怨恨 (中原中也)

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怨恨

僕は奴の欺瞞[ぎまん]に腹を立ててゐる。
奴の馬鹿を奴より一層馬鹿者の前に匿[かく]すために、
奴が陰に日向に僕を抑へてゐるのは恕[ゆる]せぬ。
そのために僕の全生活は乏しくなつてゐる。

嘗[かつ]て僕は奴をかばつてさへゐた。
奴はただ奴の老婆心の中で、勝手に僕の正直を怖れることから、
僕の生活を抑え、僕にかくれて愛相をふりまき、
御都合なことをしてやがる。

近頃では世間も奴にすつかり瞞[だま]され、
奴を見上げるそのひまに、
奴は同類を子飼ひ育てる。

その同類の悪口を、奴一人の時に僕がいふと、
奴はどうだ、僕に従つて其奴等[そやつら]の悪口をいふ。
なんといやらしい奴だらう、奴を僕は恕してはおけぬ。

            (一九三三・八・九)

言葉の意味

[欺瞞(ぎまん)]
・人を欺き、騙すこと。

[匿す=隠す]

[老婆心(ろうばしん)]
・老婆のように過剰に心配を募らせて必要以上に世話を焼くこと。

[子飼い(こがい)]
・動物を、あるいは養子などを、子供の頃から引き取って世話をすること。
・初めの一歩からご指導すること。また指導された弟子などを差す。

2011/1/7

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