咏嘆調 (中原中也)

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咏嘆調

悲しみは、何処[どこ]まででもつづく
蛮土[ばんど]の夜の、お祭りのやうに、その宵のやうに、
その夜更のやうに何処まででもつづく。

それは、夜と、湿気と、炬火[たいまつ]と、掻き傷と、
野と草と、遠いい森の灯のやうに、
頸(うなじ)をめぐり少しばかりの傷を負はせながら過ぎてゆく。

それは、まるで時間と同じものでもあるのだらうか?
胃の疲れ、肩の凝りのやうなものであらうか、
いかな罪業のゆゑであらうか
この駱駅[らくえき]とつづく悲しみの小さな小さな無数の群は。

それはボロ麻や、腓(はぎ)に吹く、夕べの風の族であらうか?
夕べ野道を急ぎゆく、漂白の民(たみ)であらうか?
何処までもつづく此の悲しみは、
はや頸[うなじ?]を真ッ直ぐにして、ただ諦めてゐるほかはない。……

   *

「夜は早く寐[ね]て、朝は早く起きる!」
――やるせない、この生計(なりわひ)の宵々に、
煙草吹かして茫然と、電燈(でんき)の傘を見てあれば、
昔、小学校の先生が、よく云つたこの言葉
不思議に目覚め、あらためて、
「夜は早く寐て、朝は早く起きる!」と、
くちずさみ、さてギヨツとして、
やがてただ、溜息を出すばかりなり。

「夜は早く寐て、朝は早く起きる!」
「夕空は霽[は]れて、涼蟲[すずむし]鳴く。」
「腰湯がすんだら、背戸[せど]の縁台にいらつしやい。」
思ひ出してはがつかりとする、
これらの言葉の不思議な魅力。
いかなる故にがつかりするのか、
はやそれさへも分りはしない。

「夜は早く寐て、朝は早く起きる!」
僕は早く起き、朝霧よ、野に君を見なければならないだらうか。
小学校の先生よ、僕はあなたを思ひ出し、
あなたの言葉を思ひ出し、あなたの口調を、思ひ出しさへするけれど、
それら悔恨[かいこん]のやうに、僕の心に侵[し]み渡りはするけれど、
それはただ一抹の哀愁となるばかり、
意志とは何の、関係もないものでした……

言葉の意味

[駱駅(らくえき)]
・道に車や人々の往来が絶えないさま。

[腓(=脛)(はぎ)]
・脹ら脛(ふくらはぎ)、こむら。つまりスネのうしろ側のふっくらした部分。分かりやすく言うと、膝小僧より下の足の部分のふっくらしたうしろ側のお肉のあたりさ。

[頸]
・二つ目のこの字には当て字がない。前と同様「うなじ」と読むか、そうではなく、本来の読みの「くび」で読むか不明。

[腰湯(こしゆ)]
・腰から下だけをお湯に浸かって湯浴(ゆあみ)すること。

[背戸(せど)]
・うらぐちのこと。
・家のうしろ側のこと。

2011/1/18

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