幼獣の歌 (中原中也)

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幼獣の歌

黒い夜草深い野にあつて、
一匹の獣(けもの)が火消壺(ひけしつぼ)の中で
燧石(ひうちいし)を打つて、星を作つた。
冬を混ぜる 風が鳴つて。

獣はもはや、なんにも見なかつた。
カスタニェットと月光のほか
目覚ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒涜[ぼうとく]を迎へて。

雨後らしく思ひ出は一塊(いつくわい)となつて
風と肩を組み、波を打つた。
あゝ なまめかしい物語――
奴隷も王女と美しかれよ。

     卵殻もどきの貴公子の微笑と
     遅鈍な子供の白血球とは、
     それな獣を怖がらす。

黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻(くすぶ)る。
黒い夜草深い野の中で――
太古(むかし)は、独語[どくご]も美しかつた!……

解説

・独語(どくご)は一人言(ひとりごと)の意味。

2009/02/15

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