七銭でバットを買つて、
一銭でマッチを買つて、
――ウレシイネ、
僕は次の峠を越えるまでに、
バットは一と箱で足りると思つた。
山の中は暗くつて、
顔には蜘蛛の巣が一杯かかつた。
小さな月が出てゐるにはゐたが、
それでも木の繁つた所は暗かつた。
ア、バアバアバアバ、
僕は赤ン《正しくは小文字》坊の時したことを繰返した。
誰も通るものはなかつた。
暫[しばら]くゆくと自転車を坂の下に落として、
自分一人は草を掴めば上れるが、自転車を置いとくわけにもいかず
といふ災難者にあつた。
自転車に紐か何か付いてるでせう、と僕は云つた。
へい、――それには全く気が付きませんでした、
自転車は月の光を浴びながら、
ガタガタ《正しくは長い繰り返し記号》といつて引揚げられた。
――いつたい何処までゆきなさる、
――いえ、兄の嫁の危篤を知らせに、此の下の村まで一寸[ちょっと]。
自転車の前の、ランプが灯[とも]つた。――おとなしさうな男である。
僕は煙草に火を点[つ]けて、去りゆく光を眺めてゐた。
アババババ、アババババ、
2009/03/28