地極の天使 (中原中也)

(朗読ファイル) [Topへ]

地極[じごく]の天使

 われ星に甘え、われ太陽に傲岸[ごうがん]ならん時、人々自らを死物と観念してあらんことを!われは御身等を呪ふ。

 心は腐れ、器物は穢れぬ。「夕暮」なき競走、油と蟲[むし]となる理想! ―――言葉は既に無益なるのみ。われは世界の壊滅を願ふ!

 蜂の尾と、ラム酒とに、世界は分解されしなり。夢のうちなる遠近法、夏の夜風の小槌[こづち]の重量、それ等は既になし。

 陣営の野に笑へる陽炎[かげろう]、空を匿[かく]して笑へる歯、―――おゝ古代!―――心は寧[むし]ろ笛にまで、堕落[だらく]すべきなり。

 家族旅行と木箱との過剰は最早、世界をして理知にて笑はしめ、感情にて判断せしむるなり。―――我は世界の壊滅を願ふ!

 マグデブルグの半球よ、おゝレトルトよ! 汝等祝福されてあるべきなり、其の他はすべて分解しければ。

 マグデブルグの半球よ、おゝレトルトよ! われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、汝等ぞ、讃[たた]ふべきわが従者!

2009/03/25

[上層へ] [Topへ]