習作 (宮沢賢治)

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習作

キンキン光る
西班尼(すぱにあ)製です
  (つめくさ つめくさ)
こんな舶来の草地でなら
黒砂糖のやうな甘つたるい声で唄つてもいい
と ┃ また鞭をもち赤い上着を着てもいい
ら ┃ ふくふくしてあたたかだ
よ ┃ 野ばらが咲いてゐる 白い花
と ┃ 秋には熟したいちごにもなり
す ┃ 硝子のやうな実にもなる野ばらの花だ
れ ┃  立ちどまりたいが立ちどまらない
ば ┃ とにかく花が白くて足なが蜂のかたちなのだ
そ ┃ みきは黒くて黒檀(こくたん)まがひ
の ┃  (あたまの奥のキンキン光つて痛いもや)
手 ┃ このやぶはずゐぶんよく据ゑつけられてゐると
か ┃ かんがへたのはすぐこの上だ
ら ┃ じつさい岩のやうに
こ ┃ 船のやうに
と ┃ 据ゑつけられてゐたのだから
り ┃ ……仕方ない
は ┃ ほうこの麦の間に何を播いたんだ
そ ┃ すぎなだ
ら ┃ すぎなを麦の間作ですか
へ ┃ 柘植(つげ)さんが
と ┃ ひやかしに云つてゐるやうな
ん ┃ そんな口調(くてう)がちやんとひとり
で ┃ 私の中に棲んでゐる
行 ┃ 和賀(わが)の混(こ)んだ松並木のときだつて
く ┃ さうだ
[#「┃」は一本につながった罫線]

     (一九二二、五、一四)

言葉の意味

[西班尼(スパニア)]
・スペイン(西班牙)は江戸時代頃には日本では一般に「イスパニア」と呼ばれていた。

[黒檀(こくたん)]
・「コクタン」カキノキ科カキノキ属の熱帯性の常緑高木。エボニー、黒木、烏文木(うぶんぼく)、烏木(うぼく)などと呼ぶ。原産はインド南部からスリランカ。またその木材の総称。

[すぎな]
・トクサ科の小柄な多年生のシダ植物。雑草の代表選手並に生えている。地下を這う根茎から地上に生えてきて、春先には胞子茎を出すが、これが土筆(つくし)。

[とらよとすればその手からことりはそらへとんで行く]
・1919年上演の芸術座の「カルメン」の中の「恋の鳥」(作詩北原白秋)に基づいているらしい。すこし歌詞が異なっている。

2010/5/18

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