夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
女房買物をなす間、かなしからずや
象の前に余と坊やとはゐぬ
二人蹲[しゃが]んでゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ
三人博覧会を出でぬかなしからずや
不忍ノ[「ノ」正しくは小文字]池[しのばずのいけ]の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ
そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりきかなしからずや、
髪毛風に吹かれつ
見てありぬ、見てありぬ、
それより手を引きて歩きて
広小路[ひろこうじ]に出でぬ、かなしからずや
広小路にて玩具[おもちゃ]を買ひぬ、兎の玩具かなしからずや
その日博覧会入りしばかりの刻[とき]は
なほ明るく、昼の明(あかり)ありぬ、
われら三人(みたり)飛行機にのりぬ
例の廻旋する飛行機にのりぬ
飛行機の夕空にめぐれば、
四囲[しい]の燈光[とうこう]また夕空にめぐりぬ
夕空は、紺青[こんじょう]の色なりき
燈光は、貝釦[かいボタン]の色なりき
その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦[ボタン]を
その時よ、坊やみて[注「みて」二つ目平仮名]ありぬ
その時よ、紺青の空!
(一九三六・一二・二四)
2009/04/04
2011/02/05再録音