竹取物語ー解説と原文朗読

概説

竹取物語
………「源氏物語」に「物語の出で来(き)始めの祖(おや)なる竹取の翁」とされる「竹取物語(たけとりものがたり)」は、作者不詳、題名不詳の物語であるが、しだいに「竹取の翁の物語」略して「竹取物語」などと呼ばれるようになっていった。成立年代は、9世紀後半から10世紀前半ではないかとされ、「古今和歌集」に前後して世の中に登場したとされるが、確証はない。日本における最古の純物語文学作品であり、平仮名で書かれた最初期の文学でもあるが、あるいは初めは漢文で書かれていたものが、書き直されたのではないかとする説もある。また、作者を紀貫之(きのつらゆき)と見る説もあるが、諸所ある一説に過ぎない。
写本について
当時の本は写本の形で出回ったが、書き間違いで言葉の変わる場合、さらに何ものかが更正を加え変化する場合もあり、写本ごとに違いが見られるのはしかたがない。その写本も本として形を成したものとしては、どうも驚く、16世紀頃に書き写されたものがもっとも古いのである。つまり「竹取物語」に原典版は存在しないのである。
全体のプロット
 全体のプロットは、しばしば羽衣説話と重ね合わされる。世界的に同じ傾向を持つ伝説を一括りにして、白鳥処女説話ともいうが、天女や白鳥が乙女となりて水浴するところを、垣間見た男が羽衣を隠して、彼女は男の妻となるが、やがて帰っていくというものであり、貧しき者が豊になる致富長者説話(ちふちょうじゃせつわ)と重ね合わされることが多い。他にも、竹から生まれる異常出生説話、急成長する急成長説話、求婚者達への難題と失敗を現す求婚難題説話に、地名や噂の起源を織り込むなど、さまざまな大陸伝来の要素を織り込んだ作品となっている。
時代設定と登場人物
 5人の求婚者と天皇については、おそらく「日本書紀」の記述にある持統天皇10年時の記録あたりに由来を求め、壬申の乱の後、帝を天武天皇(てんむてんのう)頃の実在の人物に設定したと考えられている。中でも車持の皇子は、藤原不比等をモデルにしたとされ、これは藤原氏に怨み、あるいは反感を持つ作者が、物語の中に藤原氏を卑劣の男に仕立てる意図が、幾分か含まれていたと見る向きもあるようだ。

原文とあらすじ、その朗読 (すいません作業中です)

朗読について
………人のための朗読の煩瑣(はんさ)の苦しみを逃れ、ただおのれの好奇心のためにのみ、もっぱら講談社学術文庫「竹取物語」に基づいて、読みの分からないところはええ加減に進めてしまおうという、手荒な朗読企画。古文の知識甚だしく乏しければ、想像を絶する愚かな間違いも、起こりうるも必定、その点ご注意されたし。ファイルの場所は、それぞれの原文の上の部分にある。
テキストについて
………講談社学術文庫「竹取物語」を中心に自分用に改編したもの。「竹取物語」に関しては原典版の問題は、わたしの範疇を超えるための暫定措置法。テキスト内の青の文字は、原文にない言葉を補ったもの。必ずしも、原文の意図通りではないし、古文でもない。薄緑の文字は、言葉の意味を記したもの。
「竹取物語その1の現代語版」
………おまけ。現代語版翻案による「その1」。
「竹取物語その1」
………竹取の翁に竹の中より見つけ出されたかぐや姫は、三月(みつき)で成長し成人の儀式を済ませると、五人の男に求婚され、無理難題を吹きかけて、結婚を望む翁の思いを、優しくかわそうと決意する。
「竹取物語その2」
………心の支度(したく)ある石作(いしつくり)の皇子は、天竺まで「仏の石の鉢」など取りに向かっても無駄であるとして、偽の石の鉢を山寺から盗み取って、これをもってかぐや姫に届け、驚くほどヘッポコの歌を詠んで誤魔化そうとしたが、これがかぐや姫の嫌悪感を誘い、彼は返事すらされず、とぼとぼと家路に付く。
「竹取物語その3」
………心たばかりある車持(くらもち)の皇子は、周到に自ら「蓬莱(ほうらい)の玉の枝」を取りに向かったとかくや姫に思わせて、実は工匠(たくみ)らと共に工房に隠れ、偽の玉の枝を完成させ、難波の港から旅の姿のまま寄りました、と言ってかくや姫の館の門を叩く。出るとこ任せの出鱈目話を捲し立てる皇子に、かくや姫も今はこれまでかと観念するほどだったが、工匠らが給料の支払いを求めてかくや姫の館に押し寄せ、一切が露見する。皇子は山に隠れてしまった。
「竹取物語その4」
………右大臣阿部御主人(うだいじんあべのみむらじ)は莫大な資産に物をいわせて唐の国に「火鼠の皮衣(ひねずみのかわぎぬ)」を買いに行かせるが、唐の商人、王慶(おうけい)にあるいは騙されたのか、偽の皮衣を送られて、しかも追加の金まで払い込む。ほくほくとかくや姫の元に出かければ、「火鼠の皮衣」なら燃えるはずはないと火を掛けられ、すると皮衣の大層めらめらと燃えて、阿部御主人はとぼとぼと家路に付くのであった。
「竹取物語その5」
………大伴御行大納言(おおとものみゆきのだいなごん)は武人である。配下の者どもに「竜(たつ)の頸(くび)の玉」を探させるが、困惑した部下たちは探すふりだけして埒が明かない。ついに自ら船出して竜に向かわんとするも、雷の怖ろしき様を竜の祟りと錯覚し、もう二度としませんと逃げ帰る。それいらいかぐや姫を、人を殺そうとした女として恐れるのであった。
「竹取物語その6」
………そして遂に死者が出た。「燕(つばくらめ)子安(こやす)の貝」を所望された中納言石上麻呂足(ちゅうなごんいそのかみのまろたり)が、部下の進言に、さらにくらつ麻呂(まろ)という官人の進言に従って、大炊寮(おおいづかさ)の屋根に巣くう燕の巣より、自ら子安貝を取り出だそうとして、転落して腰を折ったのである。かぐや姫よりの慰めの歌に返歌を贈った彼は、その場に息絶えた。
「竹取物語その7」
………かくや姫の噂を聞きつけたが、内侍(ないし)中臣房子(なかとみのふさこ)を竹取の翁の家に使わし容姿を見定めようとするが、かくや姫は使者に会おうとすらしない。ついにはぶち切れなさって、「国王の命令に背いたっていうなら、とっとと殺たらいいじゃない」と叫んでしまう始末。さすが多くの男の心を奪っただけはあると、帝はますます逢いたくなって、ついに翁の手助けによりかくや姫の部屋にまで立ち入り、彼女を人目みた。しかし手を引こうとすると、彼女は影となってしまったのである。連れ帰るのはあきらめた帝だが、一目見たかくや姫が忘れられない。かくや姫と歌の遣り取りをしても、名残惜しく、内裏に戻られても思い出されるのは、かくや姫のことばかりだった。
「竹取物語その8」
………

竹取物語リンク

ウィキペディア
………「竹取物語」の概説

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