酒場にて (中原中也)

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酒場にて(初稿)

今晩ああして元気に語り合つてゐる人々も、
実は元気ではないのです。

諸君は僕を「ほがらか」でないといふ。
然[しか]し、そんな定規みたいな「ほがらか」は棄て給へ。

ほんとのほがらかは、
悲しい時に悲しいだけ悲しんでゐられることでこそあれ。

さて 諸君の或者[あるもの]は僕の書いた物を見ていふ、
「あんな泣き面で書けるものかねえ?」

が、冗談ぢやない、
僕は僕が書くやうに生きてゐたのだ。

酒場にて(定稿)

今晩あゝして元気に語り合つてゐる人々も、
実は、元気ではないのです。

近代(いま)という今は尠[すくな]くも、
あんな具合な元気さで
ゐられる時代(とき)ではないのです。

諸君は僕を、「ほがらか」ではないといふ。
しかし、そんな定規みたいな「ほがらか」なんぞはおやめなさい。

ほがらかとは、恐らくは、
悲しい時には悲しいだけ
悲しんでられることでせう?

されば今晩かなしげに、かうして沈んでゐる僕が、
輝き出でる時もある。

さて、輝き出でるや、諸君は云ひます、
「あれでああなのかねえ、
不思議みたいなもんだねえ」。

が、冗談ぢやない、
僕は僕が輝けるやうに生きてゐた。


(一九三六・一〇・一)

2009/03/28

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