地球大進化3(坊ちゃん風味)

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説明

 夏目漱石の「坊ちゃん」風味のNHKドキュメント地球大進化レポートの3回目。

第3章、大海からの離脱 ー そして手が生まれた

 君発掘に行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪い様に優しい声を出す男である。まるで男だか女だか分かりゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学教授じゃないか。俳優でさえおれ位な声が出るのに、大学教授がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君発掘をした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが子供の時先生に連れられて葉っぱの化石を幾つか見つけたことがある。それから、三内丸山の窪みで誰も知らぬ所を掘って、出てきた、と思ったら取り上げられてしまったがこれは今考えても惜しいと云ったら、赤シャツは顎を前の方へ突き出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうなものだ。「それじゃ、まだ発掘の味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう。」と頗る得意である。だれがご伝授をうけるものか。一体発掘や鉱物採集をする連中はみんな非人情だ。非人情でなくって、岩を切り砕いて喜ぶ訳がない。岩だって、鉱物だって固まって一つになっている方が安心するに決まっている、墓石を作らなくっちゃ活計がたたないなら格別だが、何不足なく暮らしている上に、岩石を砕かなくっちゃあ眠れないなんて贅沢な話しだ。こう思ったが向こうは教授だけに口が達者だから、議論じゃ叶わないと思って、黙っていた。すると先生このおれを降参させたと勘違いして、早速伝授しましょう。お暇なら、今日どうです、一所に行っちゃ。野田君と2人ぎりじゃ、淋しいから、来給えとしきりに勧める。ここで断ったってどうせ番組の都合上差し支えるんだろ。こんな回りくどい遣り方で連れ出さなくても好さそうなものだ。おれは腹が立ったから「どうせ行くんです。」と突っ慳貪に答えてすたすた歩き出した。すると野田の野郎が後ろから追いかけて来て「右足の次ぎに左足を出す。前に進むでげす。右足の次ぎに左足を出す。前に進むでげす。」と人を馬鹿にした様な相づちをいれやがった。野田のくせに生意気な、右の足の次ぎに左の足を出したら前に進むのは当然だ、歩き方を知らない赤ん坊じゃあるまえし、カメラが回っていなかったら、よっぽど殴り付けてやろうかと思った。赤シャツが追い付いてきて、「君、進化におけるグッドニュースが舞い込んできたのだから、そう怒っちゃいけない。」と云うから、「怒っちゃいません、それよりグッドニュースたあ何です。」と聞き返した。「それじゃあ進化カレンダーを見たまえ。今からほんの3億6千万年前の話しだから、君が丹誠込めて作ったお手製のカレンダーによるともう11月26日になる筈だから、ほらその目印をもう少し先に優しく進めて見たまえ、水中から離れて陸上に足を踏み出した生物が現われてきたようだね。今日はその辺りを見ていこうじゃないか。」なるほどメモリーを進めると、わずか1週間ばかり後の12月3日の所で、手足を交互に繰り出しながら、トカゲみたような生物が、水辺を這い出して陸上に進出している、大した出世だ。野田公がまた「右足の次ぎに左足を出す。前に進むでげす。」と不埒なことを云いやがった。生物の説明では無くこのおれを馬鹿にして云っているとしか思われない。非常に腹が立ったが、どうせこいつとはいつか喧嘩だ、その時打ち据えてやろうと考えたから、今は大人しく黙って置いた。「さあとうとう我々は到着した。ここが嘗てのイアペテス海の海底だった地層だ。」と赤シャツが説明を開始した所は今から4億5千万年前の海底で、当時地球には極の方に離れた一つの大陸と、互いに非常に接近して内海のようなイアペテス海を挟んだ3つの大陸があって、合計都合4つの陸地が海面から顔をのぞかせていたんだが、コケのように地面に這いつくばった上陸したての植物以外だけが生息する、殺伐とした坊主頭が風に吹かれる大地が続いていた。赤シャツは土除けと砂払いを持つと、今日はアランダスピスを発掘しようじゃないかと地面にしゃがみ込んだ。野田は、脊椎を持った我々の祖先の魚なんですから、普段はそう簡単に掴まらないんですが、そこは教授のお手際ですからきっと見付かりますと、無責任なことを云って地面に手を翳(かざ)した。君も突っ立っていないで早くアランダスピスを見つけたまえと勧めるから、俺も地面にしゃがむことはしゃがみ込んだが、「アランダスピスなんて難しいんですか。聞けば20センチほどのひれもない魚で泳ぎがまるで駄目だったそうじゃありませんか。泥の中の生物を吸い込んでは命を繋ぐなんて、だらしがない。」と思ったことをつい口にすると、赤シャツは存外真面目な顔をして「しかし君、その魚こそが浅瀬になった大珊瑚礁の楽園イアペテス海に生き延びた、うらなり君の子孫なのだから、僕たちが発掘しなくてどうするのです。」と諭したので、俺はうらなり君が青く膨れてエディアカラ生物群の中を泳ぐのを思い出したから、大人しく土を払い始めた。  しばらくすると、何だか岩の中に浮かび上がってくる。俺は考えた。こいつは太古の標本に相違ない。化石でなくっちゃ、こう絵に描いた様に輪郭が浮かび上がるはずがない。しめた、見つけたとどんどん土を払いのけた。おや発掘しましたかね、後世恐るべしだと野田が冷やかすうち、放映陣も近づいて来ては何が現われたのか固唾を飲んだが、旨く目的の獲物では無かったらしくやがてため息が漏れた。
 一番槍はお手柄だがディクラヌルスじゃ、と野田が又生意気を云うと、ディクラヌルスというと作家の出久根達郎みた様な名だねと赤シャツが洒落た。そうですね、まるで作家の出久根達郎ですねと野田はすぐ賛成しやがる。ディクラヌルスが日本の文学者で、デクラメーションが朗唱で、ディオクレティアヌスがローマの皇帝だろう。一体この赤シャツはわるい癖だ、すぐに太古の生物を使って洒落を作りたがる。「これだって昔はかわいく平べったいだけの三葉虫だったんだが、4億年前にイアペテス海の環境が変化して激しい生存競争にさらされた為に、こんな髭だらけのおぞましい姿に進化したんだ。その時の様子をCGを駆使して映し出そうじゃないか。ほほほほ。」と笑うと、放映陣はもう準備も済んで待ってましたとVTRを回し始めた。

 激しく熱を持つ地球中心部からまるで気流が発生するかの様に、地球内部を形成するマントルが対流して地表の大陸を移動させる時、プレートテクトニクスは太古の昔から地表の姿を朧に変える。年間数センチの速さで近づくイアペテス海を囲む3つの大陸は、数千万年後三身が一体となって巨大大陸を誕生させ、4億年前までにイアペテス海は灰燼に帰した。豊かな珊瑚の海はもはや大陸周囲だけになり、それが元で生存競争が激化した訳でも無かろうが、三葉虫などを食らう巨大魚が生まれ、海は弱肉強食の世界と変じた。遠き先祖のアランラスピスも環境適応を繰り返しひれを持った泳ぎの機敏なユーステノプテロンに進化したが、それにしてもやっぱり巨大魚は恐ろしい。遂に母なるふるさと我らの海を去る時が遣ってきた。向かうのはすなわち河である。ユーステノプテロンの化石はまさに三大陸接合部分に生まれた河から見付かっていたのだ。

 次の発掘現場に向かう途中うんと考え込んだ。太古の海には随分気の知れない生物が居る。海水はむろん、摂取する餌にも不足のない故郷が嫌になったからと云って、知らぬ淡水に苦労を求めに出る。それも珊瑚の都の潮の通っているところなら、まだしもだが、大陸内地の河とは何のことだ。この当時の三大陸の中心地は、大陸同士が衝突後もさらに互いを押し合って、四千年も掛けて八千メートル級の巨大山脈カレドニアを形成していたんだが、ここに雲がぶち当たっては雨を降らし、雨を降らしに来ては雲がぶち当たったりしている内に、永らく水を絶やさない巨大な河が誕生した。まだ陸上にはコケとシダ植物ぐらいしかなく、地面に吸収力が全くないため、しばらく快晴が続けば乾燥で水干上がり、雨降れば悉く流れ込んで濁流となって押し流す、阿修羅のごとき世界だった。いくらうらなり君の子孫だって、好んでこんな饑餓洪水待ち受ける河に向かわなくっても好さそうなものだが、何という物好きだ。赤シャツは教授だから一通り分っているから気楽に野田公とトランプなんかして笑って居られるのだろうが、俺は何も知らない俳優だ、うらなり君の子孫の事を考えるとどうも心が安まらない。どうしたら良かろうと考えていたら車がちょうど良く揺れて眠くなったからついぐうぐう寝てしまった。

 きいっ、と云って車が速度を緩めると幾つもすらりと伸びた大木が大きな河の麓に群れを成して佇んでいる。俺が漸く目を覚ますと、赤シャツは何時の間にか俺に吊られて眠りに落ちた野田公を揺すって群れの方を指差していた。いやに腹が減る。「あの3億7千万年前に誕生したアーキオプテリスを見たまえ、幹が真直で、上が傘の様に開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野田に云うと「全くターナーですね。どうもあの曲がり具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。ここはアメリカペンシルバニア州にある嘗てのカレドニア山脈の山麓だった赤い地層レッドヒルと呼ばれる所らしい。赤シャツは俺を騙したと思いこんでいるが、あの木は偽物である、放映陣が用意したのを俺はちゃんと知っている。「あの針葉樹みたような太い幹を、地下深くに伸びた根っ子によって支えながら、毎年毎年成長を重ねて20メートルにも達すると云うから驚くじゃないか。あの地球誕生以来初めての太い幹を持った大木は、他に邪魔する植物もないからああやって群集して水辺に繁栄を極め、ついに太古の森が誕生したとあっちゃあ、僕も研究しないわけにはいかないんだから。」と自賛すると太鼓持ちが「まったく絶景でげす、大地が森に覆われて木陰の所に新しい植物が沢山生えてますね。あっちに見えるのは湖ですなあ。」と叩くから「こうして乾燥と洪水が森の治水作用によって弛緩されて、始めてユーステノプテロンは海を離れて淡水に進出してきたんだね。」と締め括った。俺はあまり不明瞭だから、
「さっきユーステノプテロンは巨大魚に追われて淡水に逃れて来たと云う話しでたが、今のを聞くと自ら希望で淡水に転進ように聞こえます。どっちですか」
「ユーステノプテロンはまったく自分の希望で半ば転進するんです」 「そうじゃないんです。海に居たいんです。餌にされてもいいから、潮水に済みたいんです」
「君はユーステノプテロンから、そう聞いたのですか」
「そりゃ当人から、聞いたんじゃありません」
「じゃ誰から聞いたのです」
「さっき見たVTRの解説が、高らかに述べ立てるのを聞いたんです。貴方だって見ていたじゃありませんか」
「じゃ、制作陣の作成したVTRがそう云ったのですね」
「まあそうです」
「それは失礼ながら少し違うでしょう。あなたの仰る通りだと、ビデオテープの云うことは信ずるが、教授の云うことは信じないと云う様に聞こえるが、そう云う意味に解釈して差し支えないでしょうか」
俺は一寸困った。大学教授なんてものはやっぱりえらいものだ。妙なところへこだわって、ねちねち押し寄せてくる。俺はよく親父から貴様はそそっかしくて駄目だ駄目だと云われたが、成程少々そそっかしい様だ。VTRを思い出してはっと思って口をきったが、実は赤シャツの知識に基づいて作成されているのを忘れていた。
「あなたの云うことは本当かも知れないですが、淡水に向かって何のメリットがあります」と下手に出ると、教授だけに大喜びで解説を続ける。
「それで先ほど水辺に繁殖したアーキオプテリスの出番だというのですね。つまり数多くの葉がはらはらと散れば水中のバクテリアが分解して、プランクトンや魚たちの餌となって、まるで珊瑚の楽園見た様な豊かな栄養環境も整った。はるばる淡水まで進出する甲斐もあるわけですから。」
「つまり河でも多様な進化が遂に始まったといんですね。ついに樹木と出会った、ご先祖様は救われた、これで漸く安心です。そう云うことでしょう。」
「君そう単簡に解釈しちゃ剣呑ですよ。」
「なあに、大丈夫ですよ。」
俺はすっかり満足したからアーキオプテリスの木陰に寝ころんでぐうぐう寝てしまった。

 俺は何時しかユーステノプテロンとなって太古の河を泳ぐ。周りにはまるで遙か未来にアマゾンに生息する古代魚の生き残り、アーマードプレコやアロワナ見たいに硬直したごつい体の魚たちが、共に川底に溜まった木の葉を栄養分として、またプランクトンや小魚を食って生計を立てていた。まるで水中楽園だと安心して泳ぎ回っていると、仲間の一匹がまたしても荒ぶる父の猛威が迫ってきたと云うから、何のことだと辺りを見渡すと、水がない。以前深き水底だったはずの俺の周囲は地表が顔を出し、俺たちは水たまりの様な小さな所に狭苦しく封じ込められちまった。「乾期だ乾期だ」と仲間達が騒ぐから、アマゾンの6月に始まる乾期みたいに水位が18メートルも下がって、俺たちをこんな狭い場所に取り残したのだと悟った。たまらなく息が苦しい、どうやら水中の酸素が足りないらしい、仲間の何匹かはもう水面に腹を上に出して白目を向いている。アマゾンみたいな憎らしい鳥たちはまだこの世界には居ないが、到底雨が降るまで持ち越せそうもない。おまけに狭い水たまりの中でバクテリアが葉っぱを分解してますます酸素を消費しちまったから、いよいよ俺も年貢の納め時が近づいてきた。こんな惨めな最後は嫌だ、水面に口をあぷあぷさせながらこんちくしょうこんちくしょうと無い知恵を振り絞って考えたら、俺たちと一所に河に進出してきた空気中で呼吸をする奴のことを思い出した。そういえば未来のアマゾンにも肺を使って呼吸をする肺魚という奴が居て、空中に顔を出して悠々酸素を取り入れているのが頭に浮かんだ。こいつは逆に水中では呼吸が出来なくって、俺らの祖先に最も近い魚だったはずだから、俺たちにも真似が出来るかも知れない。気合いを入れて食道の辺りを急速に進化させて肺呼吸が出来る様に己が体を鍛え直した。どうだユーステノプテロンだって肺呼吸をして一大剣呑を乗り越えてみせたぞ。これで地上に上陸できるかなと思って大喜びで「あっあ、あー」と叫んで河を飛び出したが、手がない。しまった手がないと思った途端に目が覚めた。

 「俺の手はどうした。」と急に飛び起きたので一同に大いに笑われた。野田に至っては「お気の毒さま見た様でげす。」と要領の得ないことを云って馬鹿にする、赤シャツが手のあるのはただ一体かぎりですと答えたから、意味が分らなくて大いに弱った。「一体きりたあ何です」と俺が質問すると、聞かれもしない野田公の方が化石の静止画を指差して「これがアカンソステガです、アカンソステガです」と二遍も三遍もアカンソステガがるから、面白半分にアカンソステガた何だいと聞いたら、すぐ講釈を始めだした。アカンソステガには完全十分不十分とあって、今時のものはみんな不十分でげすが、これは確かに完全です。この手の骨をご覧なさい。両手が揃っているのは珍しい。全体の骨格も至極宜しい。試して泳がして見せましょう。とVTRを回すから、3億6千万年前の地層から採取されたアカンソステガの化石が、CGによって肉付けされて太古の海を泳ぎだした。奴さん1メートルほどの体を変にくねらせながら、丈夫に進化した頭蓋骨を利用して意味もなく首を振り振り進行して、鱗でがさがさした体を胸びれと腹びれから派生した手足を使って、かき分けかき分け河の中を練り泳ぎだした。俺は未だ嘗てこんな奇天烈な泳ぎ方は見たことがない。進化したはずの手足が邪魔になってまるで前に進まない。おやおや、と思った。いくら大人しく動きの鈍いうらなり君の子孫だって、こんなお飯事(ままごと)みたいに水をかき分けていたんでは立ち行かない。当時の淡水魚の王者で5メートルもの肉食肺魚ハイネリアの優れた餌にされちまう。「一千年掛かって進化したのは良いが、これじゃあかえってハイネリアの餌食じゃあありませんか。おまけにこんな軟弱な手足じゃ地上にも出られません。」と心配すると、「むろん泳ぐ為じゃあない。しかしその手足は地上に出掛けるための策でもないのです。」
「すると第3の領域を模索したのですか。」
「ええ、全くそうに違いない。丁度今日のイザリウオがひれを使って海の底を歩いたり、岩にしがみついたりするように、川縁付近に水没したアーキオプテリスの枝が群集するあたりを生息地にしていたに相違ありません。このアーキオプテリスが枝ごと葉を落とすので、水の中にもう一つの森が誕生していたから、陸でもない水中でもない第3の領域で次第に手足を発達させていったのですね。大したものじゃあないか。ほほほほ。」
「なるほど面白い、それで眼が新しい世界に向けられたんですね。」
締め括りの台詞が始まれば、誰が赤シャツごときに邪魔されるものか。カメラ目線でVTRのスイッチを入れると、かつてのカレドニア山脈付近の湿地帯だったアイルランドのバレンシア島で、1992年の調査により生命初の上陸の証たる足跡が260も豪快に連なっているニュースが放映された。俺は服の下に隠し持っていたは虫類がはい出すような雰囲気の小さなぬいぐるみを取り出すと、「これがかつてのユーステノプテロンがほんの数百万年水辺に逃れた結果として誕生した、初めての上陸生物、ペデルペスだ。3億6千万年前に、実際には体長1メートルほどのこいつが、もはや水中でなくても己を支えるだけの手足を持ったこのペデルペスめが、後のすべての脊椎動物のたった一つの祖先に違いない。」と締めくくって、ぬいぐるみの手をカメラに向かってバイバイと振りながら、「愉快愉快。」と満足げにほほえんだ後で、
「ああ幸せだ。俺の肺は酸素に虐げられたが故に、俺の手は巨大魚から逃げ延びるために、まったく虚弱体質の結果として発達したのだが、今では上陸して地上を生き抜くための最大の武器にのし上がった。いったい彼らは、何を望んで俺たちに繋がってきたのか、俺たちは何を望んで先を行くのか、まったく世の中は不可思議な連続体から成り立って、それでも収まりがついているのだから、本当に愉快だ。」
 とまくし立てれば、最後の出番を待ちわびていた細く括れたすらり顔のナレーターも最後のせりふを朗々と読み上げて、
「上陸の後で進化は急速に歯車を回し始めました。海よりすてきに多様性を持った環境が生命を様々な状況に追い立てましたから、これに対処するうちにきっと私たちにつながる生命の大発展が切って落とされるのです。やがて時は流れてほんの6千年前のことでした。被子植物の芳醇(ほうじゅん)に実れる果実を握りたい一心で手を何度も何度も伸ばしては掴もうとする所作が、次第に指を発達させて、とうとう私たちは物を握れる骨格を保有してしまったのです。そうです、霊長類です。私たちは今日さまには手を自在に操って音楽まで奏でることができるのですから、最初の上陸者ペデルペスのはい上がる様をみて、右足の次に左足を出す、前に進むと、繰り返し唱えてたたえましょう。」
 と締めくくるから、しょうがないんで俺は演出のため犠牲になって、ひたむきに右足と左足を交互に繰り出しながらカメラの前から遠ざかって番組を終了した。せっかくの俺の苦労を放り投げて、あっちでは赤シャツと野田公が何かひそひそやっている。教授、あの木のよこに、どうです、ラフハエルのマドンナを置いちゃあ。いい画が出来ますぜと野田がアーキオプテリスを指さしながら云うと、マドンナの話はよそうじゃないかホホホホと赤シャツが気味の悪い笑い方をするので、俺は考えがあるからナレーターの手を引いて彼らに近づいていって、マドンナとは誰の話です。といきなり食らわしてやったら、奴さん大いに狼狽して年甲斐もなくはにかんだ顔は、シャツの色より一層赤くなった。教授なんて講堂では威張っていても、いざとなるとだらしのないものだ。どうだ、こたえただろ。

2005/2/23
掲載2005/09/02

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