八代集その九 後拾遺和歌集 短詩

(朗読) [Topへ]

はじめての八代集その九 後拾遺和歌集 (ごしゅういわかしゅう) 短詩

春上 巻第一

    「寛和二年、花山院の歌合によみ侍りける」
春の来る
  道のしるべは み吉野の
 山にたなびく かすみなりけり
          大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ) 後拾遺集5

春のやってくる
   道しるべそれは み吉野の
  山にたなびいている かすみなのです

    「花山院の歌合に霞をよみ侍りける」
谷川の
  こほりもいまだ 消えあへぬに
 峰(みね)のかすみは たな引きにけり
          藤原長能(ながとう/ながよし) 後拾遺集11

谷川の
  氷さえまだ 消えきらないのに
 嶺にはかすみが
    たな引いているのです

    「正月二日、逢坂にて、
      うぐひすの声を聞きてよみ侍りける」
ふるさとへ
   ゆく人あらば 言づてむ
 けふうぐひすの 初音(はつね)聞きつと
          源兼澄(かねずみ) 後拾遺集20

ふるさとのみやこへ
   向かう人があったら 言づてをしよう
 今日うぐいすの 初音(はつね)を聞いたと

    「やなぎ、池の水を払ふといふ心をよめる」
池水の 水草(みくさ)も取らで
   青柳(あをやぎ)の 払ふ下枝(しづゑ)に
  まかせてぞみる
          藤原経衡(つねひら) 後拾遺集75

池水の 水草さえ取らず
  ただ青柳の 払うような下枝に
 任せては見ています

    「後冷泉院の御時、うへのをのこども花見にまかりて、
      歌などよみて、高倉の一宮の御かたに、
     もてまゐりて侍りけるに」
思ひやる
  こゝろばかりは さくらばな
 たづぬる人に 遅れやはする
    祐子内親王家(ゆうしないしんのうけ)の駿河(するが)
                   後拾遺集86

思いをはせる その心だけは
  さくらの花を
 たずねて眺めた人たちに
   どうして遅れたりするでしょう

    「夜思桜といふ心をよめる」
さくら咲く
  春は夜だに なかりせば
    夢にもゝのは 思はざらまし
          能因法師 後拾遺集98

さくらの咲く
  春はせめて夜さえ なかったならば
    夢にまで桜のことを 思い悩んだりしないのに……

    「堀河右大臣の九條の家にて、
      毎山春ありといふ心をよみ侍りける」
わが宿の
  こずゑばかりと 見しほどに
 よもの山べに 春はきにけり
          源顕基(みなもとのあきもと) 後拾遺集106

わたしの住みかの
   こずえのつぼみだけかと 眺めているうちに
  四方の山々に 一斉に春は訪れたのです

春下 巻第二

    「三月三日、もゝの花を御覽じて」
三千代(みちよ)へて
   なりけるものを などてかは
 桃としもはた 名づけ初(そ)めけむ
          花山院(かざんいん) 後拾遺集128

三千年を経て
  実をつけるものを なんでまた
 百(もも)なんてまあ 名づけはじめたのでしょう

    「長久二年、弘徽殿女御家の歌合にかはづをよめる」
みがくれて
   すだくかはづの もろ声に
  さはぎぞわたる 井手のうき草
          良暹法師(りょうぜんほうし) 後拾遺集159

水に隠れて
  しきりに鳴いている蛙の 互いのかけ声に
 騒ぎ渡っているような 井手の浮き草よ

夏 巻第三

    「宇治前太政大臣、三十講のゝち、
      歌合し侍りけるに、ほたるをよめる」
沢水(さわみず)に
  空なる星の うつるかと
    みゆるは夜半の ほたるなりけり
          藤原良経(よしつね) 後拾遺集217

沢の水に
  夜空の星が うつるのかと
    見えたのは夜半の
  ほたるなのでした

    「俊綱朝臣のもとにて、
       晩凉如秋といふ心をよみ侍りける」
夏山の
  ならの葉そよぐ ゆふぐれは
    ことしも秋の こゝちこそすれ
          源頼綱(よりつな) 後拾遺集231

夏山の
  楢(なら)の葉のそよぐ 夕ぐれは
    今年ももう秋のような
  気持ちがいたします

秋上 巻第四

    「七月七日、梶の葉に書きつけ侍りける」
天の川
  とわたる舟の かぢのはに
 思ふことをも 書きつくるかな
          上総乳母(かずさのうば) 後拾遺集242

天の川へ
  渡す舟の 舵(かじ)の端(は)に
 思いを書きつけた彦星みたいに……
   わたしも梶の葉に 願いをしるしましょうか

    「広沢の月を見てよめる」
すむ人も
  なき山ざとの 秋の夜は
 月のひかりも さびしかりけり
          藤原範永(のりなが) 後拾遺集258

住んでいる人さえ
   いない山里の 秋の夜は
  月のひかりもまた さびしいものですね

秋も秋
  今宵も今宵 月も月
 ところもところ 見る君も君
          よみ人知らず 後拾遺集265

秋もまさに秋
  今宵こそまさに今宵 月はまさに名月
 場所も最高の名所ならば
   見ているあなたこそふさわしい

    「土御門右大臣の家の歌合によめる」
秋の野は
  折るべき花も なかりけり
    こぼれて消えむ 露のおしさに
          源親範(ちかのり) 後拾遺集309

秋の野には
  折ってよい花など ありません
    触れたらこぼれて 消えてしまう
   露のしずくが 惜しいものだから

秋下 巻第五

(なし)

冬 巻第六

    「永承四年、内裏の歌合に初雪をよめる」
みやこにも
  はつ雪降れば 小野山の
 まきの炭がま たきまさるらむ
          相模(さがみ) 後拾遺集401

みやこにも 初雪が降りました
   今ごろ小野山の 真木をくべた炭窯は
 いよいよさかんに 炭を焚いていることでしょう

    「うづみ火をよめる」
うづみ火の
   あたりは春の こゝちして
 散りくる雪を 花とこそ見れ
          素意法師(そいほうし) 後拾遺集402

埋み火の
   あたりだけは 春の気持ちがします
 散ってくる雪を 花と思って眺めれば……

さ夜ふくる
   まゝにみぎはや 凍るらむ
 遠ざかりゆく 志賀のうら浪
          快覚法師(かいかくほうし) 後拾遺集419

夜の更けゆく
   ままに水ぎわが 凍るのだろうか
 遠ざかってゆく 志賀の浦の波よ

賀 巻第七

(なし)

別 巻第八

(なし)

羇旅(きりょ) 巻第九

    「春の頃、田舍よりのぼり侍りける道にてよめる」
さ夜ふけて
   嶺のあらしや いかならむ
 みぎはの波の 声まさるなり
          源道済(みちなり) 後拾遺集535

夜も更けて
  嶺のあらしは どうなっているだろう
 水ぎわの波の 響きも激しくなって……

哀傷(あいしょう) 巻第十

(なし)

恋一から四 巻第十一から十四

    「東宮と申しける時、
      故内侍のかみのもとに、始めてつかはしける」
ほのかにも 知らせてしがな
    春がすみ かすみのうちに
  思ふこゝろを
          後朱雀院(ごすざくいん)御製 後拾遺集604

ほのめかすみたいに
  知らせてみたいな……
 まるで春がすみ
   かすみのうちをさ迷うような
     そんな恋心を……

    「忍びてもの思ひ侍りける頃、色にや知るかりけむ、
      うちとけたる人、などか物むつかしげにといひ侍りければ、
    心のうちになむ思ひける」
もろともに
   いつか解くべき 逢ふことの
  かた結びなる 夜半の下紐(したひも)
          相模 後拾遺集695

ふたりして いつか解けたら
  逢うことの 難(かた)いくらいに
 かたく結ばれたような
   真夜中の下紐を……

    「承暦(じょうやく)二年、内裏歌合によめる」
恋すとも
  なみだの色の なかりせば
 しばしは人に 知られざらまし
          弁乳母(べんのめのと) 後拾遺集779

恋をしても
  なみだの気配さえ なかったなら
 しばらくは人に 知られずにすんだのに

さま/”\に
  思ふこゝろは あるものを
    おしひたすらに ぬるゝ袖かな
          和泉式部(いずみしきぶ) 後拾遺集817

さまざまなことを
  思う心は まだ残されていますが……
    今はただひたすら
  なみだに袖を濡らすばかりです

雑一 巻第十五

    「斎信(ただのぶ)民部卿の娘に、すみわたり侍りけるに、
      かの女、身まかりにければ、
    法住寺といふ所にこもりゐて侍りけるに、月を見て」
もろともに
   眺めし人も 我もなき
 宿にはひとり 月やすむらむ
          藤原長家 後拾遺集855

ふたりで一緒に
   眺めたあなたも わたしもいない
  屋敷にはひとり
     月だけが澄んでいるのだろうか

    「後朱雀院の御時、月のあかゝりける夜、
      うへにのぼらせ給ひて、いかなる事かまうさせ給ひけむ」
いまはたゝ
  雲居(くもい)の月を 眺めつゝ
 めぐり逢ふべき ほどもしられず
          陽明門院(ようめいもんいん) 後拾遺集861

今はただ
  雲のあたりの月を 眺めながら
 巡り会えるかどうか
    それさえも分からない……

    「月のおぼろなりける夜、
      入道摂政まうで来て、物語し侍りけるに、
    たのもしげなき事など、いひ侍りければよめる」
くもる夜の
   月とわが身の ゆくすゑと
 おぼつかなさは いづれまされり
          藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは) 後拾遺集670

曇りゆく夜の
  月あかりと わたしの未来と
 おぼつかないのは どちらでしょうか

    「文集の蕭々(しょうしょう)暗雨打窓声といふ心をよめる」
恋しくは
  夢にも人を 見るべきに
 窓うつ雨に 目を覚ましつゝ
          藤原高遠(たかとお) 後拾遺集1015

恋しいなら
  せめて夢だけでも あの人を見たいのに
 窓を打ちつける雨のなか 眠れもせずにいるのです

    「春、頭(かしら)白き人のゐたる所、絵に書けるを」
春来れど
  きえせぬものは 年をへて
 かしらに積もる 雪にぞありける
          花山院(かざんいん)御製 後拾遺集1117

春が来たけれど
  溶けて消えることのないものは……
 歳月を重ねて 髪に降り積もったような
   真っ白な雪ばかり……

雑六 巻第二十

笛の音(ね)の
   春おもしろく 聞こゆるは
 花ちりたり と 吹けばなりけり
          よみ人知らず 後拾遺集1198

笛の調べが
   ことに春におもしろく 聞こえて来るのは
  「花は散った、花は散った」と 吹くからなのです

           (をはり)

2014/12/09 掲載+朗読

[上層へ] [Topへ]