八代集その十四 古今和歌集 後編

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はじめての八代集その十四 古今和歌集 後編

古今和歌集の成立について

 『万葉集』は、大伴家持(おおとものやかもち)が785年に亡くなる少し前に、最終的な完成を見たと考えられています。その後、桓武天皇(かんむてんのう)(737-806)(在位781-806)が、794年「鳴くようぐひす平安京」へ遷都して以来、唐(とう)文化の取り込みが進み、それに合わせるように漢詩が流行し、勅撰の漢詩集が編纂されるなど、宮中文化としての和歌は、風前の灯火かと思われるほどでした。
 それでも承和(じょうわ)(834-848年)から貞観(じょうがん)(859-877年)にかけて、六歌仙(ろっかせん)と呼ばれる歌人たちが活躍する頃になれば、和歌の絶えたかのような印象は、唐風文化や漢詩に覆い隠されていただけで、その伝統は途絶えていなかったことを、悟ることになるのです。
 その後、班子女王(はんしじょおう)の邸宅で、
     「是貞親王家歌合」(893年以前の秋)
        (これさだしんのうけの うたあわせ)
     「寛平御時后宮歌合」(889年)
        (かんぴょうのおんとき きさいのみや うたあわせ)
という記録に残る最初の歌合(うたあわせ)が開始されたことは、前に見ました。この班子女王と、その息子である宇多天皇(うだてんのう)(867-931)(在位887-897)を中心にして、和歌は宮中文化の華へとステップアップを遂げてゆくのです。そしてついに、宇多天皇の子である醍醐天皇(だいごてんのう)(885-930)(在位897-930)の時、はじめての勅撰和歌集である『古今和歌集』(905年)が成立することになったのです。

 学生の頃には、
    「苦渋(90)もいつか(5)古今和歌集」
            by 醍醐天皇
なんて年号暗記も、ありましたっけ。

 選ばれた撰者は、
    紀貫之(きのつらゆき)
     紀友則(きのとものり)
      凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
     壬生忠岑(みぶのただみね)

の四人。紀貫之と紀友則はいとこ同士でしたが、紀友則は編纂の途中で亡くなりました。他の勅撰和歌集と異なる特徴として、『古今集』では撰者の和歌が全体の 1/4 近くを占めています。これは『古き和歌と今の和歌の集』の「今の和歌」の部分を、撰者たちが、新時代の和歌として呈示することが、この歌集のコンセプトだったからかと思われますが、中でも百首以上を収める紀貫之が、編纂のリーダーではなかったかと考えられています。

 そんな初の勅撰集ですが、これには漢文と平仮名で、それぞれ序文が記されています。そのうち平仮名による序文(仮名序)こそ、後の勅撰集や和歌の手引き、さらには文学作品にまで影響を及ぼすほどの、よく知られた序文であり、和歌の隆盛を華やかに表明した、宣誓文のようにすら思えるものですから、その冒頭を、なるべく原文のまま現代語に置き換えて、わずかに眺めて見るのも悪くはありません。

 和歌(やまとうた)は、人のこころを種として、万(よろず)の言の葉として茂りゆく。世に生きる人の、営みの多いほどに、心に思うことを、見るものや聞くものに委ねて、言葉に表わすものである。
 花のそばに鳴くうぐいす、水にすむ蛙(かわず)の声を聞く時、いのちあるすべてのものたちの、どうして歌を詠まないことがあるだろうか。力も使わずに天地(あめつち)を動かし、目に見えない鬼神(おにがみ)にさえ哀れを催させ、男女(おとこおんな)のなかをもやわらげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも、なぐさめるものは歌である。

 さらに序文の最後では、醍醐天皇の功績を讃えつつ、

 この勅撰和歌集をみずから御覧になり、後の世にも伝わるようにと、延喜(えんぎ)五年四月十八日(西暦905年5月29日)に、
  「大内記きのとものり」
  「御書のところのあづかりきのつらゆき」
  「さきのかひのさう官おほしかふちのみつね」
  「右衛門の府生(ふしょう)みぶのただみね」
らに仰せつけて、万葉集に入らない古歌から、撰者たちの自らの和歌も合せて編纂させて、奏上させたのである。

と編纂についても記されているのです。

 こうして完成した『古今和歌集』は、まさに和歌のバイブルとして、また貴族たちの教養の源泉として、『八代集』の時代、あるいはもっと後にいたるまで、君臨し続けることになりました。
  それではそんなバイブルの恋の歌を、
 そろそろ紹介したいと思います。

恋歌一 巻第十一

ゆく水に
   数書くよりも はかなきは
  おもはぬ人を おもふなりけり
          よみ人知らず 古今集522

流れてゆく水に
  数を書くよりも はかないことは
 思ってもくれない人を
    思っていることなのです

 指先で、水に描いた落書きの、
  はかないくらい、何も残らないけれど……
 私を見てくれないあの人への思いは、それよりもっとはかなくて、頼りないものなのです。それ以上の説明など、いらないかと思いますが、「水に数を書くような」という表現は、すでに『万葉集』にも見られるようです。あるいはこの喩えには、はかないばかりでなく、決して叶うことのないという意味も、込められているのでしょうか。
 ちなみにこの和歌、『伊勢物語』のうちに収められているものですが、今日の感性でも捉えやすい和歌であるばかりでなく、「数書く」などという表現が、織り込まれているのも珍しいかもしれません。

あしがもの
   さはぐ入り江の しら波の
 しらずや人を かく恋むとは
          よみ人知らず 古今集533

蘆鴨(あしがも)の
   騒いでいる入り江の 白波のように……
  知らないのですかあなたを
      こんなに恋しいと思っているのに

 上の句は典型的な序詞(じょことば)で、下の句の冒頭「しら」を導くために存在する文脈です。けれども、白波の寄せるような、ざわめく恋心を喩えたものとして、和歌の本意にも掛かっています。またそのような情景のなかで、思いを述べたものとも捉えられます。そのため、
    「白波の知らずや」
というのは、かなり強引なつなぎ合わせですが、上の句と下の句が断絶しているような印象を受けずに済むのです。ついでに加えるなら、「入り江の白波の」という比喩も、この和歌を安っぽい描写から遠ざけています。これをもし、

あしがもの
   さはぐ入り江の 鳴き声の
 泣きてや人を かく恋むとは

なんてしたら、鴨とわたしが一緒に泣いているような、風刺画の醜態へと落ちぶれることは明白です。けれどもこの和歌は、蘆鴨の騒ぎと私の心情を並べたものではなく、蘆鴨が騒いでいる入り江の白波に、わたしの恋心をゆだねたものに過ぎません。
 蘆(あし)の茂っているような入り江の白波ですから、大波が寄せるのとはまるで違う、四六時中さざ波が寄せては返し、揺られるような印象が重ね合されている。つまりは比喩がきめ細かいために、安っぽい俗画に陥らないで済んでいる訳ですが、あるいはもしかしたら、騒いでいるあし鴨たちは、わたしの内面の思いに対する、なにがしかの外界を暗示しているのかも知れませんね。
 次の和歌も、同じような構図です。

とぶ鳥の
   声もきこえぬ おく山の
 ふかきこゝろを 人はしらなむ
          よみ人知らず 古今集535

飛んでいる鳥の
  声さえ聞こえない 奧山の深さ
 そのような深い思いを
     あの人は知っているのだろうか

 ここでも上の句は「深き」に掛かる序詞ですが、これくらい分かりやすい比喩であれば、あえて定義するほどのこともなさそうです。それではどうして序詞なのかといえば、
    「飛んでいる鳥の声さえ聞こえない、
      奧山のような深き恋心」
という比喩が、
    「なみだの海になるような深き恋心」
ほどには、直接的な比喩になっていないからです。つまり上の句の最後に掛かるべき「深き」と、下の句の開始を告げる「深き」の間に、間接的な比喩の傾向が強いから、
  「奧山のような深さ」
    そのものではないが、
     「そのくらい深い心で」
というような捉え直しが必要になってくる。それで「深き」だけに掛かる印象、序詞としての傾向が残るわけです。これがもし、和歌の本意に溶け合うほどナチュラルな比喩になっている場合、あえて序詞と定義しなくても、わたしは差し支えないかと思うくらいです。

なつ虫の
   身をいたづらに なすことも
 ひとつ思ひに よりてなりけり
          よみ人知らず 古今集544

火に群がる夏の虫が
    身をいたずらに 捨て去ることも
  いちずな思いに よってなのです

 ここでは一転して、よみ人知らずの紹介が続きますが、実は「恋歌一」の後半は、膨大な「よみ人知らず」の和歌でしめられているのです。
「夏虫」というのは、蛾など、火に群がる虫のことで、「身をいたづらになす」とは、つまりは蛾が、身を捨てて火に焼かれることを表わしています。
 その蛾の焼身さえも、恋のような、いちずな思いによるものであるとまとめることによって、私の思いもまた、恋に焦がれて死んでしまいそうですと詠んでいる訳です。

 ところで、和歌の基本事項として、「思ひ」には「火」が内包される、というものがあります。もちろんこれは、下手な駄洒落などではありません。むしろ単純に、「思いの火」というニュアンスが、短縮されたように捉えてくだされば良いかと思います。恋に限らず、「思う」ということは心の動きを表わすものですから、冷たく動く時は「水」、熱く動く時は「火」に例えられるのは、国語が変わってもあまりブレがないような、人間の不偏的な価値観なのかもしれません。

恋歌二 巻第十二

風吹けば
   峰にわかるゝ しら雲の
 絶えてつれなき 君がこゝろか
          壬生忠岑 古今集601

風が吹けば
   峰から分かれて行ってしまう 白雲のように
 今は途絶えて答えもない
     そんなあなたの心なのだろうか

 ここでも上の句は、「絶えて」に掛かる序詞と捉えることが可能です。つまり、
  「風が吹けば峰から分かれる白雲が絶えて」
    その絶えてではないが、
     「絶えてつれないようなあなたの心です」
という捉え方です。でもはたして、
    「その絶えてではないが」
ほどの溝が、上の句と下の句の間にあるでしょうか。峰から離れる白雲の比喩は、絶えてつれなき思いへと、そのまま掛かるようで、二つの間に溝は感じられません。そのような場合、(学究的に眺めるのでなければ、)わざわざ序詞と定義しなくても、構わないように思われます。なぜなら、そのような技法で説明しなくても、直接的な比喩として意味が捉えられますから、詩として和歌を楽しむためには、ちっとも躓(つまづ)くところはありませんから。

 ちなみに、この和歌、序詞と直接比喩の分岐点を探るのに、丁度良いサンプルかも知れません。たとえばこの和歌を、
    風吹けば 峰にわかるゝ しら雲の
       つれなきものは 君がこゝろか
とすれば、さらに直接的な比喩のように聞こえますが、「連れなき」を序詞としたものと解釈することが可能です。けれども、さらに、
    風吹けば 峰にわかるゝ しら雲の
       すげなきものは 君がこゝろか
としてしまえば、「すげなき(愛想がない)」というのは「しら雲のすげなさ」としては、自然に掛からずに、序詞としては捉えられなくなります。上の句の「白雲のようにすげない」のは、あなたの心でしょうか、という擬人法を使用した、直接比喩になってしまうからです。つまり序詞といっても、本文との関わりの薄いものから、きわめて直接比喩に近いものまで、さまざまな幅があるという事ですから、その効果を探求せずに、ただ「序詞を使用しています」で済ませるような解説が、いかに無意味であるか、よく分かるかと思います。

いのちにも
   まさりて惜しく あるものは
 見はてぬ夢の 覚めるなりけり
          壬生忠岑 古今集609

いのちよりも
   なおさら惜しく 思われるものは
 最後まで見られなかった あなたの夢が覚めることです

 壬生忠岑をもうひとつ。
    「いのちよりもまさって」
というのは、何も死にたい訳ではありません。ただ恋人への思いが叶えられない苦しみが、死ぬことより辛いような毎日。そんな心理状態だからこそ、
    「せめて夢の中だけでも、
       あなたへの思いを添い遂げたい」
という強い願望があって、
 ようやく夢を見ることが叶ったのですが、
  それさえ結ばれる前に覚めてしまった時、
    「もう死んでも構わないから、
        せめて夢の中だけでも、
      最後まで成就させて欲しかった」
そんな、やりきれない思いにさせられた。
    「いのちにもまさりて」
      「見はてぬ夢の」
という表現には、そんな思いが込められているのです。それを、
     「たとえ死んでも構わない、
        夢の中だけでも、
      あなたに思い遂げられたら」
とは記さずに、このような表現に託すのは、前編でもみたような『古今集』の特色、あるいは和歌の特色のひとつですが、もっと簡単に、「死んでもいい」という表現には、どうしても「本当は死ぬ気もないのに誇大表現をした」というチープな印象がこもりますが、「いのちよりもさらに惜しい」というのは、決して「死んでもいいぜ!」などと叫んでしまったのではなく、大切ないのちのことよりももっと大切なことがある、と述べているに過ぎませんから、その心情が安っぽい虚偽に陥らずに済むわけです。
 もっと簡単に述べるなら、勢いにまかせた中学生の、率直すぎて興ざめを引き起こすような、安っぽい歌詞にならずに済んでいるのです。

[ちなみに、『新古今集』で眺めた、
    朝顔の ひとつはさける 竹のうら
     ともしきものは 命なるかな
               芥川龍之介
は「ひとつは」と置いたところと、下の句の推し量り方の影に、きわめてわずかですが、安易な尊大さのようなもの、みずからのひたすら率直な感慨ではなく、そこに異物が混入しているような気配がただよいます。(この気配は、黙って読んでいると分からないくらいですが、何度も口に出して唱えていると、次第に愉快ではない心情が生まれて来るようなものです。)それに対してこの和歌は、みずからの命を引き合いに出して、心情を述べているに過ぎませんから、もし仮に「死んでもいい」と詠み始めてしまったとしても、詩として低俗に落ちぶれるだけのことで、作者の素直な感情を、踏み外している訳ではありません。つまりは、それ以上の何かを、こっそり込めようとはしていませんから、嫌らしさを感じることはないのです。
 ついでに加えておくなら、「死んでもいいぜ!」から感じられるのは嫌みではなく、詠み手の稚拙さや表現力の乏しさに過ぎません。
 さらに加えるなら、詩の全体が統一されたものであれば、「死んでもいいぜ」という表現が生かされることもあり得る訳で……
 これを続けていくと、永遠に本題に帰れなくなることでしょう。そんな時は、こう言ってやればよいのです。閑話休題(かんわきゅうだい)と。]

恋歌三 巻第十三

あはぬ夜の
  ふるしら雪と つもりなば
 我さへともに 消(け)ぬべきものを
          よみ人知らず 古今集621

ふたりが逢えない夜に
  降りつのる白雪のように
    逢えない時間が積もっていったら
(あまりの寒さに震えるような)
   わたしも雪に埋もれるみたいに
      消えてしまうことでしょう

「あはぬ夜」というのは、つまりは「雪が降っているために逢えない夜」のことです。逢いたい人を思って眺めていると、雪はいつまでも降り積もって、止む気配さえありません。
    「ああ、こんなにも逢いたいのに、
       どうして雪は降り止まないのだろう」
と思って見上げると、まるで雪のひと粒ごとに、逢えなさがつのるような気がしてくる。あるいはこれほど「逢えない」が積もったら、わたしたちは本当に「逢えなく」なってしまうのではないか。そう考えると心細くて、雪に埋もれて消えてしまいそうだと詠んでいるのです。

かねてより
   風にさきだつ 浪なれや
 逢ふことなきに まだき立つらむ
          よみ人知らず 古今集627

噂というものは、以前から
    風より先に立つ 波であったのだろうか
  逢うことさえないのに もう立っているなんて

 全体の意味は、下の句の、
    「逢うことさえないのに、
       早くも立っているらしい」
というところから、主題を見つけてきます。
 するとそれは、まだ付き合ってもいないうちから、
     「誰々さんと誰々さんがねえ」
と、一秒で地球を八回転するほど早い、例の「うわさ話」であることが知られます。そこであらためて全体を眺めれば、この和歌の意味はつかみ取れるのではないでしょうか。

「かねてより(以前より)」とあえて言ったのは、
   それまではまさか、うわさというものが、
    「風の前に立つ波」
ほどには、非常識なものとは知らなかったので、
    「以前からこれほど危ういものであったのか」
と、ちょっと驚かされるような印象です。
 風に先だつ波、などと言うと、凝った着想のようですが、あるいは実際の驚きにまかせて、素直に湧いてきただけかも知れません。なかなかに、即興性のこもる和歌なのです。

しのゝめの
    ほがら/\と 明けゆけば
  おのがきぬ/\ なるぞかなしき
          よみ人知らず 古今集637

夜明けの空が
   ほがらほがらと 明るくなってゆく頃
  それぞれの着物と着物に
     分かれてゆくのが悲しい

「しののめ」は、東の空が明るくなりはじめる頃を指します。「ほがらほがら」は「朗らか」から来ているようですが、ここでは明るくなってゆく時の、擬態語(オノマトペ)として捉えておけばよいかと思われます。
 つまりは上の句は、何の屈託もなく、夜明けが近づいてくる様子を表現している。それに対して下の句の、「己(おの)が衣々なる」というのは、
    「それぞれが自分の着物になる」
という意味で、抱き合ったあと、それぞれの服を着る時の、あの侘びしさに他なりません。心も体もひとつになっていた肌感覚から引き離されるような切(せつ)なさと、あたりが色彩を取り戻してくるのに合わせて、特別な空間から日常へと返されるようなやり切れなさ。複雑な思いが絡み合って、別れの悲しみと結びついたものが、つまりは下の句のイメージです。

 一方で、「しとしと」「山々」など、同じ言葉を重ねて繰り返す表現を、上戸(じょうご)……すみません、間違えました。畳語(じょうご)と呼びますが、この和歌では「ほがら/\」「きぬ/\」とふたつ使用することによって、切実な思いと言うよりは、ちょっとメロディーに乗せて歌いたくなる、俗謡の歌詞のようになっているところが、くり返し唱えたくなるような魅力と言えるでしょう。それにしても……

    「ともかくも、精いっぱい、
       抱き合えたのだから、いいじゃないか」
   なるほどそうかもしれません。
  恋歌も次は第四章ですから、
   別れのシーズンが近づいてきます。

恋歌四 巻第十四

[朗読2]

春がすみ
   たなびく山の さくら花
 見れどもあかぬ 君にもあるかな
          紀友則 古今集684

春がすみの
   たなびいている山の さくら花のよう
 いくら見ていても飽きたりない
     そんなあなたなのです

 いくら見ても飽きないあなたのことを、上の句の「桜」に喩えたまでの和歌です。桜に対するイメージから、飽きないばかりでなく、もっともっと見ていたいような願いが、込められているような気配がします。「恋四」に収められているからという訳でもありませんが、ここまで屈託もなく、
     「あなたはまるで、
       霞のたなびいている、山の桜みたいだ」
などと誉めることは、シェークスピアならともかく、大和(やまと)の感性ではめずらしいくらい。恋も深まりきった安心感のうえに、始めて詠めるような印象です。もっとも、在原業平をはじめ、当時の貴族には、ずいぶん気障な男たちが沢山いましたから、このような日本人の捉え方が、かえって時代を見誤っているのかもしれませんが……
 いずれにせよ、
  わたしの紹介する『古今集』の恋歌においては、
   この和歌が幸せのピークとなりそうです。

ちゞの色に
   うつろふらめど 知らなくに
 こゝろし秋の もみぢならねば
          よみ人知らず 古今集726

さまざまな色に
   移りゆくであろうけれど 知ることは出来ないのですね
 心というものは秋の 紅葉とは違うものですから

 「心し秋の」という表現には、
  「飽きる」というイメージが掛け合わされ、
    「飽きる心というものは、
      秋の紅葉ではないので」
というニュアンスが生まれることは、
 当時の聞き手には、
  当たり前に悟れたことと思いますが……

 この和歌は、
  例の倒置法が使われています。
   つまりもとの文脈では、
    「心は秋の紅葉ではないものだから、
      千々に色が移り変わっても分からない」
       という内容なのですが、
      前後を置き換えることによって、
    「こころは秋の紅葉ではないからなあ」
  という取りまとめの感慨を、
 和歌のクライマックスに置いている訳です。

 ひるがえって上の句の、
    「様々な色に移り変わっても」
には、「思いが他の人へと移り変わっても」というニュアンスがゆだねられ、それは「分からない」ものだとまとめています。「なくに」というのは、打消ながら詠嘆するような表現ですから、三句目は、
    「知ることはないのだからなあ」
といったニュアンスになる訳です。

     「秋の紅葉のように、色の移り変わるもので、
        はっきりと確かめられないものはなんでしょう」
    はい答えは「心変わり」です。
 そんなクイズではありませんが、幸いなことに、この詠み手にはまだ「秋の紅葉ではないけれど」などと、和歌とたわむれるゆとりがあるようです。相手が心変わりに去った後の、絶望的な憂いにさいなまれてはいません。ただ、相手の心変わりが不安で、もしかしたら思いが離れたのだろうか、そんなことは無いだろうか、探りを入れるみたいにして、
    「あなたの思いが移り変わっても、
      わたしには分からないのだけれど……」
なんて、和歌に委ねてみせた印象です。

 ちなみに初句の「ちゞの色に」の「色」は、「紅葉」の縁語(えんご)として使用されています。ある言葉から類推される表現が縁語ですから、もとより「うつろう」も縁語なのですけれど、特に「心が色を変える」というイメージは、下の句の「紅葉」がなければ、ちょっと安っぽい比喩のように陥りそうなところを、紅葉の縁語であることによって、かえって効果的な表現へと生かされている。
 縁語には、その言葉へと結びつけることによって、単独では浮き出てしまうような表現を、和歌に溶け込ませる、つまり「的確な表現」に移し換える効果があるのです。それでめずらしく、縁語を紹介してみました。

恋歌五 巻第十五

秋ならで をくしら露は
   寝覚めする わが手枕(たまくら)の
  しづくなりけり
          よみ人知らず 古今集757

秋でもないのに
  置かれた この白露は……
    ふと寝覚めた 自分の腕まくらの
  涙のしずくだったのです

 「寝覚め」は眠りさなかに目が覚めてしまったことで、自分で腕まくらをしているのは、それが「ごろ寝」のような状態だったことを表わしています。その枕が白露のように濡れていたとすれば、それは失恋の涙には違いありません。
 腕を枕にして歎いているうちに、うとうと眠りに落ちてしまい、夢にあの人の面影をでも見たのでしょうか。無意識のなみだとなってこぼれ落ちたものが、寝覚めた時、まるで白露のように思われたというのです。あるいは腕まくらは、相手のぬくもりが欲しくて、自分の膝を抱えるようなもの。消えた人の暖かみをゆだねて、さみしさを紛らわせていたのかも知れません。

時過ぎて
  枯れゆく小野の 浅茅(あさぢ)には
 今はおもひぞ たえず燃えける
          小野小町姉(おののこまちがあね) 古今集790

時が過ぎ去って
   枯れてゆく小野の 浅茅には
 今は思いの火だけが
      くすぶるように燃え続けているのです

 詞書きから、
    「離れかけの相手に、
   焼けた茅(ちがや)の葉と一緒に贈った和歌」
ということが分かります。作者は、女流歌人として知られた小野小町の姉ということになっていますが、残されている和歌はきわめて少ないので、実在したものかどうか、その信憑性さえ定かではありません。『古今和歌集』には、この和歌だけが収められているくらいです。さっそく、和歌を眺めて見ましょう。

「時過ぎて」には「恋人との幸せのシーズンを過ぎて」の意味と「女性としての盛りを過ぎて」の意味が重ねられ、「かれゆく」には「あなたが離(か)れゆく」と「わたしが枯れゆく」が重ね合わされ、「小野の浅茅」に委ねられています。
 もっとも、自分の名前が小野であるから、「小野の浅茅」というのは、ちょっと安っぽい印象ですが、それだけに思い入れも強いのでしょう。下の句の「思ひ」が「思いの火」を宿すことは、先に見ました。いまだにくすぶる相手への思いを、野焼き火が燃え続けているイメージで詠み込んだのが、この和歌です。
    「今は思いの火だけが、
       絶えることなく燃えている」
という、こらえきれない心情が、上の句のちょっと荒いところをカバーして、全体としては、くすぶり続ける恋の情熱を、うまくまとめあげているのではないでしょうか。

秋風の
  吹きと吹きぬる むさし野は
 なべて草葉の 色かはりけり
          よみ人知らず 古今集821

秋風の
  吹いては吹き抜ける 武蔵野は
 すべての草木の 色さえ変わってしまった

 「武蔵野」は関東平野の武蔵野で、当時はただ草木だけが繁るような、膨大な野原のようなところでした。歌枕として詠まれる場合も、そのようなイメージで詠まています。二句目の「吹きと吹きぬる」は、「吹きに吹きまくって」というような繰り返しによる強調です。散々風が吹き散らしたので、すべての草葉の色は、すっかり変わってしまった。紅葉に染まったような華やかな印象ではなく、ただ殺風景に「枯れ果てた」というような情景に近いでしょうか。

 ところで、「おや」と思われた方もあるかもしれません。はたしてこれが恋の和歌なのだろうか。前に説明したように、「秋風」の「秋」には強い「飽きる」のイメージが内包されていますから、『古今集』の撰者たちは、完全に心変わりした恋人を、思いが枯れて色さえ変わってしまったものと見たてて、「恋歌」に差し込んだものかと思われます。ただ、少なくとも和歌自体には、恋を暗示するものはなにもなく、純然たる「秋の和歌」に過ぎません。

秋風の
  吹きうら返(がえ)す 葛(くず)の葉の
 恨みてもなほ うらめしきかな
          平貞文(たいらのさだふん) 古今集823

秋風が吹いては
   裏返すような葛の葉の「裏見(うらみ)」
  それはしばしば「恨み」にもたとえられますが
     そのように風の吹くたびに恨んだとしてもなお
    恨めしさばかりがつのるのです

 これこそ典型的な序詞(じょことば)です。
  上の句はただ「裏見(うらみ)」という、下の句の冒頭の言葉に掛かるもので、それを「恨み」へと置き換えつつ、下の句が本体となっているのです。つまりこの和歌の核心は、
    「恨んでも恨んでもなお恨めしい」
という、ドロドロした、恨みを述べ立てたものに過ぎません。それでいて、上の句の「葛の葉の裏を見る」という意味は、別に「恨み」とは直接関係もなければ、情緒に対する比喩にすらなっていなません。ただ「秋風」が「飽き」につながるのと、葛の葉が手のひらを返したように思われるくらいが精一杯のところです。

 ところで、あまり赤裸々な声は、和歌を議論するまでもなく、詩としては響かずに、単なる日常会話における、感情の吐露にしか聞こえないものです。この和歌も、下の句だけでは、詠み手の恨みばかりがつのって、聞いている方はやりきれない思いにさせられてしまいます。
 この和歌の上の句は、下の句の生の声に、様式化と客観性を加えることによって、詩情へと至らしめるように仕組まれているようです。なにも無意味に加えられた序詞ではなく、序詞の存在が赤裸々な嘆きを、和歌に至らしめる役割を果たしている……

 そもそも「葛の葉」というのは、圧倒的スケールであらゆるものを覆い隠す厄介者で、つるを伸ばしては浸食する、雑草の親分のような存在です。その上、刈り取っても、焼き払っても、地下の根っこは元気はつらつ、たちまち復活を遂げるやんちゃ者。当時の歌人たちには、今日の私たちよりもっと、デリカシーのないもののように思われたかも知れません。
 そんな葛の葉ですが、裏側は濃い緑色ではなく、ちょっと白っぽい薄緑のような色彩をしていてます。しかも風が吹くたびに、ちらちらとその裏側を見せるものですから、「裏を見せる草」すなわち「裏見草(うらみぐさ)」などというニックネームさえ持っているくらい。

 それが「恨み」へと重ね合わされたのは、言葉が同じであるからに他なりませんが、健全な精神の影から、隠された裏を覗かせるイメージが、「恨み」のイメージと重なったために、効果的な表現に思われたのかも知れません。それで勅撰和歌集の時代には、
    「秋風が吹きかえす葛の葉の裏見」
といえば、たちまち「恨み」を連想させるという慣習が、和歌においてはできあがっていました。慣習が出来ていたということは、直接恨みを比喩したものではないにせよ、まるで恨みに関係のある事柄のように、聞いている方には思われたということで、間接的な比喩と同じくらいの効果を、この序詞は担っていたということになります。

 それによって、おどろおどろしい、
    「恨んでも恨んでもなお恨めしい」
という感情の吐露が、「恨み」の慣習的なイメージに序詞をゆだねつつ、現場の生々しさを離れますから、客観的に捉え直された詩のように、安心して「恨み」ごとに付き合うことが出来るのです。ただ今日の私たちは、その連想の慣習が途絶えたものですから、ちょっと唐突な序詞のように響いてしまうのは避けられませんが、これだけの考察を加えるうちには、少しずつ溶け合って響いてくるのは不思議なものです。それはあるいは、かつての慣習的表現を、わたしたちも少しだけ身近に感じたということなのかもしれませんね。

 付け加えるなら、「うらがえす」「うらみ」「うらめしき」という「うら」の連続が、言葉のリズムとして詩を生かしている点も、この和歌の魅力と言えるでしょう。

 それでは「恨み」のうちに、
  恋を終わることにしましょうか。
   もちろん「恋歌五」の巻は、
  この和歌で締めくくっている訳ではありませんが。

哀傷歌 巻第十六

    「あひ知れりける人の、
       身まかりける時によめる」
夢とこそ いふべかりけれ
  世の中に うつゝあるものと
    思ひけるかな
          紀貫之 古今集834

夢であるとこそ 言うべきでした
  それを、世の中に疑いなくあるものと
    思い込んでいただなんて

 知り合いの亡くなった時の和歌です。
「べかりけれ」というのは「すべきであった」くらいの意味ですから、冒頭は「まさに夢と見なすべきであった」というニュアンスになります。それなのに、相手の生きている間は、「世の中に実体のあるものと思い込んでいた」というのです。
 相手が生きている間、それが実体であるのは当たり前ではないか。そんな突っ込みが返ってきそうですが、まさに実体に対する絶対的な信頼感、相手がそこにいる間は、生存しているのが当然だと考えてしまう私たちの感覚。それだからこそ、命はまるで夢のように、はかなく消えゆくのが必然であるにも関わらず、相手が不意に消えていなくなると、私たちはしばしば、その人が死んだことが、夢であるように錯覚してしまうのです。
 したがって通常であれば、

今でも信じられません
  生きているはずのあなたが
    もういないなんて夢のようです

と記すところを、紀貫之は、
  夢の方が正しい状態であるとして、

初めから夢と見るべきだったのですね
  それをわたしは、世の中に実際にあると
    思い込んでいたのです

と詠んだのです。
 はじめのものは詠み手の主観に過ぎませんが、紀貫之のものは人の思いを離れた現実、「生きているものは、はかなく消えてしまうのが必然である」ということを踏まえて詠んでいますから、そこに客観性が籠もります。その客観性は、もちろん、
    「憂き世は、煩悩に満ちた仮の世に過ぎない」
という仏教の教えを踏まえたものですが、
 むしろこのように記すことによって、
    「本来なら、夢とみるべきであったのに」
と理屈では分かっているのに、
 どうしてもそれを受け入れられない心情を、
    「世の中に現実としてあるものと、
       思い込んでいたために、
         今はこんなに悲しいのでしょうか」
というニュアンスを込めて、表わしたかったのではないでしょうか。つまり「思い込んでいた」というのは完了した表現ではありながら、実際には亡くなった相手が、
    「今でもこの世に存在するように、
        どうしても思われてならないのです」
という気持ちを余韻として残しているのです。

 この和歌の、幾分屈曲したような記し方は、決して表現をもてあそんだものではなく、複雑な思いを伝えるためにこそ、このように記されたと見るべきでしょう。わたしが主観的に記した落書と、紀貫之の和歌を訳したものを、何度も交互に唱えてみてください。次第に主観的な方が陳腐に、紀貫之の方がふくよかに感じられてくるとしたら、恐らくはそれが、わたしの述べたかったことなのです。

 主観的な方が断然本当に感じる人は、今はそのままでよいのです。人が成長する過程において、主観をありのままに表現するということが、まずは先に立ちますから、特に学生などは、その主観こそが真実の言葉であり、ありのままこそ詩的表現のように錯覚することは、むしろ当然のことなのです。かつてわたしも、誰よりもそのような傾向を持っていたくらいですから……
 ありのまま感情に訴えても、それは誰にでも書き記せる、残すほどの甲斐もない、日常的な主観に過ぎないということ。主観をふまえながら巧みを振るうことで、安っぽい主観ばかりでない、新たな詩的価値が与えられ、表現に味わいが生まれることを悟るためには、それなりの精神の熟成が必要になってきます。
  しかしそれは、おいおい感じ取ればよいこと……
 率直な主観以外を拒む、かたくなな感性の方が、言葉に対する「本当」ということを大切にする筈ですから、はじめから無頓着に虚飾を受け止められるような人、あるいは言葉をもてあそぶような三十一文字(みそひともじ)をこねまわしている「いびつな人たち」よりも、いつの日か詩の本質に迫ることもあるかもしれません。今はともかく……

    「あるじ身まかりける人の家の、
      うめの花を見てよめる」
色も香も
   むかしの濃さに 匂(にほ)へども
  植ゑけむ人の 影ぞかなしき
          紀貫之 古今集851

    「主人のなくなった人の家の、
      梅の花を見て詠む」
色もかおりも
   むかしと同じような濃さで 咲いているけれど
  ただ植えた人だけが おもかげになってしまったことが悲しい

 古語において「にほひ」というのは、視覚的にも嗅覚的にも使用されますが、ここでも「美しい色合い」「よいかおり」が感じられることを表わしています。それで全体の意味は、

「梅の花の色もかおりも、主人のいた頃となにも変わらない、梅の花らしい濃い匂いを放っている。それなのにその梅を植えた人だけが、以前とおなじようにはいられずに、色あせた影となってしまったことが悲しい」

 影とは実体をなくしたという事であり、今はこころの中に浮かぶばかりであるという意味ですが、上の句の梅が濃厚な実体として表現されているために、下の句の影は、なおさら頼りないものとして対比されているようです。
    「あなたの面影はこころの中でさえ、
       だんだん薄れていくようで悲しい」
そんなニュアンスが、そっと込められているのではないでしょうか。

 わざわざ「色も香りも」などと断って、ちょっと理屈っぽいような上の句が、あるじ(主人)の影を際立たせるために、対比させるために織り込まれたものであると悟るとき、上の句の表現のひとつひとつが、すべて「影ぞかなしき」へ集約されることを知るでしょう。

 紀貫之の理屈は、だから着想をこねまわしたり、何かをひけらかすための理屈ではありません。情緒性をまっとうするためにこそ、理知的な表現を試みるのです。彼は一流の演出家でもありながら、同時に豊かな感性を持ち合わせた者、すなわち詩人なのです。

    「病(やまひ)にわづらひはべりける秋、
      心地のたのもしげなく覚えければ、
       人のもとにつかはしける」
もみぢ葉を
   風にまかせて 見るよりも
 はかなきものは いのちなりけり
          大江千里(おおえのちさと) 古今集859

もみじ葉を
   風の吹くのに任せて 見ているよりも
  はかないものは いのちなのですね

 こちらの和歌は、
  単純明快なゆえに好感の持てる作品です。
 枝を離れれば、朽ちてゆくだけのもみじ葉が、吹かれて風に揺れている。いつ枝から離れないとも限らないけれど、私たちの命というものは、それよりもっとはかないものですね。そう感慨を述べたに過ぎません。
    「もみじ葉が風に吹かれるのを見る」
ではなく、
    「もみじ葉を風に任せて見る」
と表現したところに、ただ客観的に眺めているのではなく、風にまかせるしかないのだと、あきらめのつかないようなあきらめを胸に、散りそうなもみじを眺めているような、詠み手の主観が込められています。それが下の句を、より切実なものにしているところが、この和歌の魅力でしょうか。
    「あの葉が落ちたとき……
      ……私も死ぬのね」
とつぶやくような、オー・ヘンリーの短編小説をちょっと思い起こさせますが、この和歌の場合は、葉が落ちる前に人は死んでしまうものと詠んでいますから、メルヘンではなくリアリズムの世界です。

[ あるいはメルヘンとは、リアリズムでは叶えられない夢が結晶化した、わたしたちの理想世界へのあこがれが見せた、おとぎの国の物語なのかも知れませんね。それだからこそ、たやすく陳腐にもなるけれど、永遠(とわ)に褪せることもないものです。]

雑歌上 巻第十七

[朗読3]

あかずして
   月のかくるゝ 山もとは
 あなたおもてぞ 恋しかりける
          よみ人知らず 古今集883

まだ飽き足りないのに
   月が隠れてしまう 山のふもとは
  向こうの表側こそ 恋しく思われます

   「月が隠れてしまった山の反対側へ行って、
     まだ沈んではいないだろう月を眺めたい」
 山かげに月が隠れた瞬間に、ほとんど直感的に「向こうのふもとに行きたい」と、浮かんだ思いをそのまま記したような和歌で、ストレートな表現が魅力になっているようです。ただし今日の感覚であれば、

    「月が隠れたあの山の、
       向こう側へ、すぐに行けたなら……」
と記しそうなところを、

見飽きてもいないのに
   月が隠れたあの山の
      向こう側が恋しく思われます

 ちょっと理屈っぽく感じられますが、
   その分、心情を引いて眺めたような客観性が加えられ、
     「飽きたりないままに月の隠れた、
        山のこちら側というものは」
   というニュアンスが、
     「こちら側にいる人ならば誰しも、
        向こう側のふもとが恋しいものである」
 というような、不偏的価値観を詠んだように感じられるから、
   ただ詠み手の思いを推し量るだけの、
     「月が隠れたあの山の
        向こう側へ今すぐ行けたなら……」
に対して、聞き手がそれぞれに、みずからも感じるであろう思いとして、この和歌を捉え直すことが出来るのです。

 どちらが勝るという訳ではありませんが、どちらが劣るという訳でもありません。ただ『古今和歌集』の傾向として、ちょっとした客体が、あるいは説明的傾向が、その詩情を豊かにしている。こんな簡単な和歌からも、それを見いだすことが出来るという訳です。そうであるならば……

 さらにこの和歌を、
  次の和歌と並べてみるのも、
   面白いかも知れません。。。

遅くいづる
  月にもあるかな あしびきの
    山のあなたも 惜しむべらなり
          よみ人知らず 古今集877

秋の月
 高嶺(たかね)の雲の あなたにて
  晴れゆく空の 暮るゝ待ちけり
          藤原忠通(ただみち) 千載集275

 意味は何度も読み返せば、
   恐らくは分かるものかと思います。
     雑歌上からもうひとつ、
   こちらは、完全な空想の和歌をどうぞ。

わたつみの
   かざしにさせる しろたへの
  波もてゆへる あはぢ島山
          よみ人知らず 古今集911

「わたつみ」というのは海の神さまです。それも海に住んでいるくらいの神さまではなく、ギリシア神話のポセイドーンのように、海そのものが神さまになっているような壮大な神です。そのため「わたつみ」だけで海の比喩として使用されるくらいですが、ここでは淡路島に白波の寄せるさまを、

大いなる海神わたつみの
  かんざしに差しているものこそ 真っ白な
 波をもって結いつけた 淡路島山か

と、神を持ち出して、その景勝(けいしょう)を讃えたものです。
 景観の美しさを表現するなら、写実こそ優れたものと捉えがちですが、このような空想的比喩によって、雄大なイメージを抱かせることも可能なのです。

雑歌下 巻第十八

あはれてふ
   言の葉ごとに をく露は
 むかしを恋ふる なみだなりけり
          よみ人知らず 古今集940

哀れという
   言葉の葉ごとに 置く露は
 昔を恋しがる時の なみだに違いありません

 もしこれが、「置きし露」や「置かれし露」であれば、上の句は単に下の句の比喩でしかありませんが、「置く露」とすることにより、今まさに露の置かれるような即時性が与えられます。それによって、「露」は単なる「涙」の比喩というよりは、現在ながしている「涙」そのものであり、それを下の句で言い換えたような印象が生まれますから、つまりは、

「ああ哀れだなあ、そうつぶやくたびに、その言葉に置いてゆく露は、むかしを恋しがるときの、なみだそのものなのです」

と、しみじみしたもの思いを、ため息のようにつぶやくたびに、たちまち露が降りるみたいにして、なみだが一緒に浮かぶような……まるで詠み手が、哀しみのさなかに生みなしたような臨場感こそ、この和歌の、魅力であると言えるでしょう。

みよし野の
  山のあなたに 宿もがな
    世のうき時の かくれがにせむ
          よみ人知らず 古今集950

み吉野の
   山の向こうに 宿があればよいのに
  世の中が厭(いと)わしいときの
     隠れ家にしたいから

 「宿」というのはなにも「宿泊所」を差すのではありません。古語では単に「家」や「屋敷」の代わりとして、使用される言葉です。続く「もがな」は「~があればなあ」くらいの願望を表わしますから、吉野の山奥に家があったらなあ、くらいの意味になる訳です。
 だからといって、世を逃れ、出家でもして、吉野に庵(いおり)を構えようというのではありません。「世が厭わしい」時だけ、吉野の山奥の別荘に逃れてしまいたい。もとより吉野は隠棲の山でもあり、聖なる土地ですが、あまり深く考えず、
    「仕事は辞めないが、
      ちょっと自然の中へ逃れたい」
くらいの気持ちで、読み取っておいてもかまいません。

わび人の
   住むべき宿と 見るなへに
 なげきくはゝる
    琴のねぞする
          良岑宗貞(よしみねのむねさだ) 古今集985

侘びしい人の
   住んでいる家かと見ていると
  まるで嘆きを加えるように
     琴の音が響いてきました

 良岑宗貞(よしみねのむねさだ)(816-890)が、ノスタルジーにあふれる古都、かつて平城京(へいじょうきょう)のあった奈良へ行ったとき、荒れた家から、女が琴を弾いているのが聞こえてきた。それで、その家に詠んで贈った和歌であることが、詞書に記されています。
 「なへに」というのは、「~するのと一緒に」といった意味ですが、ここでは「見ているとちょうどその時に」というニュアンスになります。侘びしさばかりの風景に、ふと嘆きや悲しみが加わることにより、侘びしさもひときわ募(つの)ってくる、というのが初歩的な捉え方でしょうか。

 ただ、その情景を浮かべながら、何度もこの和歌を唱えていると、はじめは古都に対するノスタルジアに浸って、過去の遺物のように眺めていたのが、琴の悲しい響きという人情が加わることによって、たちまち現在生活をしている人間の営みへと、心が揺り動かされたような印象が湧いてきます。
 つまりはこの和歌は、上の句の静的な情景、静的な心理状態が、下の句で動き出すような、ちょっと物語じみた構成で詠まれていて、そのため侘びしさがつのる印象よりも、
    「琴を奏でる女性は誰なのだろうか」
というような人情的な関心へと、わたしたちをより強くいざなうようです。つまりはそれこそ、詠者の思いに他なりません。

 ちなみにこの良岑宗貞という人、むしろ出家後の僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の名称で登場することが多い、この時代の代表的歌人のひとりです。名前を覚えておくのも悪くはないでしょう。

なよ竹の
   よ長きうへに はつ霜の
 おきゐてものを おもふころかな
          藤原忠房(ただふさ) 古今集993

しなやかな細竹の
   節の長さくらい 夜が長いうえに
  初霜の降るような晩を
     起きながらあれこれと
       思うような夜更けです

「弱竹(なよたけ)の節(よ)長き」というのは、しなやかに曲がるような細い竹の、節と節の間のことを指します。節ばかり長く感じられる弱竹に、初霜が置かれている訳ですが、「置き居て」はすでに置かれた状態ですから、そのように霜が置かれるまでずっと、私は「起き居て」さまざまなことを思っているというのです。それで「節長き」には必然的に「夜長き」の意味がこもることになります。「思う頃かな」は、思うような深夜であるとしてもよいですが、むしろ「思いがちになるようなシーズン」になったことを、表現しているようなニュアンスでしょうか。

 そんな訳で、上の句の「よ長きうへに」は、
    「弱竹の長い節のうえに、初霜が置かれている」
      「弱竹の節(よ)みたいな夜の長さに、
          初霜が置かれている」
という二重の意味を、どちらを主とするでもなく、一度に詠み重ねたような作りになっています。そればかりか、この和歌全体が、枕詞とも序詞とも、直接表現とも解釈できるような、凝った作りになっていますから、ここらで和歌の基本技法について、おさらいがてらに、眺めて見るのも悪くはありません。

 まず直接表現として眺めれば、
    「なよ竹の節の長いところに、初霜が置かれていて、
      あれこれともの思いをする時期になったなあ」
という詠み取りが出来ますが、すでに皆さまは、これまであまりにもくり返し、和歌の二重の意味に付き合わされた結果として、これとは違う詠み取り方が、自然になされてしまっているかも知れません。(もしそうであるならば、あなたの感性は、少しだけ当時の歌人たちへと、寄り添ったことにもなるのですが……)

 先ほど述べた「よながき」という表現が、たちまち「夜長き」へと結びつくのは、今となっては自明の理、といっても構わないでしょうか。もし「節」ではなく「夜」が主題だとすると、初句の「なよ竹の」というのは、「夜」に掛かるための「枕詞(まくらことば)」として読み取ることが可能です。(実際に「なよたけの」というのは枕詞として『万葉集』の時代から使用されているくらいです。)三句目の「初霜の」も、枕詞として四句目の「おき」に掛かっていると捉えれば、初句と三句は修飾表現となりますから、
    「夜も長くなったうえに、
      (眠れずに)起きて居ながら、
        もの思いをする頃になったなあ」
という内容を、枕詞で飾ったものと解釈することも出来るのです。

 さらに、上の句を「序詞(じょことば)」と見なすことも可能です。つまり上の句は「起き居て」の「起き」を導き出すために、
    「なよ竹の節の長いうえに初霜を置き」
   その「おき」という訳ではないが
    「起き居てものを 思ふ頃かな」
  つまり上の句を、「起き」の修飾とみなす方針です。

 また掛詞(かけことば)という観点から眺めると、上のさまざまな解釈から、二句目の「よ長き」には、「節長き」と「夜長き」が、四句目の「おきゐて」には「置き居て」と「起き居て」が、それぞれ意味の異なる二つの内容を、一つの言葉に掛け合わせていることが分かります。さらに結句の「頃かな」というのも、通常は掛詞とは呼びませんが、ずっと起きていてそろそろもの思いをする深夜になったという意味と、もの思いをするようなシーズンになったという意味を、二重に掛け合わせていると見ることが出来るでしょう。

 このような、さまざまな捉え方が可能ですが、これはなにも解釈によって、内容が異なってくるという意味ではありません。そうではなくて、初めからこのような解釈のすべてが、この和歌には意図的に折り込まれている。さまざまに詠み取られることを、前提としているからに他なりません。

 それならなぜ、このような和歌が詠まれたのでしょうか。答えは詞書(ことばがき)に記してあります。そこには「をのこども酒たうべけるついでによみ侍りける」、つまり「酒を振る舞われた」際に詠まれたものであることが明記されているのです。

 つまりは、この和歌が酒の席で詠まれたから、機知や機転の即興的な楽しみという、宴会的な要素が込められたということになりますが、この和歌が、しみじみとした叙情性よりも、どことなく外向的な、ちょっと聞き手を意識した、華のあるくらいに感じられるのは、このような機転が、和歌を詠んでいるうちに、多分に伝わってくるものですから、心情をそっと描いたもののようには、受け取れないからには違いありません。

 まとめるなら、この和歌は、一人で物思いにふける夜長を詠んだものではなく、それを気取って詠まれたものに過ぎません。そうして実際は、

 酒の席もそろそろしんみりしてきて、
  いろいろ真面目なことも、
   語らうような時間帯になってきたなあ。

聞き手にはおそらく、そのように響いたことでしょう。
 もちろんそれはそれで、優れた情緒には違いありませんが、この和歌がしんみりとした印象を感じさせないのは、機転に結びつくような和歌の技法を、ほどよく込めているためであることも、また疑いのない事実なのです。

雑体(ざってい) 巻第十九

 雑体とは、これまでの和歌とは違う形式の歌を収めたものです。まず初めには「短歌(たんか)」がいくつか収められています。
    「なんだって、これまで見てきたのが短歌ではないのか」
と思うかも知れませんが、『古今集』では五七五七七のものが、通常の和歌であり、「短歌」というのは五七五七七以外の形式と見なされていたようです。実はこれが元で、後の時代に混乱をきたすことになるのですが、ここで「短歌」と呼ばれている形式は、実際は『万葉集』「長歌(ちょうか・ながうた)」に分類される形式で、
     [五→七→五→七→五→七→五→]
としばらく「五七」調を繰り返し、最後を「七七」と締めくくる形式なのです。試みに、古今集1001の冒頭を、ちょっとだけ眺めて見ましょうか。

あふことの まれなる色に
  思ひそめ わが身はつねに
    あま雲の 晴るゝときなく
      富士のねの 燃えつゝとはに
    (以下省略)

 このように続いていく形式が、古今集で「短歌」と呼ばれたもの、すなわち「長歌」の形式です。ここではその概要を理解してくだされば、それで十分かと思われます。

 次に「旋頭歌(せどうか)」という形式の歌が、四つばかり置かれています。これもまた『万葉集』時代に使われていた形式で、簡単に説明すると、五七七の片歌(かたうた)を、
  (前半)五→七→七
  (後半)五→七→七
と二回くり返す形式になっています。
 それでは紀貫之の作品を、
  ひとつ紹介してみることにしましょう。

君がさす
   みかさの山の もみぢ葉の色
 かみな月
    しぐれの雨の 染めるなりけり
          紀貫之 古今集1010

あなたがさす笠のよう
   三笠の山の もみじ葉の色は
  十月の
    しぐれの雨が 染める色です

 「大君(おほきみ)の三笠の山」という表現が『万葉集』に見られることから、「君がさす」もそのバリエーションで、「あなたの差す御笠(みかさ)のような三笠山」といったニュアンスになるかと思われますが、別に天皇に由来すると構えなくても、今はただ漠然とした「あなた」、そのかざす笠くらいに詠んでおいても結構です。

 むしろ大切なことは、もし冒頭が「大君の」であれば、それは単なる枕詞のように響き、三笠山の紅葉を讃えた和歌に聞こえますが、「君がさす」と来ると、三笠山の紅葉を詠んだばかりでなく、「君がさす笠の立派さ」を、時雨に染まった三笠山のもみじ葉のようだと讃えているようなニュアンスが生まれてきます。
 つまり「君がさす」は三笠山を修飾する枕詞ではなく、主語としての実体を含んでいる。これによって君の笠を讃えたようにも、三笠山の紅葉を讃えたようにも、二重に解釈されるような印象を、私たちに与えることに成功しているのです。それがちょっと、解釈しきれない余韻のように、この和歌に心地よいふくみを持たせている。そこに詩興がこもるのです。

 雑体も、残りの大部分は、誹諧歌(はいかいか)と呼ばれる和歌が占めますから、突き詰めれば、雑体のメインは誹諧歌には他なりません。その定義は、なかなかに面倒なものですが、ここではおかしさを誘うような着想や表現により、詩情をまっとうするよりも、着想や表現に関心を向けさせ、愉快な気分にさせるような和歌を、誹諧歌と呼んだものとして捉えておきます。
 なぜ、こんなややこしい説明をするかというと、もし「おもしろさをめざしたもの」などと定義しても、はじめて詠むと、どこが面白いのか、どこに笑いの要素があるのか、ちょっと首をかしげたくなるくらいの和歌も多いからです。もちろん、無条件に面白い和歌もありますから、まずはそれをこそ、紹介してみることにしましょう。

まくらより
  あとより恋の 迫(せ)めくれば
    せんかたなみぞ 床(とこ)なかにをる
          よみ人知らず 古今集1023

枕の方から
  足の方からも恋が 攻め寄せてくるよ
    ああ、もうどうしようもない
  寝床の真ん中に丸まっているのです

「せんかたなみぞ」というのは、「する方法も無いぞ」くらいの解釈でいいかと思われます。和歌よりも日常で使用するような俗語の様相で、
    「ああもうどうにもならない」
と和歌の体裁もなく叫んでしまっているところに、当人のやりきれない思いばかりは込められています。それにしても、
    「頭から足から恋が攻めてくる」
なんて、翻訳されて台無しにされたシェイクスピアのような、中学生でもあきれそうな着想を丸だしにして、ついにはやりきれなくなって、蒲団のなかに丸まっているような不体裁は、「せんかたなみぞ」という俗語とよく釣り合っています。さながら、
    「恋にさいなまれて、
       超苦しんでいる俺さま」
の情けない醜態を、きわめて下手な和歌、あるいは和歌にすらなっていない三十一字(みそひともじ)で呈示することによって、恋にも修辞にも未発達な少年が、思いあまってノートに書いてしまったような、若気の至りを滑稽に描ききって、なお余りあるくらい。
  それだからこそ、誹諧歌です。

 次の和歌も、やはりこのような要素を持った和歌ですが、真面目なのか不真面目なのか、ちょっと分かりかねます。それでいてやはり変な着想です。

世のなかの
  憂きたびごとに 身を投げば
    ふかき谷こそ あさくなりなめ
          よみ人知らず 古今集1061

世のなかにあって
  憂いを感じるたびに 身投げをくり返していれば
    深い谷ですら やがては浅くなるだろう

 これをたとえば、
    「この世は苦しいことばかり、
       身投げさえしたくなるほどです。
         その度に身を投げていたらいつしか、
       深い谷でさえ浅くなるでしょう。」
なんてきまじめに解釈したら、ちょっとヘンな事になります。(もっとも、そんなおかしな翻訳を、平気で現代語訳として掲載しているような、悲惨な書籍もあるようですが……)

 考えるほどのこともありません。
   本当に身を投げ出したいほど憂いに満ちた人が、
     「深い谷さえ、浅くなるでしょう」
   なんて、四コマ漫画のオチみたいな安っぽい誇張を、
     大げさなジェスチャーでするでしょうか。
 「わたしの悲しみは大地を覆い尽くし、
    やがては野原をもみじ色に染めるだろう」
なんて悲しみは、本当の悲しみではありません。対外的なジェスチャーです。悲しみが無いわけではないけれど、例えば弔辞(ちょうじ)を詠むために、全員の心にたやすく訴えやすい表現を、精いっぱい大振りで演じて見せた、そんな誇張にあふれています。
    「深い谷さえ、浅くなるでしょう」
もそれと同様、個人の内面をそっと描いたものとは思われず、対人意識にあふれた誇張に満ちています。だからこの誹諧歌は、
    「憂いの度に身を投げていたのでは、
       深い谷だって、浅くなってしまうだろう」
と皆に向かって宣言しているように聞こえ、つまるところは、

世のなかで辛いことがあるからって
  その度に身なんか投げていた日には
    深い谷だって、浅くなっちまうだろうよ
  いちいち身なんか投げていられるもんか

というような、開き直りを宣言しているようなニュアンスとして、響いてくるのではないでしょうか。そこまで捉えると、なるほど、「市井(ちまた)のおかみさん」などが口にする言葉が、いつしか形を整えて和歌に化けたようなおもしろさがあります。それで誹諧歌の分類なのです。

[全然関係ありませんが、わたしはこの和歌を詠むと、なんだか夏目漱石の『夢十夜』の、豚が谷に落ちていく話が思い出されてなりません。沢山の豚たちも、やがては谷を埋め尽くして、ボンレスハムかなにかのように、小高く積まれてゆくのでしょうか。庄太郎のパナマ帽と引き替えに……]

巻第二十

 古今集の最後の巻には、大歌所御歌(おおうたどころのおおんうた)および、神あそびの歌東歌(あづまうた)が収められています。いずれも、宮廷や神事(かみごと)の儀式や、歌舞の際に使用された和歌かと思われますが、詳細は探求せず、ひとつだけ参考に紹介しながら、『古今和歌集』を離れたいと思います。長らくのお付き合い、まことにありがとうございました。

    「かへしものゝうた」
あをやぎを
  かたいとによりて うぐひすの
 ぬふてふ笠は うめの花がさ
          古今集1081

青柳(あおやぎ)の葉を
  縒(よ)って片糸に仕立て
    その糸でもって
   鶯の縫うという笠は
      梅の花笠(はながさ)よ

「梅の花笠」というのは、梅の花びらが鶯のあたまにちょこんと乗って、笠にでもなりそうなものを、鶯が自分で縫(ぬ)って花笠に仕あげたことにでもしたものでしょうか。民謡みたいなのどかさとおおらかさでもって、なんの屈託もない和歌になっています。おめでたくって、大団円(だいだんえん)にはもってこいです。それでは皆さま、またいつかお会いしましょう。さよなら。

           (をはり)

2014/06/16
2014/08/19 改訂
2015/02/11 再改訂+朗読

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