『梁塵秘抄口伝集』の朗読朗読

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梁塵秘抄口伝集 後白河法皇

朗読版について

 講談社学術文庫『梁塵秘抄口伝集』による朗読にて、本文は岩波文庫の『梁塵秘抄』より起こし、講談社本を参照とするも、ゝとより完遂をこゝろざす物にはあらざるなり。講談社の方、良書なりしかば、其の参照のもとにたゞ聞くを願ふばかりなり。斯様のこと記したれども、社の回し者にはあらざるべし。

梁塵秘抄口伝集 巻第一

 いにしへより今にいたるまで、習ひ伝へたる歌あり。これを、神楽(かぐら)、催馬楽(さいばら)、風俗(ふぞく)といふ。

 神楽は、天照(あまてる)おほん神の、天(あま)の岩戸(いはと)を押し開かせたまひける代(よ)にはじまり、催馬楽は、大蔵(おほくら)の省(つかさ)の、国々の貢物(みつぎもの)おさめける民の、口ずさみにおこれり。これ、うちある事にはあらず。時の政(まつりごと)、良くも悪しくもある事をなん。誉めそしりける。催馬楽は、おほやけ、わたくしの、うるはしき遊びの琴の音(ね)、琵琶の緒(を)、笛の音(ね)につけて、わが国の調(しらべ)ともなせり。

 皆これ、天地(あめつち)を動かし、荒ぶる神をなごめ、国を治め、民を恵むよたゝてとす。風俗は、調楽(てうがく)の内参(うちまいり)、賀茂詣(かもまうで)などにこれを用ゐらる。また、臨時客にも古くは歌ひけり。近くは絶へて歌はざるか。

 この外(ほか)に、習ひ伝へたる歌あり。今様といふ。神歌(かみうた)、物様(もののやう)、田歌(たうた)にいたるまで、習ひ多くして、その部(ぶ)広し。

 用明天皇(ようめいてんわう)の御時(おほむとき)、難波(なんば)の宿館(しゆくかん)に、土師連(はじのむらじ)といふものありき。声、妙(たへ)なる、歌の上手にてありける。夜(よる)、家にて歌を歌ひけるに、屋(や)の上(うへ)に、付けて歌ふものあり。あやしみて謡(うた)ひやめば、音(おと)もせず。また歌へば、また付けて歌ふに、驚きて出でて見るに、逃ぐる者あり。追ひてゆきて見ければ、住吉(すみよし)の浦(うら)に走り出でて、水に入りて失せにけり。これはケイ惑星(けいこくせい)の、この歌をめでて、化(け)しておはしけるとなん。聖徳太子の伝に見えたり。

 今様(いまやう)と申す事のおこり

[巻第一はこれ以後残されず]

梁塵秘抄口伝集 巻第十

九巻までの総括

 神楽(かぐら)、催馬楽(さいばら)、風俗(ふぞく)、今様(いまよう)の、事の起こりより初めて、娑羅林(しやらりん)・只(ただ)の今様・片下(かたおろし)・早歌(はやうた)、歌ふべきやう、初積・大曲足柄(だいごくあしがら)・長歌(ながうた)を始めとして、やう/\の声変はるやうの歌、田歌(たうた)にいたるまで記し終はりぬ。かやうの事、一様ならねば、後(のち)に誹(そし)ること多からむか。それを知らず。

 故事(こじ)を記し終はりて、九巻は撰(えら)び終はりぬ。詠(よ)む歌には、髄脳(ずいなう)・打聞(うちぎゝ)などいひて、多くありげなり。今様には、いまださる事なければ、俊頼(としより)が髄脳をまねびて、これを撰ぶところなり。

自らの今様歴

 そのかみ、十余歳の時より今にいたるまで、今様を好みて怠(おこた)ることなし。遅々(ちゝ)たる春の日は、柄にひらけ庭にちる花を見、鶯(うぐひす)のなき、時鳥(ほとゝぎす)の語らふ声にも、そのこゝろを得、せう/\たる秋夜、月をもてあそび、虫の声々に哀(あはれ)を添(そ)へ、夏は暑く、冬は寒きを顧(かへり)みず、四季につけて折を嫌はず、昼はひねもす歌ひ暮らし、夜はよもすがら唄ひ明かさぬ夜はなかりき。夜は明れど蔀(しとみ)を上げずして、日出(ひい)づるを忘れ、日高くなるを知らず、その声小止(をや)まず。おほかた、夜昼を分かず、日を過ぐし、月を送りき。

 その間、人あまた集めて、舞ひ遊びて歌ふ時もありき。四五人、七八人、男女ありて、今様ばかりなる時もあり。常にありし者を番におりて、我は夜昼、相ぐして歌ひし時もあり。また、我ひとり雑芸集(ざふげいしふ)をひろげて、四季の今様・法門(ほふもん)・早歌(はやうた)にいたるまで、書きたる次第を、歌ひつくす折(をり)もありき。

 声を割ること三ケ度なり。二度は法のごとく歌ひ交はして、声の出るまで歌ひ出したりき。あまり責(せ)めしかば、喉(のど)はれて、湯水(ゆみづ)かよひしも術(ずち)なかりしかど、かまへて歌ひ出(い)だしににき。

 あるいは七八、五十日、もしは百日の歌など始めてのち、千日の歌も歌ひ通してき。昼は歌はぬ時もありしかど、夜(よる)は歌を歌ひ明かさぬ夜はなかりき。

2012/

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