正岡子規『獺祭書屋俳句帖抄』朗読

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『獺祭書屋俳句帖抄 上』秀句抜粋

秀句抜粋について

 子規居士、自ら選抜したるを『獺祭書屋俳句帖抄 上』(明治二十五年より明治二十九年まで)と云ふ。此処より凡句を除き、破棄する事能はざる秀句を残し、朗読の秀句選と為す。尤も若き頃の者は、拙き処も拙きなりに秀句と看做すべし。此等皆主の留守中に、書生の一存にて行う事にて、ご容赦されたく候。

 猶、本文は「螢(ほたる)」「櫻(さくら)」など例外を除きて、常用漢字に改める者なり。

朗読インデックス

『獺祭書屋俳句帖抄上巻を出版するに就きて思ひつきたる所をいふ』

[前文朗読1]
[前文朗読2]

『獺祭書屋俳句帖抄 上』秀句抜粋

[俳句、明治二十五年(1892年)から]
[俳句、明治二十八年(1895年)]
[俳句、明治二十九年(1896年)春]
[俳句、明治二十九年(1896年)秋]

明治二十五年 (1892年)

[俳句朗読1]
 一月、駒込追分町の僑居(きょうきょ)[仮住まい、寓居(ぐうきょ)]に在り。燈火十二ヶ月を作る。これより後、何々十二ヶ月といふ事流行す。春、根岸に移る。夏、伊予松山に帰省す。九月、上京。十月、大磯(おおいそ)[神奈川県南部、日本最初期の海水浴場の一つ]に月を見る。箱根より伊豆修善寺(しゅぜんじ)を廻りて帰る。十一月、家族迎への為め神戸まで行く。京都にて虚子に会す。この歳、夏より日本新聞に投稿、十一月より入社す。

新年

 蓑一枚、笠一個。蓑は房州(ぼうしゅう)の雨にそぼち[(濡つ)雨などで濡れる]、笠は川越の風にされたる[(晒る)日光や風雨にさらされて色あせたり変形したりする]を、床の間にうやうやしく飾りて

蓑笠(みのかさ)を蓬莱(ほうらい)にして草の庵

行き/\てひらりと返す燕かな

  松山堀端(ほりばた)
門(かど?)しめに出て聞て居る蛙(かわず)かな

  石手川(いしてがわ)出合渡
若鮎の二手になりて上(のぼ)りけり

  伊予太山寺(たいさんじ)
蒟蒻(こんにゃく)につゝじの名あれ太山寺

我先に穂に出て田草ぬかれけり

鱗散る雑魚場(ざこば)のあとや夏の月

手の内に螢つめたき光かな

開いても開いても散るけしの花

七夕の橋やくづれてなく鴉

樵夫(きこり)二人だまつて霧を現はるゝ

魂棚(たまだな)の飯に露おく夕かな

神に灯をあげて戻れば鹿の声

  範頼の墓に笠をさゝげて
鶺鴒(せきれい)よこの笠叩くことなかれ

  再遊松林館
色かへぬ松や主(あるじ)は知らぬ人

団栗(どんぐり)もかきよせらるゝ落葉かな

唐秬(とうきび)の殻でたく湯や山の宿

  箱根茶店
犬蓼(いぬたで)の花くふ馬や茶の煙

木の葉やく寺のうしろや普請(ふしん)小屋

明治二十六年 (1893年)

 夏、瘧(おこり)を病む。癒えて奥州に遊ぶ。秋に入りて帰京す。この行経るところ、宇都宮、白河、二本松、安達原(あだちがはら)、福島、淺香沼(あさかぬま)、実方(さねかた)の墓、仙台、塩竃(しおがま)、松島。関山越えして羽前(うぜん)に入り、船にて最上川を下る。酒田より海岸に沿ふて北し、秋田を経、八郎潟を見て帰る。大曲り、六郷を経、新道より湯田に出で、黒沢尻(くろさわじり)に至り、汽車にて帰る。

新年

口紅や四十の顔も松の内

藪入(やぶいり)や思ひは同じ姉妹

行燈の油なめけり嫁が君

苣(ちさ)の木に雀囀(さえず)る春日かな

火燵なき蒲団や足ののべ心

川ありと見えてつらなる柳かな

橋落てうしろ淋しき柳かな

山吹や人形かはく一むしろ

  画賛
すゝしさを四文にまけて渡し守

  富山(とみやま)より松島を望む
海は扇松島は其絵なりけり

夕立にうたるゝ鯉のかしらかな

我書いて紙魚(しみ)くふ程になりにけり

茨(ばら)さくや根岸の里の貸本屋

  湯田温泉
山の温泉(ゆ)や裸の上の天の川

鵙(もず)なくや雑木(ぞうき)の中の古社(ふるやしろ)

  行脚より帰りて
蕣(あさがお)に今朝は朝寝の亭主あり

隣からともしのうつるはせをかな

栴檀(せんだん)の実ばかりになる寒さかな

  草庵
薪をわるいもうと一人冬籠

路次口に油こぼすや初しぐれ

馬の尻雪吹きつけてあはれなり

旅人の蜜柑くひ行枯野かな

一つ家(や)に鴨の毛むしる夕かな

縁(えん)に干す蒲団(ふとん)の上の落葉かな

冬枯や巡査に吠ゆる里の犬

明治二十七年 (1894年)

 二月、居を隣家に移す。同月、新聞「小日本」発刊。七月、新聞「小日本」廃刊。秋、時々、南郊に出て写生す。

新年

春日野(あすがの)の子(ね)の日に出たり六歌仙(ろっかせん)

遣羽子(やりばね)や下宿の窓の品定め

蜑(あま)の子の足に波ふつ春日かな

女連れて春の野ありき日は暮ぬ

山道や人去て雉あらはるゝ

土手一里(いちり)依々戀々(いいれんれん)と柳かな

山門や木の枝垂れて五月雨

絶えず人いこふ夏野の石一つ

翡翠(かわせみ)や水澄んで池の魚深し

  晏起(あんき)
天窓の若葉日のさすうがひかな

  猫に紙袋をかぶせたる画に
何笑ふ声ぞ夜長の台所

ひつじ田や痩せて慈姑(くわい)の花一つ

[「ひつじ」は正しくは漢字。左にのぎへん、右上に「魚」、右下に「日」で、枯れ取った後に生える稲のこと]

鵙(もず)鳴くや藪のうしろの蕎麦畑

赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり

余所(よそ)の田へ螽(いなご)のうつる日和(ひより)かな

刈株に螽(いなご)老い行く日数かな

木槿(むくげ)咲て里の社(やしろ)の普請(ふしん)かな

  根岸音無川
柳散り菜屑流るゝ小川かな

団栗の広葉つきぬく音すなり

鳥啼いて赤き木の実をこぼしけり

朝顔の引き捨てられし莟(つぼみ)かな

稲刈りて野菊おとろふ小道かな

  王子製紙場
水赤く泡流れけり蓼(たで)の花

茸狩(きのこがり)山浅くいくちばかりなり

ものゝ香のきのこあるべく思ふかな

黍(きび)からや鶏遊ぶ土間の隅

朝川の薑(しょうが)を洗ふ匂かな

掛稲に螽(いなご)飛びつく夕日かな

雨含む上野の森や稻日和

ともし行く灯や凍らんと禰宜(ねぎ)が袖

下総(しもうさ)や冬あたゝかに麦畑

炬燵して語れ真田が冬の陣

いくさから便(たより)とゞきし炬燵(こたつ)かな

  根岸を出て
日暮(ひのくれ?)や大根掛けたる格子窓(こうしまど)

初霜や束ねよせたる菊の花

冬川の菜屑啄(ついば)む家鴨(あひる)かな

蜜柑剥(む)いで皮を投げ込む冬田かな

身を投げて螽(いなご)死なんとす冬田かな

古池の鴛鴦(おし)に雪降る夕かな

はし鷹(たか)の拳(こぶし)はなれぬ嵐かな

梟(ふくろう)をなぶるや寺の昼狐

御手(みて)の上に落葉たまりぬ立佛(たちぼとけ)

吹きたまる落葉や町の行き止まり

一もとの榎(えのき)枯れたり六地蔵

山茶花(さざんか)に犬の子眠る日向(ひなた)かな

枯荻(かれおぎ)や日和定まる伊良古崎(いらござき)

[子規全集の俳句帳抄の「枯萩」の記述は間違いか改変か不明]

枯蔦(かれつた)や石につまづく宇都(うつ)の山

明治二十八年

[俳句朗読2]
 三月三日、東京出発、広島に向かう。四月十日、近衛軍に従ふて金州に行く。旅順に遊ぶ。五月中旬、大連湾より帰る。船中喀血。神戸に上陸して神戸病院に入る。虚子、京都より至り、碧梧桐、我母と共に東京より来る。七月退院、須磨に遊ぶ。八月、郷里松山に帰る。十月下旬、松山出発。奈良を見て東京に帰る。腰の痛み、始て起る。

砂濱(すなはま)に足跡長き春日かな

  東京
紫の灯をともしけり春の宵

行く春を翠帳(すいちょう)の鸚鵡(おうむ)黙りけり

  金州城にて
行く春の酒をたまはる陣屋(じんや)かな

きれ凧(だこ)の廣野(ひろの?)の中に落ちにけり

  睡猫図(すいびょうず)
鼾(いびき)すなり涅槃(ねはん)の寺の裏門に

宇治川(うじがわ)やほつり/\と春の雨

だんだらのかつきに逢ひぬ朧月

うつくしき海月(くらげ)浮きたり春の海

橋蹈(ふ)めば魚(うお)沈みけり春の水

春の水出茶屋(でぢゃや)の前を流れけり

一桶の藍流しけり春の川

氷解けて古藻に動く小海老かな

腹中に吹矢(ふきや)立ちけり雀の子

観音で雨に逢ひけり花盛

  須磨
敦盛(あつもり)の塚に櫻(さくら)もなかりけり

鞦韆(しゅうせん)の影静かなり梨花(りか)の月

下草に菫咲くなり小松原

強弓(つよゆみ・ごうきゅう)を引きしぼりたる袷(あわせ)かな

  烏帽子折(えぼしおり)
蚊遣(かやり)して盗人待つや御曹司

  須磨にて虚子の東帰を送る
贈るべき扇も持たずうき別れ

清水の阪のぼり行く日傘かな

打水や蘇鉄(そてつ)の雫松の露

  須磨寺
二文投げて寺の縁借る凉(すず)みかな

一銭の氷少き野茶屋かな

掛香(かけこう)やすれ違ひたる宵の闇

  高浜海水浴
薫風や裸の上に松の影

岡の上に馬ひかえたり青嵐

旅人の兎追ひ出す夏野かな

山鳥の影うつしたる清水かな

絶壁の巌をしぼる清水かな

  邯鄲城南遊侠子自矜生長邯鄲裏
江戸ッ兒は江戸で生れて初鰹

[《詞書の意味》中国河北省南部の都市である邯鄲の城南に遊ぶ。侠(きょう)の人、すなわち強きをくじき弱気を助くるの信義の人の自矜(じきょう)、すなわち自分を誇る、自負する心は、邯鄲の裏に成長を遂げる。《でいいのだろうか?》]

蠅打てしばらく安し四畳半

鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆるなり

夏虫の死で落ちけり本の上

孑孑(ぼうふら)や汲で幾日(いくか)の閼迦(あか)の水

夕暮の小雨に似たり水すまし

葉柳や病の窓の夕ながめ

  須磨保養院
人もなし木陰の椅子の散松葉

筍のへんてつもなく伸びにけり

牡丹載せて今戸へ帰る小舟かな

芥子(けし)咲いて其日の風に散りにけり

河骨(こうほね)の蕾(つぼみ)乏しき流れかな

  須磨古跡
撫子(なでしこ)に蝶々白し誰の魂

昼顔の咲くや砂地の麦畑

瓜好きの僧正(そうじょう)山を下りけり

  須磨
入口に麦干す家や古簾(ふるすだれ)

秋来ぬと柱の払子(ほっす)動きけり

砂浜や残る暑さをほのめかす

  正宗寺(しょうじゅうじ)一宿を訪ふ
朝寒やたのもと響く内玄関

蜘(くも)殺すあとの淋しき夜寒かな

おもてから見ゆや夜寒の最合風呂(もやいぶろ)

長き夜や人灯を取つて庭を行く

  有感
長き夜を月取る猿の思案かな

聾(つんぼ)なり秋の夕の渡し守

  法隆寺
行く秋をしぐれかけたり法隆寺

  羽箒(はねぼうき)五徳(ごとく)など画きたるに
冬待つや寂然(せきぜん)として四畳半

  燈火漸可親(とうかしばらくしたしむべし)
猿蓑(さるみの)の秋の部あけて読む夜かな

嗽石(そうせき)に別る
行く我にとゞまる汝(なれ)に秋二つ

白頭(はくとう)の吟(ぎん)を書きけり捨団扇

燈籠をともして留守の小家かな

日の入や星のあたりの高燈籠

同じ事を廻燈籠(まわりどうろう)のまはりけり

狐啼いて新酒の酔のさめにけり

  春日社
灯ともすや露のしたゝる石燈籠

藍色の海の上なり須磨の月

秋風や侍町は塀(へい)ばかり

瓢亭(ひょうてい)、六軍に従ひて遼東(りょうとう・りゃおとん)の野に戦ふ事一年。命を、砲煙弾雨の間に全うして帰る。われはた神戸須磨に病みて、絶えなんとする玉の緒、危くもこゝに繋ぎとめ、つひに瓢亭に逢ふ事を得たり。相見て惘然(ぼうぜん・もうぜん)、言ひ出づべき言葉も知らず

秋風や生きてあひ見る汝(なれ)と我

  道後高遠
水草の花まだ白し秋の風

鴫(しぎ)立つてあとにものなき入日かな

紅葉焼く法師は知らず酒の燗(かん)

佛壇(ぶつだん)の柑子(こうじ)を落す鼠かな

  法隆寺の茶店に憩ひて
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

焼栗のはねて驚く一人かな

芭蕉破(や)れて繕(つくろ)ふべくもあらぬかな

藁葺(わらぶき)の法華(ほっけ)の寺や鶏頭花(けいとうか)

菊の花天長節は過ぎにけり

切売の西瓜(すいか)くふなり市の月

うぶすなに幟(のぼり)立てたり稻(いね)の花

  法隆寺
稲の雨斑鳩寺(いかるがでら)にまうでけり

縫物(ぬいもの)の背中にしたる炬燵かな

冬こもり煙のもるゝ壁の穴

冬こもり顔も洗はす書に対す

短さに蒲団をひけば猫の声

暁(あかつき)や凍えも死なで網代守(あじろもり)

戸を叩く音は狸(たぬき)か薬喰(くすりぐい)

  病中
しぐるゝや腰湯ぬるみて雁の声

金殿のともし火細し夜の雪

馬見えて雉子(きざし)の逃げる枯野かな

土ともに崩るゝ崕(がけ)の霜柱

堀割の道じく/\と落葉かな

窓の影夕日の落葉頻(しき)りなり

こと/”\く藁(わら)を掛けたる冬木かな

山茶花を雀のこぼす日和かな

帰り咲く八重の櫻や法隆寺

明治二十九年

[俳句朗読3]
 歩行自由ならず、多くは病床に在り。夏、草庵に俳句小集を催す。爾後(じご)[その後]、毎月の例となす。六月、板橋に遊ぶ。月を上野元光院(げんこういん)に見る。十月、諸友と目黒に遊ぶ。同月、中山寺に詣(もう)で船橋に一宿して帰る。十一月、胃痙(いけい)[胃痙攣(いけいれん)]を病む。

赤飯の湯気あたゝかに野の小店

永き日や人集めたる居合抜(いあいぬき)

寐よとすれば門叩くなり春の宵

朧夜や女盗まんはかりごと

行く春やほう/\として蓬原

紙あます日記も春のなごりかな

牡丹餅の昼夜(ちゅうや)を分つ彼岸かな

大凧に近よる鳶(とび)もなかりけり

春風にこぼれて赤し歯磨粉

欄間(らんま)には二十五菩薩(ぼさつ)春の風

上市(かみいち)は灯をともしけり夕霞

風呂の盖(ふた)取るやほつ/\春の雨

春雨や金箔(きんぱく)はげし粟田御所(あわたごしょ)

焼山の大石ころり/\かな

  猫戀[=猫の恋]
内のチヨマが隣のタマを待つ夜かな

  草庵
飯たかぬ朝も鶯(うぐいす)鳴きにけり

日光の向ふ上りに燕かな

  送別
燕(つばくろ)のうしろも向かぬ別れかな

四五寸の葎(むぐら)に雉(きじ)の見えずなりぬ

砂川や小鮎ちろつく日の光

崕(がけ)急に梅こと/”\く斜なり

交番やこゝにも一人花の酔

  向島図
此花に酒千斛(こく)とつもりけり

連翹(れんぎょう)に一閑張(いっかんばり)の机かな

連翹やたばねられたる庭の隅

短夜や幽霊消えて鶏の声

  三界無安猶如火宅
又けふも凉しき道へ誰(た)が柩(ひつぎ)

おこし絵に灯をともしけり夕凉

川風や団扇持て人遠ありきす

団扇取つて廊下舞い出る酒興かな

夏帽をかぶつて来たり探訪者(たんぽうしゃ)

夏帽も取りあへぬ辞宜(じぎ)の車上かな

夏嵐机上の白紙飛び尽す

かち渡る人流れんとす五月雨(さつきあめ)

籠城の水の手きれぬ雲の峰

蟒(うわばみ)の住む沼涸れて雲の峰

  戦死者を弔(とむら)ふ
匹夫(ひっぷ)にして神と祭られ雲の峰

低き木に馬繋ぎたる夏野かな

夏川や吾(わ)れ君を負ふて渡るべし

夏川のあなたに友を訪ふ日かな

苔清水馬の口籠(くつこ)をはづしけり

上野から庭の木へ来て蝉の声

昼中や雲いら/\と蝉の声

ひら/\と蛾の飛ぶ藪(やぶ)の小道かな

孑孑(ぼうふら)や松葉の沈む手水鉢(ちょうずばち)

馬蠅の吾(われ)にうつるや山の道

樒(しきみ)売る婆々の茶店や木下闇(こしたやみ)

盤台(ばんだい)に鰹(かつお)生きたり若楓(かえで)

雨乞(あまごい)のしるしも見えず百日紅(さるすべり)

枯れ尽くす葵(あおい)の末や花一つ

藻の花や水ゆるやかに手長鰕(てながえび)

藻の花に鷺(さぎ)彳(たたず)んで昼永し

撫し子に馬けつまづく河原かな

苔の花門に車の跡もなし

青芒(あおすすき)三尺にして乱れけり

夏葱(なつねぎ)に鶏(にわとり)裂くや山の宿

鳥鳴いて谷静かなり夏蕨(なつわらび)

[俳句朗読4]

秋立つ日烏に魚(うお)を取られけり

初秋や合歓(ねむ)の葉ごしの流れ星

肌寒や湯ぬるうして人こぞる

三厘(さんりん)の風呂で風引く夜寒かな

大寺のともし少き夜寒かな

  青瓢(あおふくべ)に矢を貫きたるかたに
松明(たいまつ)に落武者探す夜寒(よさむ)かな

婆々が来て灯ともす秋の夕かな

山門をぎいと鎖すや秋の暮

看経(かんきん)や鉦(かね)はやめたる秋の暮

長き夜や千年の後を考へる

長き夜を白髪の生える思ひあり

秋晴れてものゝ煙の空に入る

秋晴れて敷浪(しきなみ)雲の平なり

砂の如き雲流れ行く朝の秋

亡き妻や燈籠の陰に裾(すそ)をつかむ

燈籠二つ掛けて淋しき大家かな

両國(りょうごく)の花火聞ゆる月夜かな

四つに組んで贔屓(ひいき)の多き角力(すもう)かな

相撲取小き妻を持ちてけり

大水を踏みこたえたるかゝしかな

小博奕(こばくち)にまけて戻れば砧(きぬた)かな

稲妻や森のすきまに水を見たり

植木屋の夜店の跡や道の露

草花や露あたゝかに温泉(ゆ)の流れ

霧晴るゝ田の面(も)や鷺(さぎ)に旭(ひ)のあたる

心細く野分のつのる日暮かな

この野分さらにやむべくもなかりけり

野分の夜書読む心定まらず

椎の木を伐り倒しけり秋の空

名月やます穂の芒(すすき)風もなし

後の月つくねんとして庵にあり

月森を出るや上野の九時の鐘

木に倚(よ)れば枝葉まばらに星月夜

星月夜星を見に行く岡の茶屋

翡翠(かわせみ)の来(きた)らずなりぬ秋の水

汽車道に低く雁飛ぶ月夜かな

演習の野中の杉や鵙(もず)の声

七浦(ななうら)の夕雲赤し鰯引(いわしひき)

稲刈りてにぶくなりたる螽(いなご)かな

木犀(もくせい)や母が教ふる二弦琴(にげんきん)

幕吹いて伶人(れいじん)見ゆる紅葉かな

佛(ほとけ)へと梨十ばかりもらひけり

道端に栗売並ぶ祭かな

いがながら栗くれる人の誠かな

榎(え)の実散る此頃うとし隣の子

荒壁や柚子に階子(はしご)す武家屋敷

柚味噌買ふて吉田の里に帰りけり

柿くふや道灌山(どうかんやま)の婆が茶屋

柿喰ふて洪水の詩を草しけり

書に倦(う)みて燈下に柿をむく半夜

朝顔に吉原の夢はさめにけり

朝顔の彩色薄き燈籠かな

芒刈る童(わらべ・わらわ)に逢ひぬ箱根山

草花の一筋道や湯元迄(まで)

門前に船繋ぎけり蓼(たで)の花

竹立てゝ蝋燭(ろうそく)さしぬ菊の中

菊畠南の山は上野なり

  天長節
灯ともして御影祭るや菊の花

南天(なんてん)の実をこぼしたる目白かな

あら壁やこおろぎ老いて懸煙草(かけたばこ)

[正しくは、「こおろぎ」は漢字。[虫+車]]

一束の葉生姜ひたす野川かな

赤行燈西瓜を切りて並べけり

芋掘りに行けば雄鹿に出あひけり

芋の子や籠の目あらみころげ落つ

三日月の頃より肥ゆる子芋かな

売り出しの旗や小春の広小路

野の茶屋に蜜柑並べし小春かな

物干の影に測りし冬至かな

冬されや狐もくはぬ小豆飯(あずきめし)

半焼(はんやけ)の家に人住む寒さかな

  平家を聴く
煎餅干す日影短し冬の町

縁側へ出て汽車見るや冬籠

老僧の爪の長さよ冬籠

十年の耳ご掻きけり冬籠

並べけり火燵の上の小人形

男の童(こ)と女の童と遊ぶ炬燵かな

いもあらばいも焼かうもの古火桶

  病中二句
詩腸(しちょう)枯れて病骨を護(ご)す蒲団かな

胃痛やんで足のばしたる湯婆(たんぽ)かな

冷え尽す湯婆に足をちゞめけり

目さむるや湯婆わつかに暖き

芭蕉忌に芭蕉の像もなかりけり

八人の子供むつましクリスマス

夜興引(よこひき)や犬心得て山の道

風呂吹(ふろふき)や小窓を圧す雪曇(ゆきぐもり)

  明月和尚百年忌
風呂吹を喰ひに浮世へ百年目

屋根の上に火事見る人や冬の月

夕烏一羽おくれてしぐれけり

鶏頭(けいとう)を伐るにものうし初時雨(はつしぐれ)

烏鳶(からすとび)をかへり見て曰(いわ)くしぐれんか

  病中二句
しぐるゝや蒟蒻(こんにゃく)冷えて臍(へそ)の上

小夜時雨(さよしぐれ)上野を虚子の来つゝあらん

石蕗(つわ)の葉の霜に尿(しと)する小僧かな

鍋焼の行燈を打つ霰(あられ)かな

灯のともる東照宮や杉の雪

勘当(かんどう)の子を思ひ出す夜の雪

五六人熊担(にな)ひ来る雪の森

合羽(かっぱ)つゞく雪の夕の石部駅(いしべえき)

いくたびも雪の深さを尋ねけり

棕櫚(しゅろ)の葉のばさり/\とみぞれけり

めい/\に松明を持つ枯野かな

足もとに青草見ゆる枯野かな

提灯の一つ家(や)に入る枯野かな

鉦(かね)も打たで行くや枯野の小巡礼

上げ汐(しお)の氷にのぼる夜明かな

森の中に池あり氷厚きかな

狼(おおかみ)に逢はで越えけり冬の山

水鳥や菜屑につれて二間程(にけんほど)

  草庵
菜屑など散らかしておけば鷦鷯(みそさざい)

大きさも知らず鯨(くじら)の二三寸

声かけて鯨に向ふ小舟かな

里町や乾鮭(からざけ)の上に木葉散る

灯ともして鰤(ぶり)洗ふ人や星月夜

鰒(ふぐ)生きて腹の中にてあれるかな

枯葉鳴るくぬ木林の月夜かな

小幟(このぼり)や狸を祭る枯榎(かれえのき)

枯柳八卦(はっけ)を画く行燈あり

水仙の苔に星の露を孕(はら)む

有明の水仙剪(き)るや庭の霜

七湯(ななとう?)の烟淋しや枯芒(かれすすき)

2011/8/4-10

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