高浜虚子「俳句とはどんなものか」

朗読  (1章a) (1章b)
(2章a) (2章b) (2章c) (2章d)
(3章a) (3章b) (4章a) (4章b) (4章c)
[Topへ]

俳句とはどんなものか (高浜虚子)

注意書

・高浜虚子が自ら主催する雑誌「ホトトギス」に、俳句の入門書的な手引きとして、大正二年五月号(1913年)から「六ヶ月俳句講義」として連載されたもの。翌年『俳句とはどんなものか』として出版。続けて「ホトトギス」上に連載された「俳句の作りやう」もやはり大正十三年のうちに『俳句の作りやう』として出版された。俳句の入門書として現在でも有意義なため、朗読を試みんとて朗読するものなり。下はインデックスと、掲載俳句のみなり。

「俳句とはどんなものか」第一章 総論

俳句は十七字の文学であります

俳句とは芭蕉によって作り上げられた文学であります

俳句とは主として景色を叙する文学であります

俳句には必ず季のものを詠みこみます

俳句には多くの場合切字を必要とします



[掲載俳句]

朝顔に釣瓶取られて貰ひ水
 [加賀 千代女(かがの ちよじょ)(1703-1775)]

我ものと思へば軽し傘の雪
 [宝井 其角(たからい きかく)(1661-1707)]

鶏の声も聞こゆる山桜
 [野沢 凡兆(のざわ ぼんちょう)(1640-1714)]

湖の水まさりけり五月雨(さつきあめ)
 [向井 去来(むかい きょらい)(1651-1704)]

荒海や佐渡に横たう天の川
 [松尾 芭蕉(まつお ばしょう)(1644-1694)]

舟人にぬかれて乗りし時雨(しぐれ)かな
 [江左 尚白(こうさ しょうはく)(1650-1722)]

「俳句とはどんなものか」第二章 季題

時候の変化によって起こる現象を俳句にては季のものまたは季題と呼びます

俳句を作るには写生を最も必要なる方法とします

季重なりは俳句において重大な問題ではありません

俳句の文法といって特別の文法は存在いたしません



[掲載俳句]

紅梅や見ぬ恋つくる玉簾(たますだれ)
 [松尾 芭蕉]

短夜や伽羅(きゃら)の匂ひの胸ぶくれ
 [高井 几董(たかい きとう)(1741-1789)]

東風(こち)吹くと語りもぞ行く主(しゅう)と従者(ずさ)
 [炭 太祇(たん たいぎ)(1709-1771)]

春雨や人住て煙壁を洩(も)る
 [与謝 蕪村(よさ ぶそん)(1716-1783)]

日は落ちて増(ます)かとぞみゆる春の水
 [高井 几董]

けさ春の氷ともなし水の糟(かす)
 [黒柳 召波(くろやなぎ しょうは)(1727-1771)]

鶯の身を逆様(さかさま)に初音かな
 [宝井 其角]

鷲の巣の樟(くす)の枯枝に日は入りぬ
 [野沢 凡兆]

梅一輪一輪ほどの暖かさ
 [服部 嵐雪(はっとり らんせつ)(1654-1707)]

草臥(くたびれ)て宿かる頃や藤の花
 [松尾 芭蕉]

耕(たがやし)や世を捨人の軒端まで
 [吉分 大魯(よしわけ たいろ)(?-1778)]

初午(はつうま)や足踏れたる申分
 [黒柳 召波]

元日の酔詫(わび)に来る二月かな
 [高井 几董]

長閑(おのどか)さや早き月日を忘れたる
 [炭 太祇]

「俳句とはどんなものか」第三章 切字

俳句の切字というものは意味かつ調子の段落となすものであります

十一

「や」「かな」は特別の働きを有する切字であります



[掲載俳句]

菊を切る跡まばらにもなかりけり
 [宝井 其角]

鉢たゝき来ぬ夜となれば朧なり
 [向井 去来]

梅咲いて人の怒の悔もあり
 [内藤 露沾(ないとう ろせん)(1655-1733)]

秋の空澄たるまゝに日暮たり
 [鳥居 亜満]

見えそめて今宵になれり天の河
 [山本 鷺喬(やまもと ろきょう)]

貴人(あてびと)と知らで参らす雪の宿
 [之兮 (しけい)]

冬燈籠光虱(しらみ)の眼(まなこ)を射る
 [与謝 蕪村]

夏の暮煙草の虫の咄(はな)し聞く
 [井上 重厚(いのうえ じゅうこう)(1738‐1804)]

星合のそれにはあらじ夜這星(よばいぼし)
 [左綱]

凍(いて)やしぬ人転びつる夜の音
 [山本 鷺喬(やまもと ろきょう)]

去年より又淋しいぞ秋の暮
 [与謝 蕪村]

飛ぶ蛍蠅につけても可愛けれ
 [田川 移竹(たがわ いちく)(1710-1760)]

唐辛子つれなき人に参らせん
 [寺村 百池(てらむら ひゃくち)(1748-1736)]

巻葉(まきば)より浮葉(うきは)にこぼせ蓮の雨
 [杉月(さんげつ)]
(1783年「五車反古」の中に句が在り)

辻君に衣(きぬ)借られな鉢叩
 [安井 大江丸(やすい おおえまる)/旧国(きゅうこく)
(1722-1805)]

夙(と)く起よ花の君子を訪ふ日なら
 [黒柳 召波]

うき我に砧(きぬた)うて今は又止みね
 [与謝 蕪村]

蓮に誰小舟漕来るけふも又
 [如菊(じょぎく)]

小車(おぐるま)の花立伸て秋曇
 [東壺(とうこ)]

夏の月平陽(へいよう)の妓の水衣(みずごろも)
 [黒柳 召波]

谷紅葉夕日をわたる寺の犬
 [烏西(うせい)]

出替(でかわり)や幼ごころに物あはれ
 [服部 嵐雪]

春風や殿待うくる船かざり
 [炭 太祇]

呼かへす鮒売見えぬあられかな
 [野沢 凡兆]

はし近く涅槃(ねはん)かけたる野寺かな
 [樹鳳(じゅほう)]

宿の梅折取るほどになりにけり
 [与謝 蕪村]

「俳句とはどんなものか」第四章 俳諧略史

十二

俳句とは芭蕉によって縄張りせられ、芭蕉、蕪村、子規によって耕耘(こううん)せられたところの我文芸の一領土であります



[掲載俳句(芭蕉以前)]

月の秋花の春立つあしたかな
 [宗祇(そうぎ)(1421-1502)]

卯月来てねぶとになくや時鳥(ほととぎす)
 [山崎 宗鑑(やまざき そうかん)(1445?-1553?)]

花よりも鼻に在りける匂ひ哉
 [荒木田 守武(あらきだ もりたけ)(1473-1549)]

蚊柱やけづらるゝなら一かんな
 [西山 宗因(にしやま そういん)(1605-1682)]

秋はこの法師姿の夕(ゆうべ)かな
 [西山 宗因]

[掲載俳句(元禄ー芭蕉時代)]

古寺の簀子(すのこ)も青く冬構
 [野沢 凡兆]

海士(あま)の家(や)は小海老に交るいとゞかな
 [松尾 芭蕉]

鉢たゝき来ぬ夜となれば朧なり
 [向井 去来]

古池や蛙飛び込む水の音
 [芭蕉]

初時雨猿も小蓑をほしげなり
 [芭蕉]

何事ぞ花見る人の長刀
 [去来]

馬は濡れ牛は夕日の村時雨
 [坪井 杜国(つぼい とこく)]

いろいろの名もむつかしや春の草
 [浜田珍碩(はまだ ちんせき)=浜田酒堂(しゃどう)]

水鳥のはしについたる梅白し
 [岡田 野水(おかだ やすい)]

行き行きて倒れ伏すとも萩の原
 [河合 曾良(かわい そら)(1649-1710)]

子や待たん余り雲雀の高上り
 [杉山 杉風(すぎやま さんぷう)(1647-1732)]

鬮(くじ)とりて菜飯たかする夜伽かな
 [望月 木節(もちづき ぼくせつ)]

秋の空尾上(おのえ)の杉に離れけり
 [宝井 其角]

ながながと川一筋や雪の原
 [野沢 凡兆]

初雪の見事や馬の鼻柱
 [池田 利牛 (いけだりぎゅう)]

黄菊白菊その外の名はなくもがな
 [嵐雪]

十団子(とだんご)も小粒になりぬ秋の風
 [森川 許六(もりかわ きょりく)(1656-1715)]

我事と鰌(どじょう)の逃げし根芹(ねぜり)かな
 [内藤 丈草(ないとう じょうそう)(1662-1704)]

長松が親の名で来る御慶(ぎょけい)かな
 [志太 野坡(しだ やば)(1662-1740)]

子や泣かんその子の母も蚊のくはん
 [松倉 嵐蘭(まつくら らんらん)(1647-1693)]

焼けにけりされども花は散りすまし
 [立花 北枝(たちばな ほくし)(?-1718)]

若楓(わかかえで)茶色になるも一さかり
 [菅沼 曲水(すがぬま きょくすい)(1659-1717)]

目に青葉山郭公(ほととぎす)初松魚(はつがつお)
 [山口 素堂(やまぐち そどう)(1642-1716)]

藁積(わらつん)で広く淋しき枯野かな
 [江佐 尚白(えさ しょうはく)(?-1722)]

おもしろう松笠もえよ薄月夜
 [服部 土芳(はっとり とほう)(1657-1730)]

行燈の煤けぞ寒き雪の暮
 [越智 越人(おち えつじん)(1656-?)]

片枝に脈や通ひて梅の花
 [各務 支考(かがみ しこう)(1665-1731)]

時雨来(しぐれく)や並びかねたるいさゞ船
 [三上 千那(みかみ せんな)(1650-1723)]

身の上を唯(ただ)しをれけり女郎花(おみなえし)
 [岩田 涼菟(いわた りょうと)(1659-1717)]

[掲載俳句(安永天明ー蕪村時代)]

菜の花や月は東に日は西に
 [与謝 蕪村(よさ ぶそん)(1716-1783)]

鮮(あざらけ)き魚拾ひけり雪の中
 [高井 几董(たかい きとう)(1741-1789)]

宿直(とのい)して迎へ侍(はべ)りぬ君が春
 [江森 月居(えもり げっきょ)(1756-1824)]

夜を春に伏見の芝居ともしけり
 [川田 田福(かわだ でんぷく)(1721-1793)]

南宋の貧しき寺や冬木立
 [松村 月渓(まつむら げっけい)(1752-1811)]

うき人の手拍子の合う踊かな
 [寺村 百池(てらむら ひゃくち)(1748-1836)]

四つに折りて戴く小夜(さよ)の頭巾(づきん)かな
 [上田 無腸(うえだ むちょう)(1734-1809)]

父が酔(えい)家の新酒の嬉しさに
 [黒柳 召波(くろやなぎ しょうは)(1727-1771)]

山吹も散らで貴船(きぶね)の郭公(ほととぎす)
 [黒柳 維駒(ころやなぎ これこま)(召波の子)]

秋の風芙蓉(ふよう)に雛を見つけたり
 [大島 蓼太(おおしま りょうた)(1718-1787)]

ところどころ雪の中より夕煙
 [高桑 闌更(たかくわ らんこう)(1726-1798)]

我寺の鐘と思はず夕霞
 [蝶夢(ちょうむ)(1732-1796)]

囀(さえずり)や野は薄月のさしながら
 [三宅 嘯山(みやけ しょうざん)(1718-1801)]

衣更(ころもがえ)独り笑み行く座頭の坊
 [加藤 暁台(かとう きょうたい)(1732-1792)]

秋萩のうつろひて風人を吹く
 [三浦 樗良(みうら ちょら)(1729-1780)]

初蝶の小さく物に紛れざる
 [加舎 白雄(かや しらお)(1738-1791)]

頬はれて上戸老行く暑さかな
 [炭 太祇(たん たいぎ)(1709-1771)]

古草に陽炎(かげろう)を踏む山路かな
 [吉分 大魯(よしわけ たいろ)(?-1778)]

うしろから馬の面出す清水かな
 [一鼠(いっそ)(1730-1782)]

今朝秋と知らで門掃く男かな
 [馬場 存義(ばば そんぎ)(1703-1782)]

霧の海大きな町に出でにけり
 [田川 移竹(たがわ いちく)(1710-1760)]

ぬしの無い膳あげて行く暑さかな
 [高井 几圭(たかい きけい)(1687-1761)]
 [高井 几董の子である]

夏を宗(むね)と作れば庵(いお)に野分かな
 [横井 也有(よこい やゆう)(1702-1783)]

[掲載俳句(明治時代)]

山吹に一閑張(いっかんばり)の机かな
 [正岡 子規(まさおか しき)(1867-1902)]

2011/2/3-3/15

[上層へ] [Topへ]