藤原公任 「前後十五番歌合」 原文と朗読

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藤原公任 「前後十五番歌合」

朗読者注

・「前十五番」のみ公任の作で、「後十五番」は後世の誰かが公任にあやかって作ったものとされる。作者名は今日分かりやすいように、「能宣」を「大中臣能宣」と記し、「素性」を「素性法師」などとするように改め、同時に和歌の前に置かれていたものを、和歌の後ろに記すこととする。和歌はよく知られたものへ断り無く改める。またいつもながら、和歌の漢字と平仮名の配合は、原文通りではなく、分かりやすさと美的感覚に乗っ取る。

前十五番歌合(さきのじゅうごばんうたあわせ)

一番

さくら散る 木のした風は 寒からで
  空に知られぬ 雪ぞ降りける
         紀貫之 拾遺集64

わが宿の 花見がてらに 来る人は
  散りなむのちぞ 恋しかるべき
         凡河内躬恒(あほしかふちのみつね) 古今集67

二番

今こむと 言ひしばかりに 長月(ながつき)の
  ありあけの月を 待出(い)でつるかな
         素性法師(そせいほうし)  古今集691

散り散らず きかまほしきを ふるさとの
  花見てかへる 人もあはなむ
         伊勢(いせ) 拾遺集49

三番

世のなかに 絶えて桜の なかりせば
  春のこゝろは のどけからまし
         在原業平(ありはらのなりひら) 古今集53

末の露 もとの雫(しづく)や 世のなかの
  遅れ先だつ ためしなるらむ
         僧正遍昭(そうじやうへんぜう) 新古今757

四番

春たつと いふばかりにや み吉野の
  山もかすみて 今朝は見ゆらむ
         壬生忠岑(みぶのたゞみね) 拾遺集1

千歳(ちとせ)まで ちぎりし松も けふよりは
  君にひかれて よろづ代(よ)やへむ
         大中臣能宣(おほなかとみのよしのぶ) 拾遺集24

五番

行きやらで 山路暮らしつ ほとゝぎす
  いまひと声の 聞かまほしさに
         源公忠(みなもとのきんたゞ) 拾遺集106

さ夜ふけて 寝覚めざりせば ほとゝぎす
  人づてにこそ 聞くべかりけれ
         壬生忠見(みぶのたゞみ) 拾遺集104

六番

人の親の こゝろは闇に あらねども
  子をおもふ路(みち)に 惑(まど)ひぬるかな
         藤原兼輔(かねすけ) 後撰集1102

逢ふことの 絶えてしなくば なか/\に
  人をも身をも うらみざらまし
         土御門中納言 藤原朝忠(あさたゞ) 拾遺集678

七番

夕されば 佐保(さほ)の川原の 川霧に
  友まどはせる 千鳥なくなり
         紀友則(きのとものり) 拾遺集238

[ただし拾遺集には「冬されば」]

天(あま)つ風 ふけ井の浦に ゐる田鶴(たづ)の
  などか雲ゐに 帰らざるべき
         藤原清正(きよたゞ) 新古今集1723

八番

色見えで うつろふものは 世の中の
  人のこゝろの 花にざりける
         小野小町(おのゝこまち) 古今集747

秋の野の 萩(はぎ)のにしきを わが宿(やど)に
  鹿の音(ね)ながら うつしてしがな
         清原元輔(もとすけ) 八代集に入らずか

九番

み吉野の 山のしら雪 積もるらし
  ふるさと寒く なりまさるなり
         坂上惟則(さかのうへのこれのり) 古今集325

年ごとの 春の別れを あはれとも
  人におくるゝ 人ぞ知りける
         藤原元真(もとざね) 元真集

[和漢朗詠集639には「としごとに」]

十番

ありあけの 月の光を 待つほどに
  わが夜のいたく 更けにけるかな
         藤原仲文(なかふみ/なかふん) 拾遺集436

まだ知らぬ ふるさと人は けふまでに
  来(こ)むと頼めし われを待つらむ
         菅原輔昭(すけあき) 新古今集909

十一番

琴の音(ね)に 峰の松風 かよふらし
  いづれの尾(を)より しらべそめけむ
         斎宮女御(さいぐうのにようご) 拾遺集451

岩はしの 夜の契りも 絶えぬべし
  あくるわびしき かつらぎの神
         小大君(こおほきみ) 拾遺集1201

十二番

なげきつゝ ひとり寝(ぬ)る夜の あくる間は
  いかにひさしき ものとかは知る
         傅殿母上(ふどのゝはゝうへ) 拾遺集912

[『蜻蛉日記』の作者でもある、藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)のこと]

わすれじの 行くすゑまでは かたければ
   けふを限りの 命ともがな
         師殿母上(そつどのゝはゝうへ) 新古今集1149

[あるいは儀同三司母(ぎどうさんしのはは)。高階貴子(たかしなのきし/たかこ)]

十三番

焼かずとも 草はもえなむ 春日野(かすがの)を
  たゞ春の日に まかせたらなむ
         源重之(しげゆき) 新古今集78

水の面(おも)に 照る月なみを 数ふれば
  今宵ぞ秋の 最中(もなか)なりける
         源順(したがふ) 拾遺集171

十四番

数ふれば わが身につもる 年月を
  をくり向かふと なに急ぐらむ
         平兼盛(かねもり) 拾遺集261

うぐひすの 声なかりせば 雪きえぬ
  山里いかで 春を知らまし
         中務(なかつかさ) 拾遺集10

十五番

ほの/”\と 明石(あかし)の浦の 朝霧に
  島かくれゆく 舟をしぞ思ふ
         柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) 古今集409

和歌の浦に 汐(しほ)満ちくれば かたをなみ
  芦辺(あしべ)をさして 田鶴(たづ)なき渡る
         山部赤人(やまべのあかひと) 万葉集919

後十五番歌合(のちのじゅうごばんうたあわせ)

一番

さつき闇 倉橋山の ほとゝぎす
   おぼつかなくも 鳴き渡るかな
         藤原実方(さねかた) 拾遺集124

限りあれば けふ脱ぎ捨てつ 藤衣(ふぢごろも)
  はてなきものは 涙なりけり
         藤原道信(みちのぶ) 拾遺集1293

二番

こよひきみ いかなる里の 月を見て
   みやこに誰(たれ)を 思ひいづらむ
         馬内侍(うまのないし) 拾遺集792

暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき
  はるかに照らせ 山の端の月
         和泉式部(いづみしきぶ) 拾遺集1342

三番

世の中に あらましかばと 思ふ人
  なきがおほくも なりにけるかな
         藤原為頼朝臣(ためよりあそん) 拾遺集1299

夢ならで またも逢ふべき 君ならば
   寝られぬ寝(ゐ)をも 歎(なげ)かざらまし
         藤原相如(すけゆき) 詞花集394

四番

もろともに 出でずはこじと 契りしを
  いかゞなりにし 山の端の月
         助忠(すけたゞ) 輔尹集(すけたゞしゆう)

君待つと 山の端出でゝ 山の端に
  入るまで月を ながめつるかな
         橘為義朝臣(たちばなのためよしあそん) 三奏本金葉集402

五番

こゝのへの うちだにあかき 月影に
  荒れたる宿を 思ひこそやれ
         慶滋為政(よしゝげのためまさ) 拾遺集1105

行く末の しるしばかりに 残るべき
  松さへいたく 老いにけるかな
         源道済(みちなり) 拾遺集461

六番

引き別れ 袂にかくる あやめ草
  おなじ淀野(よどの)に おひにしものを
         斎院宰相(さいゐんのさいしやう)

わが宿の 松はしるしも なかりけり
  杉むらならば 尋ねきなまし
         赤染衛門(あかぞめゑもん) 三奏本金葉集438

七番

夏の夜を またれ/\て ほとゝぎす
  たゞひと声も 鳴き渡るかな
         大江嘉言(おほえのよしとき)

わぎも子が 来(き)まさぬ宵の 秋風は
  来(こ)ぬ人よりも うらめしきかな
         曾祢好忠(そねのよしたゞ)

八番

よしさらば つらさは我に 習ひけり
  頼めて来(こ)ぬは 誰(たれ)か教へし
         清少納言 詞花集316

いにしへの 奈良のみやこの 八重桜
  今日(けふ)こゝの重(へ)に 匂ひぬるかな
         中宮大輔(ちゆうぐうたいふ) 詞花集29

九番

かきつめし 妬(ねた)さもねたし もしほ草
  思はぬかたに けむりたなびく
         戒秀(かいしう) ⇒不明瞭なり

あまた見し 豊(とよ)のみそぎの もろ人の
  君しもゝのを 思はするかな
         寛祐法師(ひろすけほふし) 拾遺集662

十番

春のうちに 散り積もるとも 清めせし
  花にけがるゝ 宿といはせむ
         藤原兼隆(かねたか) 相撲立詩歌合にあり

あしひきの 山ほとゝぎす 里なれて
  たそがれ時に 名乗りすらしも
         大中臣輔親(おほなかとみのすけちか) 拾遺集1076

十一番

眺むるに もの思ふことの なぐさむは
  月は浮き世の ほかよりや行く
         大江為基(ためもと)入道 拾遺集434

さばへなす 荒ぶる神も おしなべて
  けふは名越(なごし)の 祓(はら)へなりけり
         藤原長能(ながたふ) 拾遺集134

十二番

しのぶれば 苦しかりけり しのすゝき
  秋の盛りに なりやしなまし
         勝観法師 拾遺集770

八重むぐら 茂れる宿の さびしきに
  人こそ知らね 秋はきにけり
         恵慶法師(ゑぎやうほふし) 拾遺集140

十三番

きみ住まば 訪はましものを 津の国の
 いく田の杜(もり)の 秋の初風
         清胤僧都(しよういんそうづ) 三奏本金葉集148

みづうみに 秋の山辺を うつしては
  機張(はたば)り広き 錦(にしき)とぞ見る
         観教法橋(かんげうほつけう?) 拾遺集203

十四番

春来てぞ 人も訪ひける やま里は
  花こそ宿の あるじなりけれ
         四條中納言 藤原公任 拾遺集1015

逢坂(あふさか)の 関の岩かど 踏みならし
  山たち出(い)づる 桐原(きりはら)の駒(こま)
         大宰大弐 藤原高遠(たかとほ) 拾遺集169

十五番

木のもとを 住み家とすれば をのづから
  花見る人に なりぬべきかな
         花山院 御製 詞花集276

世に経(ふ)るに もの思ふとしも なけれども
   月にいくたび 眺めしつらむ
         中務卿 具平(ともひら)親王 後432

            (おわり)

2013/7/7 作成+朗読

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