なんにも書かなかつたら
みんな書いたことになつた
覚悟を定めてみれば、
此の世は平明なものだつた
夕陽に向つて、
野原に立つてゐた。
まぶしくなると、
また歩み出した。
何をくよくよ、
川端やなぎ、だ……
土手の柳を、
見て暮らせ、よだ
開いて、ゐるのは、
あれは、花かよ?
何の、花か、よ?
薔薇(ばら)の、花ぢやろ。
しんなり、開いて、
こちらを、むいてる。
蜂だとて、ゐぬ、
小暗い、小庭に。
あゝ、さば、薔薇(さうび)よ、
物を、云つてよ、
物をし、云へば、
答へよう、もの。
答へたらさて、
もつと、開(き)かうか?
答へても、なほ、
ジツト、そのまゝ?
鏡の、やうな、澄んだ、心で、
私も、ありたい、ものです、な。
鏡の、やうな、澄んだ、心で、
私も、ありたい、ものです、な。
鏡は、まつしろ、斜(はす)から、見ると、
鏡は、底なし、まむきに、見ると。
鏡は、ましろで、私をおどかし、
鏡、底なく、私を、うつす。
私を、おどかし、私を、浄め、
私を、うつして、私を、和ます。
鏡、よいもの、机の、上に、
一つし、あれば、心、和ます。
あゝわれ、一と日、鏡に、向ひ、
唾[つば]、吐いたれや、さつぱり、したよ。
唾、吐いたれあ、さつぱり、したよ、
何か、すまない、気持も、したが。
鏡、許せよ、悪気は、ないぞ、
ちよいと、いたづら、してみたサァ。
[何をくよくよ、川端やなぎ]
・「都々逸の一節」あるいはそれを用いた「東雲節(しののめぶし)の一節」
2009/04/29
2011/1/23再録音