ふくらはぎを眺めながら
燃える血のことを思つた。
雨の霽[は]れ間(ま)をオルガンは
鳴つてゐる。
ふくらはぎを眺めながら
僕はたらちねのことを思つた。
雨の霽れ間(ま)をオルガンは
鳴つてゐる。
ああ、おもひ出すおもひ出す、
小学校のころのこと……
小学校のかへりみち……
雑嚢[ざつのう]はほんに重かつた!
雨の霽れ間をオルガンは、
僕を何処[どこ]まで追つかける。オルガンは
雨を含んだ風にのり
小さな僕の耳に泣く。
何時[いつ]でも何時でも僕の血は
燃えてゐた。友達よ、
君と話してゐるひまも、僕の血は
あんまり燃えて困るのだ。
血はあんまり燃え、そのことは
僕にあつては一つの事象だ。
君と話してゐる時も、だから話と血の燃焼、
僕は二つの事象にかかはつてゐる。
友達よ、もし僕の目付が悪いとしても、
そのせゐだ。燃ゆる血は、
何時も空中に音を探し、すがすがしさをせちにもとめ、
心の労作(らうさ)のそのまへに、まづ燃える血を
鎮[しず]めなければならぬのだ、何時も何時も……
それゆゑ自然は懐しく、人の虚栄は眩[まぶ]しいばかり……
(一九三三・八・二一)
燃ゆる血よ、僕をどうしようといふのだ?
夏の真昼の、動かぬ雲よ……
動かぬ雲も無花果[いちじく]の葉も、
僕をどうしようといふのだらう?
鳴いてゐる蝉も、照りかへす屋根も、
僕の血に沁[し]み、堪えざらしめる。
燃ゆる血よ、僕をどうしようといふのだ?
感じ感じて、それだけで死んでゆけばよいといふのか?
2009/05/03
2011/1/10新録音