夏と私 (中原中也)

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夏と私

真ッ白い嘆かひのうちに、
海を見たり。鴎[かもめ]を見たり。

高きより、風のただ中に、
思ひ出の破片の翻転[ほんてん]するをみたり。

夏としなれば、高山に、
真ッ白い嘆きを見たり。

燃ゆる山路を、登りゆきて
頂上の風に吹かれたり。

風に吹かれつ、わが来し方に
茫然[ぼうぜん]としぬ、………涙しぬ。

はてしなき、そが心
母にも、……もとより友にも明さざりき。

しかすがにのぞみのみにて、
拱[こまぬ]きて、そがのぞみに圧倒さるる。

わが身を見たり、夏としなれば、
そのやうなわが身を見たり。

言葉の意味

[翻転(ほんてん)]
・ひるがえって回ること。

[しかすがに]
・そうはいうものの。さすがに。

[拱く(こまぬく)]
・左右の手を前に組み合わせる。腕組み。
・そこから、何もしないで見ている。傍観している。
→もともと訛りである「こまねく」の方が多く使用されている。「手を拱いて」など。

2010/4/12

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