倦怠 (中原中也)

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倦怠

倦怠[けんたい]の谷間に落つる
この真ッ白い光は、
私の心を悲しませ、
私の心を苦しくする。

真ッ白い光は、沢山の
倦怠の呟[つぶや]きを掻消[かきけ]してしまひ、
倦怠は、やがて憎怨[ぞうおん or ぞうえん]となる
かの無言なる惨(いた)ましき憎怨………

忽[たちま]ちにそれは心を石と化し
人はただ寝転ぶより仕方もないのだ
同時に、果されずに過ぎる義務の数々を
悔いながらにかぞへなければならないのだ。

はては世の中が偶然ばかりとみえてきて、
人はただ、絶えず慄[ふる]へる、木の葉のやうに
午睡[ごすい]から覚めたばかりのやうに
呆然[ぼうぜん]たる意識の裡[うち]に、眼(まなこ)光らせ死んでゆくのだ

言葉の意味

[倦怠(けんたい)]
・もう嫌になってしまいだらけてみせること。
・けだるくって、疲れている様子。

[憎怨(ぞうおん・ぞうえん)]
・怨憎(おんぞう・えんぞう)を逆にしたもの。言葉のリズムを重視して前後入れ替えるのは、歌詞(うたことば・詩や歌で使用される言葉)的な技法と言える。

[怨憎会苦(おんぞうえく)]
・憎らしいものと会うときの苦しみ。という意味で、仏教の「四苦八苦(しくはっく)」のひとつ。

[四苦八苦(しくはっく)]
・四苦(生、老、病、死)と、怨憎会苦、愛別離苦(あいべつりく、あいするものと離れる苦しみ)、求不得苦(ぐふとくく、求めるものを得られない苦しみ)、五蘊盛苦(ごうんじょうく、五蘊・ごうん、すなわち人間の活動そのものから来る苦しみ)を合わせた八つの苦しみを説いた、仏教用語。

[五蘊(ごうん)]
(これは適当です)
・色(しき)→肉体的な、つまり身体機能の営み。物質すべても表す。
・受(しゅ)→外界からの刺激を見たりして、感受する営み。
・想(そう)→受による情報がどのようなものであるか心に浮かべる営み。
・行(ぎょう)→その想に基づいて、意思、行動に結びつける営み。
・識(しき)→上の全体より総括的な認識を生みなす営み。

[惨ましい→痛ましい(いたましい)]
・自分の身がいたむくらいに可哀想だ。気の毒だ。いたわしい。不憫だ。
・苦しい、迷惑だ。

2010/4/12

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