暗い天候(二・三) (中原中也)

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暗い天候(二・三)

こんなにフケが落ちる、
   秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしてゐる……
   お道化[どけ]てゐるな――
しかしあんまり哀しすぎる。

犬が吠える、蟲[むし]が鳴く、
   畜生! おまへ達には社交界も世間も、
ないだろ。着物一枚持たずに、
   俺も生きてみたいんだよ。

吠えるなら吠えろ、
   鳴くなら鳴け、
目に涙を湛[たた]えて俺は仰臥[ぎょうが]さ。
   さて、俺は何時死ぬるのか、明日か明後日か……
――やい、豚、寝ろ!

こんなにフケが落ちる、
   秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしてゐる。
   なんだかお道化てゐるな
しかしあんまり哀しすぎる。

この穢[けが]れた涙に汚[よご]れて、
今日も一日、過ごしたんだ。

暗い冬の日が梁[はり]や壁を搾[し]めつけるやうに、
私も搾められてゐるんだ。

赤ン[小さいン]坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、
昆布や烏賊(するめ)や洟紙[はながみ]や首巻や、

みんなみんな、街道沿ひの電線の方へ
荷馬車の音も耳に入らずに、舞ひ上り舞ひ上り
[上りは、正しくは別の漢字を使用]

吁[ああ]! はたして昨日が晴日(おてんき)であつたかどうかも、
私は思ひ出せないのであつた。

言葉の意味

[蟲(むし)]
・もともとは「虫(キ)」は蛇をかたどった象形文字で、「蟲(チュウ)」は生き物の集まった状態としての「生物の総称」を指していた。実際は早くから混用が始まっていたそうである。ここでは「虫たち」くらいの意味。

[仰臥(ぎょうが)]
・仰向けに臥す、つまり横になる、寝ること。

[穢れた涙に汚れて]
・このあたりから、「汚れつちまつた悲しみに……」を「よごれ」と読むべき故が見つけられるだろうか?

[梁(はり)]
・建造物の柱に渡して骨格を形成すべき横木。

2009/04/26

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