それは実際あつたことでせうか
それは実際あつたことでせうか
僕とあなたが嘗(かつ)ては愛した?
あゝそんなことが、あつたでせうか。
あなたはその時十四でした
僕はその時十五でした
冬休み、親戚で二人は会つて
ほんの一週間、一緒に暮した
あゝそんなことがあつたでせうか
あつたには、ちがひないけど
どうもほんとと、今は思へぬ
あなたの顔はおぼえてゐるが
あなたはその後遠い国に
お嫁に行つたと僕は聞いた
それを話した男といふのは
至極[しごく]普通の顔付してゐた
それを話した男といふのは
至極普通の顔してゐたやう
子供も二人あるといつた
亭主は会社に出てるといつた
あなたは僕より年が一つ上で
あなたは何かと姉さんぶるのでしたが
実は僕のほうがしつかりしてると
僕は思つてゐたのでした
ほんに、思へば幼い恋でした
僕が十三で、あなたが十四だつた。
その後、あなたは、僕を去つたが
僕は何時[いつ]まで、あなたを思つてゐた……
それから暫[しばら]くしてからのこと、
野原に僕の家(うち)の野羊[やぎ]が放してあつたのを
あなたは、それが家(うち)のだとしらずに、
それと、暫[しばら]く遊んでゐました
僕は背戸[せど]から、見てゐたのでした。
僕がどんなに泣き笑ひしたか、
野原の若草に、夕陽が斜めにあたつて
それはそれは涙のやうな、きれいな夕方でそれはあつた。
噛んでやれ。叩いてやれ。
吐(は)き出してやれ。
吐き出してやれ!
噛んでやれ。(マシマロやい。)
噛んでやれ。
吐き出してやれ!
(懐かしや。恨めしや。)
今度会つたら、
どうしよか?
噛んでやれ。噛んでやれ。
叩いて、叩いて、
叩いてやれ!
(一九三五・一・一一)
2009/04/04
2011/1/25再録音