こぞの雪今いづこ (中原中也)

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こぞの雪今いづこ

みまかりし、吾子[あこ]はもけだし、今頃は
何をか求め、歩(あり)くらん?……
薄曇りせる、磧[かわら]をか?
何をも求(と)めず、歌うたひ
たゞひとりして、歩(あり)くらん

何をも求(と)めず、生きし故、
何をも求(と)めず、暮らすらん。
何さへ求(と)めず、歌うたひ、
さびしさとさへも、云ひ出でず、
たゞひとりして、歩(あり)くらん。

さば、かくてこそ、あらばあれ、
さてそののちは、如何[いか]ならん?
たゞつぶらなる、瞳して、
空を仰いで、ありもすれ、
さてそれだけにて、あるらんか?

もし、それだけの、ことならば、
よしそのうちに、欣怡[よろこび]の、
十分そなはるものとしても、
なほ今生なるわが身には
いたましこととおもはるなり。

なにせよ分らぬことなれば
分らぬこととは知りながら
分りたいとは思ふなり
吾子はも如何に、なせるらん。
吾子はも何を、なせるらん。

想ひもとどかぬことなれば
想ひとゞかぬことかなと、
いまさらわれは、思ふなり。
せめて吾子はもあの世より
この身にピストル撃ちもせば

こよなきことにぞ思ふなるを
さるをピストル撃たばこそ
石ばかりなる、磧[かわら]なれ、
鴉声[あせい]くらゐは聞けもすれ、
薄曇りせる、かの空を

眺めてありく ばかりなれ、
げにさばかりのことなれば、
げに命とや、何事ぞ?
なにせよ何も分らねば、
分りたいとは、思ふなり。

2009/03/28

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