の松もあひおひのやうにおぼえ、[(905-909あたり)]
[「相生」は一つの根から二つの幹が生えること]
おとこ山のむかしを思ひいでて、[(889)]
をみなへしのひとときをくねるにも、[(1016)]
歌をいひてぞなぐさめける。



又、春の朝(あした)に花のちるを見、[(巻一、二)]
秋の夕ぐれに木の葉のおつるを聞き、[(巻四、五)]
あるは年ごとに鏡の影に見ゆる雪と浪とをなげき、[(460)]
草のつゆ水のあわを見てわが身をおどろき、[(860)(827)]
あるはきのふは栄えおごりて、時をうしなひ、世にわび、親しかりしもうとくなり、
あるは松山の浪をかけ、[(1093)]
野なかの水をくみ、[(887)]
秋はぎのした葉(ば)をながめ、[(220)]
あかつきの鴫(しぎ)の羽掻(はねが)きをかぞへ、[(761)]
あるは、くれ竹のうきふしを人にいひ、[(957)]
吉野川をひきて世中(よのなか)をうらみきつるに、[(828)]
今はふじの山も煙たたずなり、
[(534)(1028)に富士の噴煙が詠まれている]
ながらの橋もつくるなりときく人は、[(1051)]
歌にのみぞ心をなぐさめける。



 いにしへより、かくつたはるうちにも、ならの御(おほむ)時[平城天皇の在位(806-809)、他にも説あり]よりぞひろまりにける。かのおほむ世や、歌の心をしろしめしたりけむ。かのおほむ時に、 おほきみつのくらゐ(正三位)[実際は6位以下か]かきのもとの人まろ(柿本人麻呂)なむ、歌の聖(ひじり)なりける。これは、君[天皇]も人[臣下]も身をあはせたりといふなるべし。
秋のゆふべ竜田河にながるるもみぢをば、[(283)]
みかどのおほむ目に[角川ソフィア文庫ではここに「は」の文字が入っている]錦(にしき)と見たまひ、春のあした、吉野の山のさくらは、人まろが心には、雲かとのみなむおぼえける。

 また、山の辺(べ)のあかひと[山部赤人]といふ人ありけり。歌にあやしくたへなりけり[不思議なくらい優れていた]

 人まろはあかひとが上(かみ)に立たむことかたく、あか人は人まろが下(しも)に立たむことかたくなむありける。

< ならのみかどの御歌[これは「おほんうた」より「みうた」の方がよいのか?ちょっと不明]
「たつた河 もみぢみだれて ながるめり
わたらばにしき なかやたえなむ」

人まろ、
「梅の花 それとも見えず 久方の
あまぎる雪の なべてふれれば」
「ほのぼのと あかしのうらの あさぎりに
島がくれ行く 舟をしぞ思ふ」

赤人、
「春ののに すみれつみにと こし我ぞ
のをなつかしみ ひと夜ねにける」
「わかの浦に しほみちくれば 方をなみ
あしべをさして たづなきわたる」

 この人々をおきて、またすぐれたる人も、くれ竹[「よ」にかかる枕詞]の世々に聞こえ、片糸(かたいと)の[「より」にかかる枕詞]よりより[折々]に絶えずぞありける。これより先の歌をあつめてなむ、万えふしふ[万葉集]と名づけられたりける。



 ここに、いにしへのことをも、歌の心をもしれる人、わづかにひとりふたりなり[角川ソフィア文庫「き」の一字入る]。しかあれど、これかれ得たるところ、得ぬところ[それぞれ、よく知り得たる所、知り得ないところ]、たがひになむある。

 かの御時よりこのかた、年はももとせ(百年)あまり、世はとつぎ[十代]になむなりにける[平城天皇の即位から延喜五年(806-905)までの百年とする説に従っておく]。いにしへの事をも、歌をも、知れる人、詠む人おほからず。

六歌仙(ろっかせん)と呼ばれる歌い手について

 今このことを言ふに、 つかさくらゐたかき人[階位の高い天皇皇族などの人々]をば、たやすきやう[軽々しい。軽率]なればいれず。そのほかに、ちかき世に、その名きこえたる人は、

すなはち、僧正遍昭(そうじやうへんぜう)は、歌の様[「さま」内容と表現を統合的に捉えたもの]は得たれども、まこと[真の情。真実味]すくなし。たとへば、絵(ゑ)にかける女(をうな)を見て、いたづらに[虚しく]心をうごかすがごとし。

「あさみどり いとよりかけて しらつゆを
たまにもぬける はるの柳か」

[古今和歌集27]
「はちすばの にごりにしまぬ 心もて
なにかはつゆを たまとあざむく」
[古今和歌集165]
嵯峨野(さがの)にて馬(むま)より落ちて詠める
「名にめでて をれるばかりぞ をみなへし われおちにきと 人にかたるな」
[古今和歌集226]



 ありはらのなりひら[在原業平]は、その心あまりて、ことばたらず[心情はありあまるのに、表現すべき言葉が足りていない]。しぼめる花の色[言葉の比喩]なくて匂ひ[心の比喩]残れるがごとし。

「月やあらぬ 春やむかしの 春ならぬ
わが身ひとつは もとの身にして」

[古今和歌集747]
「おほかたは 月をもめでじ これぞこの
つもれば人の おいとなるもの」

[古今和歌集879]
「ねぬるよの ゆめをはかなみ まどろめば
いやはかなにも なりまさるかな」

[古今和歌集644]



 ふんやのやすひで[文屋康秀]はことばはたくみにて、そのさま身におはず。[言葉は巧みだが、内容と心情の表現法はふさわしくない]、いはば、あき人[商人]のよき衣(きぬ)着たらむがごとし。

「吹からに よもの草木の しをるれば
むべ山かぜを あらしといふらむ」

[古今和歌集249]
深草のみかどの御国忌(みこき)に、
草ふかき かすみのたにに かげかくし
てる日のくれし けふにやはあらぬ」
[古今和歌集846]



、宇治山の僧きせん[喜撰]は、ことばかすかにして、はじめをはり確かならず[言葉が微妙すぎて首尾が明白でない]。いはば、秋の月を見るに、あかつきの雲にあへるがごとし。

「わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ
世をうぢ山と 人はいふなり」
[古今和歌集983]

詠める歌おほく聞えねば[]古今和歌集にこの一首のみ、かれこれをかよはして[多くを比較して]よく知らず。



 をののこまち[小野小町]は、いにしへのそとほりひめ[衣通姫、「日本書紀」によると、允恭(いんぎょう)天皇の妃で、弟姫(おとひめ)という名称。あまり美しくて衣を通して輝くとされた絶世の美女。本朝三美人(右大将藤原道綱母、衣通姫、光明皇后)の一人][だが「古事記」だともう一つ、兄弟愛の悲劇として、允恭天皇の娘として登場。「古事記」における衣通姫伝説を形成する。]の流(りう)なり。あはれなるやうにて強からず[しみじみとした情緒はあるが強くはない]、いはば、よき女(をうな)の、なやめる所[病気をしているところ]あるに似たり。強からぬは女(をうな)の歌なればなるべし。

「思ひつつ ぬればや人の 見えつらむ
ゆめとしりせば さめざらましを」

[古今和歌集552]
「いろ見えで うつろふものは 世中の
人の心の 花にぞありける」

[古今和歌集797]
「わびぬれば 身をうきくさの ねをたえて
さそふ水あらば いなむとぞ思ふ」

[古今和歌集938]
そとほりひめの歌、
「わがせこが くべきよひなり ささがにの
くものふるまひ かねてしるしも」 [古今和歌集、炭滅歌(すみけちうた)1110]



 おほとものくろぬし[大伴黒主]は、そのさまいやし[歌の様が田舎めいていて低い]。いはば、薪(たきぎ)おへる山びとの、花のかげに休めるがごとし。

「思ひいでて こひしき時は はつかりの
なきてわたると 人はしらずや」

[古今和歌集735、結句「人しるらめや」]
「かがみ山 いざたちよりて 見てゆかむ
としへぬる身は おいやしぬると」

[古今和歌集899]



 このほかの人々、その名きこゆる、野辺におふる葛(かづら)のはひひろごり[這い広がり]、林(はやし)にしげき木の葉(このは)のごとくにおほかれど、歌とのみ思ひて[形式上歌と思えるばかりで]、そのさま知らぬなるべし[歌の様などはわきまえていない]

朗読四

 かかるに今すべらぎ[今上天皇=執筆時の醍醐天皇]の、あめの下しろしめす[尊敬語「知ろす」のさらに敬った言い方。ここでは「統治なされる」]こと、よつの時ここのかへり[四つの季節が九回、つまり即位後9年]になむなりぬる。

 あまねきおほむうつくしみの波[渡りつくした慈愛の波は]、やしま[八洲、つまり「日本」]の外(ほか)までながれ、広きおほむめぐみのかげ、 つくば山のふもとよりも繁(しげ)くおはしまして[広い恩恵は筑波山の木陰よりもすき間もないほどで]、よろづのまつりごと[政治]をきこしめす[「聞く」尊敬語。ここでは「お治めになる」くらいの意味]いとま、 もろもろの事をすてたまはぬ[粗略になされない]あまりに、いにしへの事をも忘れじ、旧(ふ)りにし事をもおこしたまふとて[意味としては、平城天皇の万葉集の勅撰などの事業を指す]、いまも見そなはし[「見る」の尊敬語。「今の世にご自身でご覧になり」]、のちの世[後世]にも伝はれとて、延喜(えんぎ)五年四月十八日[905年5月29日、朗読は現代語読みしてある]に、
大内記きのとものり
御書のところのあづかりきのつらゆき
さきのかひのさう官おほしかふちのみつね
右衛門の府生みぶのただみね
らにおほせられて、万葉集(まんえふしふ)に入(い)らぬふるき歌、みづからのをも[撰者自らの歌も合わせて]たてまつらしめたまひてなむ[奉らせなさったのである]



 それがなかに、梅(むめ)をかざす[春歌より始めての意味、以下略]よりはじめて、ほととぎすを聞き、もみぢを折り、雪を見るにいたるまで、また、鶴亀(つるかめ)につけて君[天皇]をおもひ、人をも祝(いは)ひ、秋萩(あきはぎ)、夏草を見て妻を恋ひ、あふさか山[逢坂山]にいたりて、手向(たむけ)をいのり、あるは春夏秋冬にも入(い)らぬくさぐさの歌をなむ、撰ばせたまひける。

 すべて千歌(ちうた)、二十巻(はたまき)、名づけて「こきむわかしふ」(古今和歌集)といふ。

 かく、このたび、集めえらばれて、山した[「水」の枕詞、あるいは序詞]水のたえず、浜のまさごの[「数多く」の枕詞、あるいは序詞][以下同種技法が多用される。省略]数多(かずおほ)くつもりぬれば、いまは、あすか川(がは)の瀬(せ)になる[流れの変わる明日香川の淵が瀬になる、つまり勢いの衰える]うらみもきこえず、さざれ石[小石]のいはほとなる[古今和歌集、賀歌343を踏まえた表現]よろこびのみぞあるべき。

 それまくら[この「まくら」は意味が不明瞭であるらしい]ことば[歌の前の説明文。「まくらことば」で合わせて前文くらいの意味かとする説あり]、春の花にほひすくなくして、むなしき名[実の伴わない名声]のみ秋の夜のながきをかこてれば[「かこつ」はわびしく思って嘆く]、か つは[一方では]、人の耳(みみ)におそり[人の評判を恐れ]、かつは、歌の心にはぢおもへど[歌そのものに対して恥ずかしく思うけれど]、たなびく雲のたちゐ、鳴く鹿のおきふしは[枕詞序詞的用法なので、実際は「立ったり座ったり、起きたり臥したりするにつけても」]、つらゆきらがこの世におなじくむまれて、このことの時にあへるをなむよろこびぬる[勅撰集の編纂に会えたことを喜んでいる]



 人まろ[柿本人麻呂]亡くなりにたれど、歌の事[歌の選集]とどまれるかな。たとひ、時うつり事さり[時勢が移り変わろうと]、たのしびかなしび行き交う(ゆきかふ)とも、この歌の文字あるをや。あをやぎの糸(いと)たえず、松の葉の散りうせずして、まさきのかづら[「長く」に掛かる]長くつたはり、鳥の跡(あと)[「文字」のこと。中国の伝説上の人物である、蒼頡・倉頡(そうきつ・そうけつ)が鳥の脚跡を見るうちに文字を生み出したという。四つの目を持っていたとされる]久(ひさ)しくとどまれらば、歌のさまをも知り、ことの心[選集の事情]をえたらむ人は、大空(おほぞら)の月を見るがごとくに、いにしへ[つまり万葉集]をあふぎて、今[つまり古今和歌集]を恋ひざらめかも。[古今和歌集を慕わないことがあるだろうか。いいやありはしないよ。]

2010/5/1

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