浮浪 (中原中也)

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浮浪

私は出て来た、
街に灯がともつて
電車がとほつてゆく。
今夜人通も多い。

私も歩いてゆく。
もうだいぶ冬らしくなつて
人の心はせはしい。なんとなく
きらびやかで淋しい。

建物の上の深い空に
霧が黙つてただよつてゐる。
一切合財[いっさいがっさい]が昔の元気で
拵[こしら]へた笑(ゑみ)をたたへてゐる。

食べたいものもないし
行くとこもない。
停車場の水を撒いたホームが
……恋しい。

2009/03/24

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