米子 (中原中也)

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米子

二十八歳のその処女(むすめ)は、
肺病やみで、腓(ひ)は細かつた。
ポプラのやうに、人も通らぬ
歩道に沿つて、立つてゐた。

処女(むすめ)の名前は、米子と云つた。
夏には、顔が、汚れてみえたが、
冬だの秋には、きれいであつた。
――かぼそい声をしてをつた。

二十八歳のその処女(むすめ)は、
お嫁に行けば、その病気は
癒(なほ)るかに思はれた。と、さう思ひながら
私はたびたび処女(むすめ)をみた……

しかし一度も、さうと口には出さなかつた。
別に、云ひ出しにくいからといふのでもない
云つて却(かへ)つて、落胆させてはと思つたからでもない、
なぜかしら、云はずじまひであつたのだ。

二十八歳のその処女(むすめ)は、
歩道に沿つて立つてゐた、
雨あがりの午後、ポプラのやうに。
――かぼそい声をもう一度、聞いてみたいと思ふのだ……

2009/03/18

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