竹取物語その7

(朗読ファイル) [Topへ]

さて、かくや姫かたちの世に似ず

 さて、かくや姫、容姿(かたち)の世に似ず優れてめでたきことを、帝(みかど)聞こしめして、内侍(ないし)中臣房子(なかとみのふさこ)にのたまふ、
「多くの人の身をいたづらになして[死なせるの婉曲表現]妻としては逢はざなるかくや姫は、いかばかりの女ぞと、まかりて見て参れ」
とのたまふ。ふさ子、承(うけたまは)りてまかれり。


 竹取の家に着くと、翁と媼(おうな)、かしこまりて[恐縮して]招(しゃう)じ入れて会へり。女[媼・おばあさん]に内侍のたまふ。
帝の仰せごとに、かくや姫のかたち、優におはすなり。よく見て参るべきよし、のたまはせつるに、こうしてなむ参りつる」
と言へば、媼答えて
「さらば、かく申し侍らむ」
と言ひて奥に入りぬ。かくや姫に、
「はや、かの大夫(たいふ)[中臣房子]に対面し給へ」
と言へば、かくや姫、
我が容姿、よき容姿(かたち)にもあらず、いかでか見ゆべき」
と言へば、
「うたてものたまふかな[嫌なことを言うものですね]。御門(みかど)の御使(みつかい)をば、いかでかをろかにせむ[どうしておろそかにするものですか]
と言へば、かくや姫の答ふるやう、
「帝(みかど)の召(め)してのたまはむこと、かしこしとも思はず」
[帝がお使わしになっておっしゃる言葉なんて、恐れ多いとも思わないわ]
と言ひて、さらに出向いて大夫に見ゆべくもあらず。[お会いしようともなさらない]

解説

・「内侍中臣房子」・・・内侍は後宮十二司のひとつである内侍司(ないしつかさ)に所属する女官を指す。従五位相当の掌侍(ないしのじょう)(官職は上から「かみ→すけ→じょう→さかん」)ではないかとされる。名門中臣氏の娘か。

産める子のやうにあれど

 今ではまるで産める子のやうにあれど、やはりかくや姫は自らの産んだ子ではない。心恥(はづか)しげに[こちらが気後れをするほどに]、疎(をろ)そかなるやうにかくや姫が言ひければ、媼(女)は自らの心のままにも、かくや姫のことをえ責めず。女、内侍(ないし)のもとに帰り出でて、

「口惜しく[残念でくやしいことですが]、この幼き者は、こはく侍(はべ)る者[強情者]にて、対面すまじき」

と申す。内侍、大層ぶち切れなさって

「かならず見奉(みたてまつ)りて参(まい)れと、帝の仰せごとありつるものを。このまま見奉らでは、我はいかでか帰り参らむ。そもそも国王のありがたき仰せごとを、まさにこの世に住み給はむ人の、承(うけたまわ)り給はでありなむや。言はれぬこと[筋の通らないこと]、なし給ひそ」
[お受け出来ませんなんてことがあって良いと思っているのですか。そのような筋道の通らないようなことを、堂々とお言いになるでない!]

と言葉恥しく[媼が気後れするほどの口調で]言ひければ、これを陰より聞きて、まして逆ギレなさったかくや姫、もはや聞くべくもあらず。

「国王の仰せごとを背(そむ)かば、はや殺し給ひてよかし」
[国王の仰せに背いたっていうなら、はやく殺してちょうだい。さあ殺してちょうだい。]

と言ふ。この内侍半ば呆れ果てて、帰り参りてこの由を奏す。

解説

・勅旨のため奥に入っているのであろう、かくや姫と内侍の距離はかなり近く、言葉さえ互いに聞こえる様に思われる。

帝聞こしめして

 帝(みかど)内侍の話しを聞こしめして、
「多くの人殺してける心ぞかし」
とのたまひてその場はとりあえずかくや姫のことは止(や)みにけれど、なほ姫のことを思(おぼ)しおはしまして、
「この女のたばかりにや負けむ」
と思(おぼ)して、翁を呼びて仰せ給ふ。
「汝(なんぢ)が持ちて侍るかくや姫を我にたてまつれ。顔かたちよしと聞(きこ)しめして、御使(みつかい)を給ひしかど、効(かひ)なく、見えずなりにけり[会うことが出来ずじまいになってしまった]、かくたいだいしく[怠怠し、こころの行き届かないの意味]やは習(なら)はすべき」[習わせてしまっていいものではない]
と仰せらる。翁かしこまりて、御返事(おほんかえりこと)申すやう、
「この女の童(わらは)は、たえて[決して]宮仕(みやづか)へ仕(つか)うまつるべくもあらず侍るを、この翁も悩みとしてもて煩(わづら)ひ侍る。さりとも、館にまかりてさらによくよく仰せ給はむ」
と奏す。これを聞こしめして、帝、仰せ給ふ。
「などか[なんでまた]、翁の手に生(おほ)したてたらむものを、心にまかせざらむ。[心のままに出来ないことがあろうか。]この女、もしたてまつるものならば、翁に位(かうぶり)をなどか給はせざらむ。」

解説

・位(かうぶり)は、冠(かんむり)を授けるところから、「かうぶり」と呼ばれた。無冠のものに与えるので、従五位下という考え方が出来るが、この文章の省略スタイルでは、「さらに上の位を給わせる」の意味でも、このように記されるであろうと思われる。

翁喜びて

 翁喜びてほくほく家に帰りて、さっそくかくや姫に語(かた)らふやう、
「かくなむ、帝の仰せ給へる。なほやは仕うまつり給はぬ」
と言へば、かくや姫答へていはく、
「もはら[もっぱら]、『さやうの宮仕(みやつか)へ仕(つか)うまつらじ』と思ふを、強(し)ひて仕うまつらせ給はば、この世より消え失せなむず。翁の欲しがる御官・位(みつかさ・かうぶり)のために仕うまつりて、その後で死ぬばかりなり。」
翁、いらふるやう、[答えるよう、の意味]
「なし給ひそ[何て事をしようというのだ]、官位(つかさかうぶり)も、我が子を見たてまつらでは何にかせむ。さはありとも[それにしても]、などか[何か]宮仕へをし給はざらむ、死に給ふべきやうやあるべき」
と言ふ。かくや姫、心なお落ち着かず

「なほ虚事(そらごと)かと。仕うまつらせて、死なずやあると見給へ。あまたの人の心ざし、疎(おろか)ならざりしを、むなしくなしてこそあれ。昨日今日(きのふけふ)、帝の宣(のたま)はむことに就(つ)かむ。人聞(ひとぎき)やさし」
[まだ空言かと疑っているのね。だったら仕えまつらせて、死ぬかどうか試して下さい。多くの人の思いを、疎かに袖に振ってきたものを、昨日今日になって、帝の仰せに従うなんて、人聞きが悪い]

と言へば、答へていはく。
「天下のことは、とありともかかりとも[どうであっても]かくや姫の御命(みいのち)の危うさこそ、大きなる障(さは)りなれば、なほかく仕うまつるまじきことを、帝に参りて申さむ」
とて、参りのぼりて、
「『もし仕うまつれば』・・・・『宮仕(みやづか)へに出(い)だし立てば、死ぬべし』と申す、かの娘造麻呂(みやつこまろ)が手に産まれたる子にもあらず。昔、山にて見付けたる。かかれば、心ばせも世の人に似ずぞ侍る」
と奏せさす。

解説

・かくや姫の断り方が、あくまでも月へ戻ることは伏せ(この時点では近々戻ることを知っていたものの)、袖に振った男たちの思いの多さに申し訳がないと、幾分苦しい説明で逃れようとしている。帝の妃となって振られた男どもに申し訳ないというのは、当時の社会状況から非常に乖離したものの考え方であるが、これは一面において、作者がかくや姫をわざとそのようなことに囚われない女性、帝なんて何でもないじゃない、と考える女性として、デリケートにディテールを仕上げている結果である。ここで、翁は「なんやそれ」と突っ込みを入れそうなところで、かくや姫の思いを推し量って、何か心にわだかまりはあるものの、それは聞き出し憎いことだけは察して、とにかくお前の命が大切だからと折れる辺りに、まあ、爺の本質的善意を見ることが出来るだろう。何も官位を欲しがってはしゃいだり、新婚のベットを用意することが、その善意までスポイルするような考え方には、陥るべきではない。そういえば、もともとこの話は、「竹取の翁の物語」だったそうだが、なるほど、翁のキャラクターの描き方は、思った以上にデリケートに仕立て上げられているようである。

・なんでもかくや姫の返答の「答ふ」は女性としては固すぎる表現で、本来翁の「いらふ」の方が、女性的で、優しく柔らかな表現なのだそうだ。

帝仰せのたまはく

 帝仰せのたまはく、
よきこと浮かべり。造麻呂(みやつこまろ)が家は、山もと近くなり。御狩(みかり)の行幸(みゆき)し給はむやうに見せかけて、ちゃっかり見てむや」
とのたまはす。造麻呂が申すやう、
「いとよきことなり。我が娘の何か心もとなくてぼんやりとして侍らむに、ふと行幸してちゃっかり娘を御覧(ごらん)ぜられなむ」
と奏すれば、帝、たちまちほくほくとして、にはかに日を定めて、御狩に出で給うて、かくや姫の家に入り給ふて、館の中を見給ふに、ある部屋に光満ちて、けうらにて[清らかに、気品を持って]居(ゐ)たる人あり。
「これならむ」
思(おぼ)して、かくや姫の逃げて奥へ入(い)る袖を捕(とら)へ給へば、姫は慌てて面(おもて)をふたぎて候(さぶら)へど、初(はじ)め[面を隠す前に]よく御覧じつれば、類(たぐひ)なくめでたく思(おぼ)えさせ給ひて、[比類なきすばらしき女性だとお思いになられて]
「許さじとす」
とて、帝の住まう内裏へまでも率ておはしまさむとするに、かくや姫、答へて奏す。
「己(おの)が身は、もし仮にこの国に生れて侍(はべ)らばこそ仕(つか)ひ給はめ。私はこの国に生まれた者ではありませんからいと率(い)ておはしまし難(がた)くや侍らむ。」
と奏す。帝、
「などか、さあらむ。なほ、率ておはしまさむ」
[なんだと、そんなことあってたまるか。やはり、連れて帰るのだ]
とて、配下に言いつけて御輿(みこし)を寄せ給ふに、このかくや姫、にわかに光たちて、きと影になりぬ。

解説

・影は昔は、実体のない光などを指す言葉で、月影は「月の光」であるように、この場合も実体のない光のようなものになってしまったという意味で、忍術使いのように闇の属性を帯びてはいない。

・翁が帝の仲間状態なので、かくや姫近くまで気づかれずに帝が侵入してしまった。これを「親心極まりて仇とならんや」とは言いっこない。(・・・また始まった)。

はかなく口惜しと思して

 帝ははかなく[あっけなく、頼りなく]口惜しと思(おぼ)して、げにただ人にはあらざりけり、と思して、(他の写本にある一文)
「さらば、御供(おほんとも)には率て[原本、「いかで」]行かじ。[供人として連れては行くまい。]もとの御形(おほんかたち)となり給ひね。それを見てだに帰らん」
と仰せらるれば、かくや姫、もとの形になりぬ。帝、かくや姫をなほめでたく[すばらしいと]思(おぼ)し召(め)さるること、堰(せ)き止(と)め難(がた)し。見せつる[見せてくれた]造麻呂(みやつこまろ)を喜(よろこ)び給ふ。


 さて、帝に仕うまつる百官(ひゃくくわん)人々(ひとびと)に対して翁は饗(あるじ)[ごちそう、饗宴]いかめしう[盛大に]]仕(つか)うまつる。帝、かくや姫を留(とど)めて帰り給はむことを、飽(あ)かず口惜しく思(おぼ)し召(め)しけれど、魂を留(とど)めたる心地してなむ、帰らせ給ひける。御輿にたてまつりて後(のち)に、かくや姫に、

帰るさの行幸(みゆき)もの憂く思ほえて
背(そむ)きてとまるかくや姫ゆゑ

[帰るさきの行幸が愁いに満ちた辛いものに思われ、
私の心が戻りゆくべき現実に逆らってしまうのは、
私に背いてとどまるというかくや姫のためなのです]

御返事(おほんかえりこと)、

葎(むぐら)はふ下にも年は経(へ)ぬる身の
何かは玉の台(うてな)をも見む

[葎(雑草)の生えるほどの家の下に歳を重ねてきた私の、
どうして玉の台(すばらしい御殿)を見ることが出来ましょうか。]

これを帝御覧じて、いとど[いっそう]帰り給はむ空もなく思(おぼ)さる。御心(みこころ)は、さらに立ち返るべくも思(おぼ)されざりけれど、さりとて、夜を明かし給ふべきにあらねば、帝もあきらめて帰らせ給ひぬ。

解説

・「背(そむ)きてとまる」には「自分が帰るべき行為に背いて心はとどまろうとする」と、「かくや姫が私に背いてここにとどまろうとする」の二つの意味が重ね合わされている。

・「葎」は群生する蔓草(つるくさ)のこと。または藪を作るような密生した雑草を指すようだ。「玉の台」は漢語の「玉台(ぎょくだい)」を和心で読んだもの。「葎(むぐら)はふ下」と「玉の台」は対となり、「何かは」は疑問・反語的意味を表現する言葉。「どうして~出来ようか」。

・「夜を明かし給ふべきにもあらねば」は、天皇が剣璽(けんじ)(三種神器の天叢雲剣と八尺瓊勾玉)のある場所以外で就寝出来なかったからだそうだ。

・はて、記していて思ったのだが、「葎(むぐら)はふ下にも年は経(へ)ぬる身の何かは玉の台(うてな)をも見む」にはもう一つの隠された意味が有るような気がする。それは「葎(むぐら)はふ地上に住まう歳を取る御身である帝が、どうして私を妻として天の玉台を見ることが叶うことでしょうか」という意味である。そうだとするとかくや姫は・・・。

常に仕うまつる人を見給ふに

 その後、帝、常(つね)に仕うまつる多くの妻人を見給ふに、かくや姫のかたはらに寄るべく容姿は少しもあらざりけり。「この娘は異(こと)人よりはけうらなり」と帝の思(おぼ)しける人の、かれ[かくや姫]に思(おぼ)し合すれば、その容姿、並みの人にもあらず。今ではかくや姫のみ御心に懸(かか)りて、ただ独り住み[妻のない生活]し給ふ。よしなく[特に理由がなければ]帝を待ちわびる御方々(おほんかたがた)にも夜に渡り給はず。ただ一人でかくや姫の御(み)もとにぞ、御文(おほんふみ)を書きて通(かよ)はせ給ふ。かくや姫の御返事(おほんかえりこと)、さすがに憎からず聞(きこ)え通はせ給ひて、面白く、帝は偶然見かけた木草につけても、かくや姫に御歌(おほんうた)を詠(よ)みて遣(つか)はす。

2009/03/04

[上層へ] [Topへ]