夏目漱石、「文鳥」の朗読

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朗読用テキストについて

・朗読用テキストは新潮文庫を使用。テキスト掲載は青空文庫より。
・朗読による章分割は、原文にはない。サイト管理人の付記に過ぎない。
・TokinoSirenによる追加の意味や読みを[]で記す。

文鳥 (夏目漱石)インデックス

[文鳥、朗読一]
[文鳥、朗読二]
[文鳥、朗読三]
[文鳥、朗読四]
[文鳥、構成についてまとめ]

文鳥 (夏目漱石)

「文鳥」 朗読1

 十月|早稲田《わせだ》に移る。伽藍《がらん》[僧侶たちの修行する静寂のところ。転じて寺院の建造物の名称にも使用]のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖《ほおづえ》で支えていると、三重吉《みえきち》[東京帝国大学英文科の学生だった鈴木三重吉]が来て、鳥を御|飼《か》いなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥《ぶんちょう》ですと云う返事であった。

 文鳥は三重吉の小説[前年1907年に「三月七日」(後に「鳥」)という小説を書いていた。ここが引き金となって、「ちよちよ」の千代が三重吉の惚れた女かも知れないと女の導入がなされる。そうして文鳥の陰として、次第に自分のむかし関わった女、最後には結婚を控えた知人の娘へといたる]に出て来るくらいだから奇麗《きれい》な鳥に違なかろうと思って、じゃ買ってくれたまえと頼んだ。ところが三重吉は是非御飼いなさいと、同じような事を繰り返している。うむ買うよ買うよとやはり頬杖を突いたままで、むにゃむにゃ云ってるうちに三重吉は黙ってしまった。おおかた頬杖に愛想を尽かしたんだろうと、この時始めて気がついた。

 すると三分ばかりして、今度は籠《かご》を御買いなさいと云いだした。これも宜《よろ》しいと答えると、是非御買いなさいと念を押す代りに、鳥籠の講釈を始めた。その講釈はだいぶ込《こ》み入《い》ったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価《たかい》のでなくっても善《よ》かろうと云っておいた。三重吉はにやにやしている。

 それから全体どこで買うのかと聞いて見ると、なにどこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答をした。籠はと聞き返すと、籠ですか、籠はその何ですよ、なにどこにかあるでしょう、とまるで雲を攫《つか》むような寛大な事を云う。でも君あてがなくっちゃいけなかろうと、あたかもいけないような顔をして見せたら、三重吉は頬《ほっ》ぺたへ手をあてて、何でも駒込に籠の名人があるそうですが、年寄だそうですから、もう死んだかも知れませんと、非常に心細くなってしまった。

 何しろ言いだしたものに責任を負わせるのは当然の事だから、さっそく万事を三重吉に依頼する事にした。すると、すぐ金を出せと云う。金はたしかに出した。三重吉はどこで買ったか、七子《ななこ》[魚子織・七子織・斜子織(ななこおり)のこと。経糸(たていと)・緯糸(よこいと)ともに2本以上を一単位として平織にした絹織物。と辞書にあったが、実物を見ないとよく分からない]の三《み》つ折《おれ》の紙入を懐中していて、人の金でも自分の金でも悉皆《しっかい》[みんな、残らず/まるで/本当に]この紙入の中に入れる癖がある。自分は三重吉が五円札をたしかにこの紙入の底へ押し込んだのを目撃した。

 かようにして金はたしかに三重吉の手に落ちた。しかし鳥と籠《かご》とは容易にやって来ない。

 そのうち秋が小春《こはる》[小春日和、秋から冬にかけて、春日のぽかぽか陽気に思われるような日のこと]になった。三重吉はたびたび来る。よく女の話などをして帰って行く。文鳥と籠の講釈は全く出ない。硝子戸《ガラスど》を透《すか》して五尺の縁側《えんがわ》には日が好く当る。どうせ文鳥を飼うなら、こんな暖かい季節に、この縁側へ鳥籠を据《す》えてやったら、文鳥も定めし鳴き善《よ》かろうと思うくらいであった。

 三重吉の小説によると、文鳥は千代《ちよ》千代と鳴くそうである。その鳴き声がだいぶん気に入ったと見えて、三重吉は千代千代を何度となく使っている。あるいは千代と云う女に惚《ほ》れていた事があるのかも知れない。[文鳥の陰である女の導入]しかし当人はいっこうそんな事を云わない。自分も聞いてみない。ただ縁側に日が善く当る。そうして文鳥が鳴かない。

 そのうち霜《しも》が降り出した。自分は毎日|伽藍《がらん》のような書斎に、寒い顔を片づけてみたり、取乱してみたり、頬杖を突いたりやめたりして暮していた。戸は二重《にじゅう》に締め切った。火鉢《ひばち》に炭ばかり継《つ》いでいる。文鳥はついに忘れた。

 ところへ三重吉が門口《かどぐち》から威勢よく這入《はい》って来た。時は宵《よい》の口《くち》であった。寒いから火鉢の上へ胸から上を翳《かざ》して、浮かぬ顔をわざとほてらしていたのが、急に陽気になった。三重吉は豊隆《ほうりゅう》[東京帝国大学独文科の小宮豊隆(こみやとよたか)のこと]を従えている。豊隆はいい迷惑である。二人が籠を一つずつ持っている。その上に三重吉が大きな箱を兄《あに》き分《ぶん》に抱《かか》えている。五円札が文鳥と籠と箱になったのはこの初冬《はつふゆ》の晩であった。

 三重吉は大得意である。まあ御覧なさいと云う。豊隆その洋灯《ランプ》をもっとこっちへ出せなどと云う。そのくせ寒いので鼻の頭が少し紫色《むらさきいろ》になっている。

 なるほど立派な籠ができた。台が漆《うるし》で塗ってある。竹は細く削《けず》った上に、色が染《つ》けてある。それで三円だと云う。安いなあ豊隆と云っている。豊隆はうん安いと云っている。自分は安いか高いか判然と判《わか》らないが、まあ安いなあと云っている。好いのになると二十円もするそうですと云う。二十円はこれで二返目《にへんめ》[普通「二遍目」と書く]である。二十円に比べて安いのは無論である。

 この漆はね、先生、日向《ひなた》へ出して曝《さら》しておくうちに黒味《くろみ》が取れてだんだん朱《しゅ》の色が出て来ますから、――そうしてこの竹は一返《いっぺん》善く煮たんだから大丈夫ですよなどと、しきりに説明をしてくれる。何が大丈夫なのかねと聞き返すと、まあ鳥を御覧なさい、奇麗《きれい》でしょうと云っている。

 なるほど奇麗だ。次《つぎ》の間《ま》へ籠を据えて四尺ばかりこっちから見ると少しも動かない。薄暗い中に真白に見える。籠の中にうずくまっていなければ鳥とは思えないほど白い。何だか寒そうだ。

 寒いだろうねと聞いてみると、そのために箱を作ったんだと云う。夜になればこの箱に入れてやるんだと云う。籠《かご》が二つあるのはどうするんだと聞くと、この粗末な方へ入れて時々|行水《ぎょうずい》を使わせるのだと云う。これは少し手数《てすう》が掛るなと思っていると、それから糞《ふん》をして籠を汚《よご》しますから、時々|掃除《そうじ》をしておやりなさいとつけ加えた。三重吉は文鳥のためにはなかなか強硬である。

 それをはいはい引受けると、今度は三重吉が袂《たもと》から粟《あわ》を一袋出した。これを毎朝食わせなくっちゃいけません。もし餌《え》をかえてやらなければ、餌壺《えつぼ》を出して殻《から》だけ吹いておやんなさい。そうしないと文鳥が実《み》のある粟を一々拾い出さなくっちゃなりませんから。水も毎朝かえておやんなさい。先生は寝坊だからちょうど好いでしょうと大変文鳥に親切を極《きわ》めている。そこで自分もよろしいと万事受合った。ところへ豊隆が袂から餌壺と水入を出して行儀よく自分の前に並べた。こういっさい万事を調《ととの》えておいて、実行を逼《せま》られると、義理にも文鳥の世話をしなければならなくなる。内心ではよほど覚束《おぼつか》なかったが、まずやってみようとまでは決心した。もしできなければ家《うち》のものが、どうかするだろうと思った。

 やがて三重吉は鳥籠を叮嚀《ていねい》に箱の中へ入れて、縁側《えんがわ》へ持ち出して、ここへ置きますからと云って帰った。自分は伽藍《がらん》のような書斎の真中に床を展《の》べて冷《ひやや》かに寝た。夢に文鳥を背負《しょ》い込《こ》んだ心持は、少し寒かったが眠《ねぶ》ってみれば不断《ふだん》の夜《よる》のごとく穏かである。

「文鳥」 朗読2

 翌朝《よくあさ》眼が覚《さ》めると硝子戸《ガラスど》に日が射している。たちまち文鳥に餌《え》をやらなければならないなと思った。[文鳥への愛着、関心が、直接的な自分の過去の女を導き出す]けれども起きるのが退儀《たいぎ》[「大儀」の意味のうち、「面倒だ、おっくうだ」などを表現したもの]であった。今にやろう、今にやろうと考えているうちに、とうとう八時過になった。仕方がないから顔を洗うついでをもって、冷たい縁を素足《すあし》で踏みながら、箱の葢《ふた》を取って鳥籠を明海《あかるみ》へ出した。文鳥は眼をぱちつかせている。もっと早く起きたかったろうと思ったら気の毒になった。

 文鳥の眼は真黒である。瞼《まぶた》の周囲《まわり》に細い淡紅色《ときいろ》[鴇(とき)のような色。漢字のとおり淡紅色]の絹糸を縫いつけたような筋《すじ》が入っている。眼をぱちつかせるたびに絹糸が急に寄って一本になる。と思うとまた丸くなる。籠を箱から出すや否や、文鳥は白い首をちょっと傾《かたぶ》けながらこの黒い眼を移して始めて自分の顔を見た。そうしてちちと鳴いた。

 自分は静かに鳥籠を箱の上に据《す》えた。文鳥はぱっと留《とま》り木《ぎ》を離れた。そうしてまた留り木に乗った。留り木は二本ある。黒味がかった青軸《あおじく》[梅の栽培品種のひとつ。樹肌が緑を帯びている]をほどよき距離に橋と渡して横に並べた。その一本を軽く踏まえた足を見るといかにも華奢《きゃしゃ》にできている。細長い薄紅《うすくれない》の端に真珠を削《けず》ったような爪が着いて、手頃な留り木を甘《うま》く抱《かか》え込《こ》んでいる。すると、ひらりと眼先が動いた。文鳥はすでに留り木の上で方向《むき》を換えていた。しきりに首を左右に傾《かたぶ》ける。傾けかけた首をふと持ち直して、心持前へ伸《の》したかと思ったら、白い羽根がまたちらりと動いた。文鳥の足は向うの留り木の真中あたりに具合よく落ちた。ちちと鳴く。そうして遠くから自分の顔を覗《のぞ》き込んだ。[文鳥の描写方法にも相手を女性として描くような方法がとられていると思われる]

 自分は顔を洗いに風呂場《ふろば》へ行った。帰りに台所へ廻って、戸棚《とだな》を明けて、昨夕《ゆうべ》三重吉の買って来てくれた粟の袋を出して、餌壺の中へ餌を入れて、もう一つには水を一杯入れて、また書斎の縁側へ出た。

 三重吉は用意周到な男で、昨夕《ゆうべ》叮嚀《ていねい》に餌《え》をやる時の心得を説明して行った。その説によると、むやみに籠の戸を明けると文鳥が逃げ出してしまう。だから右の手で籠の戸を明けながら、左の手をその下へあてがって、外から出口を塞《ふさ》ぐようにしなくっては危険だ。餌壺《えつぼ》を出す時も同じ心得でやらなければならない。とその手つきまでして見せたが、こう両方の手を使って、餌壺をどうして籠の中へ入れる事ができるのか、つい聞いておかなかった。

 自分はやむをえず餌壺を持ったまま手の甲で籠の戸をそろりと上へ押し上げた。同時に左の手で開《あ》いた口をすぐ塞《ふさ》いだ。鳥はちょっと振り返った。そうして、ちちと鳴いた。自分は出口を塞いだ左の手の処置に窮した。人の隙《すき》を窺《うかが》って逃げるような鳥とも見えないので、何となく気の毒になった。三重吉は悪い事を教えた。

 大きな手をそろそろ籠の中へ入れた。すると文鳥は急に羽搏《はばたき》を始めた。細く削《けず》った竹の目から暖かいむく毛が、白く飛ぶほどに翼《つばさ》を鳴らした。自分は急に自分の大きな手が厭《いや》になった。粟《あわ》の壺と水の壺を留り木の間にようやく置くや否や、手を引き込ました。[あるいは触れられない女、という意味が込められているかも知れない。それに触れられるときは、文鳥はもう死んでいるのである]籠の戸ははたりと自然《ひとりで》に落ちた。文鳥は留り木の上に戻った。白い首を半《なか》ば横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。それから曲げた首を真直《まっすぐ》にして足の下《もと》にある粟と水を眺めた。自分は食事をしに茶の間へ行った。

 その頃は日課として小説[「坑夫」(1908/1/1〜4/6、朝日新聞掲載)]を書いている時分であった。飯と飯の間はたいてい机に向って筆を握っていた。静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞く事ができた。伽藍《がらん》のような書斎へは誰も這入《はい》って来ない習慣であった。筆の音に淋《さび》しさと云う意味を感じた朝も昼も晩もあった。しかし時々はこの筆の音がぴたりとやむ、またやめねばならぬ、折もだいぶあった。その時は指の股《また》に筆を挟《はさ》んだまま手の平《ひら》へ顎《あご》を載せて硝子越《ガラスごし》に吹き荒れた庭を眺めるのが癖《くせ》であった。それが済むと載せた顎を一応|撮《つま》んで見る。それでも筆と紙がいっしょにならない時は、撮んだ顎を二本の指で伸《の》して見る。すると縁側《えんがわ》で文鳥がたちまち千代《ちよ》千代と二声鳴いた。

 筆を擱《お》いて、そっと出て見ると、文鳥は自分の方を向いたまま、留《とま》り木《ぎ》の上から、のめりそうに白い胸を突き出して、高く千代と云った。三重吉が聞いたらさぞ喜ぶだろうと思うほどな美《い》い声で千代と云った。三重吉は今に馴《な》れると千代と鳴きますよ、きっと鳴きますよ、と受合って帰って行った。

 自分はまた籠の傍《そば》へしゃがんだ。文鳥は膨《ふく》らんだ首を二三度|竪横《たてよこ》に向け直した。やがて一団《ひとかたまり》の白い体がぽいと留り木の上を抜け出した。と思うと奇麗《きれい》な足の爪が半分ほど餌壺《えつぼ》の縁《ふち》から後《うしろ》へ出た。小指を掛けてもすぐ引《ひ》っ繰《く》り返《かえ》りそうな餌壺は釣鐘《つりがね》[寺院の鐘楼(しょうろう)などに吊してある大きな鐘]のように静かである。さすがに文鳥は軽いものだ。何だか淡雪《あわゆき》[柔らかですぐに消えてしまう雪。特に春先に降るもの(春の季語)]の精《せい》のような気がした。

 文鳥はつと嘴《くちばし》を餌壺の真中に落した。そうして二三度左右に振った。奇麗に平《なら》して入れてあった粟がはらはらと籠の底に零《こぼ》れた。文鳥は嘴《くちばし》を上げた。咽喉《のど》の所で微《かすか》な音がする。また嘴を粟の真中に落す。また微な音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細《こま》やかで、しかも非常に速《すみや》かである。菫《すみれ》ほどな小さい人が、[漱石の俳句に「菫程な小さき人に生れたし」というのがある]黄金《こがね》の槌《つち》で瑪瑙《めのう》[縞状構造が明らかな玉髄。主成分は微小な石英。樹脂光沢を有し、往々鉄分などが滲透して美しい赤褐色・白色などの縞文様を現す(広辞苑より引用)]の碁石《ごいし》でもつづけ様に敲《たた》いているような気がする。[この「菫ほどな〜」の文章はかなりの名文である]

 嘴《くちばし》の色を見ると紫《むらさき》を薄く混《ま》ぜた紅《べに》のようである。その紅がしだいに流れて、粟《あわ》をつつく口尖《くちさき》の辺《あたり》は白い。象牙《ぞうげ》を半透明にした白さである。この嘴が粟の中へ這入《はい》る時は非常に早い。左右に振り蒔《ま》く粟の珠《たま》も非常に軽そうだ。文鳥は身を逆《さか》さまにしないばかりに尖《とが》った嘴を黄色い粒の中に刺し込んでは、膨《ふ》くらんだ首を惜気《おしげ》もなく右左へ振る。籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分らない。それでも餌壺《えつぼ》だけは寂然《せきぜん》[もの淋しい、静かな様子]として静かである。重いものである。餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。

「文鳥」 朗読3

 自分はそっと書斎へ帰って淋《さび》しくペンを紙の上に走らしていた。縁側《えんがわ》では文鳥がちちと鳴く。折々は千代千代とも鳴く。外では木枯《こがらし》が吹いていた。

 夕方には文鳥が水を飲むところを見た。細い足を壺の縁《ふち》へ懸《か》けて、小《ちさ》い嘴に受けた一雫《ひとしずく》を大事そうに、仰向《あおむ》いて呑《の》み下《くだ》している。この分では一杯の水が十日ぐらい続くだろうと思ってまた書斎へ帰った。晩には箱へしまってやった。寝る時|硝子戸《ガラスど》から外を覗《のぞ》いたら、月が出て、霜《しも》が降っていた。文鳥は箱の中でことりともしなかった。

 明《あく》る日《ひ》もまた気の毒な事に遅く起きて、箱から籠を出してやったのは、やっぱり八時過ぎであった。箱の中ではとうから目が覚《さ》めていたんだろう。それでも文鳥はいっこう不平らしい顔もしなかった。籠が明るい所へ出るや否や、いきなり眼をしばたたいて、心持首をすくめて、自分の顔を見た。

 昔《むか》し美しい女[実話か空想か、モデルは誰かなどは不明。文鳥に対する、まるで女性に対するかのような関心が高まったことによって、ここから執筆者のむかし関わったという女の仕草がフィードバックされ、ちょうどかりそめの女に対する好奇心のごとく、文鳥への関心や愛情が変化して、最後に身近に軽視したとたんに文鳥が死んでしまう]を知っていた。この女が机に凭《もた》れて何か考えているところを、後《うしろ》から、そっと行って、紫の帯上《おびあ》げの房《ふさ》になった先を、長く垂らして、頸筋《くびすじ》の細いあたりを、上から撫《な》で廻《まわ》したら、女はものう気《げ》に後を向いた。その時女の眉《まゆ》は心持八の字に寄っていた。それで眼尻と口元には笑が萌《きざ》していた。同時に恰好《かっこう》の好い頸を肩まですくめていた。文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した。この女は今嫁に行った。自分が紫の帯上でいたずらをしたのは縁談のきまった二三日|後《あと》である。[この嫁に行った女のイメージが、最後に知人の娘を嫁に行かせないという行動へと繋がっている。文鳥の影に一貫して付きまとう女のイメージから、この女が嫁に行った後で幸せにならなかった。あるいは発展させて、最後に死んでしまった、という象徴を内包している可能性は、大いにある]

 餌壺にはまだ粟が八分通り這入っている。しかし殻《から》もだいぶ混っていた。水入には粟の殻が一面に浮いて、苛《いた》く濁っていた。易《か》えてやらなければならない。また大きな手を籠の中へ入れた。非常に要心して入れたにもかかわらず、文鳥は白い翼《つばさ》を乱して騒いだ。小い羽根が一本抜けても、自分は文鳥にすまないと思った。殻は奇麗に吹いた。吹かれた殻は木枯がどこかへ持って行った。水も易えてやった。水道の水だから大変冷たい。

 その日は一日淋しいペンの音を聞いて暮した。その間には折々千代千代と云う声も聞えた。文鳥も淋しいから鳴くのではなかろうかと考えた。しかし縁側《えんがわ》へ出て見ると、二本の留《とま》り木《ぎ》の間を、あちらへ飛んだり、こちらへ飛んだり、絶間《たえま》なく行きつ戻りつしている。少しも不平らしい様子はなかった。

 夜は箱へ入れた。明《あく》る朝《あさ》目が覚《さ》めると、外は白い霜《しも》だ。文鳥も眼が覚めているだろうが、なかなか起きる気にならない。枕元にある新聞を手に取るさえ難儀《なんぎ》だ。それでも煙草《たばこ》は一本ふかした。この一本をふかしてしまったら、起きて籠から出してやろうと思いながら、口から出る煙《けぶり》の行方《ゆくえ》を見つめていた。するとこの煙の中に、首をすくめた、眼を細くした、しかも心持|眉《まゆ》を寄せた昔の女の顔[昔の女のイメージ]がちょっと見えた。自分は床の上に起き直った。寝巻の上へ羽織《はおり》を引掛《ひっか》けて、すぐ縁側へ出た。そうして箱の葢《ふた》をはずして、文鳥を出した。文鳥は箱から出ながら千代千代と二声鳴いた。

 三重吉の説によると、馴《な》れるにしたがって、文鳥が人の顔を見て鳴くようになるんだそうだ。現に三重吉の飼っていた文鳥は、三重吉が傍《そば》にいさえすれば、しきりに千代千代と鳴きつづけたそうだ。のみならず三重吉の指の先から餌《え》を食べると云う。自分もいつか指の先で餌をやって見たいと思った。

 次の朝はまた怠《なま》けた。昔の女[昔の女のイメージが慣れによって軽視されていく]の顔もつい思い出さなかった。顔を洗って、食事を済まして、始めて、気がついたように縁側《えんがわ》へ出て見ると、いつの間にか籠が箱の上に乗っている。文鳥はもう留《とま》り木《ぎ》の上を面白そうにあちら、こちらと飛び移っている。そうして時々は首を伸《の》して籠の外を下の方から覗《のぞ》いている。その様子がなかなか無邪気である。昔紫の帯上《おびあげ》でいたずらをした女[昔の女のイメージ]は襟《えり》の長い、背のすらりとした、ちょっと首を曲げて人を見る癖《くせ》があった。

 粟《あわ》はまだある。水もまだある。文鳥は満足している。自分は粟も水も易《か》えずに書斎へ引込《ひっこ》んだ。

 昼過ぎまた縁側へ出た。食後の運動かたがた、五六間の廻り縁を、あるきながら書見するつもりであった。ところが出て見ると粟がもう七分がた尽きている。水も全く濁ってしまった。書物を縁側へ抛《ほう》り出しておいて、急いで餌《え》と水を易えてやった。

 次の日もまた遅く起きた。しかも顔を洗って飯を食うまでは縁側を覗かなかった。書斎に帰ってから、あるいは昨日《きのう》のように、家人《うちのもの》が籠を出しておきはせぬかと、ちょっと縁へ顔だけ出して見たら、はたして出してあった。その上餌も水も新しくなっていた。自分はやっと安心して首を書斎に入れた。途端《とたん》に文鳥は千代千代と鳴いた。それで引込《ひっこ》めた首をまた出して見た。けれども文鳥は再び鳴かなかった。けげんな顔をして硝子越《ガラスごし》に庭の霜《しも》を眺めていた。自分はとうとう机の前に帰った。

 書斎の中では相変らずペンの音がさらさらする。書きかけた小説はだいぶんはかどった。指の先が冷たい。今朝|埋《い》けた佐倉炭《さくらずみ》[佐倉地方で産出した木炭。クヌギを蒸し焼きにした黒炭(くろずみ)。桜炭とも書く]は白くなって、薩摩五徳《さつまごとく》[鉄瓶などを乗せるために、炭火の上に置く鉄製の受け三本脚。または四本脚で、そのうちの薩摩屋形と呼ばれる形状のもの]に懸《か》けた鉄瓶《てつびん》がほとんど冷《さ》めている。炭取は空《から》だ。手を敲《たた》いたがちょっと台所まで聴《きこ》えない。立って戸を明けると、文鳥は例に似ず留《とま》り木《ぎ》の上にじっと留っている。よく見ると足が一本しかない。自分は炭取を縁に置いて、上からこごんで籠の中を覗き込んだ。いくら見ても足は一本しかない。文鳥はこの華奢《きゃしゃ》な一本の細い足に総身《そうみ》を託して黙然《もくねん》として、籠の中に片づいている。

 自分は不思議に思った。文鳥について万事を説明した三重吉もこの事だけは抜いたと見える。自分が炭取に炭を入れて帰った時、文鳥の足はまだ一本であった。しばらく寒い縁側に立って眺めていたが、文鳥は動く気色《けしき》もない。音を立てないで見つめていると、文鳥は丸い眼をしだいに細くし出した。おおかた眠《ねむ》たいのだろうと思って、そっと書斎へ這入ろうとして、一歩足を動かすや否や、文鳥はまた眼を開《あ》いた。同時に真白な胸の中から細い足を一本出した。自分は戸を閉《た》てて火鉢《ひばち》へ炭をついだ。

 小説はしだいに忙《いそが》しくなる。朝は依然として寝坊をする。一度|家《うち》のものが文鳥の世話をしてくれてから、何だか自分の責任が軽くなったような心持がする。家のものが忘れる時は、自分が餌《え》をやる水をやる。籠《かご》の出し入れをする。しない時は、家のものを呼んでさせる事もある。自分はただ文鳥の声を聞くだけが役目のようになった。

 それでも縁側《えんがわ》へ出る時は、必ず籠の前へ立留《たちどま》って文鳥の様子を見た。たいていは狭い籠を苦《く》にもしないで、二本の留り木を満足そうに往復していた。天気の好い時は薄い日を硝子越《ガラスごし》に浴びて、しきりに鳴き立てていた。しかし三重吉の云ったように、自分の顔を見てことさらに鳴く気色はさらになかった。

 自分の指からじかに餌《え》を食うなどと云う事は無論なかった。折々|機嫌《きげん》のいい時は麺麭《パン》の粉《こ》などを人指指《ひとさしゆび》の先へつけて竹の間からちょっと出して見る事があるが文鳥はけっして近づかない。少し無遠慮に突き込んで見ると、文鳥は指の太いのに驚いて白い翼《つばさ》を乱して籠の中を騒ぎ廻るのみであった。二三度試みた後《のち》、自分は気の毒になって、この芸だけは永久に断念してしまった。今の世にこんな事のできるものがいるかどうだかはなはだ疑わしい。おそらく古代の聖徒《せいんと》[キリストの弟子たち]の仕事だろう。三重吉は嘘《うそ》を吐《つ》いたに違ない。

「文鳥」 朗読4

 或日の事、書斎で例のごとくペンの音を立てて侘《わ》びしい事を書き連《つら》ねていると、ふと妙な音が耳に這入《はい》った。縁側でさらさら、さらさら云う。女[ここでも文鳥は女に例えられている]が長い衣《きぬ》の裾《すそ》を捌《さば》いているようにも受取られるが、ただの女のそれとしては、あまりに仰山《ぎょうさん》である。雛段《ひなだん》をあるく、内裏雛《だいりびな》の袴《はかま》の襞《ひだ》の擦《す》れる音とでも形容したらよかろうと思った。自分は書きかけた小説をよそにして、ペンを持ったまま縁側へ出て見た。すると文鳥が行水《ぎょうずい》を使っていた。

 水はちょうど易《か》え立《た》てであった。文鳥は軽い足を水入の真中に胸毛《むなげ》まで浸《ひた》して、時々は白い翼《つばさ》を左右にひろげながら、心持水入の中にしゃがむように腹を圧《お》しつけつつ、総身《そうみ》の毛を一度に振《ふ》っている。そうして水入の縁《ふち》にひょいと飛び上る。しばらくしてまた飛び込む。水入の直径は一寸五分ぐらいに過ぎない。飛び込んだ時は尾も余り、頭も余り、背は無論余る。水に浸《つ》かるのは足と胸だけである。それでも文鳥は欣然《きんぜん》[喜ぶ様子で]として行水《ぎょうずい》[水や湯を浴びて、汗を洗い流すこと。またそのくらいの短い入浴]を使っている。

 自分は急に易籠《かえかご》を取って来た。そうして文鳥をこの方へ移した。それから如露《じょろ》を持って風呂場へ行って、水道の水を汲《く》んで、籠の上からさあさあとかけてやった。如露《じょろ》の水が尽きる頃には白い羽根から落ちる水が珠《たま》になって転《ころ》がった。文鳥は絶えず眼をぱちぱちさせていた。

 昔紫の帯上《おびあげ》でいたずらをした女[昔の女のイメージ]が、座敷で仕事をしていた時、裏二階から懐中鏡《ふところかがみ》で女の顔へ春の光線を反射させて楽しんだ事がある。女は薄紅《うすあか》くなった頬を上げて、繊《ほそ》い手を額の前に翳《かざ》しながら、不思議そうに瞬《まばたき》をした。この女とこの文鳥とはおそらく同じ心持だろう。

 日数《ひかず》が立つにしたがって文鳥は善《よ》く囀《さえ》ずる。しかしよく忘れられる。或る時は餌壺《えつぼ》が粟《あわ》の殻《から》だけになっていた事がある。ある時は籠《かご》の底が糞《ふん》でいっぱいになっていた事がある。ある晩宴会があって遅く帰ったら、冬の月が硝子越《ガラスごし》に差し込んで、広い縁側《えんがわ》がほの明るく見えるなかに、鳥籠がしんとして、箱の上に乗っていた。その隅《すみ》に文鳥の体が薄白く浮いたまま留《とま》り木《ぎ》の上に、有るか無きかに思われた。自分は外套《がいとう》の羽根《はね》を返して、すぐ鳥籠を箱のなかへ入れてやった。

 翌日[しばらく、「よくじつ」「あくるひ」の発音を交互に使ってリズムを楽しんでいる]文鳥は例のごとく元気よく囀《さえず》っていた。それからは時々寒い夜《よる》も箱にしまってやるのを忘れることがあった。ある晩いつもの通り書斎で専念にペンの音を聞いていると、突然縁側の方でがたりと物の覆《くつがえ》った音がした。しかし自分は立たなかった。依然として急ぐ小説を書いていた。わざわざ立って行って、何でもないといまいましいから、気にかからないではなかったが、やはりちょっと聞耳《ききみみ》を立てたまま知らぬ顔ですましていた。その晩寝たのは十二時過ぎであった。便所に行ったついで、気がかりだから、念のため一応縁側へ廻って見ると――

 籠は箱の上から落ちている。そうして横に倒れている。水入《みずいれ》も餌壺《えつぼ》も引繰返《ひっくりかえ》っている。粟《あわ》は一面に縁側に散らばっている。留り木は抜け出している。文鳥はしのびやか[忍んでいる様子。ひっそりとした様子]に鳥籠の桟《さん》[板の反るのを防ぐための打ちつけ横木。あるいは戸や障子の骨。床下に渡す横木]にかじりついていた。自分は明日《あした》から誓ってこの縁側に猫を入れまいと決心した。

 翌日《あくるひ》文鳥は鳴かなかった。粟を山盛《やまもり》入れてやった。水を漲《みなぎ》るほど入れてやった。文鳥は一本足のまま長らく留り木の上を動かなかった。午飯《ひるめし》を食ってから、三重吉に手紙[例の件の導入]を書こうと思って、二三行書き出すと、文鳥がちちと鳴いた。自分は手紙の筆を留めた。文鳥がまたちちと鳴いた。出て見たら粟も水もだいぶん減っている。手紙はそれぎりにして裂いて捨てた。

 翌日《よくじつ》文鳥がまた鳴かなくなった。留り木を下りて籠の底へ腹を圧《お》しつけていた。胸の所が少し膨《ふく》らんで、小さい毛が漣《さざなみ》のように乱れて見えた。自分はこの朝、三重吉から例の件[文鳥の内容だけからだと、三重吉の娘を嫁に出すか出さないかの算段のように思われる]で某所まで来てくれと云う手紙を受取った。十時までにと云う依頼であるから、文鳥をそのままにしておいて出た。三重吉に逢《あ》って見ると例の件がいろいろ長くなって、いっしょに午飯を食う。いっしょに晩飯《ばんめし》を食う。その上|明日《あす》の会合まで約束して宅《うち》へ帰った。帰ったのは夜の九時頃である。文鳥の事はすっかり忘れていた。疲れたから、すぐ床へ這入《はい》って寝てしまった。

 翌日《あくるひ》眼が覚《さ》めるや否や、すぐ例の件を思いだした。いくら当人が承知だって、そんな所へ嫁にやるのは行末《ゆくすえ》よくあるまい、まだ子供だからどこへでも行けと云われる所へ行く気になるんだろう。いったん行けばむやみに出られるものじゃない。世の中には満足しながら不幸に陥《おちい》って行く者がたくさんある。[文鳥に重ね合わされた、昔の女の行く末が、この結論を導き出すという構成になっていると思われる]などと考えて楊枝《ようじ》を使って、朝飯を済ましてまた例の件を片づけに出掛けて行った。

 帰ったのは午後三時頃である。玄関へ外套《がいとう》を懸《か》けて廊下伝いに書斎へ這入《はい》るつもりで例の縁側へ出て見ると、鳥籠が箱の上に出してあった。けれども文鳥は籠の底に反《そ》っ繰《く》り返《かえ》っていた。二本の足を硬く揃《そろ》えて、胴と直線に伸ばしていた。自分は籠の傍《わき》に立って、じっと文鳥を見守った。黒い眼を眠《ねぶ》っている。瞼《まぶた》の色は薄蒼《うすあお》く変った。

 餌壺《えつぼ》には粟《あわ》の殻《から》ばかり溜《たま》っている。啄《ついば》むべきは一粒もない。水入は底の光るほど涸《か》れている。西へ廻った日が硝子戸《ガラスど》を洩れて斜めに籠に落ちかかる。台に塗った漆《うるし》は、三重吉の云ったごとく、いつの間にか黒味が脱《ぬ》けて、朱《しゅ》の色が出て来た。

 自分は冬の日に色づいた朱の台を眺めた。空《から》になった餌壺を眺めた。空《むな》しく橋を渡している二本の留り木を眺めた。そうしてその下に横《よこた》わる硬い文鳥を眺めた。

 自分はこごんで両手に鳥籠を抱《かか》えた。そうして、書斎へ持って這入《はい》った。十畳の真中へ鳥籠を卸《おろ》して、その前へかしこまって、籠の戸を開いて、大きな手を入れて、文鳥を握って見た。柔《やわら》かい羽根は冷《ひえ》きっている。

 拳《こぶし》を籠から引き出して、握った手を開けると、文鳥は静に掌《てのひら》の上にある。自分は手を開けたまま、しばらく死んだ鳥を見つめていた。それから、そっと座布団《ざぶとん》の上に卸した。そうして、烈《はげ》しく手を鳴らした。

 十六になる小女《こおんな》が、はいと云って敷居際《しきいぎわ》に手をつかえる。自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へ抛《ほう》り出した。小女は俯向《うつむ》いて畳を眺めたまま黙っている。自分は、餌《え》をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔を睥《にら》めつけた。下女はそれでも黙っている。

 自分は机の方へ向き直った。そうして三重吉へ端書《はがき》をかいた。「家人《うちのもの》が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」[嫁いでいったかの日の女の死は、自分には関わりのないことだ、という暗示を読み取ることも可能である。もちろん断定できるほど強いものでは無い]と云う文句であった。

 自分は、これを投函《だ》して来い、そうしてその鳥をそっちへ持って行けと下女に云った。下女は、どこへ持って参りますかと聞き返した。どこへでも勝手に持って行けと怒鳴《どな》りつけたら、驚いて台所の方へ持って行った。

 しばらくすると裏庭で、子供が文鳥を埋《うめ》るんだ埋るんだと騒いでいる。庭掃除《にわそうじ》に頼んだ植木屋が、御嬢さん、ここいらが好いでしょうと云っている。自分は進まぬながら、書斎でペンを動かしていた。

 翌日《よくじつ》は何だか頭が重いので、十時頃になってようやく起きた。顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日《きのう》植木屋の声のしたあたりに、小《ち》さい公札《こうさつ》[「高札」のこと。「法度、おふれ書き、罪状などを掲げた札のこと」]が、蒼《あお》い木賊《とくさ》[山間の湿地などに自生する、シダ植物の一種。美しい緑のそそり立つすがすがしさから、よく観賞用としても栽培される。「砥草(とくさ)」の意味であり、秋に収穫してものを研ぐのに用いたため、秋の季語になっている]の一株と並んで立っている。高さは木賊よりもずっと低い。庭下駄《にわげた》を穿《は》いて、日影の霜《しも》を踏《ふ》み砕《くだ》いて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。筆子《ふでこ》の手蹟である。

 午後三重吉から返事が来た。文鳥は可愛想《かわいそう》な事を致しましたとあるばかりで家人《うちのもの》が悪いとも残酷だともいっこう書いてなかった。

テキスト中に現れる記号について

【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)伽藍《がらん》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)十月|早稲田《わせだ》に移る。

青空文庫データ

底本:「夏目漱石全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年7月26日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月にかけて刊行
入力:柴田卓治
校正:大野晋
1999年5月12日公開
1999年8月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

「文鳥」 構成についてまとめ

 テキスト内で記したように、文鳥を飼ってから、始め可愛がっていた好奇心が、ぞんざいに、自分勝手になるうちに、とうとう文鳥は死んでしまったという物語に、「嫁ぐ女」あるいは「籠の中に飼われなければならなかった女」というようなイメージが内包されている。
 女の象徴は、三重吉の千代という女に惚れたかも知れないというあたりから導入され、文鳥の飼育と二人三脚に膨らんでゆく。しかし自分の思い出の中の女は、すでに嫁ぐべき定めとなっていて、そのイメージを託した文鳥の死は、あるいはその女の最後を暗示している可能性がある。執筆者の文鳥への関心が、手前勝手にルーズになっていく果てに死んでしまうところから、執筆者が最終的にその女に対して、嫁に行くのを阻止するべき立場であった、あるいは阻止したいと後悔の念を持っているにも関わらず、そうせずに嫁ぎ先にやってしまったという思いが内包されているのかもしれない。そうであるならば、最後に知人の娘(おそらく)に対して、文鳥に託された女の憐れを繰り返させないために、執筆者が
「嫁にやるのは行末《ゆくすえ》よくあるまい」
と注意を与えるために、もう一度出かけていくという、流れは極めて自然に説明が叶うことになる。このような文鳥の陰に回ったイメージの連鎖から、籠の中の文鳥は、この時代のある種の女性の立場を象徴していると、まとめることが出来るかも知れない。
 いずれ漱石は、そのようなプロットの連鎖、ある種の象徴主義をわきまえた作家であることから、決してルーズな心持ちで、影に女性をまとわりつかせただけではないことだけは確かである。

2010/1/27

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