八代集その十二 新古今和歌集 短詩

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はじめての八代集その十二 新古今和歌集 短詩

春歌上 巻第一

春といへば
   かすみにけりな きのふまで
  波間に見えし 淡路島山(あはぢしまやま)
          俊恵法師 新古今6

春と告げたなら
  霞んでしまったようですね
 昨日まで
   波間に見えていた 淡路島の山さえも

    「詩を作らせて歌に合はせ侍りしに、
      水郷春望といふことを」
夕月夜(ゆふづくよ) しほ満ち来らし
   なには江の 蘆(あし)のわか葉に
  こゆるしら浪(なみ)
          藤原秀能(ひでよし/ひでただ) 新古今集26

夕月の残された宵
  潮が満ちてくるようです
    難波江の あしの若葉を
  白波が寄せては 越えてゆきます

    「春歌とて」
降り積みし
  高嶺(たかね)のみ雪 とけにけり
 清滝川(きよたきがわ)の 水のしら浪
          西行法師 新古今集27

降り積もった
  高嶺の雪さえ 溶けたのですね
 清滝川の勢いが増して
    白波が立っています

    「をのこども、詩をつくりて歌に合はせ侍りしに、
       水郷春望といふことを」
見わたせば
  山もとかすむ 水無瀬川(みなせがは)
    夕べは秋と
  なに思ひけむ
          後鳥羽院(ごとばいん) 新古今集36

見渡せば 山のふもとは
  かすんでいました 水無瀬川
   夕辺は秋こそすばらしいなど、
  何を思って述べたことでしょうか。

    「垣根の梅をみてよめる」
あるじをば
  誰(たれ)ともわかず
    春はたゝ
   かきねの梅を
     たづねてぞみる
         藤原敦家(あついえ) 新古今集42

その家の主人が
  誰であるかは知りませんが
 春はただ 咲き誇る梅に
   あいさつをしにゆきましょう

ふるさとに
  かへる雁がね 小夜(さよ)更(ふ)けて
 雲路にまよふ こゑ聞こゆなり
          よみ人知らず 新古今集60

故郷へと
  帰る雁の声が 夜も更けて
 雲路に迷っているような
    頼りない響きで聞こえてきます

よしの山
  さくらが枝に 雪ちりて
 花をそげなる 年にもあるかな
          西行法師 新古今集79

吉野山では
  さくらの枝に 雪が散りまして
    花の遅れそうな
  今年なのです

春歌下 巻第二

春雨は いたくな降りそ
  さくら花 まだ見ぬ人に
    散らまくも惜し
          山部赤人(やまべのあかひと) 新古今集110

春雨よ あまり降らないでおくれ
  さくらの花を まだ見ていない人もいるのに
    散ってしまうのは 惜しいことだから

    「山里にまかりてよみ侍りける」
山ざとの
  春のゆふぐれ 来てみれば
    いりあひの鐘に
  花ぞちりける
          能因法師(のういんほうし) 新古今集116

山里の
  春の夕ぐれに 来てみれば
     入り日の鐘に
  花は散ります

惜しめども
  散りはてぬれば さくら花
    今はこずゑを
  眺むばかりぞ
          後白河院 新古今集146

惜しんでも
  散り果てたなら さくら花
    今は梢を 眺めるばかりさ

    「百首歌たてまつりし時」
よしの川
  岸のやまぶき 咲きにけり
 嶺(みね)のさくらは 散りはてぬらむ
          藤原家隆(いえたか) 新古今集158

吉野川の
  岸には山吹が 咲きました
 嶺の桜は 散り果てたでしょうか

夏歌 巻第三

はな散りし
  庭の木のまも しげりあひて
 あまてる月の 影ぞまれなる
          曽禰好忠(そねのよしただ) 新古今集186

花の散った
  庭の木の間には 若葉が繁りあって
    天から照らす月の
  ひかりさえもまれなのです

    「五月雨のこゝろを」
たまぼこの
  道ゆき人(びと)の ことづても
 絶えてほどふる さみだれの空
          藤原定家(さだいえ) 新古今集232

たまぼこの
  道をゆく人の 伝言さえも
 途絶えては 降り続ける
    さみだれの空よ

    「百首歌たてまつしり時」
いさり火の
   むかしのひかり ほの見えて
 あし屋の里に 飛ぶほたるかな
          藤原/九条良経(くじょうよしつね) 新古今集255

漁り火を焚いていた
  むかしの光りが ほのかに揺らめいた
    そんな気がしたのだけれど
   芦屋の里に飛ぶのは
      ほたるばかりなのでした

    「夏月をよめる」
庭の面(おも)は
  まだかはかぬに ゆふ立の
    空さりげなく すめる月かな
          源頼政(よりまさ) 新古今集267

庭のおもては まだ乾かないのに
  夕立の 空の気配さえなく
    月が澄みわたっているのです

秋歌上 巻第四

手もたゆく
  ならす扇(あふぎ)の 置きどころ
 わするばかりに 秋風ぞ吹く
          相模(さがみ) 新古今集309

手もだる気に
   馴れ親しんだ扇の 置き場所を
 忘れてしまうくらい
    今、秋風は吹くのです

この夕べ
  降りくる雨は ひこ星の
    と渡る舟の 櫂(かい)のしづくか
          山部赤人(やまべのあかひと) 新古今集314

七夕(たなばた)の夕べに
  降ってくる雨は あるいは彦星が
    天の川を渡る舟の
  櫂のしづくなのだろうか

秋萩(あきはぎ)の
   咲き散る野辺の 夕露に
 ぬれつゝ来ませ 夜はふけぬとも
          柿本人麻呂 新古今集333

秋萩が
  咲いては散ります 野原の夕露に
 濡れながらいらっしゃい
    夜は更けてしまってもいいから

山がつの
   垣穂(かきほ)に咲ける あさがほは
 しのゝめならで 逢ふよしもなし
          紀貫之 新古今集344

山がつの住む
  垣根に咲いた 朝顔は
 しのゝめでもなければ
    逢うことさえ叶いません

    「堀川院に百首歌たてまつりける時」
秋風の
  やゝ肌さむく 吹くなへに
 荻(をぎ)のうは葉の 音ぞかなしき
          藤原基俊 新古今集355

秋風の
 やや肌さむく 吹くのに合せて
  荻の上葉(うわは)さえも
 悲しく響いてくるのです

あしびきの
   山のあなたに 住む人は
  待たでや秋の 月をみるらむ
          三条院(さんじょういん)御製 新古今集382

あしびきの
  山のむこうに 住んでいる人は
 待つこともなく秋の 月を眺めているのだろうか

更くるまで
   ながむればこそ かなしけれ
 思ひもいれじ 秋の夜の月
          式子内親王(しょくしないしんのう) 新古今集417

更けるまで
   眺めていればこそ かなしくもなる
 もう思いやることもしません
      秋の夜の月のことなど……

秋歌下 巻第五

    「百首歌たてまつりし時」
野分せし
   小野の草ぶし 荒れはてゝ
 み山にふかき さをしかの声
          寂蓮法師(じゃくれんほうし) 新古今集439

野分の去った
  小野は草の臥所(ふしど)さえ 荒れ果て
 深山には愁いに沈んだ さお鹿の声が響いている

きり/"\す
   夜寒(よさむ)に秋の なるまゝに
 よはるか声の 遠ざかりゆく
          西行法師 新古今集472

きりぎりすが
   秋の夜も寒く なるのに合わせて
 弱るのでしょうか声が
    遠ざかるように鳴いています

    「秋歌とて」
さびしさは
   み山の秋の 朝ぐもり
 霧にしほるゝ まきのした露
          後鳥羽院 新古今集492

さびしさ、それは
   深山の秋の 朝ぐもりであろうか……
  霧にしおれるみたいな
    真木(まき)の葉が 露にうなだれているよ

人は来ず
   風に木の葉は 散りはてゝ
 よな/\虫は こゑ弱るなり
          曾禰好忠(そねのよしただ) 新古今集535

待ち人は訪れません。
   風に木の葉は、散り果ててしまいました。
  夜ごとに虫たちは、
     歌声を弱らせてゆくようです。

冬歌 巻第六

    「天暦御時(てんりゃくのおんとき)、
       神無月といふことをかみに置きて、
      歌つかうまつりけるに」
神無月(かみなづき)
   風にもみぢの 散るときは
 そこはかとなく ものぞかなしき
          藤原高光(たかみつ) 新古今集552

神無月(かみなづき)
   風に紅葉が 散るときは
  なんということはないけれど……
      かなしい思いにとらわれます

柴(しば)の戸に
  入り日の影は さしながら
    いかにしぐるゝ 山べなるらむ
          藤原清輔(きよすけ) 新古今集572

柴を束ねた戸に
   夕暮れのあかりが 差しながら
 どうしてこんな風に
    しぐれる山辺なのだろう

みよし野の
  山かきくもり 雪ふれば
 ふもとの里は うちしぐれつゝ
          俊恵法師(しゅんえほうし) 新古今集588

みよし野の
   山さえかき曇り 雪が降る頃には
 ふもとの里は しぐれをくり返しながら……

わが門(かど)の
   刈り田のおもに 臥す鴫(しぎ)の
 床(とこ)あらはなる 冬の夜の月
          殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ) 新古今集606

わが家の前の
  刈り田のおもてに 臥す鴫の
 寝床さえあらわにさせる
    冬の夜の月よ

    「あづまに侍りける時、みやこの人につかはしける」
あづまぢの
  道の冬草 しげりあひて
 跡だに見えぬ わすれ水かな
          康資王母(やすすけおうのはは) 新古今集628

東国へ向かう
  道には冬草が 茂り合って
 跡さえ見あたらない いつかの忘れ水

夕なぎに 門(と)わたる千鳥
  波まより 見ゆる小島(こじま)の
     雲に消えぬる
          徳大寺実定(とくだいじさねさだ) 新古今集645

夕なぎに
  海峡をわたる千鳥たち
    波間から見える小島の
  雲へと消えてゆく

    「夜深聞雪といふことを」
明けやらぬ
   寝覚めの床(とこ)に 聞こゆなり
 まがきの竹の 雪のした折れ
          藤原範兼(のりかね) 新古今集667

明けきらない
   目覚めの寝床に 聞こえます
 垣根の竹の 雪に折れる響きが……

かき曇り
  あまぎる雪の ふるさとを
    つもらぬさきに とふ人もがな
          小侍従(こじじゅう) 新古今集678

いちめんに曇り
  まるで霧のようだね
    雪の降りつのるふるさとを
  せめて積もる前に
    だれか訪れてくれないかしら

    「百首歌たてまつりし時」
いそがれぬ
   年の暮こそ あはれなれ
  むかしはよそに 聞きし春かは
          藤原実房(さねふさ) 新古今集701

急ぐこともない
   年の暮れこそ おもむきぶかいよ
  むかしはよそ事のように
     春を眺めたりは出来なかったから

    「千五百番歌合に」
けふごとに
   けふやかぎりと 惜しめども
  またもことしに 逢ひにけるかな
          藤原俊成 新古今集706

今日が来るたびに
   今日が最後だと 名残を惜しむほどですが
  またも今年の最後の今日
     大みそかを迎えることが出来ました

賀歌 巻第七

君が代の 年の数をば
   しろたへの 浜の真砂(まさご)と
 誰(たれ)か敷(し)きけむ
          紀貫之 新古今集710

君が治める 御代の数を
   真っ白な 浜の砂粒として
  誰が敷いたものであろうか

哀傷歌 巻第八

    「久我(くが)内大臣、春頃うせて侍りける年の秋、
       土御門(つちみかど)内大臣、
    中将に侍りける時つかはしける」
秋ふかき
  寝ざめにいかゞ 思ひいづる
 はかなく見えし 春の夜の夢
          殷富門院大輔 新古今集790

秋の深まった頃
   寝覚めにはどのように 思い出すのでしょうか
 はかない影のような あの春の夜の夢のことを

    「返し」
見し夢を
   わするゝときは なけれども
 秋のねざめは げにぞかなしき
          源通親(みちちか) 新古今集791

かつての夢を
  見なくなることは ありませんが
    秋の寝覚めこそ
  その夢が本当に悲しく思われるのです

    「僧正明尊かくれてのち久しくなりて、
      房などもいはくらに取り渡して、
    草おひしげりて、ことざまになりにけるを見て」
なき人の
  跡をだにとて 来てみれば
    あらぬ里にも なりにけるかな
          律師慶暹(りっしけいせん) 新古今集819

亡くなった人の
   跡だけでもと思って 来てみたのですが
 面影すらないような 里になっているのでした

    「世のはかなきことをなげく頃、
      陸奥国(みにのくに)に名あるところ/\、
    書きたる絵を見侍りて」
見し人の
   けぶりになりし ゆふべより
  名ぞむつましき 塩がまの浦
          紫式部 新古今集820

見知ったひとの
   煙となってしまった 夕べから
  こころに寄り添うように 思われてきました
     わびしいはずの塩釜の浦さえも

    「母のおもひに侍りける頃、また亡くなりける人の、
      あたりより問ひて侍りければ、つかはしける」
世のなかは
   見しも聞きしも はかなくて
 むなしき空の けぶりなりけり
          藤原清輔(きよすけ) 新古今集830

この世のなかは
  見た人も 聞いた人も はかなく消えてしまいます
 まるで空を漂う 煙みたいにして……

離別歌 巻第九

    「守覚法親王(しゅかくほっしんのう)五十首歌よませ侍りける時」
誰(たれ)としも
  知らぬわかれの かなしきは
 松浦の沖を いづるふな人
          藤原隆信(たかのぶ) 新古今集883

誰とさえ
  知らない別れなのに 悲しいものは
 松浦の沖を 船出する旅人

羇旅歌(きりょのうた) 巻第十

しら雲の
   たなびきわたる あしびきの
  山のかけ橋 けふや越えなむ
          紀貫之 新古今集906

白雲ばかりが
 たなびいて渡ってゆくような
  「あしびきの」とたたえられる
    あの山の架け橋を
  今日は越えることになるのだろうか

    「天王寺にまゐりけるに、
       難波の浦にとまりて、よみ侍りける」
さ夜ふけて
   蘆(あし)のすゑこす 浦風(うらかぜ)に
  あはれうちそふ 波の音かな
          肥後(ひご) 新古今集919

夜も更けて
   蘆の葉末を揺らしながら 吹いてくる浦風に
 あわれを添えるような 波の音がしています

恋歌一 巻第十一

[朗読2]

    「女につかはしける」
風吹けば
   室の八島(むろのやしま)の 夕けぶり
 こゝろの空に 立ちにけるかな
          藤原惟成(これなり) 新古今集1010

風が吹けば
  室の八島の 夕ぐれの水煙が
 こころにそっと 恋を立ちのぼらせる気配です

    「たび/\返りごとせぬ女に」
水のうへに
   浮きたる鳥の 跡もなく
 おぼつかなさを おもふ頃かな
          藤原伊尹(これただ/これまさ) 新古今集1021

水のうえに
   浮かんだ鳥の 跡さえなくて
 不安な気持ちに かられるこの頃です

あしびきの
   山したしげき 夏草の
 ふかくも君を 思ふころかな
          紀貫之 新古今集1068

あしびきの と讃えられるような
  山にしげりあう 夏草のように
 深くあなたのことを 思この頃です

恋歌二 巻第十二

    「千五百番歌合に」
ながめわび
   それとはなしに ものぞ思ふ
 雲のはたての ゆふぐれの空
          源通光(みなもとのみちてる) 新古今集1106

眺めては侘びしく
  それということもなく もの思いに耽ります
 雲の果てに染まりゆく 夕ぐれの空よ

あす知らぬ
   いのちをぞおもふ おのづから
 あらば逢ふ夜を 待つにつけても
       殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ) 新古今集1145

明日さえ知られないような
  いのちのことばかり思うのです
    生きてさえいればきっと
   逢える夜もあるだろうと
     期待してしまうものだから……

恋歌三 巻第十三

なか/\に/の
   もの思ひそめて 寝(ね)ぬる夜は
 はかなき夢も えやは見えける
          藤原実方(さねかた) 新古今集1158

どちらともつかないような
   恋の気配を感じながら ねむる夜は
 はかない夢のなかでさえ
   あの人を見ることは叶いません

まくらだに 知らねば言はじ
   見しまゝに 君かたるなよ
  春の夜の夢
          和泉式部 新古今集1160

枕でさえも
  知らないことですから 何も言いません
    あなたは決して
  見たことを語ったりしてはなりませんよ
    春の夜のちいさな夢のことを……

    「近江更衣にたまはせける」
はかなくも
  明けにけるかな
   あさ露の おきての後ぞ
  消えまさりける
          醍醐天皇(だいごてんのう) 新古今集1171

はかないくらい
  夜が明けてしまった
    朝露の 置かれたあとの
  消えてしまうような この侘びしさはなんだろう

    「御返し」
朝露の
   おきつる空も おもほえず
 消えかへりつる こゝろまどひに
          源周子(みなもとのしゅうし) 新古今集1172

朝露を
  置いた空のことさえ 考えられません
 ただ消えかるような こころが惑(まど)うばかりです

待つ宵に
  ふけゆく鐘の 声聞けば
 あかぬ別れの 鳥はものかは
          小侍従(こじじゅう) 新古今集1191

あなたを待っている宵に
  夜の更けてゆく 鐘の声を聞いていると
 飽きたりないうちに 別れを告げる鳥の声なんて
    取るに足らないことのように思われます……

    「三条院御子(みこ)の宮とまうしける時、
       久しく問はせたまはざりければ」
世のつねの
   あき風ならば 荻(をぎ)の葉に
 そよとばかりの 音はしてまし
          安法法師女(あんぽうほうしのむすめ) 新古今1212

世のなかに 言われるところの
   秋風だったら 萩の葉にも
 そよそよと響く 音沙汰くらいはあるでしょうに……

恋歌四 巻第十四

ふく風に つけても問はむ
   さゝがにの かよひし道は
 空にたゆとも
          藤原道綱母(みちつなのはは) 新古今集1242

吹く風に
  ゆだねて たずねようか
 たとえば蜘蛛の 通う糸の道さえ
    空に絶えてしまっても

    「八月十五夜、和歌所にて月前恋といふことを」
こぬ人を
   待つとはなくて 待つ宵の
 ふけゆく空の 月もうらめし
          藤原有家(ありいえ) 新古今集1283

来ない人を
  待つのではないと 待つ宵の
 更けてゆく空の 月さえうらめしい

わすれなば
   生けらむものかと おもひしに
 それもかなはぬ この世なりけり
          殷富門院大輔 新古今集1296

忘れられたら
  生きてゆけるだろうかと
    そうも思うのですが……
 忘れることさえ叶わないのが
   この世の中なのでした

うとくなる
   人をなにとて 恨むらむ
 知られず知らぬ をりもありしに
          西行法師 新古今集1297

疎遠になった
  あの人をどうして 恨んでしまうのだろう
 知られず そして知らなかった
   そんな時さえあったのに……

恋歌五 巻第十五

    「頼めて侍りける女の、
    のちにかへり事をだにせず侍りければ、
       かの男にかはりて」
今こむと
   いふ言の葉も かれゆくに
  夜な/\露の なにゝおくらむ
          和泉式部 新古今集1344

今から行くよ
   そんな言葉さえ 離れてゆくのに……
  もし言の葉が 枯れてゆくならば
    夜ごとに流す涙のような
      露はどこに置いたらいいのでしょうか

憂きながら
   人をばえしも 忘れねば
  かつ恨みつゝ なほぞ恋しき
          よみ人知らず 新古今集1363

憂いに閉ざされながら
   あの人をどうしても忘れられない……
  それで、こうして恨みながらも
      やはり恋しくてしかたがないのです

    「百首歌たてまつりしに」
逢ふとみて
   ことぞともなく 明けぬなり/にけり
 はかなの夢の わすれがたみや
          藤原家隆(いえたか) 新古今集1387

逢えたと思ったら
   なにもなかったように 明けてしまった
 なんてはかない 夢の忘れ形見なのだろう

床(ゆか)近し
   あなかま夜半の きり/”\す
 夢にも人の 見えもこそすれ
          藤原基俊(もととし) 新古今集1388

床に近いのか
   ああうるさい 夜中のこおろぎどもよ
 せめて夢のなかだけでも
     あの人を見たいと思っているのに
   まるで眠れないではないか

思ひいづや
  美濃(みの)のをやまの ひとつ松
 ちぎりしことは いつもわすれず
          伊勢 新古今集1408

覚えていますか?
   美濃の聖なる山の あの一本松のことを……
  ふたりでかわした約束を
     わたしはいつまでも忘れません

出(い)でゝ去(い)にし
   跡だにいまだ かはらぬに
 誰(た)がかよひ路と
    今はなるらむ
          在原業平 新古今集1409

立ち去った
   跡さえ未だ 変わらないのに
  誰の通うための路へと
     今はなってしまったのだろうか

雑歌上 巻第十六

    「上東門院、世をそむき給ひにける春、
       庭の紅梅をみ侍りて」
うめの花 なに匂ふらむ
   見る人の 色をも香をも
  わすれぬる世に
          大弐三位(だいにのさんみ) 新古今集1446

うめの花は なにを匂っているのでしょう
   かつて眺めてくれた人はもう
  あざやかな色も ゆたかな香りさえ
 忘れてしまった世であるというのに

道のべの
  朽ち木のやなぎ 春くれば
 あはれむかしと しのばれぞする
          管贈太政大臣 新古今集1449

道のべにある
  朽ちかけの柳でさえ 春が来れば
    むかしは豊かな柳であったろうと
  忍ばれもするけれど……

    「五月(さつき)ばかり、ものへまかりける道に、
      いと白くくちなしの花の咲けりけるを、
       かれは何の花ぞ、と人にとひ侍りけれど、
      申さざりければ」
うちわたす
   おちかた人に こと問へば
 答へぬからに しるき花かな
          小弁(こべん) 新古今集1490

眺め渡した
   遠くの人に 尋ねたのに
  答えがないから 知った花の名よ

    「摂政太政大臣、大将に侍りし時、
       月歌五十首よませ侍りけるに」
ありあけの
  月のゆくへを ながめてぞ
    野寺の鐘は 聞くべかりける
          前大僧正慈円(じえん) 新古今集1521

ありあけの
  月の向かう方を 眺めてこそ
 野寺の鐘は 聞くべきであったのか

あかつきの
  月みむとしも おもはねど
 みし人ゆゑに ながめられつゝ
          花山院 新古今集1527

あかつきの
   月を見ようとは 思わなかったのに
  かつて一緒に見た人のせい……
     眺めつづけてしまったのです

秋の夜の
   月にこゝろを なぐさめて
 うき世にとしの つもりぬるかな
          藤原道経(みちつね) 新古今集1538

秋の夜の
  月にこころを 慰められながら
 憂き世に歳を かさねてしまったものです

雑歌中 巻第十七

晴るゝ夜の
  星か川辺の ほたるかも
 わが住むかたの あまの焚く火か
          在原業平 新古今集1591

晴れた夜の星であろうか
  それとも河辺のほたるかも知れない
    ああ違ったようだ、あれはわたしの住むあたりの
   海人(あま)の焚く漁り火であったのか

おきつ風 夜半に吹くらし
  なには潟 あかつきかけて
 浪ぞよすなる
          藤原定頼(さだより) 新古今集1597

沖の風は 夜半に吹くようだ
  難波潟には あかつきにかけて
 浪の響きがしている

    「眺望のこゝろをよめる」
わかの浦を
  松の葉ごしに ながむれば
    こずゑによする
  あまのつり舟
          寂蓮法師(じゃくれんほうし) 新古今集1603

和歌の浦を
  松の葉ごしに 眺めれば
    梢に寄り添う 漁師(あま)の釣舟

    「五月(さつき)のつごもりに、
      ふじの山の雪しろく降れるを見て、よみ侍りける」
時知らぬ
  山はふじの嶺(ね) いつとてか
   鹿(か)の子まだらに
  雪の降るらむ
          在原業平 新古今集1616

時を知らない
  山は富士の峰であろうか
    いったい今をいつだと思って
  鹿の子のまだら模様に
    雪が降っているのだろうか

山深く
  さそふこゝろは かよふとも
 住まであはれを 知らむものかは
          西行法師 新古今集1632

山の深くへ
   あこがれる思いを 通わせたとしても
 どうして住まないで そのおもむきを
     知ることなど 出来ようか

やまざとに
  ひとりながめて おもふかな
    世に住む人の こゝろづよさを
          前大僧正慈円 新古今集1658

山里から
  ひとりで眺めて 思うことは
    世のなかに住んでいる人たちの
  こころの強さということ……

雑歌下 巻第十八

    「雪」
花と散り
   玉とみえつゝ あざむけば
 雪ふるさとぞ 夢にみえける
          管贈太政大臣 新古今集1695

花のように散り
   玉のように見えながら わたしをあざむくので
  まるで雪の降るころのふる里
    きらびやかなみやこへ戻ったような
      そんな夢を見たのでした

いのちだに
   あらば見つべき 身のはてを
 しのばむ人の なきぞかなしき
          和泉式部 新古今集1738

いのちさえ
  あるなら見ることになるであろう
    わたしのおわりを
   しのんでくれる人など
     どこにもいないことが悲しい……

来しかたを
   さながら夢に なしつれば
 覚むるうつゝの なきぞかなしき
          藤原実資(さねすけ) 新古今集1790

これまで来た方を
  すべて夢だとしてみても
 覚めてからの現実というものが
   残されていないのがかなしい

こがらしの
   風にもみぢて 人知れず
 憂きことの葉の つもる頃かな
          小野小町 新古今集1802

木枯らしの
  風に色づいて 人知れず
 憂いに満ちた 言の葉ばかり
   落ちては積もる 季節です

    「百首歌たてまつりしに」
いつかわれ
  み山の里の さびしきに
   あるじとなりて 人にとはれむ
          慈円 新古今集1835

いつしかわたしも
  深山の里の さびしさのなかで
 あるじとなって 人に訪われたいものだ

    「千載集えらび侍りける時、ふるき人々の歌をみて」
ゆくすゑは
   我をもしのぶ 人やあらむ
 むかしをおもふ こゝろならひに
          藤原俊成 新古今集1845

いつの日か
  わたしをしのぶ 人もあるだろうか
 むかしに思いをはせる
    この気持ちとおなじように……

神祇歌 巻第十九

    「神楽(かぐら)をよみ侍りける」
をく霜に
   色もかはらぬ さかき葉の
  香をやは人の 求(と)めて来(き)つらむ
          紀貫之 新古今集1869

置かれた霜に
  色さえ変わらない さかき葉の
 みずみずしさを求めて
   人々はやって来るのだろうか

    「一品聡子内親王(いっぽんそうしないしんのう)住吉に詣でゝ、
       ひと/”\歌よみ侍りけるによめる」
すみよしの
  浜松が枝に 風吹けば
    波のしらゆふ
  かけぬまぞなき
          藤原道経(みちつね) 新古今集1913

住吉神社の
  浜松の枝に 風が吹いたなら
    波が白木綿(しらゆう)のようにして
  掛からない時はありません

釈教歌 (しゃっきょうのうた) 巻第二十

    「不コ(この「コ」は漢字で[酉+古])酒戒(ふこしゅかい)」
花のもと
   露のなさけは ほどもあらじ
 酔ひなすゝめそ 春のやま風
          寂然法師 新古今集1964

花のした
  酒のしずくの 露のなさけなど
 ひとときのものなのに……
   どうか酔いをすすめないでよ
     春のやま風よ

    「人のみまかりけるのち、結縁経(けちえんぎやう)供しけるに、
       即往安楽世界(そくおうあんらくせかい)の心をよめる」
むかし見し
   月のひかりを しるべにて
 こよいや君が 西へゆくらむ
          瞻西上人(せんせいしょうにん) 新古今集1977

かつての教えを
   月の光の道しるべにして
  今宵あなたは 西へと向かうのだろう

    「歓心(かんじん)をよみ侍りける」
闇晴れて
   こゝろの空に 澄む月は
 西の山辺や 近くなるらむ
          西行法師 新古今集1978

闇が晴れて
   こころのなかに 澄みわたるような月は
  西の山辺へと 近づいてゆくのだろうか

           (をはり)

2014/12/22
朗読掲載 2015/01/18

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