月 (中原中也)

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今宵月はいよよ愁(かな)しく、
養父[ようふ]の疑惑に瞳を(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(らうなん)の耳朶(じだ)は螢光をともす。

あゝ忘られた運河の岸堤[がんてい]
胸に残つた戦車の地音
銹(さ)びつく鑵の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫[す]つてゐる。

それのめぐりを七人の天女は
趾頭[しとう・足の指先の意]舞踊しつづけてゐるが、
汚辱[おじょく]に浸る月の心に

なんの慰愛[いあい]もあたへはしない。
遠(をち)にちらばる星と星よ!
おまへの※手(そうしゆ)を月は待つてる
[※は「曾+りっとう」]

言葉の意味

[そう手]
・「かいしゅ」処刑執行、処刑執行人。

2008/12/30

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