雨の朝 (中原中也)

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雨の朝

《麦湯[むぎゆ]は麦を、よく焦がした方がいいよ。》
《毎日々々、よく降りますですねえ。》
《インキはインキを、使つたらあと、栓[せん]をしとかなけあいけない。》
《ハイ、皆さん大きい声で、一々(いんいち)が一(いち)……》
         上草履は冷え、
         バケツは雀の声を追想し、
         雨は沛然[はいぜん]と降つてゐる。
《ハイ、皆さん御一緒に、一二(いんに)が二(に)……》
       校庭は煙雨(けぶ)つてゐる。
       ――どうして学校といふものはこんなに静かなんだらう?
       ――家(うち)ではお饅ぢうが蒸(ふ)かせただらうか?
       ああ、今頃もう、家ではお饅ぢうが蒸かせただらうか?

[注意]

・《》は正しくは、角張っていない曲線の二重カッコ

言葉の意味

[麦湯(むぎゆ)]
・麦茶の、昔の呼び名。麦茶にしろ、実際は葉を使用せず、大麦の種子を煎じて抽出する。平安時代には貴族の間で飲まれていたそうだ。江戸時代に流行。カフェインを含まない。

[沛然(はいぜん)]
・盛大な様子。また、雨の盛んに降る様子。

2010/5/9

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