亡びてしまつたのは
僕の心であつたらうか
亡びてしまつたのは
僕の夢であつたらうか
記憶といふものが
もうまるでない
往来を歩きながら
めまひがするやう
何ももう要求がないといふことは
もう生きてゐては悪いといふことのやうな気もする
それかと云つて生きてゐたくはある
それかと云つて却に死にたくなんぞはない
あゝそれにしても、
諸君は何とか云つてたものだ
僕はボンヤリ思ひ出す
諸君は実に何かかか云つてゐたつけ
(一九三四・四・二二)
[却に]
・却(きゃく)だと、常用漢字表外の訓読みとして「却って(かえって)」「却く(しりぞく)」などがある。「かえる」「かえす」なども可能かと思われるが、文庫本では誤植の可能性が指摘されていた。
→つまり、「別に」とか「却々(なかなか)」あたりを記したかったのではないかと。
2009/03/29
2011/1/15再朗読