万葉集はじめての短歌の作り方 その三

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朗読ファイル

万葉集はじめての短歌の作り方 着想と作詩

[朗読ファイル その一]

 これからは、思いついたこと、あるいは感じたことを、どのようにうまく内容にまとめるか。そのやり方を探りながら、『万葉集』の短歌を眺めてみることにしましょう。その際、心を動かされたこと、感動したことを出発点にして、その思いを相手に語るように、みじかく「心情」にまとめてみる。それを改めて、第三者にも伝わる、三十一字分の表現を行えるくらいの内容に、日記のように書き記したものを、「着想(ちゃくそう)」と呼ぶことにします。

 このような段階を経て、短歌を作れば、回り道をしているようでも、かえってしっかりした短歌が生まれやすいですから、初めのうちはお奨めのやり方です。もちろん慣れてきて、補助輪が必要ないなと思ったら、初めから短歌に詠みなしても構いません。一度補助輪が外れたら、おそらくそのような手続きは、二度と必要なくなるものと思われますから、なおさら自らの旅立ちの思い出に、すべてをノートにでも記しておくのがお勧めです。

 実は思い出だけでなく、
  これには深い意味があります。
 人は一度何かを出来るようになると、それが出来なかった頃のことを、出来るようになるまでの途中のことを、すぐに忘れてしまうもののようです。さも最初から出来ていたように、考える癖が付いてしまいます。年を重ねれば重ねるほど、その傾向は強くなるようです。

 けれども、自らが出来るようになっていくプロセスが分かれば、例えば、慣れない後輩に、的確な助言を下すことも出来ます。ある詩を眺めた時に、かつての自分の状態に似ているなと判断して、それが未熟であることを、批評することも出来ます。さらには、自分が成長していく過程を知っていれば、現在の立ち位置すらも分かります。自分が固着しただけなのか、それとも完成したのか。まだ移り変われるのか、袋小路にいるのか、そんなことすらも、教えてくれることがあります。去年と今年に違いがあったなら、来年はまた変化する可能性があると、判断することすら可能です。

 なるほど巨匠たちには、未熟なものは抹消して、傑作だけを残すような人々が多いようです。それはそれで、プライドのあり方として、安っぽいものだとは思いませんが、けれども、正岡子規(まさおかしき)という人がいます。彼は実に自分が成長していく、その過程そのものにこだわっています。自らの作品を、なるべく残そうとしてる。ただ愛着のためではありません。その履歴のすべてが、現在の自らの立脚地であるならば、歴史の証人としての過去が、どれほど大切なものであるか。何かを語るときの足がかりになるか、それをよく理解しているからに他なりません。

 そんな理由もあって、わたしはさかんに、特に初めての人ほど、その初めての時の思い出を、残しておいて欲しいと願うのです。下手なものほど、うまい人は抹消したがるものです。けれども下手なものが傍にあるだけで、わたしたちは謙虚にもなれますから、なおさら大切なもののように思われます。(もっとも、下手であるさえ気づかずに、解説まで付けて、まわりに見せびらかしているような連中も多いですが……)

 それではまた『万葉集』を眺めながら、着想を詩にすることについて、眺めてみることにしましょう。ところで、お気づきかもしれませんが、ここには『万葉集』の知られた和歌は、ほとんど登場しません。わたしたちが、ちょっと思いついて、三十一字(みそひともじ)を楽しんでみたいと思ったとき、ほんのわずかで手が届きそうな、分りやすい和歌だけが並べられています。このような作品から、万葉集に足を踏み入れてみるのも、「秀歌」の並べられた名作劇場とやらの、ちょっとお高くとまって、何も知らない部外者に、頭を下げなければ入り口は通さないような、独特の「伝統感」もなくて、気軽な詩集のゆかいです。

着想と作詩

その一

隠(こも)りのみ 恋ふれば苦し
  なでしこの 花に咲きでよ
    朝(あさ)な朝(さ)な見む
          よみ人しらず 万葉集10巻1992

逢えないで閉じこもって
  恋しがっているのは苦しいものです
    なでしこの花になって咲いてください
  そうしたら 朝が来るたびに
     あなたを見ていられるのに

 上の句の口調に対して、下の句がちょっと強引に取りまとめられたように感じるのは、「なでしこの花になって咲いて欲しい、毎朝見たいから」というこの詩のもっとも伝えたい心情に、着想をまとめ切れていないせいかと思われます。つまり上の句で、

閉じこもって恋しがっていれば苦しい

という背景の部分を、引き延ばしすぎました。
 散文詩ならおのずから、下の句がもうしばらく引き伸ばされ、詰まったような結句にはならなかったと思います。言葉数の限られる短歌で表現しようとしたために、多くを語り過ぎた印象です。

 ではどうすれば良いかと考えると、花になってくれたら、毎日見られるという趣旨から、逢えないのが苦しいということは推察されますから、具体的に「隠(こも)っている」など不要なことは語らないで、(つまり当初の着想に執着せずに、)初句を外して、

(恋しいので)
  なでしこの花に 咲き出でよ

のように変更して、下の句全体を使用して「毎朝見ていたいから」という思いを精一杯に伝えれば、「朝な朝な見む」と、心情のピークをとりあえず書きおおせたような、詰まった印象にはならなかったのではないでしょうか。これとはちょっと違いますが、

ゆくも花
  かへるも花の 中道を
 咲き散る限(かぎり) ゆきかへり見む
          加納諸平(かのうもろひら)

の例が思い起されます。
 この場合は、冒頭で、往来の桜について述べているのですから、結句の「行き帰り見む」はあまりにも当たり前で、(しかも詩的効果のある表現でもありませんから、)まったく必要のないことを、取りまとめたような印象ばかりが目立つ、物足りない和歌になってしまいました。こちらの例は、おそらく最後にもう一つ、情緒的な着想が、加えられて完成するべきところ、それが欠落したのが原因かと思われます。

  つまり結論を述べれば、
『万葉集』の方は、描いた着想を多く込めすぎて結句をしくじった例。加納諸平(かのうもろひら)(1806-1857)の場合は、描くべき着想が、もうひとつ物足りなかったために、結句をしくじった例。と言えるのではないでしょうか。

 それではせっかくですから、
  万葉集の内容を、あなたならどう表現するか、
   試してみるのが日課です。つまり着想は、

「家に籠もって恋しがるのは苦しいから、
  ナデシコの花になって咲いてくださいあなた。
   朝が来るたびに見ていたいから」

というものです。別に花の種類は、なんでも良いでしょう。すべてを込めるのではなく、もっとも述べたいことを、それぞれにつかみ取って、もう一度着想を練り直して、表現してみればよいのです。


ねむれずに
   朝露に逢う なでしこに
  あなたならばと いつも近くで
          時乃遥

 やれやれ、
   あまり、初心者の短歌になっていませんが、
     まあ好しとしましょうか。

その二

ひぐらしは 時と鳴けども
   片恋(かたこひ)に たわや女(め)我れは
  時(とき)わかず泣く
          よみ人しらず 万葉集10巻1982

ひぐらしは 時を定めて鳴いていますが
  かた思いな か弱いわたしは
 時の区別もなく 泣いているのです

「手弱女(たわやめ)」というのは、後に「たおやめ」と呼ばれるのと同じもので、「たわむ」という言葉と関係しています。したがって「しなやかな女」「か弱い女」「たわやかな女」「なよなよした女」などという意味になります。

 この詩を丁寧に解説すると、まずは「片思いで泣いている」という心情があって、その上に、「ひぐらしは鳴く時が決まっている」「わたしはひっきりなしに泣いている」という対比を加えたものが着想になります。
 ただ、それをあまりにもそのまま、

提示「ひぐらしは時となけども」
  答え「わたくしは時分かず泣く」

と単純に並べたために、出題者の問いに挙手でもして、解答を述べるという、大喜利(おおきり)みたいな滑稽が、混入する結果となりました。そのように感じさせる原因は、同じ発想の言葉をそのまま、あまりにも分りやすく提示してしまったせいかと思われます。それによって、心情からあふれ出たというよりも、着想を思いついたという印象が、先に立ってしまうものですから、言葉で遊んでいるような印象が生まれ、和歌に傷を残す結果となりました。

 ところで、
  前にもちょっと述べましたが、
 『万葉集』があまりにも古いアンソロジーであるため、今日まで伝えられ、それを私たちに詠めるように解読したものが、書籍ごとに大きく異なる事がしばしばあります。この和歌も、先に掲載したたものは、角川ソフィア文庫の「新編国歌大観」準拠版『万葉集』(二巻のもの。今はそれをもとに新刊が出ている)から書き出したものですが、これが講談社文庫『万葉集』(中西進編)になりますと、

晩蝉(ひぐらし)は 時と鳴けども
   恋ふるにし 手弱女(たわやめ)われは
  時わかず泣く

 さらに、小学館「新編日本古典文学全集8」の『万葉集3』では、

ひぐらしは 時と鳴けども
   恋(こひ)しくに たわやめ我(あれ)は
  定(さだ)まらず泣く

 特に、この(小学館)の読みだと、安易な着想の併置にはならず、印象も大きく異なってきます。もともとは、同じ短歌である筈のものが、まるで(角川ソフィア文庫)のものが添削前で、(小学館)のものが添削後のようにすら思えてくる。そうであるならば、作者の予想もしなかったような、詠まれ方になってしまっている和歌も、『万葉集』にはあまた含まれているのかもしれません。そればかりか、完全に意味が分からない表現もあり、現代語に表現出来ていない和歌も、取り残されているのが現状です。

 せっかくですから、皆さまは、
  最初の短歌と、最後の短歌を比べて、
   何が変わったのかを、
  考えて見るのが上達です。

その三

我(あ/わ)が衣(ころも)/衣(きぬ)を
  君に着せよと ほとゝぎす
    われをうながす 袖に来居(きゐ)つゝ
          よみ人しらず 万葉集10巻1961

わたしの着物を あなたに着せよと
   ほととぎすが わたしを催促しています
  わたしの 袖のところにやってきて

 きわめて意味の不明瞭な短歌で、ほととぎすが袖にやって来て、催促しているなんて、なんて浅はかな嘘を付くのだろうと、あきれた方もいるかもしれません。まるで自分しか分からない状況に、独りよがりに納得して、他者の理解を考慮に入れていないような……

 なるほど、「着想と作詩」において、一度第三者の立場になって、冷静に読み直して、詠まれた状況が分からなくても、意味が通じるだろうか、客観性をもって直していかなければ、自分の状況を相手も分かってくれるような、このような甘えた詩にもなってしまう。その、いい見本かも知れません。

 もちろんこの短歌だけを見れば、
   それで間違いないのですから、
     あなたへの教訓のためには、
   それで十分なのですが……

      一方で、万葉集の無名の作者にとっては、
    はたしてそれが望みだったのでしょうか。

 和歌の中には、物語の中に組み込まれて、あるいは前書きに相当する「詞書(ことばがき)」を伴って、初めて意味が理解できるような、「外部補完型」の和歌も多数存在します。そうしてそのような和歌が、完成度において、自立型の和歌よりも劣っているという訳ではありません。簡単に言うなら、「外部補完型」の和歌は、「詞書」「物語」と合わさって、はじめて一つの作品なのであって、そこから和歌だけを切り取ることがナンセンスです。

 何が言いたいかというと、この和歌もどうも、詞書きや物語のような、状況説明があって、はじめて意味をなすような、外部補完タイプの短歌に思えてなりません。たとえば時鳥(ほととぎす)が、詠み手が着ている着物の絵柄にあるだけでも、ずいぶん受ける印象が、変わってくるのではないでしょうか。もっともそんな着物は奈良時代にあるか知れませんが。

その四

さを鹿の
  妻とゝのふと 鳴く声の
    いたらむ極み なびけ萩原(はぎはら)
          よみ人しらず 万葉集10巻2142

牡鹿が 妻を呼び集めようとして
   鳴いている声の 届く果てまで
 風になびくがいい 萩の原よ

「至らむ極み」なんて、勅撰集の和歌では怒られそうな表現が、漢文からの影響でしょうか、組み込まれているのがユニークです。実はそこが傷でもあるようで、「果てまで」くらいでナチュラルなところを、「到達するかなたまで、なびけ萩の原よ」と、具体的な命令を下したことによって、場景を心情にゆだねたと云うよりも、鹿を見ながら、その場で命令を発している詠み手の姿が、先に浮かんで来てしまう。

 ですから、情景を詠んだものとしては失敗ですが、逆にそのユニークな言い回しこそ、述べたかったのだと考えると、また違った見解も生まれます。つまりもし、詠み手が「恋人よ思いきり泣け」という心情を(まじめに)抱いて、
     「いたらむ極み、嘆け我妹子(わぎもこ)」
なんて詠んだら、聞き手は、その変な言い回しの方に囚われますから、冗談でもやっているのか、大げさなジェスチャーが好きなのか、いずれにせよ真摯な表現には感じられません。わざとらしい演技ばかりが浮かんで、失笑を誘います。

 ところがこの短歌の場合は、はじめから現場の状況が、「妻を求めて悲しく鳴く」場景ではなく、「牡鹿」が妻を呼び集めているという、ちょっと意気揚々とした場面を描いています。すると牡鹿のモテ振りに、詠み手も共感して、わざと意気揚々とした表現をもって、
     「いたらむ極み なびけ萩原」
なんてエールを送ってみた。そのためにこんな表現をしたことが分かるシチュエーションですから、つまりは、詠み手の姿が浮かんでも、牡鹿の場景と溶け合いますから、失策とはなりません。むしろ非常に効果的で、なかなかの策士だと言えるでしょう。

  ちょっとややこしくなりましたが、
 ユニークな言い回しや、大げさなジェスチャーなど、そこに立ち止まるような表現は、聞いている方の関心を誘いますから、それを考慮に入れたうえで、詩の本意に叶うような場合に使用しないと、ちょっと描写の下手な短歌に、落ちぶれる危険性はある。逆にうまく利用すれば、この短歌のような効果を得ることも出来る。そのくらいのことを、頭の片隅にでも、入れて置いてくれたらという話でした。

……わざと変な表現ですか?
 せっかくですから、試してみますか?
  うまくまとめるのは、結構大変だと思いますけど。

  それならチャレンジャーだけ、
   うまくできなくても構いません。
    お題はそうですね、
   不真面目にも真面目にも出来そうな、
  きわどいところが良さそうです。
    「風よ届けよ、永遠(とわ)のぬくもり」
       つまりはこれが下句です。


     「勝手なこと言いやがるなこら」
奴を俺に
  靡かせてやるぜ 歌を風よ
    届けろ永遠の ぬくもりよこせや
          いつもの彼方

     「あいかわらずね」
生まれたて
   いだく窓べよ その父へ
  風よ届けよ 永遠のぬくもり
          時乃遥

表現の正当性について

[朗読ファイル その二]

 立ち止まるような表現と言うことについて、
  ついでですので、ちょっと脱線を加えます。
 例えば次のような短歌があります。

この春に
  生れいでたる わが孫よ
 はしけやし はしけやし 未だ見ねども
          斎藤茂吉 「白き山」

この春に生まれたわたしの孫よ
  「愛しけやし」「愛しけやし」
     まだ見てはいないけど

 明治生まれの歌人の特徴として、新しい表現を模索しながら、一方では、今の表現ではなく、過去の表現を持ち込む傾向があげられます。それは当時の文語口語という話ではなく、ちょうど今日のサークル専用語として、「文語短歌」なるものが存在して、いかなる時代の表現とも違う、全体に統一性もない落書を、勝手気ままにいたしているのと同じような意味で、ようするに形骸化した保守性とでも言いましょうか、そのくせ過去の表現を、模倣している訳でもないものですから、スラングよりもタチが悪いこともありますが、この「はしけやし」というのもやはり、読まれた当時の言語社会を介して「愛しい」と言っているのではなく、過去にあった歌言葉を、そのまま借用したものに過ぎません。

 それに対して、
    「春は花の生まれし孫よはしけやし」
など、多少でも古文風に記すなら、まだしもですが、
    「この春に生れいでたるわが孫よ」も
       「未だ見ねども」も、
何の創意工夫も見られない、詠み手の、同時代的な日記の表現に過ぎません。特に「未だ見ねども」は心情のまさらない、状況を提示しただけの、短歌の表現としては乏しいくらいの結句で、しかも散々讃えた後に、「まだ見てないけれど」と加えるものですから、まるでコントのオチのような、味気ない結末を迎えています。

 いずれにせよ、このような表現はすべて、詠み手と同時代の安い散文に過ぎませんから、詠み手の喜びを表明する呼びかけとしては、当然ながら現在使用している、当たり前の「語りかけ」をしなければ、思いそのものが消えてしまいます。例えば今、あなたに子供が生まれたとして、
     「今日生まれたわたしの子。なんていとおしい」
と語られれば、本当にいとおしくて、述べたものだと思いますが、
     「今日生まれたわたしの子。なんてはしけやし」
などと言われたら、ちっとも「いとおしさ」が伝わってこないどころか、知識として知っている過去の言葉を、引用したいばかりに、子供を持ちだしたようにしか思えません。まして、
     「けふ生まれしわたしの子、ああ、はしけやし、はしけやし」
などと、いつの言葉だか分からないようなメールでもされた日には、もう心情とかけ離れた、言葉をもてあそぶ嫌らしい人間から、一刻も早く、逃げたいような気持ちで一杯にはならないでしょうか。

 この短歌も、要するに、
  それと同様のことをしているに過ぎません。
    そもそも「はしけやし」という言葉は、
     「はしけやし、はしけやし」
などと、形式を破壊しながら、繰り返し使用するものではありませんから、その表現に多少でも慣れ親しんだ人、例えば『万葉集』を愛するような人たちから見たら、まるで小学生が、覚え立ての言葉を使いたいばかりに、変な表現を生みなして、はしゃいでいるようにしか思われず、むしろ不快感が湧いてくるのではないでしょうか。

 一方、過去の和歌の伝統と関わらない、より多くの人たちにとっては、過去から引用した歌言葉に過ぎませんから、「はしけやし、はしけやし」などという表現で、彼が心から喜んでいるとは、どうしても受け取れない。受け取れないとなると、言葉をもてあそんでいるとしか、解釈がつかなくなります。

  先ほどの、
 万葉集の「いたらむ極み」が、詩の内容全体から、かえって効果的になったのとは反対に、この「はしけやし」は、詩の内容が、心から愛情を讃えるべきであったのに、あさましいお遊びに興じたために、どちらも詠み手の姿をイメージにさらしたものではありながら、心情を朽ち果てさせる、違った結末を迎えたようです。

 もとより、過去の表現も伝統ですから、それを持ち込んで、優れた擬古文を作ることも出来るでしょうし、新しい言葉として、うまく利用することさえ可能です。ただ、そうしたことは、よほど優れた言語感覚を持った人が、自らの言葉として提出しないと、落ちぶれた落書きになることは間違いありません。それは今、自分たちが使用している言葉を利用して、うまい詩を作ることよりも、はるかに難しいことなのです。それを見てくれだけを真似して、変な提出物を作って、「短歌でございます」「添削でございます」などいたしている自称高等スラングが、どれほどいびつなものであるかは……

 あるいは立ち去りもせず、このコンテンツを読んでいる皆さまには、お分かりのことかもしれませんね。もとより『万葉集』の精神を学べというのは、万葉集の言葉を猿まねしろという意味では、まったくないのですから。

 ところで「はしけやし はしけやし」なんて表現も、使い方によっては、短歌に出来ないこともありません。特に軽い冗談に使用すると、面白い場合もありそうです。ただし破格(はかく)[定型を破ること]です。

熟睡を たたき起こされ 辞書を手に
  はしけやし はしけやし チャイム 鳴り渡る

くらいなら、嫌みもへちまも起りません。

  ……随分長くなりましたが、
 あなた方は現在使用してる、生きた言葉でこそ、
短歌に限らず、あらゆる詩を、記してくださったらと思います。なぜならそれこそが、もっともたやすく、もっとも表現の正当性(文法の正当性ではありません)を保証された、もっとも相手に伝わりやすい、すなわち詩を作るための、王道には他なりませんから。

 そうして、現在の表現とは異なるものを表現したいのであれば、中途半端な過去の猿真似ではなく、もっとしっかりした学習が、必要になってくるには違いありません。概してそれほどの意欲もなく、しかも現代語では、満足に人を感動させられないような人々が、いつわりの伝統にすがり付きがちであるのは、いつの時代でも、変わらないことなのかも知れませんが……

 もしあなたが過去の言葉を、すらすらと書き記せるくらいになれば、おそらくは過去の模倣そのものではなく、新しい表現を試みたとしても、この「はしけやし」のような、失態を踏むことにはならず、きっとすばらしい表現を、生みなすことも可能かも知れません。そうなったらわたしは、こころからエールを送りたいと思いますが……
 けれどもはや、
  それは初心者コースのお話しではありませんので、
 そろそろ話を打ち切ることにいたしましょう。

閑話休題 その五

 いったいどこで寝転んだのでしょうか、
  春の子猫の、すっかり長くなりました。
   話を「着想と作詩」に戻しましょう。

家人(いへびと)は
  道もしみゝに 通へども
    我(あ/わ)がまつ妹が つかひ来ぬかも
          よみ人しらず 万葉集11巻2529

家に使える人たちは
  道を途切れないように 通っていますが
    わたしが待っている あの娘(こ)からの
  使いだけが なんでか来ません

 家人(いえびと)というのは家族のことではなく、
   家に仕える人たちのようですが、
     「他の人は沢山来るのに、恋人からの使いは来ない」
という着想を、そつなく提示しているようです。二句目に「道もしみみに」(道のすき間がないように)と、ちょっと大げさな虚偽を加えて、待ちわびる気持ちを強調している。このような、さりげない演出は見習っても、おそらくは自分の短歌が、マイナスになることはありません。

 逆に真似してはいけないのは、
    「交叉点では道もしみみに人々が」
なんて、安易に言葉を持ち込むことでしょうか。
  (ただし、ここでも矛盾するようなことを言いますが、
    自分がやりたいという衝動に駆られたら、
     全然やってみても構いません。
    ただ私が述べたような注意を、
   頭の隅にでも入れてくださったら十分です。
  こういう遊びって、特に学生のうちは、楽しいものですし。
   知人に、わざとこんな表現の落書きを送ってみるのも愉快です。
    ただそれこそ創作だなんて、思い込んだら穢れです。)

 さて、この「つかひ来ぬかも」くらいの和歌は、特にすぐれたものでもありませんが、かといって、けなすべきところもなく、和歌としての体裁を保ちつつ、着想をうまくまとめたものと言えるでしょう。次のは、もっと理屈っぽく責めて、それが傷になっていない例。

その六

ひとゝせに
   ふたゝび行(ゆ)かぬ 秋山を
  心に飽(あ)かず 過ぐしつるかも
          よみ人しらず 万葉集10巻2218

年のうちに 二度とは繰り返さない
   秋の色づいた山々を 十分に飽き足りないまま
 過ごしてしまったのは残念です

   「一年に二回は繰り返さない」
 きわめて殺風景な、当たり前の説明に過ぎませんが、下の句に「飽き足りない気持のまま、やり過ごしてしまった」と置くことによって、ただ三句目以下を述べたものよりも、満ち足りない思いが強調されている。その強調のために、「一年に二度と来ない」とわざわざ置いているのですが、同時に一年という幅のあるスパンのうち、四分の一を占めるはずの秋なのに、という実際の暦の長さを、聞き手に悟らせてもいるようです。それによって、ずっとおだやかでいられなかった、あくせくするような生活が思いやられ、読み手の心情が伝わってくる。具体的に数字を出した甲斐もある訳です。

  もちろん同時に、その殺風景な解説が、
 この和歌の傷にもなっています。あるいはもっと他の表現があったのではないかと、あなたがもし、わずかでも物足りなさを感じたなら、それは冒頭の説明書きに依存しすぎた、表現のつたなさがもたらす、マイナスの側面を、感じ取ったといえるでしょう。ただし、あながち悪いものではありませんから、まずはこのくらいを目指すことにして、「着想と作詩」については、終りにしたいと思います。

題詠(だいえい)

 では最後に、題詠(だいえい)でもしましょうか。
  題詠とは、お題を提出されて、それに基づいて短歌を詠むことです。
   歌合(うたあわせ)などでよく行われましたが、
  短歌の向上のためにも有用かと思われます。

 先ほど、古語の話が出ましたので、あえてそれを否定せず、もっともたやすく、不自然でなく持ち込める古語(というより歌詞ですが)を、題材にしてみましょう。それはすなわち名詞です。すべてとは言えませんが、一度教われば、気にならなくなるどころか、使ってみたくなるような表現も多いのは、知らなかった名称を覚えるのと一緒ですから、ある物の名称を、外国語で聞いたからといって、不自然に感じないのとおなじです。

 では今回は、「水たまり」を意味する「にわたずみ」という表現を使用して、短歌を詠んでみることにしましょう。もちろん現代語で読みますから、仮名遣いを「にはたづみ」などとする必要はありません。単なるこれまで知らなかった名称に過ぎませんから、表現方法は「にわたずみ」です。(ちなみに歴史的仮名遣いを局所的に使用する場合も、もっとも名詞がやりやすいです。意図が明白であれば、記述方法は必ずしも破綻しません。ちょっとお耳汚し)ではどうぞ。


七色の 虹のかなたへ
  にわたずみ うつし影して
    はねるあめんぼ
          時乃旅人

遊べ遊べ
  陽が暮れちまったら 明日はねえ
    にわたずみ踏んで 靴を汚せや
          いつもより彼方

     「いつもより?」
好き嫌い
  嫌い好きなんて 誤魔化して
    たんぽゝ散らす にわたずみかも
          時乃遥

つかの間コラム 歌の病(やまい)

[朗読ファイル その三]

「歌の病(うたのやまい)」というのは、(序文を信じれば、)772年に成立したとされる、「歌経標式(かきょうひょうしき)」というものにすでに見られるようですが、
     「初句と二句の頭の文字は同じにしない事」
     「それぞれの句の、二文字と四文字がおなじではいけない」
     「句ごとにおなじ言葉が混じるのは避ける事」
     「字足らずや字余りを避ける事」
など、論者によって、さまざまな禁止がなされています。それで、実際にさまざまな禁則を避けながら和歌を詠んでいたような、錯覚もしてしまいますが、必ずしもそうではありません。

 例えば『俊頼髄脳(としよりずいのう)』(1110年代前半頃成立か)の中では、多くの「歌の病」と呼ばれるものがあるが、実際には古歌に詠まれているようなことばかりで、実際に避けるべきは「同心(どうしん)の病」「文字病(もじやまい)」くらいしか無いと説明しています。さらに解説を続けながら、歌の手本とされる名歌にすら見られるから、「文字病(もじやまい)も非難されるべきではないかな?」なんて結論づけてしまう。

 また、後の藤原俊成(ふじわらのとしなり)(1114-1204)の歌学書『古来風体抄(こらいふうていしょう)』(1197-1201頃成立)になると、病などと言うものそのものが誤りであるようにまとめています。

 つまり、「歌の病」などというものは、少なくとも八代集の時代頃には、定義のために定義されただけのものか、初心者に「切れが大事だ、おなじ事を繰り返すな」とアドバイスする、今の俳句の手引きとおなじくらいのもので、実際にそれに従って和歌を詠まなければならないような、堅苦しいものではありませんでした。(もちろん、それに従って批判したがる傾向は、歌合などでよく見られましたが、その精神は、今日の批評のための批評家でも、あまり変化は見られません。)

 むしろ事細かい規則のようなものは、流派というものが、文化継承の枠となっていった、中世以降に、互いの流儀を主張し合うように、高められて行くのかも知れません。

 ですがそれだけに、今日の初心者にも、ちょっとしたアドバイスとしては、きわめて有効なものが含まれています。それが結局、『俊頼髄脳』の中で、源俊頼(みなもとのとしより)(1055-1129)が唯一認めなかった病(やまい)。「同心の病」であるというのはちょっと面白くて、なるほどこの歌論が、和歌の学習者のために描かれたものであることを、よく物語っているようです。

「同心の病(どうしんのやまい)」というのは、例えば「山」と「嶺」、「鳥」と「雀(すずめ)」、「桜」と「花」(ただし「桜花」「桜の花」というのは一つの言葉になります)など、おなじ対象に過ぎないものを、言葉だけ言い換えた表現です。これに対して「文字の病」というのは「山(やま)」と「病(やまい)」やら「止(や)まない」など、「やま」という言葉は一緒だから、避けるべきだという病(やまい)です。

 そのうち「言葉の病」などは、今日でも馬鹿馬鹿しく感じますが、「同心の病」というのは、じつは初心者が、同じ内容を中途半端に繰り返してしまい、短歌を散漫なものにしてしまう、起こりがちな失敗を、うまく注意していると言えるでしょう。つまり、

提灯の
  さくらの下に 集まって
    さくらを見れば しあわせな色

のような表現ですと、なんだか「さくら」が二度繰り返して、別に対句として韻を踏んでいるようでもなく、散漫な印象であることは、初心者でも気がつきますが、

提灯の
  さくらの下に 集まって
    花見をすれば しあわせな色

でも、わずか三十一字のなかで、込めたい思いはいろいろあるのに、上の句で述べたことは、「花見」であるのが明白であるから、四句の「花見」は必要ないと言うことを、言葉つきがちょっと違うだけで、初心者は悟れない場合が多いのです。

 その注意として、「同心の病」という設定は、なかなか要領を得たものだと、私などは、源俊頼の実践的アドバイスに、むしろ感心したくらいで……

 それで同時に、
  皆さまにもこの「同心の病」という表現を覚えておいていただいて、もちろん禁止事項ではありませんが、なんとなく散漫な気がしたら、類似の表現や、必要のないことを述べてはいないか、自分の短歌の中から見つけ出すときの、アドバイスに生かしてくれたらと思った次第です。

提灯の
  さくら舞ひ舞ふ 集ひには
    さかづきに差す しあわせの色
          時乃旅人

初歩的な罠「込過(こめすぎ)」

 今度は「着想と作詩」ということについて、初心者がもっともはまりやすい罠である、思いついた事をどうにか込めたくて、描きすぎる傾向について、もちろん以前にも、上の句を伸ばしすぎて、結句が窮屈になった例などがありましたが、さらにいくつか、短歌を眺めてみましょう。

その一

卯の花の
  散らまく惜しみ ほとゝぎす
    野に出(い)で/出(で)山に入(い)り 来鳴(きな)き響(とよ)もす
          よみ人しらず 万葉集10巻1957

卯の花の 散るのが惜しくって
   ほととぎすが 野に出ては 山に入って
 やって来ては 鳴き声を響かせています

 もちろん、気持ちは分ります。
   ただ散るのが惜しいだけじゃあ駄目なんだ。
     本当にあちらこちらに、飛び交って、
  「卯の花」を惜しむ気持ちでなくっちゃいけない。

 なるほど、それで、
  「野に出ては、山に入り、来ては鳴きまくっている」
 あちらこちらを飛び回って、
  さかんに鳴いているさまを、
   表現したかったことはよく分ります。
    よく分りますが……

 当人が懸命に説明したからといって、
  相手がそれを受け取るかどうかは、また別の問題です。
 この短歌の、いろいろ記したかった下の句は、うぐいすの切実な行動に共感するよりもはるかに、詠み手が着想をまとめきれなかった、冗長な散文に出会ったときの、がっかりするような気持ちを、聞いているものに与えます。つまりは、拙い詠み手であるという印象を、相手に抱かせてしまいますから、せっかく込めた思いはスルリと抜け落ちて、不体裁な印象ばかりが、こだまするのは残念です。

  いつもの「お小言?」ですが、
 もし皆さまが、短歌を始めたばかりであるならば、むしろ、このように冗長に書き記すことは、はじめはぜひして欲しいくらいです。着想にあふれて、まとまりの付かない落書きは、何度も推敲を重ね、次第に整えていくことくらい、初学のうちでも可能なものですから……

 むしろ書きたいことがなにもない。
  なにを書いてみたいのか、自分でも分からない。
   という症状よりは、はるかに見込みがあると言えるでしょう。

 ところで、作ってみたいけど、書くことが浮かばない。
  それって、ただ単に、作ってみたくないのでは?
   そう思う人もあるかも知れませんが、
    「書いては見たいけど、どうしたらよいのやら」
   という症状は、初学にしばしば見られる事例です。
    決してあなただけではありませんから、
     安心して悩んでください。
      そうですね、そんな時は……

ノートには
   何を書いたら いいのやら
 思い悩んで いつしか居眠り

そこにある
  ものを歌えと 言われても
    あっちもこっちも 気になるばかりで

 ようするに、何かしか書くことはあるはずです。あなたが見ている対象物の、名称から初めてもいい。あなたの知り合いの、名前を書くことから初めてもいい。なんなら眺めているテレビの、出来事だって構わない。

天気予報
  明日の午後は 雨なんて
 友だちと会う 約束したのに

     「説明書をすこし推敲して」
夕ぐれの
  明日の天気は 雨マーク
 友だちと会う 約束したのに

     「彼氏もいないくせに」
夕ぐれの
  明日の天気は 雨マーク
 あいつと遊ぶ 約束したのに

 そうするうちに、どれほどたわいもない事なのか、分ってくると思います。もっとも避けたいのは、品評会の皆さまの、なんだか分らないようなスケッチを、それと思って物まねすることで、それよりもわたしは、お気に入りの歌詞のワンフレーズを、思い切り字余りでもいいから、抜き出しながら最後の部分を、自分の言葉でまとめてみることをお勧めします。なかなか、悪くない作品が、生みなされてくるかもしれません。

傘はあなたの
  こころにさして 改札を
 くぐればふたり さよならだねもう

 あの頃はわたしも、
    学生時代であったようです。
  蓄音機のかなたに耳を傾ける、
     旧き時代の物語。

その二

ほとゝぎす 鳴く声きくや
  卯の花の 咲き散る岡に
    葛(くず)引く娘女(をとめ)
          よみ人しらず 万葉集10巻1942

ほととぎすの 鳴く声は聞きましたか?
   卯の花の 咲いては散っている岡で
 葛を引いているむすめさん

 葛(くず)は、至るところに蔓(つる)を伸ばして繁殖する、「植えてはいけない図鑑」の巻頭を飾る植物ですが、その蔓からは葛布(くずふ・くずぬの)が作られ、根からは葛粉(くずこ)、さらに葛根湯(かっこんとう)のような漢方薬もつくられます。その一方で、質悪(たちわる)の雑草として、農作業の再開のために、引き取ってやる必要もありますから、この短歌だけでは、乙女が何のために葛を引いてるのかは分りません。ただ問題なのは……

・岡には卯の花が咲いて散っていく。
・ほととぎすが鳴いている。
・娘さんが葛を引いている。
・自分はそれを眺めている。
・そして娘さんにたずねている。
   (あるいは心のうちで、そっと思っている)

 これだけの情景をなんとか体裁を保って、
  短歌に仕立て上げたのは立派です。
 たしかに立派なのですが、あまり込めすぎて、聞き手に浮かんでくるイメージが、定まらなくなっています。特にわざわざ倒置法を使用して、「ほととぎすの鳴く声は聞きましたか」と冒頭に持って来ましたから、三句目以下の描写は、ある程度焦点を定めていかないと、うまくまとまらないものを、あらためて細かい描写を始めますから、詩の核心である冒頭の二句が、飼い殺しのようになってしまい、倒置法が生かされていません。

 もっと簡単に述べるなら、
  この和歌の配置を、
 言葉をまったく換えずに移し換えて、

卯の花の 咲き散る岡に
  ほとゝぎす 鳴く声きくや 葛引く娘女

の方が、まだしも情景は浮かんでくるかと思われます。そのかわり、せっかく「ほとゝぎす鳴く声きくや」と冒頭に倒置した、詠み手の思いが遠のいてしまいました。心情を表現することに関しては、初めの方がまだマシなくらいです。そうであるならば……

 おそらくは周辺的な
  「卯の花の咲き散る岡に」の部分を、
どうにかすればよいのではないでしょうか。

 ところが、そのように、初めの着想を捨て去ることは、特に慣れないうちは、なかなか出来ないのも確かです。そうであるならば、初めのうちは、このくらい込めまくって、着想を詩型に落とし込んでしまうのも、大いに結構です。そのうち段々、バランスがつかめるようになってきますから。

その三

ふるさとの
  初(はつ)もみち葉(ば)を 手折(たを)り持ち
    今日そ/ぞわが来し 見ぬ人のため
          よみ人しらず 万葉集10巻2216

ふるさとの 初めてのもみじ葉を
  折り取っては 持参して
    今日こそわたしはやって参りました
  まだ見ていない人のために

 これも「初めてのもみじ」「手で折って持ち」「今日こそわたしは来た」「見ていない人のため」と、ちょっと執筆過剰のようにも思われます。あるいは「初もみじ」くらいでニュアンスは伝わるのだから、「今日こそ」なんて加えずに、下の句は「君に見せむと我は来にけり」くらいでよいのではないか。などと、考えてしまいますが、

「今こそ、見てない人のために、
  わたしは折取って、こうして持ってきたのだ」

 そんな、意気揚々とした喜ばしい気持ちが、どのように添削したところで、削(そ)がれてしまうことを悟るとき、なるほど冗長気味なのは、詠み手の表現をうまく伝えるために、必要な手段であったのか。逆に、そのように悟ることもあるかも知れません。必要性があるなら、すなわちそれによって、伝えられる思いがあるならば、ちょっと冗長気味でも、問題はないのです。生命力を奪ってまで、体裁を整えるくらいなら、多少不格好でも、語りたい思いをこそ、皆さまには、伝えて欲しいと願うものですから。

〆の題詠

  込めすぎについては、これで終了です。
   それでは、ノートを開いて、
  これまで作ってきた短歌を眺めてみましょう。

 おおよその傾向として、自分の短歌が、間をつないだような表現が多くて、間延びした、散漫な印象であるか、あるいは細々とした、説明が過剰であるように感じられるか、振り返って見るとよいでしょう。初めのうちは、どちらかに偏る場合が多いようです。もしルーズな表現が目立つなら、これからはもう少し、着想を豊かにして、密度を高めてみましょう。逆に込められすぎのようであれば、要点を整理することを心がけましょう。

 ではまた〆の題詠でもしてみましょうか。
   少しだけ難しいお題にしてみましょう。
     そうですね、「行く人来る人」という題で、
       別に内容が伝われば、直接言葉はなくても自由です。

(ところでいつも詠まれている、見本ぶった短歌は、
   皆さまが作るあいだの「つなぎ」みたいなものですから、
     あまり気になさらないでください。
   解説を無視して、はしゃいでいることもあるでしょうから。)


ゆく人は
  暮れゆく街の あかりして
    来る人はいつの
  はやり唄して
          提出詩 時乃旅人

拾遺集より

[朗読ファイル その四]

 『万葉集』のなかには、後に勅撰和歌集に収められた和歌も、数多く存在します。なかでも特に多いのは、『拾遺和歌集』に掲載されたもので、その際、若干の変更が加えられている場合もあるわけです。せっかくですから、どのように変更が加えられたかに注目しながら、より好い和歌のあり方について、参考にしてみるのも悪くはありません。

 ただし実際は、『拾遺集』時代の『万葉集』の漢字文の読み解き方が、今日とは違うので、ただ当時の詠み方で、掲載したのに過ぎない場合も多いのですが、ここではあえてそれには目をつぶり、『拾遺集』が万葉集の和歌を改編した、ということにして、話を進めてみようと思います。もっとも、定義するほど、長い話でもないのですが……

彦星(ひこほし)の
  思ひますらむ 心より
 見るわれ苦し 夜の更けゆけば
          湯原王(ゆはらのおおきみ) 万葉集8巻1544

彦星が 織り姫に
  恋しさをつのらせる 気持ちより
    それを地上から見ている 私の方が
 胸を苦しめられるような 気分です
   夜が更けてゆくほどに

 率直なことはよいことです。
  あるいは「苦しい」という表現は、
   今のわたしたちのものとは、
  当時はニュアンスが、違っているかもしれませんが……

  もし今日であれば、この和歌の傷は、
    「見るわたしの方が苦しい」と、
率直に示したことにあると思います。それも、
    「彦星が恋しがるのに比べたら」
など、素直に語り始めれば、全体が下手な方に調和しますが、
    「彦星の思い増していく心」
と、対象に同一化することを止め、一歩引いて、つまり客観性を持って、上句を詠み始めたために、四句目にいたって、直情に過ぎる「苦しい」という切り出しが、急にトーンが変わってしまうようで、調和が取れなくなっています。それで四句目だけが、(きわめてわずかではありますが、)浮き上がるような不始末となりました。それでは『拾遺集』のものは、どうでしょうか。

彦星(ひこほし)の
  思ひますらむ ことよりも
 見るわれ苦し 夜の更けゆけば
          湯原王(ゆはらのおおきみ) 拾遺集147

 なるほど、かえって四句目こそ、この和歌の心であるとして、そのまま残しながら、「彦星の心よりも、わたしの心が苦しい」という、あからさまな「心同士の対比」を避け、「そんな彦星のことよりも、見ている私の方が苦しい」とすることによって、明確に彦星の思いと対比したのではなく、彦星のような心より、苦しいよと……つまり、四句目以外を背景へ移すことによって、四句目をクローズアップするような戦略です。

 しかし、そうであればこそ、四句目がなだめられた訳ではなく、むしろリアルに感じられる分、ちょっと安っぽい主情がこもる短歌となっているようです。つまるところは、おそらく改変すべきは、やはり四句目にこそ存在している。この和歌を手直しするとしたら、そこをこそ、修正すべきなのかもしれません。

彦星(ひこほし)の
    思ひますらむ こゝろより
 見る我をしも 夜ぞ更けにける

 やれやれ、とんだ手抜きです。
  なんだか、だまくらかされた気分です。
 次の和歌でも眺めましょう。

住吉(すみのえ)の
  岸を田に墾(は)り 蒔(ま)きし稲
    かくて刈(か)るまで
  逢はぬ君かも
          よみ人しらず 万葉集10巻2244

住吉の 海岸のあたりに
  田を耕し 蒔いた稲が
 こうして 刈り終わるまで
  逢っていないあなたよ

 これはまた、ずいぶん具体的な内容になっています。
   「蒔いた稲を刈るまでに」
くらいで済ませそうなところを、場所まで指定して、
   「田植えの困難な岸のところを耕して、
      蒔いた稲を、こうしてようやく刈るまで」
逢っていないあなたです。というのだから驚きます。けれどもこれによって、和歌を詠んでいる人の置かれた立場、それから稲を収穫するまでの苦労と月日が、具体的に浮かんで来ますから、「逢わぬ君かも」というのが、和歌の世界の常套句としてではなく、実にリアルな実感として、捉えられるのではないでしょうか。

 その代償として、あまりにもいろいろなものが込められ過ぎて、焦点が定まりきらず、リアルではあるものの、詩としては拙いような印象。つまり描写をしている割には、「逢いたい」という思いが、聞き手に伝わってこないのも事実です。それでは、『拾遺和歌集』の場合はどうでしょうか。

住吉(すみよし)の
  岸を田に掘(ほ)り 蒔きし稲の
    刈るほどまでも
  逢はぬ君かな
          柿本人麻呂 拾遺集836

 どうやら、四句目の「こうして刈るまで」という明確でない表現を、「刈る時期までも」と改めることによって、全体のプロポーションを保とうとしたようです。三句目にも「の」が加えられたことによって、「こうして刈るまで」とは違って、上の句は「刈る時期まで」の序詞のように、つまり比喩のようにも捉えられますから、その分下の句に、心情をゆだねやすくなっています。ただ、序詞にしても、上の句がディテールにこだわりすぎて、かえって要領を得ていないという傾向に、変わりはありません。

 この場合は結局、
   具体的な農作業の部分を、
     短詩の形式にふさわしく、
   切り詰めてしまうのが、
 一番の上策なのではないでしょうか。

住吉(すみのえ)の
  岸田に蒔きし 刈り稲の
 かくまで君に 逢はぬ頃かな

 ただしこれだと、ちょっと身も蓋もないことになってしまうかも知れません。そう感じたなら、多少過剰表現ではあれ、『拾遺集』のあたりが、落としどころなのかもしれませんね。

〆の課題

 以上で、『拾遺集』の和歌を利用した、体裁についての落書きは終了です。次回は詩の技法について、基本的なことを、いくつかお話ししてから、初めての方が目標とすべきくらいの、『万葉集』の短歌を紹介みようかと思います。でもその前に……

  この柿本人麻呂の難題に、
    チャレンジしてみるのも一興です。

[ところでこの和歌、拾遺集では、柿本人麻呂の作品になっていますが、実際ははじめの『万葉集』にあるように、ただの「よみ人しらず」の短歌に過ぎません。]

  まじめなものは辛いですが、
 冗談ならば出来るかもしれません。それにしても、ちょっといたずらをして分かったことですが、よくこれほど体裁良く、すくなくとも滑稽に陥らずに、上の句を詠み仰せたものです。わたしには残念ながら、そんなすばらしいものは、出来ませんから、

「枯れ草の 石を抜き掘り 植えた芋を」

 これを収穫するまでとしても、引き抜くまでとしても、食べるまででも、皆さまの好きなように料理して、短歌を詠んでみるのはいかがでしょうか。もちろんちょっとくらい変更しても、別に問題はありません。


草を取り
   掘り抜き岩に 植えた芋を
 刈るまで父は 病床の人
          時乃旅人

 なるほど、あえてまじめに捉えて、
  残念ながらこけましたか。
   努力だけは評価しましょう。
    皆さまは、マシなものが出来たでしょうか。
   結構これは難題です。

つかの間コラム 万葉集と歌人たち

 ところで、まったく知らない状態から、『万葉集』に足を踏み入れようとすると、成立時期も、歌人の名称も知りませんから、途方に暮れる人もいるかも知れません。ここではそんな初心者のために、和歌ではなく代表歌人たちの名称を、ちょっとだけ紹介しておこうかと思います。

 そのため、初心者向けのコラムになっていますので、
   余計な突っ込みは無しでお願いします。

 何しろ、まず覚えるべき歌人は、
     大伴家持(おおともやかもち)(718頃-785)
です。覚えられない人は、「おお友よ!焼きもち焼きの家持よ!」と、十回唱えて覚えましょう。もちろん「焼きもち焼き」は、実際の人柄とは関係ありませんが、『万葉集』の中で、ある程度継続的に、恋の遍歴が描き出せる人物は、彼以外に存在しないのも、また揺るぎない事実です。

  つまり言ってみれば、彼は『万葉集』の主人公です。
 なにしろ4500首以上を収める『万葉集』の、全体の一割は彼の和歌ですし、「よみ人しらず」の和歌が並ぶ中間部を除けば、至るところで彼の名称に出会います。さらに実際の生活が、長期に渡って継続的に、歌集から確認できるのも彼しかいません。それどころか、十六巻以降は、彼の和歌生活を記した、私的な歌日記のような様相です。

 そんな彼ですから、『万葉集』の編纂者ではないかとされるのも当然でした。実際の成立は、なかなか単純ではありませんが、取りあえず今は、彼が万葉集を編纂したものと見なして、『万葉集』の最後を飾る短歌、

新(あら)たしき
   年のはじめの 初春の
  今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)
          大伴家持 万葉集20巻4516

を歌った759年のはじめから、彼の亡くなる785年の間に、『万葉集』は完成したか、あるいはある程度整えられた状態で、まとめられたと考えておけばよいでしょう。

  後は、彼の人間関係から、主要な歌人が紡ぎ出せます。
 例えば、北九州の大宰府(だざいふ)に就任して、その地で「梅の宴」の連作和歌や、「酒を褒める」短歌を詠んだ大伴旅人(おおとものたびと)(665-731)は、家持の父親であり、その旅人の、大宰府での友人が、遣唐使で唐に派遣されこともある、山上憶良(やまのうえのおくら)(660頃-733?)です。山上憶良は、学校でも「貧窮問答歌(びんぐうもんどうか)」を習うこともありますから、名称くらいは、知っている人も多いかと思います。

 また旅人(たびと)の母違いの妹は、大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)といって、女性歌人の中では『万葉集』でもっとも多くの和歌を収める、代表的な女流歌人になっています。

 それで坂上郎女は、大伴旅人の妻が亡くなってから、息子である大伴家持の養育までしてくれたらしく、家持に取っては義理の母のような存在でもあり、さらには彼女の娘である、坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ/だいじょう)が、家持の妻になっているという……

 しかもそのような、大伴一家の、家族同士の和歌のやり取りが、まるで私家集ででもあるかのように、『万葉集』には、あちらこちらにちりばめられているのです。

 これに対して、『万葉集』には影の支配者も存在します。
   (……だから初心者用のたとえ話ですって。)
 彼はその経歴がほとんど明らかでもないくせに、『万葉集』の開始部分を、まるで自らのものであるかのように、長篇(ちょうへん)の和歌で占有し、その存在感を思う存分アピールしながらも、今日でさえ得体の知れない人物です。

 そればかりか、彼の私歌集から取られたあまたの和歌も、彼の作品ではないかともされていますが、もしそうであるならば、たちまち400首以上を収める、歌数における大伴家持の、唯一のライバルの地位までのし上がります。

 そればかりではありません。その彼の和歌のスタイルに、後の歌人たちは、家持も含めて大きな影響を受け、しかもそれを喜びとして捉えているフシがある。

 そう、『万葉集』を影で操っている男。
  彼こそ、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)(660頃-720頃)に他なりません。

 おおよそ『万葉集』は、柿本人麻呂や、彼と並んで後に歌聖(かせい)と讃えられた、山部赤人(やまべのあかひと)(?-736以降)、あるいは最初の女性歌人(初心者向けの定義です)とも讃えられる、額田王(ぬかたのおおきみ)の活躍から、家持の父親である、大伴旅人や山上憶良の活躍。そして大伴家持の時代へと、移り変るものであると捉えておけば、おおよその輪郭は、掴めるのではないかと思います。

 そうしてそのような歴史的変遷の中間部に、後の勅撰和歌集の時代のように、「春夏秋冬」の四季の和歌、「相聞(そうもん)」と呼ばれる恋の和歌、その他の和歌をサンドイッチして、『万葉集』は成り立っていると言えるでしょう。

初学の手本

[朗読ファイル その五]

 『万葉集』のなかで、私たちの日常の語りかけや、それを自分の覚書くらいに、軽く日記に記したくらいのもの、日常語に近いくらいの表現で、それなりの短歌に仕上がっているものを、「初学用の手本」として、ここに掲載しておきます。よろしかったら、三回ずつ、口に出して唱えるのが、短歌を理解する、早道かも知れませんね。

春の野に 心のべむと
  思ふどち 来(こ)し今日の日は
    暮れずもあらぬか
          よみ人しらず 万葉集10巻1882

[春の原で 心をのびのびさせようと
   気のあった仲間同士 来た今日の日が
  ずっと暮れなければいいのに]

 「心のべむと」は「気分をのびのびさせて」
   「思ふどち」は「思う同士」つまり「気のあった同士」
  二句目が表現の良いところ、
    四句目が表現の甘いところです。

わが背子(せこ)が
   使ひを待つと 笠も着ず
 出(い)でつゝそ/ぞ見し 雨の降らくに
          よみ人しらず 万葉集11巻2681
          よみ人しらず「問答歌」 万葉集12巻3121

[あなたからの
   使いが来るの待って 笠もつけないで
     外に出たまま待っていました
   雨が降っているのに]

 巻第十一の短歌ですが、巻第十二で「問答」のために再利用。
  雨の中を、恋人の使いを待っているという趣旨で、
   次の短歌の方が、着想は凝っています。

我(あ/わ)が恋ひし/恋ふる
   ことも語らひ なぐさめむ
 君が使ひを 待ちやかねてむ
          よみ人しらず 万葉集11巻2543

[わたしが恋しがっている
   そんなことを話しては せめて気を紛らわせるような
  あなたの使いの人を 待ちかねているのですが]

 あなたには会えなくても、せめてあなたのことを、
  知っているなら様子も聞ける、そんなあなたの使いを、
   待ちわびるという趣向で、
  着眼点がユニークです。

     「花を詠む」
島廻(み)すと 磯(いそ)に見し花
  風吹きて 波は寄すとも
    採らずはやまじ
          よみ人しらず 万葉集7巻1117

[島を舟で巡るうちに 磯に見たあの花を
   たとえ風が吹いて 波が荒れたとしても
  採らないではいられるものか]

「島廻(み)す」というのは、「島のまわりを巡る」といった意味で、「廻す」という表現は「巡る」くらいの意味になります。時々ぽろりと表われる表現ですので、家のまわりをぐるぐるまわりながら、「家廻す」「家廻す」と唱えて、覚えてしまうとよいでしょう。ただ人の家でやると、おまわりさんにしょっぴかれます。

「磯に見し花」が何を指すかは不明です。淡水なら『万葉集』には「藻の花」を詠んだものが幾つもありますし、ホンダワラという海藻(かいそう)を花にたとえて「なのりその花」と詠んだものもありますが、磯近くの花を、危険でも近づいて、降りて取って来たいくらいの方が、わたしたちにはかえって、馴染めるのではないでしょうか。この花は、女性の寓意である、なんて説もあるようですので、男性の方にはおすすめの(?)解釈です。

海人娘女(あまをとめ)
   棚なし小舟(をぶね) 漕ぎ出(づ)らし
 旅の宿りに 楫(かぢ)の音(おと)聞こゆ
          笠金村(かさのかなむら) 万葉集6巻930

[猟師の娘らが
   棚無しの小舟を 漕ぎ出しているようだ
  旅の宿まで 楫の音が聞こえてくる]

「棚なし小舟」は、船棚(ふなだな)のない小舟ですが、小さな舟くらいで良いでしょう。旅先に寝ていると、楫の響きだけがしてくるという趣向で、実際には誰が漕いでいるかなど分からないのに、「海人娘子」が漕いでいるようだ、と決めつけの推量をしているところが、ちょっと面白いところです。恋人のことを思いだしていたのだと、深読みしてもいいかもしれませんね。

 ただしこの短歌は、実際は他の和歌とセットになっていて、難波宮(なにわのみや)という大阪湾のあたりにあった宮で詠まれたことになっています。それだと、単独の和歌として眺めた場合とはまた、解釈が異なってくるかも知れません。

 『万葉集』の和歌には、いくつかがペアになっていたり、連作になっていたり、相手との和歌の贈答(ぞうとう)になっていたりと、単独で眺めた時とは、違う解釈が必要になってくる作品も多いのですが、それでも一つの短歌として取り出して、単体で楽しめる価値を有しているからこそ、私たちもそれを眺めて、詩として鑑賞したり、お気に入りの言葉として、心に刻み込むことも出来る訳です。

 今は、単独で読み解いた時の解釈と、そうでない場合の解釈が、異なる作品があるという事だけを、頭に入れて置いてくださったら十分です。これは自分で連作などをする場合にも、その短歌だけの価値と、全体のなかでの意義を考えるときに、役に立つものですから、ちょっと加えておきました。
 ただそれくらいの脱線です。

住吉(すみのえ)の 岸に家もが
   沖に辺(へ)に 寄する白波(しらなみ)
  見つゝ偲(しの)はむ
          よみ人しらず 万葉集7巻1150

[住吉(すみよし)の海岸に 家があればなあ
   沖に岸辺に 寄せる白波を
     眺めながら しみじみと出来るのに]

「住吉」が「すみよし」と呼ばれるのは万葉以後のことで、万葉集では「すみのえ」だそうです。ただその海を眺めながら、あの白波をずっと眺められたらと感じ入るような短歌になっています。住吉の神を祀る、特別な土地であることを、冒頭で表明しますから、なおさら味わい深いものに感じられます。

我が宿の
  萩花(はぎはな)咲けり 見に来ませ
    いま二日(ふつか)だみ
  あらば散りなむ
          巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそおとめ) 万葉集8巻1621

[わたしの家の 萩の花が咲いていますよ
     見にいらっしゃい
   あと二日もしたら 散ってしまうでしょうから]

 あと二日という表現が、説明的にも感じますが、不自然なところに、実は思いが込められているというのは、短歌を読み解くときの、重要なポイントになってきます。なにしろ、萩の花が咲いたのでいらっしゃいと、ピークインの挨拶を詠っているようでありながら、それならば、あと二日で散ってしまう訳がありませんから、つまるところは、
     「ぐずぐずしていないで、すぐいらっしゃい」
という呼びかけになっている。冗談にしても、相手に逢いたいという意思表明にもなりますから、言われて悪い気はしません。ただちょっと、脅迫っぽくも聞こえます。

わが背子(せこ)が
  振(ふ)り放(さ)け見つゝ 嘆くらむ
 清き月夜(つくよ)に 雲なたなびき
          よみ人しらず 万葉集11巻2669

[わたしの恋人が
  空を振り仰いでは 嘆いているだろうか
   澄み渡るような月にどうか
    雲がたなびきませんように
          by織り姫]

「雲なたなびき」の「な」は動詞の前について禁止を表現します。普通は「な~そ」「な~そね」と動詞を囲うように使用するのですが、『万葉集』にはこのような用法も見られます。冒頭で「我が背子」と呼びかけるので、歌っているのは女性ですが、ほとんど同じ短歌として、

遠き妹が
  振(ふ)り放(さ)け見つゝ 偲(しの)ふらむ
 この月の面(おも)に 雲なたなびき
          よみ人しらず 万葉集11巻2460

というものも収められています。
 あるいは状況に応じて、既存の歌を、詠み変えて使用したものでしょうか。『万葉集』のなかには、このような類歌(るいか)[類似する歌]が、かなりの数収められています。お暇な方は、どちらの方が短歌としてすぐれているか、考察してみるのも一興です。

天の川
  波は立つとも わが舟は
    いざ漕ぎ出でむ
  夜の更けぬ間に
          万葉集10巻2059

[天の川に波が立っても
    わたしの舟を さあ漕ぎ出でよう
  夜の更ける前に
            by彦星]

 分かりやすい表現ですが、彦星の当日の決意表明として、おとぎ話と現実性のほどよいミックスが、心地よく思われます。以上、簡単な叙し方でも、興をそそられるような短歌は、詠めることが分かったのではないでしょうか。それでは、皆さまの向上を切に願って……
  今日は、乾杯でもしましょうか。
    それでは、酒が待っていますので失礼。

     「贈歌」
ボジュレには
   あなたの影の 苦みして
 差し込む月に 手のひらかざして
          時乃旅人

     「答歌」
お酒飲んだり
   つつきあったり けんかしたり
 あなたのことを 思い出したり
          時乃遥

               (つゞく)

2016/05/04
2016/05/17 改訂
2017/02/03 朗読掲載

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