松の木に風が吹き、
踏む砂利の音は寂しかつた。
暖い風が私の額を洗ひ
思ひははるかに、なつかしかつた。
腰をおろすと、
浪の音がひときは聞えた。
星はなく
空は暗い綿だつた。
とほりかかつた小舟の中で
船頭がその女房に向つて何かを云つた。
――その言葉は、聞きとれなかつた。
浪の音がひときはきこえた。
亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
城の塀乾きたり
風の吹く
草靡(なび)く
丘を越え、野を渉(わた)り
憩ひなき
白き天使のみえ来ずや
あはれわれ死なんと欲す、
あはれわれ生きむと欲す
あはれわれ、亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
み空の方より、
風の吹く
2009/3/16