更くる夜 (中原中也)

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更くる夜

     内海誓一郎に

毎晩々々、夜が更(ふ)けると、近所の湯屋の
  水汲む音がきこえます。
流された残り湯が湯気となつて立ち、
  昔ながらの真つ黒い武蔵野の夜です。
おつとり霧も立罩(たちこ)めて
  その上に月が明るみます、
と、犬の遠吠がします。

その頃です、僕が囲炉裏(ゐろり)の前で、
  あえかな夢をみますのは。
随分……今では損はれてはゐるものの
  今でもやさしい心があつて、
こんな晩ではそれが徐(しづ)かに呟きだすのを、
  感謝にみちて聴きいるのです、
感謝にみちて聴きいるのです。

2009/2/5

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