なんにも書かなかつたら (中原中也)

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(なんにも書かなかつたら)

なんにも書かなかつたら
みんな書いたことになつた

覚悟を定めてみれば、
此の世は平明なものだつた

夕陽に向つて、
野原に立つてゐた。

まぶしくなると、
また歩み出した。

何をくよくよ、
川端やなぎ、だ……

土手の柳を、
見て暮らせ、よだ

   2

開いて、ゐるのは、
あれは、花かよ?
何の、花か、よ?
薔薇(ばら)の、花ぢやろ。

しんなり、開いて、
こちらを、むいてる。
蜂だとて、ゐぬ、
小暗い、小庭に。

あゝ、さば、薔薇(さうび)よ、
物を、云つてよ、
物をし、云へば、
答へよう、もの。

答へたらさて、
もつと、開(き)かうか?
答へても、なほ、
ジツト、そのまゝ?

   3

鏡の、やうな、澄んだ、心で、
私も、ありたい、ものです、な。

 鏡の、やうな、澄んだ、心で、
 私も、ありたい、ものです、な。

鏡は、まつしろ、斜(はす)から、見ると、
鏡は、底なし、まむきに、見ると。

 鏡は、ましろで、私をおどかし、
 鏡、底なく、私を、うつす。

私を、おどかし、私を、浄め、
私を、うつして、私を、和ます。

鏡、よいもの、机の、上に、
一つし、あれば、心、和ます。

あゝわれ、一と日、鏡に、向ひ、
唾[つば]、吐いたれや、さつぱり、したよ。

唾、吐いたれあ、さつぱり、したよ、
何か、すまない、気持も、したが。

鏡、許せよ、悪気は、ないぞ、
ちよいと、いたづら、してみたサァ。

言葉の意味

[何をくよくよ、川端やなぎ]
・「都々逸の一節」あるいはそれを用いた「東雲節(しののめぶし)の一節」

2009/04/29
2011/1/23再録音

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