ピチベの哲学 (中原中也)

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ピチベの哲学

チヨンザイチヨンザイピーフービー
俺は愁[かな]しいのだよ。
―――あの月の中にはな、
色蒼ざめたお姫様がいて………
それがチャールストンを踊ってゐるのだ。
けれどもそれは見えないので、
それで月は、あのやうに静かなのさ。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
チャールストンといふのはとてもあのお姫様が踊るやふな踊りではないけれども、
そこがまた月の世界の神秘であつて、
却々[なかなか]六ヶ敷[むつかし]いところさ。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
だがまたとつくと見てゐるうちには、
それがさうだと分つても来るさ。
迅[はや]いといへば迅い、緩(おそ)いといへば緩(おそ)いテムポで、
ああしてお姫様が踊つてゐられるからこそ、
月はあやしくも美しいのである。
真珠のやうに美しいのである。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
ゆるやかなものがゆるやかだと思ふのは間違つてゐるぞォ。
さて俺は落付かう、なんてな、
さういふのが間違つてゐるぞォ。
イライラしてゐる時にはイライラ、
のんびりしてゐる時にはのんびり、
あのお月様の中のお姫様のやうに、
なんにも考へずに絶えずもう踊つてゐれあ
それがハタから見れあ美しいのさ。

チヨンザイチヨンザイピーフービー
真珠のやうに美しいのさ。

言葉の意味

[ピチベ]
・架空の人の名前、哲学者の名称か。

[チヨンザイチヨンザイピーフービー]
・語呂合わせの投げかけ言葉や、呪文風のリフレインかと想われる。

[チャールストン]
・アメリカ南部のチャールストン発祥とされた、快速なダンス「チャールストンダンス」のこと。ジャズなどと並んで、アメリカ黄金の1920年代の時流に乗ったもので、日本にも流入してはやりを見せた。

2009/03/21

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