誘蛾燈詠歌 (中原中也)

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誘蛾燈詠歌[ゆうがとうえいか]

ほのかにほのかに、ともつてゐるのは
これは一つの誘蛾燈、稲田の中に
秋の夜長のこの夜さ一と夜、ともつてゐるのは
誘蛾燈、ひときは明るみひときはくらく
銀河も流るるこの夜さ一と夜、稲田の此処[ここ]に
ともつてゐるのは誘蛾燈、だあれも来ない
稲田の中に、ともつてゐるのは誘蛾燈
たまたま此処に来合せた者が、見れば明るく
ひときは明るく、これより明るいものとてもない
夕べ誰(た)が手がこれをば此処に、置きに来たのか知る由もない
銀河も流るる此[こ]の夜さ一と夜、此処にともるは誘蛾燈

   2

と、つまり死なのです、死だけが解決なのです
それなのに人は子供を作り、子供を育て
ここもと此処(娑婆[しゃば])だけを一心[いっしん]に相手とするのです
却々[なかなか]義理堅いものともいへるし刹那的[せつなてき]とも考へられます
暗い暗い曠野[こうや]の中に、その一と所に灯[ともし]をばともして
ほのぼのと人は暮しをするのです、前後(あとさき)の思念もなく
扨[さて]ほのぼのと暮すその暮しの中に、皮肉もあれば意地悪もあり
虚栄もあれば衒[てら]ひ気もあるといふのですから大したものです
ほのぼのと、此処だけ明るい光の中に、親と子とそのいとなみと
義理と人情と心労と希望とあるといふのだからおほけなきものです
もともとはといへば終局の所は、案じあぐむでも分からない所から
此処は此処だけで一心にならうとしたものだかそれとも、
子供は子供で現に可愛いいから可愛がる、従つて
その子はまたその子の子を可愛がるといふふうになるうちに
入籍だの誕生の祝いだのと義理堅い制度や約束が生じたのか
その何[いず]れであるかは容易に分らず多分は後者の方であらうにしても
如何[いか]にも私如[ごと]き男にはほのかにほのかに、ここばかり明(あか)る此の娑婆といふものは
なにや分らずたゞいぢらしく、夕べに聞く青年団の
喇叭[らっぱ]練習の音の往還[おうかん]に流れ消えゆくを
銀河思ひ合せて聞いてあるだに感じ強うて精一杯で
その上義務だのと云はれてははや驚くのほかにすべなく
身を挙げて考へてのやうやくのことが、
ほのぼのとほのぼのとここもと此処ばかり明る灯(ともし)ともして
人は案外義理堅く生活するといふことしか分らない
そして私は青年団練習の喇叭を聞いて思ひそぞろになりながら
而[しか]も義理と人情との世のしきたりに引摺[ひきず]られつつびつくりしてゐる

   3

あをによし奈良の都の……


それではもう、僕は青とともに心中しませうわい
くれなゐだのイエローなどと、こちや知らんことだわい
流れ流れつ空をみて赤児[あかご]の脣(くち)よりなほ淡(あは)く
空に浮かれて死んでゆこか、みなさんや
どうか助けて下されい、流れ流れる気持より
何も分らぬわたくしは、少しばかりは人様なみに
生きてゐたいが業(ごふ)のはじまり、かにかくにちよつぴりと働いては
酒をのみ、何やらかなしく、これこのやうにぬけぬけと
まだ生きてをりまして、今宵小川に映る月しだれ柳や
いやもう難有[ありがと]つて、耳ゴーと鳴つて口きけませんだぢやい

   4

やまとやまと、やまとはくにのまほろば……


何云ひなはるか、え? あんまり責めんといとくれやす
責めはつたかてどないなるもんやなし、な
責めんといとくれやす、何も諛[へつら]ひますのやないけど
あてこないな気持になるかて、あんたかて
こないな気持にならはることかてありますやろ、そやないか?
そらモダンもええどつしやろ、しかし柳腰[やなぎごし]もええもんどすえ?

(あゝ、そやないかァ)
(あゝ、そやないかァ)

   5 メルヘン

寒い寒い雪の曠野[こうや]の中でありました
静御前と金時[きんとき]は親子の仲でありました
すげ笠は女の首にはあまりに大きいものでありました
雪の中ではおむつもとりかへられず
吹雪は瓦斯[がす]の光の色をしてをりました

×

或[あ]るおぼろぬくい春の夜でありました
平の忠度[たいらのただのり]は桜の木の下に駒をとめました
かぶとは少しく重過ぎるのでありました
そばのいささ流れで頭の汗を洗ひました、サテ
花や今宵の主(あるじ)ならまし


(一九三四・一二・一六)

言葉の意味

[誘蛾燈(ゆうがとう)]
・蛾などの走光性を持った害虫に対し、彼らの反応しやすい短波長(300〜400nm)の青色蛍光灯などでおびき寄せ、その下に水盤を置き、集まった虫どもを水中に落として殺してしまう道具。もっとも、今日では高圧電流で触れた虫を瞬殺してしまうものが普通か。夏の季語。

[曠野(こうや)]
・荒れ野のこと。

[おほけなき]
・身の程をわきまえぬ、といった意味。

[案じあぐむ]
・「倦む(あぐむ)」で、あることをし続けてもなし遂げられないので途方に暮れる。嫌になる。あぐねる。といった意味。よって、どれほど案じても案じきれないといった意味。

[往還(おうかん)]
・行き帰り。
・往来する道。

[柳腰]
・すんなりした細い腰つき

[静御前]
・源義経の愛妾として知られる白拍子(しらびょうし)。ようは歌って踊れる遊女といったところやね。

[金時]
・源頼光(みなもとのよりみつ)(948-1021)の家臣として四天王のひとりと呼ばれた酒田金時(さかたきんとき)のこと。その幼名を金太郎といい、伝説やらおとぎ話の金太郎の母体となったそうだ。

[平忠度(たいらのただのり)(1144-1184)]
・平忠盛の六男で、平清盛の弟。治承4年(1180年)に正四位下を賜り薩摩守となる。藤原俊成から和歌の手ほどきを受ける。源氏との戦いに参戦するも、一ノ谷の戦いで破れ、お歯黒を付けていたために源氏に見つかって討たれた。「ただのり」の名称から、無賃乗車のことを「ただ乗り」に掛けて「薩摩守(さつまのかみ)」と呼んだりする。
・彼の和歌に
「行き暮れて木の下陰を宿とせば
花やこよひの主ならまし」
というのがある。

2009/04/02
2011/1/23再録音

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