蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかになんにもない!
うつらうつらと僕はする
……風もある……
松林を透いて空が見える
うつらうつらと僕はする。
『いいや、さうぢやない、さうぢやない!』と彼が云ふ
『ちがつてゐるよ』と僕がいふ
『いいや、いいや!』と彼が云ふ
「ちがつてゐるよ』と僕が云ふ
と、目が覚める、と、彼はとつくに死んだ奴なんだ
それから彼の永眠してゐる、墓場のことなぞ目に浮ぶ……
それは中国のとある田舎の、水無河原(みづなしがはら)といふ
雨の日のほか水のない
伝説付の川のほとり、
藪蔭[やぶかげ]の砂土[しゃど・さど]帯の小さな墓場、
――そこにも蝉は鳴いてゐるだろ
チラチラ夕陽も射してゐるだろ……
蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!
僕の怠惰[たいだ]?僕は『怠惰』か?
僕は僕を何とも思はぬ!
蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!
(一九三三・八・一四)
2009/05/03
2010/1/10新朗読