八代集その二十二 拾遺和歌集 三十一字

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はじめての八代集その二十二 拾遺和歌集 三十一字

春 巻第一

    「冷泉院御屏風のゑに、
      梅の花ある家にまらうど来たる所」
わが宿の
  うめの立ち枝や 見えつらむ
    おもひのほかに
  君が来ませる
          平兼盛(かねもり) 拾遺集15

この庭の
   梅の立ち枝に 引かれてか
 思いがけずに 君は来ました

花見には 群れてゆけども
  青柳(あをやぎ)の
 糸のもとには
    来る人もなし
          よみ人知らず 拾遺集35

花見には むらがるくせに
   青柳の 糸のもとには
  来る人もなく……

吹く風に
  あらそひかねて あしびきの
    山のさくらは ほころびにけり
          よみ人知らず 拾遺集39

吹く風に
  こらえきれずに あしびきの
    山のさくらは ひらきはじめて

    「平さだふんが家の歌合に」
春はなほ
   われにて知りぬ 花ざかり
  こゝろのどけき 人はあらじな
          壬生忠岑(みぶのただみね) 拾遺集43

春は胸の
   高鳴りに知る 花ざかりに
  おだやかでいられる
     人などないことを

さくら色に
   わが身はふかく なりぬらむ
 こゝろに染みて 花をおしめば
          よみ人知らず 拾遺集53

さくら色に
  わたしはすっかり 染まるでしょう
 こころのそこから 花を惜しむから

    「あれはてゝ、人も侍らざりける家に、
      さくらの咲きみだれて侍りけるを見て」
あさぢ原
  ぬしなき宿の さくら花
    こゝろやすくや
  風に散るらむ
          恵慶法師(えぎょうほうし) 拾遺集62

浅茅の原
  捨てられた家の さくら花
    気軽に舞うよ
  風に吹かれて

    「天暦御時歌合に」
春深み
  井手の川波 立ち返へり
 見てこそゆかめ やまぶきの花
          源順(みなもとのしたごう) 拾遺集68

春も深く
  井手の川波は かえすように
 立ち止まって見る やまぶきの花

さはみづに かはづ鳴くなり
   やまぶきの うつろふ影や
  そこに見ゆらむ
          よみ人知らず 拾遺集71

沢の水に かえるは鳴きます
  山吹の うつろう影は
    底に映されて

わが宿の
  八重(やえ)やま吹は ひと重(へ)だに
 散りのこらなむ 春のかたみに
          よみ人知らず 拾遺集72

わたしの家の
   八重の山吹よ 一重くらい
 散り残ってよ 春のかたみに

夏 巻第二

    「冷泉院の東宮におはしましける時、
    百首歌たてまつれ、とおほせられければ」
花の色に
  染めしたもとの 惜しければ
 ころもがへ憂き けふにもあるかな
          源重之(しげゆき) 拾遺集81

さくら色に
   染めた袖さえ 惜しいから
 ころも替えさえ ものうい今日です

山がつの
   垣根に咲ける 卯の花は
 たが白妙(しろたへ)の ころも掛けしか
          よみ人知らず 拾遺集93

山おとこの
   垣根に咲いてる 卯の花は
  誰が白妙の ころもを掛けたか

    「敦忠朝臣の家の屏風に」
この里に
  いかなる人か 家ゐして
 山ほとゝぎす
   たえず聞くらむ
          紀貫之 拾遺集107

この里に
  どのような人が 家にいて
 絶えずホトトギスを 聞いているのか

    「延喜御時屏風歌に」
夏山の 影をしげみや
   たまぼこの
 道ゆき人も 立ちとまるらむ
          紀貫之 拾遺集130

夏山の
 茂みの影に たまぼこの
  道をゆく人も 立ち止まるでしょう

    「右大将定国四十賀に、
   うちより屏風てうじてたまひけるに」
おほあらきの
   森のした草 しげりあひて
 深くも夏の なりにけるかな
          壬生忠岑 拾遺集136

おおあらきの
   森の下草も しげり合って
 深い夏にも なったものです

秋 巻第三

    「延喜御時屏風歌に」
荻(をぎ)の葉の
  そよぐ音こそ 秋風の
 人に知らるゝ はじめなりけれ
          紀貫之 拾遺集139

荻の葉の
  そよぐ音こそ 秋風が
   人に知られる はじめなのです

君来ずは 誰に見せまし
   わが宿の 垣根に咲ける
  あさがほの花
          よみ人知らず 拾遺集155

来ないなら 誰に見せよう
  この家の 垣根に咲きます
 あさがおの花

    「延喜御時、八月十五夜、
  蔵人所のをのこども、月のえんし侍りけるに」
こゝにだに
   ひかりさやけき 秋の月
 雲のうへさへ おもひやらるれ
          藤原経臣(つねおみ) 拾遺集175

ここでさえ
   ひかりさやかな 秋の月
  雲の上ならと
     思いやられて

よもすがら
  見てをあかさむ 秋の月
    こよひの空に 雲なからなむ
          平兼盛(かねもり) 拾遺集177

一晩中
  眺め明かそう 秋の月
    今宵は空に 雲のなければ

    「三百六十首のなかに」
神なびの
   三室の山を けふ見れば
 下草かけて 色づきにけり
          曾禰好忠(そねのよしただ) 拾遺集188

神なびの
   三室の山を 今日見れば
  下草までも
     染めていました

冬 巻第四

霜おかぬ
  袖さへさゆる 冬の夜に
 鴨のうは毛を おもひこそやれ
          藤原公任 拾遺集230

霜のない
  袖さえ冴える 冬の夜に
 鴨のうわ毛を 思いやります

    「女のかたらひ侍りけるが、
   年頃になり侍りにけれど、うとく侍りければ、
      雪のふり侍りけるに」
降るほども
  はかなく見ゆる あは雪の
 うらやましくも うち溶くるかな
          藤原元輔(もとすけ) 拾遺集244

降るうちに
   はかなく見える あわ雪の
 うらやましいほど うち解けますのは

賀 巻第五

    「藤原誠信(さねのぶ)、元服し侍りける夜よみける」
老ひぬれば
   おなじことこそ せられけれ
 君は千世(ちよ)ませ 君は千世ませ
          源順 拾遺集271

老いたなら
   おなじことばかり してしまうもの
 あなたは千世まで
     あなたは千世まで

    「おなじ賀に竹の枝つくりて侍りけるに」
ひと節(ふし)に
  千代をこめたる 杖なれば
 つくともつきじ 君がよはひは
          大中臣頼基(おおなかとみのよりもと) 拾遺集276

    「承平(じょうへい)四年、中宮の賀に、
      竹の杖をつくって贈るには」
ひと節に
  千代を込めます 杖なので
 突いても尽きません
      あなたの寿命は

別 巻第六

    「十月ばかりにものへまかりける人に」
露にだに
   当てじとおもひし 人しもぞ
 しぐれ降るころ 旅にゆきける
          壬生忠見(みぶのただみ) 拾遺集310

露にさえ
  あてまいとした その人が
 しぐれの降る頃 旅にゆきます

    「ものへまかりける人に、
       むまのはなむけし侍りて、
      あふぎつかはしける」
わかれ路を
   へだつる雲の ためにこそ
 あふぎの風を
    やらまほしけれ
          大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ) 拾遺集311

わかれ路を
  へだてる雲を 払うため
 扇の風を 贈りたいもの

あづま路の
   草葉を分けむ 人よりも
 送るゝ袖ぞ まづは露けき
       女蔵人(にょくろうど)参河(みかわ) 拾遺集323

東路の
  草葉を分ける 人よりも
 見送る袖の まずは露めく

    「源弘景(ひろかげ)ものへまかりけるに、さうぞく給ふとて」
旅人の
 露はらふべき から衣(ころも)
  まだきも袖の
   濡れにけるかな
     三条太皇太后宮(さんじょうのたいこうたいごうぐう) 拾遺集326

旅人の
 露を払うべき 衣なのに
  はやくも袖は 濡れていました

遅れゐて
  わが恋ひをれば しら雲の
 たなびく山を けふや越ゆらむ
          よみ人知らず 拾遺集335

残されて 恋しく思う
  しら雲の たなびく山を
 今日は越えるのか

君をのみ
  恋ひつゝ旅の 草まくら
    露しげからぬ あかつきぞなき
          よみ人知らず 拾遺集346

君ばかり
  恋しく旅の 草枕も
 露にまみれない 夜明けはないもの

    「源公貞が、大隅へまかりくだりけるに、
   せきとの院にて、月のあかゝりけるに、
      わかれをしみ侍りて」
はるかなる
  旅の空にも おくれねば
 うらやましきは 秋の夜の月
          平兼盛 拾遺集347

はるかなる
   旅の空まで ついてゆく
 うらやましいもの 秋の夜の月

    「かさの金岡(かなをか)が、
      もろこしにわたりて侍りける時、
     めの長歌よみて侍りける返し」
波のうへに
  見えし小島の 島がくれ
    ゆく空もなし
  君にわかれて
          金岡(かなおか) 拾遺集352

波の上に
  見える小島の 隠れるように
    ゆく宛もありません
  あなたに別れてからは

物名 巻第七

    「あらふねのみやしろ」
草も葉も
  みなみどりなる ふか芹(ぜり)は
 洗ふ根のみや 白く見ゆらむ
          藤原輔相(すけみ) 拾遺集384

草も葉も
  みんなみどりの 深芹(ふかぜり)は
 洗う根だけが 白く見えるね

    「むろの木」
神(かむ)なびの
  三室の岸や 崩(くづ)るらむ
    たつたの川の
  水のにごれる
          高向草春(たかむこのくさはる) 拾遺集389

かむなびの
  三室の岸が 崩れてか
    たつたの川の
  水は濁るよ

雑上 巻第八

おほ空を ながめぞ暮らす
   ふく風の 音はすれども
 目にし\も見えねば
          凡河内躬恒 拾遺集450

大空を 眺めて暮らす
  吹く風の 音はするけど
 目には見えずに

    「詠天」
空の海に
   雲の波たち 月の舟
 星の林に 漕ぎかくる見ゆ
          柿本人麻呂 拾遺集488

空の海に
   雲の波が立ち 月の舟は
  星の林に 漕ぎ隠れて見える

植ゑてみる
  草葉ぞ 世をば 知らせける
 おきては消ゆる けさの朝露
          中務(なかつかさ) 拾遺集500

植えてみる
   草がこの世を 知らせます
 置かれて消える 今朝の朝露のよう……

雑下 巻第九

    「また問ふ」
夜昼の
  数は三十(みそぢ)に あまらぬを
    など長月(ながつき)と
  いひはじめけむ
          藤原伊衡(これひら) 拾遺集522

夜と昼の
  数は三十を 越えないのに
 どうして長月と
    言い始めたのか?

    「答ふ」
秋ふかみ
  恋ひする人の あかしかね
 夜を長月と いふにやあるらむ
          凡河内躬恒 拾遺集523

秋も深く
  恋する人は 明かしきれずに
 夜の長い月と 言ったのでしょうか

神楽歌(かぐらうた) 巻第十

    「延喜二十年、亭子院の、
   かすがに御幸(みゆき)侍りけるに、
 くにの官、二十一首歌よみてたてまつりけるに」
めづらしき
  けふの春日(かすが)の 八乙女(やをとめ)を
    神もうれしと
  しのばざらめや
          藤原忠房(ただふさ) 拾遺集620

めずらしい
  今日の春日での 八乙女の舞を
 神もうれしく
   しのぶことでしょう

恋一 巻第十一

[朗読2]

みぬ人の
  恋しきやなぞ おぼつかな
 誰(たれ)とか知らむ 夢にみゆとも
          よみ人知らず 拾遺集629

見る前から
   恋しいなんて たよりない
 誰か分らない 夢で見たって

みなそこに
   おふるたま藻(も)の うちなびき
 こゝろをよせて 恋ふる頃かな
          柿本人麻呂 拾遺集640

みなそこに
   揺れるたま藻の なびいては
 こころを寄せて 恋をする頃

音にのみ 聞きつる恋を
   人しれず つれなき人に
  ならひぬるかな
          よみ人知らず 拾遺集641

うわさばかり
   聞きます恋を 人知れず
 つめたいきみに 教えられては

恋つゝも けふはくらしつ
  かすみ立つ あすの春日(はるひ)を
 いかでくらさむ
          柿本人麻呂 拾遺集695

恋しさに 今日は暮らして……
  かすみの立つ あしたの春を
 どうして暮らそう

恋二 巻第十二

いつしかと
   暮を待つまの おほ空は
 くもるさへこそ うれしかりけれ
          よみ人知らず 拾遺集722

今か今か
  暮れを待ちます 大空は
 曇る影さえ うれしくなります

あかつきの
  わかれの道を おもはずは
 暮れゆく空は うれしからまし
          よみ人知らず 拾遺集726

あかつきの
   別れの道を 思わなければ
 暮れゆく空は うれしいでしょうに

思ひきや
  わが待つひとは よそながら
 たなばたつめの 逢ふを見むとは
          よみ人知らず 拾遺集771

思わなかった
   待っている人は 遠くにいて
 七夕星の 逢うのを見るとは

恋三 巻第十三

あしひきの
   山よりいづる 月待つと
  人にはいひて 君をこそ待て
          柿本人麻呂 拾遺集782

あしびきの
  山からのぼる 月を待つと
 人には言って きみを待とうか

こよひ君
  いかなる里の 月をみて
 みやこに誰(たれ)を おもひいづらむ
          中宮内侍(ちゅうぐうのないし)
          /馬内侍(うまのないし) 拾遺集792

今宵きみは
  どのような里の 月を見て
 みやこの誰を 思うでしょうか

秋の野の
  草葉もわけぬ わが袖の
 露けくのみも なりまさるかな
          よみ人知らず 拾遺集832

秋の野の
  草葉も分けない この袖が
 やけに露っぽく なってゆくのは……

恋四 巻第十四

はるかなる
  ほどにもかよふ こゝろかな
    さりとて人の
  知らぬものゆへ
          伊勢 拾遺集908

はるかな
  どこへでも行ける こころなの
 だけどあなたは
   知らないのでしょう

あふことは
  夢のうちにも うれしくて
    寝覚めの恋ぞ
  わびしかりける
          よみ人知らず 拾遺集921

逢うことは
  夢のなかでも うれしいけど
    覚めて 恋しさが
  侘びしすぎます

恋五 巻第十五

黒かみに
  しろ髪まじり おふるまで
 かゝる恋には いまだあはざるに
          坂上郎女(さかのうえのいらつめ) 拾遺集966

黒髪に
  白髪がまじり 老いるまで
 こんな恋には 二度と逢えない

雑春 巻第十六

春立つと
   おもふこゝろは うれしくて
 いまひと年(とせ)の 老いぞゝひける
          凡河内躬恒 拾遺集1000

春立つと
  思うこころは うれしくて
 また一年の 老いを重ねて

    「帥(そち)の皇子、人々にうたよませ侍りけるに」
山ざとの
   家ゐはかすみ こめたれど
 垣根のやなぎ 末はとに見ゆ
          弓削嘉言⇒大江嘉言(よしとき) 拾遺集1031

山里の
  家にはかすみ 立ちこめて
 柳の末だけ くっきり見えます

    「円融院御時、三尺御屏風に、
      花の木のもとに、人々あつまりゐたる所」
世のなかに うれしきものは
  おもふどち 花見てすぐす
    こゝろなりけり
          平兼盛 拾遺集1047

世の中で うれしいものは
  友だちと 花みて過ごす
    こころなのです

    「ひえの山に住み侍りけるころ、
      人のたき物をこひて侍りければ、
     侍りけるまゝにすこしを、
    梅の花の、わづかに散りのこりて侍る枝に、
   つけてつかはしける」
春過ぎて
  散り果てにける 梅の花
    たゞ香ばかりぞ 枝に残れる
          如覚法師(出家前は藤原高光) 拾遺集1063

春が過ぎて
   散り果てました 梅の花
 香りばかりが 枝に残され

    「陸奥の国にまかりくだりて後、
       郭公のこゑを聞きて」
年を経て
  深山隠れの ほとゝぎす
    聞く人もなき
  音(ね)をのみぞ鳴く
          藤原実方(さねかた) 拾遺集1073

年を経て
  深山に隠れた ホトトギス
    聞く人もない
  声に鳴きます

雑秋 巻第十七

    「円融院御屏風に、
   たなばたまつりしたる所に、
      まがきのもとに男たてり」
たなばたの
  あかぬ別れも ゆゝしきを
    けふしもなどか
  君が来ませる
          平兼盛 拾遺集1083

七夕の
  悲しいわかれも 不吉なのに
 今日どうしてか
   君が来るなんて

    「寂昭が、もろこしにまかり渡るとて、
   七月七日舟にのり侍りけるに、いひつかはしける」
天の川
  のちの今日(けふ)だに はるけきを
 いつとも知らぬ 船出かなしな
          藤原公任 拾遺集1093

七夕の
   来年の今日さえ はるかなのに
 いつかも分らない
     舟出がかなしくて

    「円融院御屏風に、秋の野に
    色々の花咲き乱れたる所に
      鷹据ゑたる人あり」
家づとに
   あまたの花も 折るべきに
  ねたくも鷹(たか)を 据(す)ゑてけるかな
          平兼盛 拾遺集1101

おみやげに
   たくさんの花を 折りたいのに
 憎たらしい鷹を 据えていやがる

庭草に むらさめ降りて
  ひぐらしの 鳴くこゑ聞けば
    秋は来にけり
          柿本人麻呂 拾遺集1110

庭草に にわか雨が降って
  ひぐらしの 鳴く声を聞けば
    秋は来ました

    「三百六十首のなかに」
秋風は
  吹きな破りそ わが宿の
 あばら隠せる 蜘蛛の巣がきを
          曽禰好忠(そねのよしただ) 拾遺集1111

秋風よ
  破らないでよ この家の
 あばらを隠す 蜘蛛の掛りを

    「東宮御屏風に冬野焼くところ」
さはらびや したにもゆらむ
   霜がれの 野原のけぶり
  春めきにけり
          藤原通頼(みちより) 拾遺集1154

さわらびが 芽吹くのだろうか
  霜がれの 野原のけむり
    春めく気配に……

雑賀 巻第十八

    「東三条院の賀、左大臣のし侍りけるに、
   かむだちめ、かはらけ取りて、うたよみ侍りけるに」
君が世に
   今いくたびか かくしつゝ
 うれしきことに あはむとすらむ
          藤原公任 拾遺集1174

あなたの世に
   また幾たびか このように
 うれしいことに めぐり逢えたら

    「筑紫(つくし)へまかりける時に、
   かまど山のもとに宿りて侍りけるに、
    道づらに侍りける木に、ふるく書きつけて侍りける
         春はもえ
           秋はこがるゝ かまど山」

  かすみも霧も けぶりとぞ見る
          清原元輔 拾遺集1180

「春は萌え
  秋はこがれる かまど山」

     「かすみも霧も 煙のようだね」

    「東三条にまかりいでゝ、
      雨の降りける日」
雨ならで
   もる人もなき わが宿を/は
 あさぢが原と 見るぞかなしき
          斎宮女御(さいぐうのにょうご)
          /徽子女王(きしじょおう) 拾遺集1204

雨が漏るだけ
   守る人もいない わたしの家を
 浅茅が原のように 眺めるのが悲しい

雑恋 巻第十九

    「ものへまかりける道に、
   浜づらに貝のはべりけるを見て」
わが背子を
   恋ふるもくるし いとまあらば
 拾ひてゆかむ 恋わすれ貝
           坂上郎女(さかのうえのいつらめ) 拾遺集1245

あの人を
   恋するのもめんどい 暇があれば
  拾って行きましょ 恋わすれ貝

    「稲荷(いなり)にまうでゝ、
   懸想(けさう)しはじめて侍りける女の、
      こと人にあひて侍りければ」
われと言へば
   いなりの神も つらきかな
 人のためとは 祈らざりしを
          藤原長能(ながとう) 拾遺集1267

わたしと祈れば
   稲荷の神も 冷たいものだ
 他の誰とは 祈らないのに

哀傷 巻第二十

    「妻の亡くなりてはべる頃、
       秋風の夜寒に吹きければ」
おもひきや
  秋の夜風の 寒けきに
    妹(いも)なき床に
  ひとり寝むとは
          藤原国章(くにのり) 拾遺集1285

思わなかった
  秋の夜風の 冷たさを
    妻のない床に ひとりで寝るとは

    「中宮かくれたまひての年の秋、
   御前の前栽に露のおきたるを、
      風の吹きなびかしけ(/た)るを御覧じて」
秋風に
 なびく草葉の 露よりも
  消えにし人を なにゝたとへむ
          村上天皇 拾遺集1286

秋風に
  なびく草葉の 露よりも
    消えたあの人を 何にたとえようか

うつくしと
   おもひし妹(いも)を 夢にみて
 起きてさぐるに なきぞかなしき
          よみ人知らず 拾遺集1302

いとしいと
  思える妻を 夢に見て
 起きてさぐると いなくてかなしい

    「世の中こゝろ細くおぼえて、つねならぬ心地し侍りければ、
   公忠朝臣のもとに詠みてつかはしける。
     この間、やまひ重くなりにけり。
      (/この歌よみ侍りて、ほどなくなくなりにけるとなむ、
         家の集にかきて侍る)」
手にむすぶ
   水にやどれる 月かげの
 あるかなきかの よにこそありけれ
          紀貫之 拾遺集1322

手にすくう
   水に宿った 月影の
  あるかないかの 夜ではありました

とりべ山
  谷にけぶりの 燃え立たば
    はかなく見えし
  われと知らなむ
          よみ人知らず 拾遺集1324

とりべ山の
  谷から煙が 燃え立ったら
    はかなく消えた
  わたしと思えよ

            (をはり)

2015/03/27 掲載 2015/05/06 朗読

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