深更 (中原中也)

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深更[しんこう]

あゝあ、こんなに、疲れてしまつた……
――しづかに、夜(よる)の、沈黙(しじま)の中に、
揺[ゆ]るとしもないカーテンの前――
煙草喫ふより能もないのだ。

揺るとしもないカーテンの前、
過ぎにし月日の記憶も失せて、
都会も眠る、この夜さ一と夜、
我や、覚めたる……動かぬ心!

机の上なる、物々の影、
覚めたるわが目に、うつるは汝(なれ)等か?
我や、汝(なれ)等を、見るにもあらぬに、
机の上なる、物々の影。

おもはせぶりなる、それな姿態や、
これな、かなしいわが身のはてや、
夜空は、暗く、霧[けむ]りて、高く、
時計の、音のみ、沈黙(しじま)を破り。

言葉の意味

[深更(しんこう)]
・夜更け。深夜。

[黙・静寂(しじま)]
・無言。沈黙。何も言わないこと。
・静まり返っていること。

[揺(ゆ)るとしもない]
・揺れるというほどのこともない。

[しも]
・副助詞「し」+係助詞「も」、で上の語を「それこそ」のように強調する。
・(打ち消しの言葉を伴って)例えば上の例では、「揺れる、ということも、無い」といった強調をしたり、「死は前よりしも来たらず」と「必ずしも~ない」という意味を表す。

[この夜さ一と夜]
・何度も使用される、このフレーズは歌の一節か何かなのだろうか。オリジナルなのだろうか。「誘蛾燈詠歌」という詩の中では、忘れられないほどの真実味のあるフレーズを、音楽みたいに奏でる言葉として重要である。

[霧りて]
・これは「けむりて」だろうから、あるいは「除夜の鐘」の詩の中の「霧つた空」も「けむった」と読んだほうがよいのだろうか。

2010/4/19

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