春の思ひ出 (中原中也)

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春の思ひ出

摘み溜めしれんげの華を
  夕餉(ゆふげ)に帰る時刻となれば
立迷ふ春の暮靄(ぼあい)の
    土の上(へ)に叩きつけ

いまひとたびは未練で眺め
  さりげなく手を拍きつつ
路の上(へ)を走りてくれば
    (暮れのこる空よ!)

わが家へと入りてみれば
  なごやかにうちまじりつつ
秋の日の夕陽の丘か炊煙[すいえん]か
    われを暈(くる)めかすもののあり

      古き代の富みし館(やかた)の
          カドリール ゆらゆるスカーツ
          カドリール ゆらゆるスカーツ
      何時の日か絶えんとはする カドリール!


・カドリールは「カドリーユ」というフランスの舞踏で、四人ずつに踊るものだそうである。明治維新後紹介されしばらく流行っていたとか。

・「暮靄」は夕暮れのもや。夕靄(せきあい)とか晩靄(ばんあい)ともいう。

2009/1/29

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