『大和物語』二十一段~三十段

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『大和物語』二十一段~三十段

二十一

 良少将(良岑仲連か、あるいは良岑義方)[諸説有り]が、監の命婦(げんのみょうぶ)のもとに通っていたころ、女から和歌が送られてきたので、返歌を送った。

柏木の もりの下草 老いぬとも
   身をいたづらに なさずもあらなむ
          良少将 (続古今集)

柏木の もりの下草 老いのよに
  かゝる思ひは あらじとぞ思ふ
          監の命婦 (続古今集)

二十二

 良少将が、太刀に使用する皮を求めたら、監の命婦が「わたしのところにあるわ」と言ったきりくれないので。

あだ人の
  頼めわたりし そめかはの
    色の深さを 見でやゝみなむ
          良少将 (続後拾遺集)

二十三

 陽成院の二の皇子である元平親王が、宇多天皇の娘である依子内親王(いしないしんのう)と結婚してから、後蔭の中将の娘のところに行かなくなってしまった。ひさしぶりに彼女のもとを訪れれば、女は話しも出来ず隠れてしまったので、元平親王が和歌を贈ると、返事があった。

せかなくに
   絶えと絶えにし 山水の
 たれしのべとか 声を聞かせむ
          後蔭の中将の娘 (続後撰集)

二十四

 醍醐天皇の時に、藤原定方の娘が、上の御局に参上した時に、帝がいないので詠まれた和歌。

ひぐらしに
  君まつ山の ほとゝぎす
    とはぬ時にぞ 声もおしまぬ

二十五

 明覚法師(よく出てくる藤原千兼の妻「としこ」の兄弟)が、亡くなった高僧の僧坊に、今は枯れた松があるばかりなのを見て。

ぬしもなき
  宿に枯れたる 松見れば
    千代すぎにける こゝちこそすれ
          明覚法師

二十六

 桂の皇女(みこ)、つまり宇多天皇のむすめ孚子(ふし)内親王が、人目を忍んで逢っていた男のもとへ詠んだ和歌。

それをだに 思ふことゝて
  わが宿を 見きとないひそ
    人の聞かくに
          孚子内親王 (古今集)

二十七

 戒仙(かいせん)という法師が、親元に洗濯物を届けたら、そんなことさせるなと言われたので、和歌を送りつけた。

いまはわれ いづちゆかまし
  山にても 世の憂きことは
    なほも絶えぬか

二十八

 その戒仙が、父が亡くなった年の秋に、紀貫之や紀友則などと酒を飲み交わしてた時、父親のことがしみじみと思い出されて、まろうど(客たち)が、

朝霧の
   なかに君ます ものならば
 晴るゝまに/\ うれしからまし
          まらうど

戒仙の返し、

ことならば 晴れずもあらなむ
   秋霧の
 まぎれに見えぬ 君と思はむ
          戒仙

二十九

 今はなき敦慶親王(宇多天皇の皇子)の宮で、藤原定方や、他の公卿たちが、囲碁やら管弦をしつつ夜になれば、みな酔っては語り合う。おみなえしを頭にさした定方が詠む和歌。

をみなへし
  折る手にかゝる しら露は
    むかしの今日に あらぬなみだか
          藤原定方 (新勅撰集)

三十

 今はなき源宗于(むねゆき)が、昇進出来ないので、宇多天皇にぐちったような和歌。

沖つ風
  ふけゐの浦に 立つ浪の
    なごりにさへや われはしづまむ
          源宗于 (新千載集)

2017/11/09

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