宵に寝て (中原中也)

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[題なし]

宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて
汽車の汽笛の音(ね)を聞いた。

  三富[みとみ]朽葉(くちば)よ、いまいづこ、
  明治時代よ、人力も
  今はすたれて瓦斯燈[ガスとう]は
  記憶の彼方[かなた]に明滅[めいめつ]す。

宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて
汽車の汽笛の音(ね)を聞いた。

  亡き明治ではあるけれど
  豆電球をツトとぼし
  秋の夜中に天井を
  みれば明治も甦る。

  あゝ甦れ、甦れ、
  今宵故人が風貌[ふうぼう]の
  げになつかしいなつかしい。
  死んだ明治も甦れ。

宵に寝て、秋の夜中に目が覚めて
汽車の汽笛の音(ね)を聞いた。

2009/03/28

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