ひからびた心 (中原中也)

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ひからびた心

ひからびたおれの心は
そこに小鳥がきて啼き
其処[そこ]に小鳥が巣を作り
卵を生むに適してゐた

ひからびたおれの心は
小さなものの心の動きと
握ればつぶれてしまひさうなものの動きを
掌(てのひら)に感じてゐる必要があつた

ひからびたおれの心は
贅沢[ぜいたく]にもそのやうなものを要求し
贅沢にもそのやうなものを所持したために
小さきものにはまことすまないと思ふのであつた

ひからびたおれの心は
それゆゑに何はさて謙譲[けんじょう]であり
小さきものをいとほしみいとほしみ
むしろその暴戻[ぼうれい]を快いこととするのであつた

そして私はえたいの知れない悲しみの日を味つたのだが
小さきものはやがて大きくなり
自分の幼時を忘れてしまひ
大きなものは次第に老いて

やがて死にゆくものであるから
季節は移りかはりゆくから
ひからびたおれの心は
ひからびた上にもひからびていつて

ひからびてひからびてひからびてひからびて
――いつそ干割(ひわ)れてしまへたら
無の中へ飛び行つて
そこで案外安楽に暮せらるのかも知れぬと思つた

言葉の意味

[暴戻(ぼうれい)]
・荒々しく、道理に背いていること。残酷で、徳義に背いていること。「暴戻恣雎(ぼうれいしき)」で乱暴で横暴な様子を表す。

2010/5/9

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