石走(いはゞし)る
垂水(たるみ)のうへの さわらびの
萌え出(い)づる春に なりにけるかも
志貴皇子 万葉集8巻1418
岩をほとばしり
流れ落ちる水のほとりの ゼンマイが
芽生え出る春に なったものですね
『玉箒(たまばゝき)をたまひての宴の時』
初春(はつはる)の
初子(はつね)の今日の たまばゝき
手に取るからに 揺(ゆ)らく玉の緒
大伴家持 万葉集20巻4493
初春を迎えて
初子の日である今日の 玉箒は
手に取る途端に 玉が鳴り揺れます
春の野に 霞たなびき
うら悲(がな)し この夕影に
うぐひす鳴くも
大伴家持 万葉集19巻4290
春の野に 霞がたなびいて
もの悲しい この夕暮の光に
うぐいすが鳴いている
我が宿の
いさゝ群竹(むらたけ) 吹く風の
音のかそけき この夕へかも
大伴家持 万葉集19巻4291
私の家の
わずかな群竹に 吹く風の
音さえかすかな この夕べです
ものゝふの
八十娘子(やそをとめ)らが 汲(く)みまがふ
寺井(てらゐ)の上の かたかごの花
大伴家持 万葉集19巻4143
(もののふの)
沢山の娘らが 汲み交わしている
寺の井のほとりの かたくりの花
『春苑桃李(しゅんえんとうり)の歌』
春の園(その)
くれなゐにほふ もゝの花
した照(で)る道に 出で立つをとめ
大伴家持 万葉集19巻4139
春の園に
くれない色に 映える桃の花が
下を照らすような道に
立ち現われた少女よ
うら/\に
照れる春日(はるひ)に ひばり上がり
こゝろ悲しも ひとりし思へば
大伴家持 万葉集19巻4292
うららかに
照る春の日に ヒバリは上がり
こころ悲しいもの
ひとりもの思いをしていると
かはづ鳴く
神(かむ)なび川(かは)に 影見えて
今か咲くらむ 山吹の花
厚見王(あつみのおおきみ) 万葉集8巻1435
蛙の鳴く
神のおわします川に 影を映して
今頃咲いているだろうか 山吹の花は
「天皇の御製歌」
春過ぎて 夏来たるらし
しろたへの ころも干したり
天(あめ)の香具山(かぐやま)
持統天皇(じとうてんのう) 万葉集1巻28
春が過ぎて 夏が来たようだ
真っ白な 着物を干してある
天の香具山に
あしひきの
山川(やまがは)の瀬の 鳴るなへに
弓月が岳(ゆつきがたけ)に 雲立ちわたる
(柿本人麻呂歌集) 万葉集7巻1088
(あしひきの)
山川の瀬が 鳴り渡るなかに
弓月が岳に 雲が立ち渡っていく
『三山の歌の反歌』
わたつみの
豊旗雲(とよはたくも/ぐも)に 入り日さし
こよひの月夜(つくよ) さやけかりこそ/さやけくありこそ
中大兄皇子(なかのおおえのみこ)? 万葉集1巻15
海神の
豊かなたなびく雲に 入り日がさしている
どうか今宵の月あかりが
すばらしいものでありますように
『舒明天皇、宇智の野に遊猟(みかり)する時』
たまきはる
宇智(うち)の大野に 馬なめて
朝踏ますらむ その草深野(くさふかの)
中皇命(なかつすめらみこと) 万葉集1巻4
(たまきはる)
宇智の大野に 馬を連ねて
朝野を踏ませているだろう
その草深い野を
『明日香の宮より藤原の宮に移りし後』
うねめの
袖吹きかへす 明日香風(あすかゝぜ)
みやこを遠み いたづらに吹く
志貴皇子(しきのみこ)? 万葉集1巻51
かつて 天皇(みかど)の侍女たちの
袖を吹き返してた 明日香の風も今は
新しいみやこが遠いので
ただ空しく吹いている
『紀伊国(きのくに)にいでませる時』
白波(しらなみ)の
浜松が枝(え)の 手向けくさ/ぐさ
幾代(いくよ)までにか 年の経ぬらむ
川島皇子(かわしまのみこ) or 山上憶良 万葉集1巻34
白波の寄せる
浜松の枝に 結ばれた祈願の幣(ぬさ)は
幾とせの歳月を 過ごしてきたものか
『富士の山を望む歌の反歌』
田子(たご)の浦ゆ
うち出でゝ見れば 真白にそ
富士の高嶺(たかね)に 雪は降りける
山部赤人 万葉集3巻318
田子の浦から
うち出て見ると 真っ白に
富士の高嶺に 雪は降っているよ
『羈旅の歌八首より』
あまざかる
鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ 恋ひ来れば
明石(あかし)の門(と)より 大和島(やまとしま)見ゆ
柿本人麻呂 万葉集3巻255
(あまざかる)
田舎びた地方からの長い道を
みやこを恋慕ってやってくると
明石海峡から 大和の山々が見えてきました
『近江国よりのぼり来る時、宇治川の辺(へ)にいたりて作る歌』
ものゝふの
八十宇治川(やそうぢかは/がは)の 網代木(あじろき/ぎ)に
いさよふ波の ゆくへ知らずも
柿本人麻呂 万葉集3巻264
(もののふの)
八十に分かれる宇治川の 網代の木に
いざよう波の 行方は分からない
『紀伊国(きのくに)にいでませる時の歌の反歌』
若の浦に
潮満ち来れば 潟(かた)をなみ
葦辺(あしへ)をさして 鶴(たづ)鳴き渡る
山部赤人 万葉集6巻919
若の浦に
潮が満ちてくれば 干潟がないので
葦辺をめざして 鶴が鳴き渡るよ
近江(あふみ)の海
夕波千鳥 汝(な)が鳴けば
こゝろもしのに いにしへ思ほゆ
柿本人麻呂 万葉集3巻266
近江の海の
夕波にいる千鳥よ お前が鳴けば
胸が締め付けられるように
昔のことが思われるよ
「碁檀越、伊勢国に行きし時、とゞまれる妻が作る歌一首」
神風(かむかぜ)の
伊勢の浜荻(はまをぎ) 折り伏せて
旅寝やすらむ 荒き浜辺(はまへ)に
碁檀越(ごのだにおち)の妻 万葉集4巻500
(神風の)
伊勢の浜荻を 折り敷いて
旅に寝ているのだろうか
荒れた浜辺で
『吉野離宮賛美の歌の反歌』
ぬばたまの
夜の更けゆけば 久木(ひさぎ/ひさき)生ふる
清き川原に 千鳥しば鳴く
山部赤人 万葉集6巻925
(ぬばたまの)
夜が更けてゆけば 久木(ひさぎ)の生える
清らかな川原に 千鳥がしきりに鳴いている
『伊予の湯にて』
熟田津(にきたつ)に
船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
額田王 万葉集1巻8
熟田津から
船を出そうと 月を待てば
潮も頃合いだ 今こそ漕ぎ出そう
『軽皇子、安騎野(あきの)に宿ります時の歌の短歌』
ひむがしの
野にかぎろひの 立つ見えて
かへり見すれば 月かたぶきぬ
柿本人麻呂 万葉集1巻48
東の野に
夜明けの きざしがあらわれて
かえり見れば 月は西へと傾いていた
「有間皇子、みずから傷(いた)みて松が枝を結ぶ歌」
岩代(いはしろ)の
浜松が枝(え)を 引き結び
ま幸(さき)くあらば また帰り見む
有間皇子(ありまのみこ) 万葉集2巻141
岩代の
浜松の枝を 結びあわせて無事を祈り
生きながらえたら また戻り見られるだろうか
「大津皇子、死をたまはりし時、
磐余の池の堤(つゝみ)にして、
涙を流して作らす歌一首」
もゝづたふ
磐余(いはれ)の池に 鳴く鴨を
今日のみ見てや 雲隠(くもが)りなむ
大津皇子(おおつのみこ) 万葉集3巻416
(ももづたふ)
磐余の池に 鳴いている鴨を
今日だけは見て
死んでいくというのか
「十市皇女(とをちのひめみこ)、
伊勢神宮(いせのかむみや)に参(ま)ゐおもぶく時
波多(はた)の横山の巌(いはほ)を見て、
吹黄刀自(ふゝきのとじ)が作る歌」
川の上(へ/うへ)の
ゆつ石むらに 草生(む)さず
常にもがもな とこ処女(をとめ)にて
吹黄刀自(ふふきのとじ) 万葉集1巻22
川のほとりの
なめらかな岩々に 草が生えないように
常にありたいものですね いつまでも乙女のまま
『防人(さきもり)の歌』
からころも
裾(すそ)に取り付き 泣く子らを
置きてそ来(き)ぬや 母(おも)なしにして
他田大島(おさたのおおしま) 万葉集20巻4401
唐風(からふう)の衣(ころも)の
裾に取り付いて 泣く子どもたちを
残して来ました 母もいないのに
なか/\に 人とあらずは
桑子(くはご/くはこ)にも ならましものを
玉の緒ばかり
よみ人しらず 万葉集12巻3086
なまじいに 人として恋しさに死ぬくらいなら
蚕にでも なったほうがマシです
おなじわずかな命でも
あしひきの
山鳥の尾の しだり尾の
長々し夜を ひとりかも寝む
よみ人しらず 万葉集11巻28022別本
(あしひきの)
山鳥の尾の しだれた尾のような
長々しい夜を ひとりで寝るのだろうか
川の上(へ/うへ)の
いつ藻の花の いつも/\
来ませ我が背子 時じけめやも
吹黄刀自(ふふきのとじ) 万葉集4巻491
河のほとりの
いつ藻の花の いつもいつも
いらしてくださいなあなた
都合が悪い時などありませんから
「天皇、蒲生野(かまふの)に遊猟(みかり)する時、
額田王の作る歌」
あかねさす
むらさき野ゆき しめ野ゆき
野守は見ずや 君が袖ふる
額田王 万葉集1巻20
(あかねさす)
紫草の野をゆき 標しのある野をゆき
野の番人は見ないでしょうか
あなたが袖を振っているのを
『東歌(あづまうた)』
多摩川(たまがは)に
さらす手作り さら/\に
なにそこの子の こゝだ愛(かな)しき
上総国(かみつふさのくに)の歌 万葉集14巻3373
多摩川に
さらす手作り布の さらさらと
今さらどうしてこの子は
こんなにも愛しいのだろう
朝寝髪(あさねがみ/あさいがみ) われは梳(けづ)らじ
うるはしき 君が手枕(たまくら)
触れてしものを
よみ人しらず 万葉集11巻2578
朝の寝起きの髪を わたしは梳(すき)ません
うるわしい あなたの腕枕に
触れた髪の毛
たらちねの
母が飼ふ蚕(こ)の 繭隠(まよごも)り
いぶせくもあるか 妹に逢はずして
よみ人しらず 万葉集12巻2991
(たらちねの)
母が飼う蚕(かいこ)が 繭にこもるように
狭くて息が詰まりそうだ あの人に逢わないで
君があたり
見つゝも居(を)らむ 生駒山(いこまやま)
雲なたなびき 雨は降るとも
よみ人しらず 万葉集12巻3032
あなたのあたりを
ずっと眺めていましょう 生駒山に
雲よ掛からないでください
たとえ雨が降ったとしても
新(あらた)しき
年の初めの 初春(はつはる)の
今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)
大伴家持 万葉集20巻4516
新しい
年の初めの 初春の
今日降る雪の
しきりに積もれ 良きことよ
(をはり)
2016/08/06