嬰児 (中原中也)

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嬰児

カワイラチイネ、
おまへさんの鼻は、人間の鼻の模型だよ、
ホ、笑つてら、てんでこつちが笑ふと、
いよいよ尤[もっと]もらしく笑ひ出す、おまへは
俺の心を和げてくれるよ、ほんにさ、無精[むしょう]に和げてくれる、

その眼は大人つぽく、
横顔は、なんだか世間を知つてるやうだ、
おまへを俺がどんなに愛してゐるか、
おまへは知らないけれど知つてるやうなもんだ。

ホ、また笑つてる、声さへ立てて笑つてゐる、
そのやうな笑ひを大人達は頓馬[とんま]な笑ひだといふ。
けれども俺は知つてゐる、
生れてきたことは嬉しいことなんだ
ただそれだけで既に十分嬉しいことなんだ

なんにもあせることなく、ただノオノオと、
生きてゐられる者があつたらそいつはほんとに偉いんだ、
俺は知つてゐる、おまへのやうに
生きてゐるだけで既に嬉しい心を私は十分知つてゐる。

2009/03/28

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